第4話:六出花の少女


「とりあえず、どいてくれない?」


 そう言うと、ようやくその少女は僕を押し倒しているような体勢になっていることに気付き、慌てて体を離した。


 その頬が、少しだけ赤く染まっている。


「ち、近いぞ、お前!」


 なんて言いながらこちらにビシッと細く長い指を突きつけてくる。


 いや、勝手に突っ込んできて、僕を押し倒したのは君ですけど?


 ん? ちょっと待て。そもそも何かがおかしい。

 だってここは城の外壁だ。その外側は絶壁と言っていい。


 なら――彼女はどこからやってきたんだ?


「え? まさか、?」


 思わず声に出てしまった。


「……いや、登れそうだなと思って、つい」


 てへへ、とばかりに照れるその少女を見て、僕は無意識でツッコミを入れる。


「いやいや、そんな〝ちょっと小腹空いたからつまみ食いしちゃった〟、みたいな感覚で登れる壁じゃないんだけど!?」


 そうして僕はようやく気付く。


 その少女――おそらく僕と同じ年代であろう彼女は、やけに露出が多く、青白いの毛皮で作られた服を着ていた。

 右腰にはナイフ。左腰にはシンプルで無骨なフォルムの直剣がぶら下がっている。背中には一対の手斧。


 背は僅かに僕より高い程度なので女性としては平均的な身長だ。

 でもその肉体はしなやかでかつ全体的に引き締まっていて、豹や虎と言った肉食獣を想起させる。

 

 何より露出が多いせいで、それなりに大きな胸がいやでも目を惹いた。

 

 その姿は――やはりどう見ても氷狼族ジーヴルの者だ。

 ということは、遅れてくる一人ってのはこの子のことか。


「あー……もしかして……迷子? 祝賀会の会場はあっちの中庭だけど」


 そうとしか思えなかったのでそう聞くと、


「そんなわけないだろ」


 どうやら違うらしかった。


 あ、この子が氷狼族ジーヴルってことは、一応客人なので丁寧に接した方がいいかと、今さら思うのだが――


「どう攻めれば、ここを落とせるかを下見していただけだ。城自体は造りも構造も古ドワーフの設計、築城だけあって素晴らしいが、守っている者達があまりにお粗末すぎる。私一人で落とせるぞ、この城」


 訂正。やっぱりこいつは客じゃない。


「よし、衛兵に突き出そう。不敬罪とか住居侵入罪とかなんかその辺りで」

「じゅーきょしんにゅーざい?」


 少女がキョトンとした表情を浮かべる。おっと、無意識で前世の記憶にある言葉が出てしまっていた。


「えっと、要は人の家に勝手に入ったらダメってこと」

「ここがお前の家なのか?」


 訝しげに僕を見つめてくる彼女を見て、ため息しか出てこない。


 それなりに良い服は着ているつもりだけども、そういう王族のオーラ的なものがないもんなあ……僕。


「一応、この国の王子なんですけど。あ、僕はウル・エリュシオン。君は……氷狼族ジーヴルだよね」

「あははは! お前が王子とは面白い冗談だな! ここの王子はもっとなんか凄い奴だぞ! なんせこの国を嫌うあの父上が未だに暴れていないからな! よほど強い男で気に入ったのだろう!」


 豪快に少女が笑うも、僕はその失礼な態度よりも彼女が口にした言葉に苦笑してしまう。そうか……もし僕が対応を間違えていたら、暴れるつもりだったのか。恐ろしすぎる……。


 とはいえ、なんか僕のことを勘違いしているみたいなので、訂正することにした。


「いや、本当に僕が王子だって」

「あはは! あー、お腹痛い。お前なかなか面白い奴だな。私は氷狼族ジーヴルの族長イテキヴァの娘、リクシユツカだ。仲間にはリッカと呼ばれている」


 もはや笑いすぎて涙目になっているぞ、この子。


 というか、え……? 族長の……娘!? 

 それ他国で言えば、お姫様に当たる立場じゃないか!


 なんでそんな、やんごとなき御方が一人で外壁クライミングしてるんだよ……。


「えっと、リッカさん」

「勝手に略称で呼ぶな」

「ええ……。じゃあ、リクシユツカさん」

「なんだ。私は下見で忙しいんだが」


 凜々しい顔付きでそう言われましても。それ、立派な敵対行為なんですよ。


「わりともう祝賀会も終盤なので、早く会場に行った方がいいと思うのだけど。立場的に、最後まで顔を出さないのはマズくない?」


 僕がそう指摘すると、リクシユツカ……ええい、長いのでやっぱりリッカだ、そうリッカは再びあどけない年相応の顔に戻る。


「え、もう終わるの? 宴って朝までやるものだろ?」

「どこの部族だよ。今日の祝賀会はもうすぐ終わるよ……早く行かないと、流石にイテキヴァさんに怒られると思うのだけど」

「そ、それはマズい。非常にマズい。親父は怒るとめちゃくちゃ怖いんだ……雷神サースのごとき雷が落ちる」

「だろうね……」

「すぐ行く! じゃあな、ウルなんとか! もっと肉食って体鍛えろよ!」


 そんな言葉と共に、まるで風のようにリッカが走り去っていく。


「いや、中庭はそっちじゃないけど……」


 僕はため息をつくしかない。やっぱり迷子だったんじゃないか、あれ。

 でもなぜか、妙な充足感があった。


「変な子だったな。さて、僕も戻るか」


 そうして僕が中庭の祝賀会へと戻るべく、城の中へと入る。

 さて、僕が王子だと分かったらあの子、どんな顔をするかな?


 それを考えると、やけに愉快だった。

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