第23話:扉前の問答
ゴルク鉱山の入口はハルキアの僕の館から馬車で5分ほど走った位置にあった。
「ジル様、またですかい」
「またよ!」
「お父様をあまり困らせたらいけませんぞ」
「困らせてないわよ!」
「おや、そちらの方は?」
「客人よ!」
坑夫達やそれを管理する役人達と親しげに話すジルを見て、彼女がこの鉱山を仕切っていることが窺えた。
僕は愛想笑いを振りまきながら、鉱山の中へと入っていく。リッカは興味なさそうだが、付いてきてくれた。
本人曰く、〝あの女は危険だからだ〟、だそうで。ジルのどこが危険かイマイチ分からないけども。
「こっちよ! 見付かったドワーフの遺構――あたし達はウヴァルローグって呼んでるんだけど、そこへの直通のリフトがあるの」
ジルがヘルメットを僕らに渡しながら、坑道を少し入ったところにあるリフト場へと案内する。
「ウヴァルローグ……嫌な響きだな。不吉な予感がする」
リッカが眉をひそめて、僕へと聞こえる程度の声を出した。
僕はリフトに乗り込みながらリッカへと言葉を返す。
リフトが揺れ、ゆっくりと降下していく。
「多分古ドワーフ語だね。無理矢理に訳すると〝焔城〟辺りかな」
なんて僕が返すと、ちゃっかり聞いていたのか、ジルが振り返って僕の手を握った。
やけにスキンシップが多いな、この子。
「よくご存知で!! ぼけーっとしてそうで、案外頭いいのねウル様!」
「あはは……」
「ウヴァルローグ! それはねこの地の伝承に出てくる名前なのよ! 正確に言えば 〝
その伝承は知らないけども、その正体から考えれば、さもありなんという感じである。
するとリッカがやはり苦々しい表情を浮かべる。
「ああ、思い出した。
「へえ! その話は知らないわね……そうか……山挟んだ向こうだから同じ存在が別の名で伝わっても不思議じゃないか。響きが似ているのは言語が似ているから?」
ジルが興味深そうにリッカを見つめながら、何かを考えはじめ、しばらくしてから再び口を開いた。
「あたしもね、ウヴァルローグの伝承については竜の類いかなと思っていたのよ。でもこの地下に眠るアレは絶対に竜なんかじゃない。間違いなく――人工物よ」
「見るのが楽しみだね」
僕はそう発言すると同時に、リフトが停止した。
「もう一つ、リフトを使うから」
ジルが陽光石とランタンで暗い坑道を照らしながら、勝手知ったるとばかりに進んでいく。すると、その先にさらにリフト。
その手前に坑夫らしき男が二人立っている。
「ご苦労様! ちょっと客人を案内するわ」
「了解です、お嬢様」
「物好きな客人ですな」
坑夫達が胡乱げな顔で僕達を見つめてくるので、適当に笑っておく。この感じだと、どうもウヴァルローグに対して熱を上げているのはジルだけのようだ。
そうしてリフトによって底の底にある、地下にしては広い空間に降り立った僕達の目の前にあったのは。
「……ただの壁か?」
それは確かにリッカの言うように、ただの壁だった。ツルリとした表面で、その光沢から金属であることは窺える。
よく見れば曲面になっていて、それが左右にずっと続いている。
少なくとも高さは、見えているだけで10メートル以上あり、横幅は検討もつかない。
「一見すると壁なんだけどね。でも、ほら、あそこを見て」
ジルが指差した先の地面が露出しており、そこにもあの壁と同様の金属が見えた。
「ここら一体は全部そうなのよね。多分、もの凄く巨大な遺構の、上の部分でしかないと思っている」
「なるほど。これを迂回してさらに掘るとなると……かなり厳しそうだね」
「そうなのよねえ……でもこれには鉄以上の価値があると思うの! あの金属だって、もしなんとか剥がせたら、新しい素材として使えるかもしれないでしょ!?」
ジルが声高にそう説明してくれる。
正直言うと、素直に感心してしまった。その正体も価値も何も知らない状態から調査し、その結論にいたったのは凄いことだ。
「素晴らしい」
「でしょ!? でもね、最近もっと凄いものが見付かったの!」
なんてジルが嬉しそうに話していると、暗闇の向こうから誰かがやってくる。それはフードで顔の上半分を隠した一人の背の低い老人で、手に持つランタンの火が揺れている。
坑夫というよりは物乞いのようなみすぼらしい姿だけども、顎に立派なヒゲがあり、なぜか高貴な雰囲気を纏っている気がした。
その老人がしゃがれた声を出す。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
そう言って、老人が再び暗闇の中へと進んでいく。
「さ、行きましょ」
ジルがその老人の後についていく。
右手にはずっとあの金属の壁が続いていた。
体感5分ほど歩いた先で、老人が立ち止まる。
「ここよ! 見て、これ!」
ジルが興奮した様子で、ライトを向けた先。
そこには――扉の形をした不思議な紋章が刻まれていた。
「間違いなくドワーフの紋章よ! 形からしてこのウヴァルローグの入口に違いないわ!」
「中には何があるんだ? 金銀財宝か?」
リッカがそう問うと、ジルが口をへの字の曲げた。
「それだったらつまんないわね。浪漫がないわ」
「金銀財宝を喜ばないとは、変な奴だな」
「それ、よく言われる」
なんて言ってジルが笑っている間に、あの老人が僕の傍へとやってきていた。
「それで、どうなさるのですかな」
「どう、とは?」
「開けるか開けないか」
ランタンの光の影のせいでその口元はよく見えないが、僕には彼が笑っているように見えた。
「開けるにしても、どうやって開けるかって話だけども」
「貴方なら開けられますとも。開けるだけなら……」
まるで……開けたらどうなるかを知っているかのような口振りだ。
「だが一度開けたら最後、それが閉じられることはない。世界に再び火が咲く。それを選択するのか? 平穏を望むお前が」
老人の口調が変わる。
「戦争を望まぬお前はここに何を求める。それはエリオンに本当に必要なものなのか?」
「……戦争は嫌いだよ。あんな馬鹿馬鹿しいことはない。でも何かを守るには、力はいる。戦争はしないに越した事はないけど、完全に回避するのは不可能だ」
「力を得る代償に、この世界が変わるぞ」
「――知ってるよ」
もちろん知っている。この奥に眠るものがゲームチェンジャーであることも。
僕には、ここを開けないという選択もある。
そうすればこの世界の戦争はさして変化せず、技術もそれに従ってゆるゆると進化していくだろう。
きっとそれが一番、平和なのかもしれない。
きっとそれが一番、人が死なないのかもしれない。
だけどもそうすると、間違いなくどこかでこの国は滅びる。今のままだと、どれだけ僕が外交を尽くしても、周辺国のいずれかに攻められて、亡国となってしまう。
だから――必要なのだ。戦争をさせないための外交を強烈にバックアップできるほどの、力が。
丸腰でテーブルに座ったところで、待っているのは搾取だけだ。
「戦争をしないためにも、交渉のテーブルにつく手札が欲しい」
「お前はあれらを所持してなお、戦争しないでいられるのか? あれにはそういう魔力が秘められている。力を使わずにはいられない……そういう類いの呪いが」
「あんた達とは違うさ」
僕が老人にそう言うと、彼は笑った。
いつの間にか、老人はフードを脱いでいた。その頭には――古めかしい王冠が載っている。輪っか状になっているそれは、一切装飾のない無骨なデザインだが、どこか目を惹く魅力があった。
「ならば、期待しよう。お前があれらをどう扱い、どう世界を御していくかを。だが気を付けろ……古い悪魔も、西の鬼も、東の竜も……お前を見ているぞ」
そんな言葉を残し――老人が暗闇へと消えていった。なぜか僕の手にはあの王冠。
無意識でそれに右手を通すとなぜか王冠が縮まっていき、まるで腕輪のような形で僕の腕へと装着される。
認められた……ってことで良いのかな?
「何をブツブツと一人で喋っていたんだ、ウル。空気が薄くて頭がおかしくなったか」
リッカが心配そうに僕の顔を覗いてくる。
「いや、ちょっとね。この国にお盆って概念はないよねえ」
「オボン? なんだそれ?」
「なんでもない」
僕はゆっくりとその扉の前へと進むと、右手を壁の紋章へと翳した。
すると、紋章から青白い光が放たれる。
「え? え!? 何が起こってるの!?」
「開けゴマってやつだよ」
慌てふためくジルを見て、僕は冗談めかしてそう呟いた。
リッカが訝しげにジッとこちらを見ているが、気にしない。
そうして――扉が。
あるいはこう言い換えてもいいかもしれない。
パンドラの箱が開いた――と。
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