第5話:結婚することになりまして
結果として。
「確かに下見をしてこいとは言ったが、こんな終盤になって来る奴がいるか!」
僕より遅れてやってきたリッカに、会場にいた貴族達がどよめいた。酔った男達は下卑た目で、女達は嫉妬と羨望交じりの目で彼女の美貌に注目するなか――イテキヴァの雷が落ちる。
まあそりゃあね。
「ごめんなさい! でも聞いてくれ! ウルなんとかってやつに下見を邪魔されたんだって! ! あいつが悪い! 私は悪くない!」
「ああん!? 嘘をつけ! どうせ楽しくなってきて城壁とか登ってたんだろ!」
おお、流石は父親。娘の奇行をよく分かっている。
とはいえイテキヴァさんの怒りが収まりそうにないので、僕は仕方なく助け舟を出すことにした。ここで恩を売っておくのも悪くはない。
「イテキヴァさん。彼女とは先ほど城内で会いまして、つい話し込んでしまいました。どうか、お許しを」
笑みを浮かべ僕が二人の前へと進むと、リッカが僕を見て何度も頷いた。
「そう! こいつだこいつ! こいつと話していたんだ!」
「――王子をこいつ呼ばわりするな、バカ娘! お前は本当に……!」
「え? え? え? 王子?」
リッカが視線を、僕とイテキヴァさんの間を何度も往復させる。
それから顔色がだんだん青くなっていった。
「改めまして――エリオン王国第一王子のウル・エリュシオンです」
僕は緩みそうになる頬を必死に引き締めて、そう挨拶をした。
僕、笑ってないよね?
「え、いや、だって……えええええええ!?」
「はあ……すまない、ウル王子。これでも一応うちの娘なんだ」
イテキヴァが申し訳なさそうに謝罪するので、僕はそれを笑って許すことにした。初対面の相手が失礼な態度で接してくることには慣れているし、リッカはなぜかそれが不愉快にならない。
多分、彼女に悪意がないからだろう。
「構いません。誤解は誰にだってありますから。とはいえすみません、期待外れの王子で」
リッカが僕を、強い有能な王子と勘違いしていたことは謝っておくべきだろう。
「えっと……いや」
リッカがどう答えるべきか迷っていると、
「ウル王子、ここだけの話だがな」
イテキヴァが低い、遠雷のような声を出した。それは丁度僕と彼、そしてリッカにしか聞こえない声量だ。
「――我々はきっとお前達に歓迎されないだろうと思っていた。それに、とある国から色々と蛇を入れられてな。場合によっては、この国と敵対することも視野に入れていた」
〝蛇を入れる〟――それは
そしてそのとある国とは、おそらく西隣のアルマ王国のことだろう。つまり、アルマ王国は見栄っ張りな父の性格とこの祝賀会を利用し、
おそらく父が招待していなくても、アルマ王国が招待状を偽装し、彼らに送っていたかもしれない。
既に……奴らの策謀は始まっていたんだ。そして今動いたということは……既に侵攻する準備は整っていると見ていい。
なんて考えている間も、イテキヴァの言葉は続く。
「だからリッカを連れてきたし、下見もさせていた。いずれは攻め落とすやもしれぬ城だからな」
イテキヴァはニヤリと笑った。やっぱりどこか獣じみた笑い方だが、今はあまり怖く見えないのは、慣れたおかげだろうか?
「とはいえ王子であるお前は気に入った。だから――」
よし。この感じだととりあえず
滅亡から少しだけ遠のいたぞ!
などと喜んでいたら……そのすぐあとにイテキヴァがとんでもないことを言い放ったのだった。
「――我が娘を娶れ。断絶の百年に終止符を打とうではないか、なあ、次期国王よ」
……え。
ええええええええ!?
***
僕の祝賀会から三か月後。エリオンに夏がやってくる。
爽やかな夏風が吹き抜ける城内にある聖堂にて、僕はとある儀式を行っていた。
「夫たるエリオン王国第一王子ウル・エリュシオンよ、妻たる
この大陸で最も普及している宗教、聖円教の司祭が祭壇で、そんな言葉と共に彼の前に並び立つ僕らへと杖を掲げた。
杖の先には聖円教の名前の由来でありかつそのシンボルである、金属製の六芒星を囲う輪っか――キュクロスが付いている。
前世でいうキリスト教に近い雰囲気だなあ……なんてどうでもいいことを考えてしまうぐらいに、僕はこの状況に対して思考放棄を行っていた。
「いやだ。主神サースと凍神グラキアウラになら誓うが」
隣に立つリッカがそんなことを言い放つので、司祭も頬が引き攣っている。
後ろに控えている僕の父やイテキヴァがため息をついているのがこの距離でも聞こえてきた。
本来、
さらにそれぞれで個人的に信仰する神が違うようで、どうやらリッカはアザトゥル信仰における主神――雷神サースと、氷雪の女神であるグラキアウラを信仰しているらしい。
とはいえ一応この国に嫁いできているのだから、表向きだけでもいいから聖円教徒のフリをして欲しいんだけども。
「宗教が違うのは分かるが、そこは素直に誓いなって」
僕が仕方なくリッカにそう耳打ちする。
「……分かったよ。誓えばいいんだろ。チカイマスー」
渋々といった感じで、リッカが頷く。
彼女は前に見たあの露出の多い毛皮の服ではなく、色とりどりの刺繍が施された、白い暖かそうな衣装を纏っている。頭には麦の穂を象った細い銀細工でできたサークレット。ドレス姿……とはまた違うけども、それが彼女にはよく似合っていた。
その刺繍には彼女の親族や友人、知人それぞれが少しずつ針を入れており、その全ての色に対応する神がいるのだとか。
うちの国にはない文化で、とても興味深い。
「僕も誓います」
「では、これをもって……ウル・エリュシオンとリクシユツカの婚姻をここに認める」
司祭がそう宣言する。
それはつまり、今更説明するまでもないかもしれないが……僕とリッカが結婚したことを意味していた。
いわゆる――政略結婚である。
どうしてこうなった。
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