二章:鉄と火が生まれる土地
第21話:廃れつつある産業遺構の町
ヴァーゼアル領の中部、ゴルク鉱山の麓にその街はあった。
古ドワーフ語で〝
しかしゴルク鉱山で鉄があまり取れなくなると経済が停滞しはじめ、結果として人が減っていき、気付けば外観は立派だが住む人がいない、ゴーストタウンのような有様になっていた。
今や住んでいるのは、製鉄業に携わった職人や坑夫達しかいないという。
いわゆる鉱山町にありがちなその衰退ぶりを目にして、僕は到着するとともに苦笑するしかなかった。
「随分と寂れているな。人もいないから活気もない。まるで遺跡のようだ」
リッカがその様子を端的に表現してくれた。遺跡とはまあ、なかなかの言い草だ。
「往々にしてこういう街は鉱山による発展と衰退がセットなんだよね」
それはどこの世界でも一緒なのだろう。その寂れ具合にどこかノスタルジーを感じてしまうのは前世の記憶のせいか。
「しかし本当に何の旨味のない土地だな。ここをどうする気か知らんが、苦労するぞ」
「まあ苦労するのは確かだけども、実は悪くない状況だ。逆に好都合、と言ってもいい」
その僕の言葉の真意が読めず、リッカが肩をすくめた。どうやら彼女は内政にはあまり興味はないようだ。
「ま、ウルがそう言うならそうなんだろう。とりあえず、一通り見ておきたいな」
「そうだね。でも街の視察はまたのちほどにして、とりあえず屋敷に向かおうか」
そうしてこのハルセアの郊外に建てられた――かつては辺境伯が住んでいたとされる、どこか砦じみた外見の屋敷に到着する。
ウォリスと彼の部下はイスカ村に残ってもらっている。キケルファについては、言葉が通じないので僕と来るように言ったのだけど、彼の強い希望で残ることになった。村人もウォリス達も反対しないで、それで良しとした。
僕も落ち着いたら移住計画を実行させるために近々行くつもりではいるけども。
「ようこそ、ハルキアへ! こんな辺境の地までよくおいでくださいました、殿下」
そんな言葉と共に、屋敷の門の前で僕を迎えてくれたのは、満面の笑みを浮かべる男だった。
年齢は確か40代中頃か。金髪碧眼と、典型的なエリオン北部人の特徴を有していて、背も高い。
「お出迎えありがとうございます――フィッツ男爵」
彼こそが国王の代理人としてこの地を治めている貴族――エラルド・フィッツだ。
爵位は男爵だが、父の信頼は篤い。
それは多分、彼が誰に対しても柔らかな物腰で、かつ滅多に王城に上がらないからだと言われている。父は自分の周囲にいる者より、遠くにいる者の方が好む傾向があるからだ。
良い部分だけを見ていたいという願望だろうと分析しているが、まあそれはどうでもいい。
問題は彼がどれほど僕に友好的かという部分だ。正直会うのは初めてであり、立場的には色々と気まずい。
なんせこれまでずっと放置して任せっぱなしだった領地をいきなり、〝息子が欲しいって言ってるから、あげることにした。お前は補佐役として頑張れ〟と王に言われ、取り上げられたのだ。
例え代理とはいえ、領主だった立場を追いやった張本人である僕を、手放しで歓迎しろという方が酷だろう。
「いえいえ、偉大なるエリュシオン家の方を歓迎できるのは光栄なことです」
しかしフィッツ男爵は敵意も悪意もなさそうな顔でそう言ってくるが、どこまでが本音かまでは読めない。
「お世話になります。ああ、紹介が遅れました。こちらは僕の妻であるリクシユツカです」
僕がリッカを紹介するも、なぜかリッカはムスッとした顔のまま何も話さない。レアが慌ててその背中を小突いているのが見えて、僕はため息をつきそうになった。
「……リクシユツカだ」
渋々と言った様子で、リッカが名前を告げる。
「噂には聞いております。私はエラルド・フィッツ。どうか気軽にエラルドと及びください」
自己紹介を受けても、リッカはピクリとも表情筋を動かさない。
あれ、なんで怒っているんだろ。
「そうか。とりあえず早く中に案内してくれないか?」
なんて言い放つリッカの横で、僕はどうフォローを入れるべきか迷ってしまう。いきなり前任者と不和になるような態度は止めてほしいんだけども……。
「これは大変失礼いたしました。すぐに案内いたします」
しかしエラルドは、リッカの失礼な態度を全く意に介さず、笑みを浮かべたまま僕達を中へと案内してくれた。
中は広々として使いやすそうではあるけど、王城と比べると、やはり狭く感じしてしまう。ただ造りは決して悪くない。
最低限の調度品しかないけども、どれも派手すぎずかといって地味でもない程度に装飾されている。
エラルドが用意したのだろうけど、なかなかにセンスが良い。
「良い家具ですね。エラルドさんが用意したのですか?」
「はい。ですがお気に召さないようでしたら、すぐに交換いたしますよ」
エラルドが当然とばかりにそう言うので、僕は慌てて首を横に降って否定する。
「いやいや、凄く良いと思っています! エラルドさんの審美眼は素晴らしいですよ。ね、リッカ」
「私は使えればそれでいい」
「……だろうね」
うーん。なぜかリッカが妙に不機嫌だな。さっきまで普通だったのに。
「お茶の用意をして参りますので、どうかここでお寛ぎください。なんせここはもう、殿下の屋敷ですから」
そんな言葉と共に僕達は応接間に通され、その後エラルドは一礼して去っていく。
「……つまらん」
エラルドがいなくなったのを見て、リッカが座り心地の良いソファへとドカリと座りながら、そう呟いた。
「リッカ、どうしたのさ」
僕がそう聞くと、リッカが僕を見てニヤリと笑った。
「毒気がなさ過ぎてな。〝よくも俺の領地を奪ったな小僧が……殺してやる!〟ぐらいの気概を見せてほしいものだ」
「まさかと思うけど、さっきの態度はわざと……?」
わざと冷たく当たって、相手の出方を見ていた――そんなところか。
「さて、ね。私は基本的に低地の人間を信じていないからな。〝怒る狐は尻尾を隠せない〟と言うだろ?」
おそらく
「どういう意味です?」
「怪しい相手は、下手に探るよりああして挑発した方が、案外尻尾を出すってことだ。あの男の本意は分からんが……今のところ敵意や悪意はないように感じる」
「フィッツ卿は陛下に忠誠を誓ってますからね。殿下をこうして迎え入れることを心から喜んでいると思いますよ」
それを聞いて、余計にリッカが拗ねたような表情を浮かべる。
「だからつまらんのだ。実はあいつが腹黒で、ウル憎しとばかりに暗殺を計画したり、刺客を送ってきたり、実はアルマ王国と繋がっていたりして――ほしい」
「願望かよ。やめてよ、まじで……」
なんでそんな面倒臭い事態を望むんだよ。
「そっちの方が面白いだろ? 英雄譚にはよくある話だ」
「現実は英雄譚とは違う。僕は英雄なんかになりたくない」
つまらない退屈な毎日に辟易しながら、なんだかんだ小さな幸せを見付けて、平穏に人生を過ごしたいんだ。
「私は英雄になりたいけどな。
「肝に銘じておくよ」
危ういな、と思ってしまう。英雄願望なんて、自殺願望と紙一重だ。
リッカには死んでほしくない。英雄になんかならなくていい。
でもきっと彼女は、英雄になる。そんな予感がしていた。
「とにかくさ、エラルドに裏があるかどうかは分からないけど、この領地を治めるにあたって重要な人ではあるんだから、仲良くしろとは言わないけれど、わざと挑発するようなことをするのはやめてよ」
「分かったよ。あの感じだといくらやったところで、無駄そうだしな」
その言葉を聞いて、僕は一安心する。
なんて話しているうちに、エラルドが戻ってきた。
さて、腹の探りあいはともかくとして、とりあえず現状把握をしておかないとね。
まずは――鉱山についてだ。
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