第3話:祝賀会、そして出会い


 祝賀会の時間となり、中庭に次々と招待された客がやってくる。


 僕はしどろもどろになりながらも、彼らに挨拶し、感謝を述べた。どの王族や貴族達も笑顔で祝いの言葉を口にするけど、その内心が透けて見える――〝さて、こいつが王になった時にはどう搾取してやろうか〟。


 僕は確かに少し変わったかもしれない。でも矛盾するようだけど、人間はそう簡単に自分を変えられないのだ。


 いきなり大貴族や他国の王族相手に丁々発止の会話なんてできるわけがない。


 顔を真っ赤にしながら喋る僕を見て、横に立っている父は失望したような表情を浮かべていた。


 でもこれでいい。周辺国の連中のご機嫌取りをする余裕は、今日はないのだから。


 ようやく一通りの挨拶を終えて一息ついていると、レアがスッと近付いて耳打ちをしてくる。


「殿下……いらっしゃいましたよ」


 それを聞いて、僕の中でスイッチがパチリと切り替わる。


「――分かった、すぐに行く」


 背筋を伸ばし、中庭の入口へと向かう。

 すると丁度同じタイミングで異彩を放つ集団がやってきた。


 青白い毛皮を使っていることが特徴的な、露出の多い衣装。

 〝咒印ルフス〟と呼ばれる魔術紋章を刻んだ白い肌。

 彫りが深く、整った顔立ち。

 何より僕達と比べて大きい、筋骨隆々な体。


 それはまさに、各国で〝北の悪魔〟と恐れられている氷狼族ジーヴルの姿、そのものだった。


 その到着に会場がざわつく。中には部下に剣を抜かせた者までいる。父は苦り切った顔をしていた。


 だがそんなことはどうでもいい。


 僕はその集団の先頭にいる、一際体の大きな男の前へと進む。

 立派な顎ひげに、両腕に刻まれた狼を模した咒印ルフス

 背中には戦斧を背負い、体にも顔にも無数の傷跡があって、彼が歴戦の戦士であることが窺えた。


 間違いない――この男が氷狼族ジーヴルの代表者だろう。


 だから僕はその男へと、胸に右手を当てて軽く上半身を曲げるという敬礼をしつつ、口を開いた。


「――遠く北の地よりはるばるよく来てくださいました。本日は私の祝賀会に参加していただき、ありがとうございます。偉大なる狼の戦士達と宴を共にできること、光栄に思っております」


 するすると言葉が出てくる。祝賀会が開くまでの間、ずっと練習していたかいがあった。


「――氷狼族ジーヴルの族長のイテキヴァだ。噂通り、貧弱で軟弱で気弱な男のようだが……さて」


 その男――族長イテキヴァが僕の目をジッと見つめながら、なんとも辛辣なことを言ってくる。

 

 その圧力に僕は屈しそうになる。怖い。なんで僕はこんな奴と喋らないといけないんだ――そんな弱音を吐きそうになりながらもグッと我慢して、目を逸らさずに彼に答える。


氷狼族ジーヴルの皆様に比べたら、どんな屈強な戦士でも貧弱に見えるでしょう。さあ、どうぞお掛けください。我が国自慢のワインと料理を用意しております。もちろん……蜂蜜酒と火酒も」


 そんな言葉とともに、僕は彼らを会場の一番前にある席へと案内する。


「ほう?」


 それを見て、イテキヴァが意外そうな声を出した。


 ――祝賀会においてもっとも大事なのは、どの客をどの席につかせるか、である。


 当然、大事にしたい相手ほど良い席――つまり上座に近い場所に座らせるのが大事だが、当然客同士の立場や関係を考慮する必要がある。


 でないと、あとで色々と揉めることになるからだ。なぜあいつが俺よりも上座に座っているのだ、とかね。


 だから僕は氷狼族ジーヴルの席を最も前……つまり他国の王族達と同列の場所に配置した。


 当然、他の王族や大貴族達から〝なぜあんな蛮族と我らが同列なのだ〟と言わんばかりの視線を感じる。


 だが今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 するとイテキヴァが顔を少し歪ませながら、口を開いた。


「ふっ……なるほど。さっきの言葉、少し訂正させてもらう。確かにお前は肉体的に貧弱で軟弱かもしれないが……なかなかに肝が据わっている。気弱で惰弱で頼りない奴だと言って悪かった」

 

 いやそこまで言ってなかった気がするけど……。


 それからイテキヴァはドカリと席へと座った。それに彼の配下達も続く。

 多分、彼は笑っていたんだろう。ちょっと肉食獣みたいで怖かったけども。


 とにもかくにも、こちらの意図を汲み取ってくれたようで僕はホッとしていた。


 そうして――ついに祝賀会が始まった。


***


「もう無理……」


 祝賀会も後半にさしかかり、僕は一旦会場を抜け出していた。


 既に大半の客は酔っており、大いに盛り上がっているおかげか、もはや僕がいてもいなくてもいいような状況だった。


「殿下、大丈夫ですか? ほら、お水飲んでください。無理して火酒なんか飲むからですよ……」


 レアが心配そうに水差しを持ってきたので、マグ一杯に入れた水をグイッと飲み干す。


 水が世界一美味いと感じる瞬間だった。


「飲まないわけにはいかないからね」

「それはそうですけど……でも氷狼族ジーヴルって意外と紳士的なんですね。もっと騒いで暴れて酷いことになるかと思っていましたよ」

「僕次第ではそうなっていたかもね」

「どういう意味です?」

「そのまんまだよ。彼らを歓迎し、最大限の敬意を表した僕に恥をかかせないようにしてくれているんだろうさ。まあ代わりにめちゃくちゃ飲まされたけども……」


 彼らが蜂蜜酒と火酒をこよなく愛することは知っていたので、それらを用意させたし、彼らも喜んでくれた。


 ただまあ、僕まで飲まされるのは誤算だったけども。


「あ、そういえばあの族長さんが、〝後から一人、遅れてくるから料理を残しておいてくれ〟って言ってましたけど……その人、来ました?」


 なんてレアが聞いてくるけど、僕に覚えはない。そもそも一人だけ遅れてくるってどういうことだろう。


「うーん……見ていないなあ」

「そうですよね。あの人達、目立つのですぐに分かりますし」

「一応、厨房にそれを伝えておいて。あと門の兵士には、来たらすぐに案内するようにって」

「かしこまりました」


 去っていくレアの背中を見送りながら、少しふらつく体と思考で、これからどうするかを思案する。


 とりあえず氷狼族ジーヴルの族長とは親交を深められたから、滅亡フラグの一つは折れたと思う。


 この国が滅びる理由はいくつかあるが、その中でも最も多いのが、この祝賀会のせいで氷狼族ジーヴルを怒らせてしまい、それを利用した他国が彼らと同盟を結び、攻め込んでくるというパターンだ。


 少数精鋭かつ、命すらも厭わない苛烈な攻めを信条とする彼らに、貧弱なこの国の軍が敵うわけもなく。


 だから彼らを歓迎し、怒らせないことが重要だった。まあ少々やりすぎた感は否めないし、他国からの心証が悪くなった可能性はあるが、それはあとでいくらでも取り返せる。


 さらに氷狼族ジーヴルと親しいところをアピールしたことで、この国を狙う周辺国はかなりやりにくくなっただろう。


「とはいえ面倒だなあ……アルマ王国の王様、めちゃくちゃ不機嫌そうだったし」


 西隣のアルマ王国とは昔からあまり友好的とは言えない関係だった。とはいえ一応お互いの行事には呼ばれたら行く程度の付き合いはある。


 ただ経験上、彼らがまっ先に氷狼族ジーヴルと手を組んで攻めてくるパターンが多いので、どうにも仲良くなれそうにない。


「なんとか、このまま戦争が起こらず平穏に過ごせないかなあ……」


 そんな願望が思わず口から漏れてしまう。

 それが叶うわけないことも分かっていながら。


 僕は気付けば、城の中から繋がっている外壁の上へとやってきていた。普段は見張りの兵がいるそこに、今日は誰もいない。


 いや……なんでいないんだよ。


 多分、祝賀会で浮かれてどっかで酒でも飲んでいるのかもしれない。

 平和ボケにも程がある。


「そこもなんとかしないとなあ……」


 なんて呟きながら、心地良い風を感じていると――


「変な城だな……造りはやけにしっかりしていて、並の軍隊ならまず落とせないほど堅牢だが……」


 そんな声が聞こえてきた。

 僕が思わず外壁から身を乗り出して、下を覗こうとした瞬間。


「ギャッ!」

「うわあ!」


 凄い勢いで何かが壁の下からやってきて、身を乗り出した僕に激突。そのまま後ろへと転んでしまう。


 目から星が出るほどの勢いで後頭部を打ち、一瞬目の前が真っ暗になった。


「痛ててて……」


 すぐに目を開けた僕の視界に映っていたのは――仰向けになった僕に覆い被さっている、一人の少女だった。


 薄らと青い、雪原のような輝きを持つ銀髪。

 透き通るような、新雪の如き白い肌。

 どこか見覚えのある、化粧っ気のない、はっきりとした目鼻立ち。

 冬の夜空のような、吸い込まれそうになる黒い瞳。

 甘い、野苺のような香り。


 その少女はこれまでに見た誰よりも――美しかった。


「……なんだお前。弱そうな兵士だな。ちゃんと肉食ってるか?」


 否、訂正しよう。

 その少女はこれまでに見た誰よりも失礼な奴だった。


 この出会いが――この国と僕の運命を劇的に変えることになる。

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