第19話:イスカ村復興/譲渡計画
治癒魔術が効いているのか、村長の顔色がすっかり良くなっていた。
彼は傍によってきた僕を見て、微笑みを浮かべる。
「ありがとうございます……領主様」
「いえ、こちらこそ助かりました。それに治癒魔法を施したと言っても、無理は禁物ですよ」
「分かっています。それよりも……この村はどうなるのでしょうか」
それをまさに提案しにきたわけだけど、場合によっては落ち着いてからの方がいいとは思っていた。なので向こうから話を振ってくれるのはありがたい。
とはいえ、辛い話となる。
「被害状況についてある程度調べましたけども……冬を越すための備蓄があった倉庫と畑の一部、家屋の約半分、そして風車が焼け落ちていました。さらに井戸と畑には……殺された村人達の死体……が捨ててありました」
僕はなるべく感情を込めずにそう村長へと伝える。死体と言ったが、それはもはや人だったかどうかも定かではほどに、食い荒らされていた。
「……そうですか。井戸はもう使えないでしょうな」
「はい。水に関してはリベレス川があるので、何とかなるでしょうが……備蓄はこの領地の国庫をこちらに回すとしても、風車が焼けたのが痛いですね。建て直すにしても……冬は越すでしょう」
この辺りでは小麦が主な作物となっている。冬を越すために粉を挽くのに必須な風車がないのは、あまりに痛手だ。
それを聞いて村長が、沈痛した面持ちで口を開く。
「何よりこの村には悲しみが多過ぎる……コボルトが川から来ると分かった以上、皆、夜も眠れまい。冬が来ることを考えると、もはやこの地を離れるしかない」
それは本当にその通りだった。
村人達にとって、生まれ育った土地を離れるのはあまりに辛い決断だろう。だがいずれにせよ、労働力の主となる男達が全員殺された以上、ここを農村として復興、存続させることはかなり難しい。
またいつコボルトがやってくるかも分からない。
「それでしたら、僕がこの領地と共に引き継いだ王家所有の試験農場地があるのですが、そちらに移住するのは如何でしょうか? そこであれば僕の館から近いですし、労働力も提供できます。何より安心でしょう。税金も当分は免除するつもりです」
「それは本当にありがたい話だが……良いのですか」
村長が信じられないといった様子でそう聞いてくる。
このヴァーゼアル領の統治については、これまではほぼ家臣に任せっぱなし状態で、王領なのに王族が一切関わってこなかった。
そのせいで余計に王族に対する不信感があったのだろう。
「もちろんです。何より今回のコボルト襲撃を事前に防げなかった我々にも落ち度はあるので」
「そうですか……皆と相談してみます」
まあ間違いなく移住に傾くだろう。というより、それ以外に選択肢はあまりないからだ。だが、そうなると問題なのは――残されたこの村をどうするかだ。
「この村についてですが――皆さんが嫌でなければ、が前提となりますが、僕の方で使わせていただきたいのですが」
というわけで、本題である。正直、難しい交渉ではある・
「それは……構いませんが。どうされるつもりですか」
「もちろん復興させますよ。いつか……皆さんがここに戻ってこれるように。さらにコボルトの襲来を防ぐためにも、ある程度の戦力も常駐させます」
「それもありがたい話ですが……何か、それ以外にもあるのですな」
村長が目を細めて僕をジッと見つめた。
この人、なかなか鋭いな。
「あのコボルト――キケルファという名前なのですが、彼はコボルトの中でも人間に友好的な派閥の者です。ですがおそらく今回の件で、彼と彼の派閥は窮地に晒されるでしょう。間違いなく、本来住んでいたアルマ王国から追放されます」
「なるほど……領主様の言いたいことは分かりました。つまり、領主様は追放された彼らを保護し、ここに住まわせるおつもりですな」
完全に見抜かれていた。
この村長、やるなあ。
そう。
僕はキケルファと彼の派閥の者を保護し、領民として迎え入れたいと考えていた。
それにはいくつか理由がある。まず、いくら人類に友好的な派閥とはいえ、移住地を追い出され放浪の民となったキケルファ達がこの国に対し被害を与える存在にならないとは言い切れないからだ。
本来なら穏健だった民族が追い詰められ、難民として押し寄せてきた第三国の治安がどうなるかを、僕は前世のおかげでよく知っている。
それならいっそこちらで手厚く保護、管理しておいた方が結果として利になると思っている。
なのでキケルファ達とは是非同盟を組みたいのだけど、問題はコボルトを住まわせる土地がない点だ。いや、土地自体は領内に沢山あるが、周辺住民との軋轢を考えると、これがなかなかに難しい。
だがここなら。
復興と償いという名目があれば、なんとか押し通せると僕は踏んだ。
「仰る通りです。これは彼らの償いでもあるのですよ。復興も全て彼らにやってもらいます。彼らは人を食わず、我々と同じ食生活をしているそうです。なので、畑の管理もできます。問題は――」
「我々の気持ちですか」
その通り。ここを去る村人達が、それを良しとするかどうかが問題なのだ。故郷を燃やされただけではなく、結果として奪われた、と取られてしまうかもしれない。
「領主様のお気持ちはよく分かりました。これも皆に相談してみましょう。儂はキケルファ殿の同族でかつ、領主様の管理下にあるならば……構わないと思っています」
「そうですか……! どうか、よろしくお願いいたします」
「約束はできませんが、なんとか説得してみます。多分、大丈夫でしょうな」
治療を施しているキケルファと、彼にお礼を言う村人達を見て、村長が微笑んだ。
今は無理でも。
人とコボルトが、手を取り合えるような国を作りたい――なんて気持ちがこふと胸の中にわいてくる。
「……夢を見過ぎか」
僕はそう呟いて村長の傍から離れ、リッカの下へと戻る。
彼女は僕を見て、ニヤニヤと笑っていた。
「嫌らしい男だな。さも良い領主のような振る舞いだが……さてはコボルトを戦力に加えるつもりだな」
……聞いていたうえに、僕の真の狙いにまで気付いているとは。
【ドラゴンの王座】において、コボルトはどの貴族でスタートしても決して仲間にならず、常に敵対種族として描かれていた。友好的な派閥があるという設定はあるものの、それがゲーム中に反映されることはない。
でもコボルトのその厄介さと強さを見て、〝コボルト兵使いてえ〟と思ったプレイヤーは多く、DLCでプレイアブルにしてくれという要望も多かったという。
だからそういう気持ちがゼロとは言えない。
「でも、嫌らしいとか言わないでくれる?」
「復興という名目でコボルトをここに住まわせる。さらに西からの襲撃に備えるためにコボルト達を武装、練兵させるつもりだろ? 普通にやればアルマ王国どころか、国内からも非難を浴びるだろうが……このやり方なら多少の無理も通る」
「流石だね」
「ここを対アルマ王国の前線基地の一つに仕上げて、西からコボルトやアルマ王国が攻めてきたとしても、キケルファ達に応戦させるつもりだ。そうすればこちらの戦力は減らない。ふっ、やっていることがアルマ王国と同じだな」
……そう言われるとぐうの音も出ない。
「ま、そこまで上手くいくかどうかは賭けだけどね」
キケルファが裏切る可能性だってあるわけだし。まあそれを言い出すとキリがないので、しっかり管理していくしかない。
「あらゆる手を使わないと、守れるものも守れないんだ。もう僕は失敗したくない。僕のせいで、部下とヴォルクが死んだ」
ハイコボルトを相手したと考えれば、かなり被害は抑えられた方だろう。それでも――仲間が死んだ。
「気にするな、とは言わん。死者をただの数字としか思えなくなる方が怖いからな。だがあまりに死に囚われるなよ。ウルはよくやった。初陣で勝てたのだから」
リッカが笑顔で僕の頭をポンと撫でた。まるで子供を褒める親のようだが、素直に嬉しかった。
「うん。ありがとうリッカ。君が僕の妻で良かったよ」
僕が微笑みながら、そう気持ちを伝える。
「う……きゅ、急にそんなことを言うな! ちょっと走ってくる!」
頬を赤くして、リッカが走り去っていく。あの調子じゃ、すぐに動けそうだな。
「やることは山ほどあるのに、さらにここで増えてしまったし……やれやれ」
すべきことの多さに少し憂鬱になるが、これも未来の平穏のためだ。頑張るしかない。
でも少しだけ、さっき言ったリッカの言葉が少し引っかかっていた。
〝やっていることがアルマ王国と同じだな〟。
「やっぱり有り得るな」
僕は西へと顔を向けた。
「アルマ王国に……プレイヤーがいるかもしれない」
*作者よりお知らせ*
次話は視点が変わり、間話となります。
その次より新章であるヴァーゼアル領統治編が始まりますので、どうかお楽しみに!
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