第18話:それは宗教画のようで


 僕は村人達を見渡して、口を開く。


「今後のことはおいおいとして、この中に治療が必要な者はいますか?」

「それなら、村長が……」


 一人の女性が発言すると共に、教会の奥にある祭壇近くで寝そべっている老人へと視線を向けた。彼は苦しそうな顔をしていて、胸を抑えている。血の滲んだ包帯が、それが決して軽い怪我ではないことを物語っていた。


 その傍にしゃがんでいるのは僕が連れてきた軍医だけども、彼は僕を見て、力無く首を左右に振った。


 処置は施しているが、限界だ――そう言っている。


「なんとかできませんか!? 村長は私達を守るためにあのトカゲどもに逆らった結果、あんなことに……」

「助けてあげてください!」


 次々と村人達が声を上げる。


「分かりました。ですが、私が連れてきた軍医の治療では限界があります。そこで魔法による治療を施したいのですが……治癒魔法を使えるのが、彼しかいません」


 僕がそう言うと、キケルファが教会の中へと姿を現した。


 空気が変わる。


「ひぃ」

「ああああああ!」

「トカゲ!」

「なんでまだ生きている奴がいるのよ!」

「早く殺せ!」


 村人達が怒りと憎しみを隠しすらせずに、キケルファへと向けた。


「死ね! よくも……よくも私の子を!」

「夫を帰して!」


 女達の怒声とともに配膳していた木の匙や、器が飛んでくる。

 それをキケルファは避けることすらせずに、全て受け止めた。


 鱗のせいでダメージは入らないけども、それでもその心中は察すると胸が痛くなる。


 それでも彼はまっすぐに村人達と向き合っていた。

 言い訳がましいことを一つも口にせず。


 その異様な迫力に――村人達は次第にその怒りを萎ませていく。


 ……今が頃合いか


「皆さん、聞いてください。彼はここを襲ったコボルト達とは見た目は同じかもしれないですが、全く違います。彼は僕の協力者であり、人類に友好的な派閥の者です。当然、人も食べませんし、彼のおかげで僕の部下が何人も救われました」


 そう声を張り上げるも、村人達から憎悪や不信感は消えない。

 目の前でコボルトに愛する夫や恋人、家族を殺されたのだ。そう簡単に許せるわけもない。


「……領主様が何と言おうと、そいつをこれ以上ここに近付けないでください。ましてや村長の治療なんてもってのほかです」


 一人の年配の女性がそう静かに告げた。それがおそらく彼女達の総意だろう。


 やはり難しかったか。だけども救える命があるのに、感情だけでそれが失われるのはあまりに勿体ない。


 なんとかできないものかと考えていると――


「……皆、聞け」


 そんなしゃがれた声が響いた。


「そ、村長!?」

「ダメですよ、無理したら!」


 村人に心配されながら、村長が軍医の手を借りて上半身を起こす。

 顔は青ざめているが、その目から光は失われていない。


「コボルトの襲来にいち早く気付いたのは儂だ。川で釣りをしていた時に、船が二艘こちらへと向かってきていた。その船に――そこのコボルトは確かに乗っていた」

「ほらやっぱり! あいつも同類じゃないか!」


 村人達が再び怒りを表すも、村長が否定する。


「それは違う。確かに乗っていたが、彼は既に囚われの身だった。それに何を言っていたかまでは分からないが、必死に他のコボルト達を止めようとしていたよのが見えた」

「で、でも……」


 困惑する様子の村人達をおいて、村長がまっすぐに僕とキケルファを見つめた。


「そこの彼が敵か味方は儂には分からん……だが、この村を救ってくださった領主様が味方だと言うのなら、儂は信じようと思う。だから、この老いぼれを少しでも生きながらえさせてはくれんか」


 村長のその言葉を訳そうとして僕が口を開くも、キケルファがポンと僕の肩に手に置く。


『言わずとも分かる。治療、してくるよ』


 それからキケルファがゆっくりと村長の下へと歩いていく。

 それを止める者は誰もいなかった。


 それからキケルファが村長の横にしゃがむと、右手を腹にかざした。


『〝光あるところに命は芽吹き、暗きところにて死がまどろむ。我は光の翳し手なり。どうか、光の一翼を〟』


 そんな詠唱とともに、淡い黄金の輝きがキケルファの手から放たれる。それがゆっくりと村長の体へと注がれていく。


「おお……」

「凄い……」

「綺麗」


 教会の祭壇で、怪我人へと光る手を翳すキケルファ。

 それはどこか宗教画めいた光景で、僕はなぜか感動してしまっていた。


 いつの間にか……村人達の敵意も憎悪も消えている。


 後に――彼が〝癒やし手のキケルファ〟と呼ばれる英雄となり、この国の窮地を幾度となく救ってくれることになるとは、当然この時点で僕は知る由もなかった。


「ね、ねえ……私の娘の怪我も治せない? 顔に傷ができてしまったの」

「うちの子も」


 村長の治療を終えたキケルファに、恐る恐るそう村人達が声を掛ける。

 それに対し、キケルファは無言で頷く。


「心配いらなかったようだな」


 いつの間にか僕の隣にリッカが立っていた。まだ顔は少し青いが、元気はある程度取り戻したようだ。


 獣耳と尻尾をなるべく見ないようにする。可愛いのになあ……と思うのだけど、言うと怒りそうなので言わない。


「うん。言葉は必要なかった」

「今回たまたま上手くいっただけだ。それにウルがキケルファと意思疎通できていなければこうはならなかったし、助けられなかった命もあったかもしれない」

「そうだね。さて、じゃあ……」


 この雰囲気なら……僕が当初考えていたことを実行できるかもしれない。


「何か企んでいるな。悪い顔をしているぞ、ウル」

「企むだなんてとんでもない。僕は誰もが満足できるソリューションを提供するだけだよ」

「そりゅーしょん?」

「あはは、忘れて」


 僕は、村人の治療に勤しむキケルファに無言で目配せして、それから村長の下へと向かった。

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