第22話:その貴族令嬢、オタクにつき


「お待たせしました」


 そう言いながら戻ってきたエラルドさんが、手ずから僕達の分の紅茶を淹れてくれた。なんというか、マメな人である。


 貴族であるなら、使用人にやらせればいいのに。


「しかし殿下も物好きな方です。陛下より、自らこの地を望まれたと聞いておりますが……なにゆえこのような辺鄙な地を」


 エラルドの紅茶(すごく美味しい)を飲みながら、案外直球できたな、と考えていた。

 まあ誰もが疑問に思うところだろう。

 なので、これには素直に答えることにした。


「ゴルク鉱山に興味がありましてね」


 するとエラルドが僅かに動揺したのが見て取れた。


「……ゴルク鉱山ですか?」


 おや? なんだろうこの反応。まるでその話題には触れてほしくなかったかのように感じる。


「あの山はもう鉄が取れませんよ。もう鉱山としては死んでいます」

「そうですね、もう5年近く鉄が取れていない。その原因は――鉄を求めより深く掘り進めた結果、僕達の祖であるドワーフの……を見付けてしまったから……ですか?」


 僕の言葉を聞いて、エラルドが観念したかのように息を吐いた。


「よくご存知で……陛下にすらも伝えていないのに」


 やはりか。やはり……アレはあったか。


「別にそれを責めるつもりはありません。父への忠誠を誓っているエラルドさんが、なぜそう判断したのかは気になりますけどね」


 彼は鉄が取れなくなったことは報告していても、その原因については言及していなかったという。


 なのでそれを問うと、エラルドが肩を落としたまま語りはじめる。


「……別に隠すつもりもありませんでした。丁度2年前ぐらいでしょうか。鉄がだんだん取れなくなって、焦りはじめたのは街の者達でした。なんせ彼らの生活は鉄で成り立っていましたから。そうして深く、もっと深くと掘り進めていくうちに……見付けてしまったのです」

「それが、ドワーフの遺構ですか」

「はい。ですが、それの正体が何かすらも私達には分かりません。鉄よりも固い金属で覆われていて、ツルハシも爆薬もまるで意味を為しませんでした」

「それで掘り進めることが出来ず、結果として鉄も取れなくなったと」

「ええ……。一応、ドワーフの遺構の周囲を今でも掘り進めてはいるのですが……掘れども掘れども、その全容が見えません」


 まあ、その遺構の正体を知っている僕からすると、さもありなんという感じではある。


「事情は分かりました。では、なぜそれを報告しなかったのでしょうか?」

「それは……」


 エラルドが何かを口をしようとした瞬間――応接間の扉が勢いよく開いた。


「それ以上、話す必要ないわ!」


 そんな言葉とともに乱入してきたのは、黒髪の少女だった。


 年齢は僕らと同じか、少し下ぐらい。ショートボブの黒髪に、意志の強そうな緑色の瞳。その整った顔はしかし、泥と土で化粧されている。


 頭には坑夫がよく使っている、日の光を溜めて暗所で輝く〝陽光石〟を取り付けたヘルメットを装着していて、格好も上下が一体となった作業着だ。腰にはベルトポーチとそこにぶら下がるランタン。


 その作業着の上部分を腰で縛り、上半身はタンクトップだけで肌を惜しげも無く晒している。ただ成長途中のせいか、さほど色気があるような感じではない。


 ただ妙に雰囲気があり、ただの坑夫とは思えない。


 そんな彼女を見て、エラルドが慌てたように立ち上がると、一喝する。


「ジリエザ! 殿下の前だぞ!」

は黙ってて! あたし達にはボンクラ王子の気紛れに付き合っている暇はないの!」


 お、お父様……? ってことはまさか、この子。


 と、思っていると背後に控えていたレアが耳打ちしてくれた


「殿下、彼女はフィッツ卿の御息女であるジリエザ様です。確か今年で15才になられるので一つ年下ですね」


 つまり、れっきとした貴族令嬢である。


「くくく……ボンクラ王子だとさ。言い返さないのか、ウル」


 リッカはやけに楽しそうで、エラルドは青ざめた顔をしている。


「なななな、何を言っているんだお前は! 殿下、申し訳ございません! 一人娘だからと甘やかしすぎまして……どうか、お許しを!」

「あ、いや、別に大丈夫ですよ」


 そういうこと言われるの慣れてるしね。とはいえ、初対面でここまで言われるのはリッカ以来だけども。


「言っておくけど、ゴルク鉱山は閉めさせないからね!」


 父親に叱られてなお、ジリエザはまっすぐ僕を睨み付けてそう言い放った。


 飛び込んできたタイミングからすると、多分盗み聞きしていたのだろうけど、何か勘違いしてそうだな。


「閉めるなんて一言も言っていないけど?」


 僕がそう答えると、ジリエザがキョトンとした表情になる。


「へ? そうなの? じゃあなんでこんなとこに来たの?」

「ジリエザ! 殿下に向かってその口調はなんだ!」


 エラルドが叱るも、彼女に聞いている様子はない。

 なるほど……どうやらエラルドは可愛い愛娘には相当手を焼いてそうだ。


「エラルドさん、構いませんよ。彼女とは年も近いですし」

「で、ですが」

「なんだ、話の分かる王子じゃない。それによく見れば……結構かっこいいかも?」


 なんて言いながら、ジリエザがエラルドの横へと座る。

 隣で、そうか? と首を傾げているリッカは無視しておこう。


「改めて……今日からこのヴァーゼアル領の領主になった、ウル・エリュシオンだよ。こっちは妻のリクシユツカ」

「ジリエザ・フィッツよ……気軽にジルって呼んで。趣味は調。よろしくね、ウル様」


 ジリエザ……いやここはジルと呼ぼう――が土で汚れた右手を差し出してくる。僕は気にせずに微笑みながらその手を握る。見た目は少女の手だけども、マメがたくさん出来ている。おそらくツルハシを日々振るっている、働き者の手だ。


「ふーん。美人な奥さんを貰ったのは、地位によるものだけじゃなさそうね」


 そんなジルの言葉を聞いて、エラルドがまた叱ろうと口を開くが僕はそれを手で制した。


 口は悪いが、この子、もしかしたらかなり使えるかもしれない。


「あはは、褒め言葉として受けとっておこうかな」

「もちろん。それに握手も嫌がらなかったし、こんな格好で顔に土を付けていても嫌な顔一つしない」

「あはは……」


 なるほど。盗み聞きからの乱入はおそらく衝動的なものだろうが、その後の言動はどうも計算の内のようだ。なかなか油断ならない子だ。


「で、お父様の代わりに聞くけども……なぜこのヴァーゼアル領に? 鉄が取れなくなったこの地に旨味なんてないでしょ? てっきりあたしは鉱山を閉めて、違う産業でも興すつもりなのかなって思ってたんだけども」


 ジルがそう問うてくるので、僕は素直に返すことにした。本当はアレを確認してから、エラルドと話そうと思っていたけど、話は早い方がいい。


「それも確かに必要であるけど……むしろ僕はそのドワーフの遺構を求めてきたんだよ」


 僕がそう言った途端――ジルがソファから飛び上がり、目を輝かせながら僕の手を握った。


 うお、びっくりした。


「ほんとに!? もしかしてウル様って同好の士なの!? アレ本当に凄いんだよ! あ、今から見にいく!? 調査結果とか色々あるの! 実はいつかそれをまとめて王城に報告しにいこうと思っていたのよね!」


 矢継ぎ早にまくしたてるジルを見て、僕はこの子の本質が見えたような気がした。


 なるほど……この子はオタクなんだな。


「是非、見に行きたいね。いいですよね、エラルドさん」


 僕がそう聞くと、エラルドは頭を抱えながら無言で頷いた。

 着いて早々はちょっとやりすぎな気もするが、どうせ何か理由を付けて見に行こうと思ってはいた。


「じゃあ、早速行こう! もうほんとに凄いんだから! 特に去年見付けた、は必見よ!」


 こうして僕とリッカはジルに連れられ、早速ゴルク鉱山へと行くこととなった。

 

 そこが僕の、いやこの世界の歴史における……ターニングポイントとなることを知りながら。

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