第17話:戦いのあとに


「ん、団長はあの力を使うと、なぜかしばらく耳と尻尾が消えなくて、それを凄く気にしてるから……見てみぬふりをしないと怒られる」


 なんて今更ツァラが言いやがる。


「それ、先に言ってよ……」

「言う暇なく抱き付きに行ったのが悪い。エッチ」


 ツァラがジト目でこちらを見つめてくる。


「あ、いや! 違うってば!」

「仲良しはいいこと」


 いや、だから……まあいいか。


 僕はため息をつき、立ち上がった。


 結果としてコボルトを殲滅させイスカ村を解放した僕達は、もう日が暮れるということもあり、僕らは中央にある広場に野営地を作り、そこで一晩過ごすこととなった。


 死者も怪我人も出たので、その弔いと治療も兼ねてだ。


 何より、僕にグーパンをしたあとにリッカが低体温症で倒れてしまった。


「しかし、リッカが心配だな……」

「体を温める一番の方法は裸でぎゅーすること。してきたら?」

「……これ以上殴られたくないから止めとくよ。しかしあの力、使うと毎度ああなるのか?」


 リッカは村人達が避難場所と使っている教会の中でガタガタと震えながら、暖かいスープと毛布でなんとか体を温めている。ただ肉体的疲労もあり、半日近くは動けないそうだ。


「だから〝氷獣化〟は奥の手。切り札」


 ツァラが言うには――


 古の時代、エルフやドワーフや竜と言った者達が互いの覇権を争っていた時、大陸北部を獣人ベスティアンと呼ばれる知性のある獣が支配していた。


 やがて獣人ベスティアンは永い年月かけて、より人間に近い姿――氷狼族ジーヴルと、より獣に近いの姿――魔狼ヴォルクの二つに分かれて進化したという。


 なるほど……先祖を共にするからこそ、ヴォルクは氷狼族ジーヴルにだけは恭順するのか。


 そしてハイコボルトと同様に、氷狼族ジーヴルやヴォルクの中に、先祖返りする者がいるそうだ。そうした者は一時的に自分の先祖である獣人ベスティアンの姿へと変化できる。


 リッカの場合、氷狼族ジーヴルの伝承にもその名を刻むほどの強者――〝冬降ろしボレアスカ〟が先祖だという。


 その力はもはやチートだが、それ相応の反動がある。


「……使わせないのが一番だ」


 僕は自分に言い聞かせるようにそう結論づけた。

 今回は僕のミスでリッカに使わせてしまった。


 二度と起こしてはならない事態だ。


「ふがいない……でも、あれカッコいいから好き」


 ツァラがそう言うのも分かってしまう。あの姿はどこか神々しく、そして美しかった。


 だけども、あれに頼っていたらダメだ。リッカはヴロスアングの指揮官であり精神的支柱である。戦場で半日ダウンしてしまうあの力は、あまりにリスクが過ぎる。


 どう考えても、計算に入れるべきではない。


「僕が頑張らないと……」


 戦場ではまるで役に立たない僕にできることは、あの力に頼る必要がないぐらいに完膚なきに完璧に勝てる準備を予めしておくことだ。あるいは、そもそも戦いにならないようにすること。


 それが僕の役割だ。


 なんて考えていると、キケルファが僕の下にやってくる。その顔には少し疲労感が浮かんでいるが、まだ目は死んでいない。


『――ウル、兵士達の治療はあらかた終わったぞ』


 なんと意外なことにキケルファには医術の知識があり、さらに使い手が殆どいないという治癒魔術も少しだけ使えるのだとか。なぜ〝叡竜派ファルセン〟でありながら、彼だけが生かされていたかが分かる。


 きっと治療者として従軍させたかったのだろう。


 そんな彼が懸命にうちの兵士を治療してくれ、さらに怪我した村人にも治療を施したいと訴えてきていた。


 それが何を意味するか分からないはずがないのに。


『本当に行くつもりか、キケルファ』

『……ああ』

『歓迎されないよ』

『分かっている。だが、それぐらいしないと……』


 罪滅ぼしか、償いかは分からないが、キケルファの意志が固そうだ。

 ならばこれ以上、僕から言うことはない。


「……村人達のところに行ってくる」


 僕はツァラにそう告げ、教会の扉に手を掛けた。


 ちなみにウォリスは部下と共に村の周囲を警戒している。特に川の方には船が二艘着岸しており、キケルファ曰くその二艘が、コボルトが所有している船の全てだという。


 なのでこれ以上の増援はないとは思うが、念の為、そこも見張らせている。同じ轍は二度と踏むまい。


 僕は教会を守るように立って、こちらに敬礼してくる近衛兵に手を挙げて答え、扉を開いた。


 扉の向こう、教会のなかほどに不安そうにしている村人達が集まっている。しかしどれだけ探しても働き盛りの男性はおらず、老人と女子供だけだ。


 そこには母親と合流できたのか、村の危機を教えてくれたあの少女、ミリーヤの姿もあった。


 さらになかには怪我人もいる。おそらくコボルトにやられたのだろう。


「……領主様」

「新しい領主様だ!」

「ああ……儂らはどうしたら」


 村人達が縋るような目でこちらを見つめてくる。

 無理もない。村の半分が燃やされ、男衆は殺されたのだ。

 命はあったかもしれないが、これからのことを考えれば不安しかないだろう。


 だったら掛ける言葉は一つだ。


「大丈夫ですよ。私は決してこの村を見捨てたりはしません。村の復興や当面の皆さんの生活の補償については私自ら指揮を執り行いますから」

「おお……ありがたいお言葉……」


 と喜ぶ老人もいるけど、陰でコソコソ〝うちの国の王子ってあんな感じだったっけ〟〝もっと頼りないって噂だった気がする〟とか言っているのが聞こえているぞ。


 まあ、そう思われても仕方ないような過去ではあったけども。

 とはいえ、見直してくれたのなら幸いだ。


 さて。


 問題は……ここからだ。

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