戦略ゲーでまっ先に滅びる弱小国家の平凡王子、前世の記憶と言語チートを得た結果、外交無双を開始する

虎戸リア

序章

第1話:蘇る前世の記憶


〝特筆すべきことなき平凡〟〝良く言えば人畜無害〟〝王の風格なし〟〝ボンクラ王子〟


 これが――このエリオン王国第一王子にして次期国王である僕、ウル・エリュシオンについての評価だ。


 剣を振るえるわけでもなく。

 知識があるわけでもなく。

 限られた者にしか使えない魔術の才覚があるわけでもなく。


 そんなうだつの上がらない僕が、十六歳となり成人した今日。


 これから城内の中庭で行われるこの祝賀会は、僕にとって大変居心地の悪いものになるだろう。


 父であるこのエリオン王国の国王は、僕が望んでもいないのに沢山の客人を招待している。国内のみならず、周辺国にまで招待状を出したそうだ。


 目立つのが嫌いで、出来るかぎり波風の立たないように生きてきたのに。

 本当に最悪だ。


「もう、そんな顔をしないでください殿下。せっかくの晴れ着が台無しです」


 自分の部屋でぶすくれた顔のまま祝賀会用の服を試着していると、部屋付きの侍女であるレアが口を尖らせた。


 栗色の髪にアーモンドみたいな瞳。可愛らしく幼い顔付きだが、彼女は僕よりもかなり年上である。年齢は怖くて聞いたことはないけども。


「晴れ着……ね。心は全然晴れないけどさ。祝賀会なんてやらなくていいって散々言ったのに」

「そういうわけにはいきませんよ。なんせ次期国王であらせられるウル様の成人祝いなのですから。しっかりと国内貴族のみならず、諸外国にもアピールしないと」


 レアが仰々しく鏡の向こうでお辞儀するのを見て、僕は思わず顔をしかめる。


「それが嫌だって言っているんだ。小心者のくせに妙に見栄っ張りな父上の自己満足のために、僕が晒し者になるなんて嫌だよ」


 僕は父が嫌いだった。弱いくせに強がって、そのくせ周辺国の王族や貴族にはへりくだり、そのみっともない姿がたまらなく嫌だった。


 だから僕はくだらないとばかりに首に巻いていた薄い、ツルツルしたシルクのスカーフを床へと落とす。父のために道化になる気なんて、さらさらない。


「またそういうこと言って……って、キャッ!?」


 それはどう考えても僕のせいだった。

 僕の手から落ちたスカーフが開けっぱなしの窓から吹く春風によって、レアの足下へと飛んでいった。


 それに気付かず、彼女が別の服を取りに行こうと一歩踏み出し、そのスカーフを踏んづけてしまったのだ。


 結果として彼女は足を滑らせ転倒しかけたところに、慌てて僕が手を差し出した――ところまでは良かったんだけども。


「うわっ!?」


 さっきも言ったように僕はお世辞にも優秀とは言えない身体能力の持ち主だ。ゆえに無理な体勢で見た目のわりに案外重い(とてもじゃないが口にできないことだが)、レアを支えようとしたら、派手に後ろへと倒れてしまった。


 そこにあるのは、無駄にでかくて重い僕の執務机の角。


 ゴン。


 僕の後頭部に衝撃と激痛が走る。


 同時に見たこともない世界の知識や、知らない誰かの人生の記憶が頭の中に雪崩れ込んでくる。


 なんだ……何が起こっている!?


 混乱のまま――僕は気絶したのだった。


***


 僕は一人の男の不思議な人生を追体験していた。

 異世界での暮らし。高度な文明。

 挫折。苦労。疲弊。孤独。


 あまりに暗く重たい人生を歩んでいた男はしかし、とあるものに出会い、劇的に変わってしまう。


 それはストラテジーゲーム……あるいは戦略ゲーと呼んだ方が馴染みやすいかもしれない――にカテゴライズされる、【ドラゴンの王座】と呼ばれるゲームだった。


 多様な種族が暮らす異世界が舞台の、一人の貴族として群雄割拠な乱世で成り上がることを目的としたそのゲームに、男はどっぷりとハマってしまう。


 退屈だった人生が急に鮮やかになった。

 男はゲームの為にこれまでよりも、もっとよく働き、それを通じて人と交流し、新たな趣味が増え、心が豊かになっていった。


 だが彼はあっけなく死んでしまった。理由は交通事故。


 あまりにもあんまりな最期だった。

 そこまで体験して――僕は目覚める。


「殿下……殿下!」


 僕の目の前には泣きそうになっているレアの顔があった。


「あー、うん。もう大丈夫」


 上半身を起こすと、そこはやはり僕の部屋でベッドの上だった。


「殿下……申し訳ございません! 私がドジしたせいで!」


 レアが何度も頭を下げるので、僕はそれを微笑みながら止める。


「気にしなくていいよ。あれぐらい支えられない僕が悪い」


 そう言いながらソッと後頭部を触るも、少し腫れているが血は出ていなさそうだ。まあ、多分大丈夫だろう。


「ところでレア」

「……はい」

「今って、竜欧暦何年だっけ」


 僕がそう聞くと、レアがまた泣き出しそうな顔になる。


「ああ……まさか記憶をなくされたのですか」

「違うよ。確かめたいことがあるだけ。今日は何年の何月何日? ついで時間も」


 その言葉に訝しげな顔をするレアだったが、すぐに懐中時計を取り出して答えてくれた。


「竜欧暦889年4月12日、午後2時15分前です」

「……なるほど。祝賀会は午後4時からだったよね」

「その通りです。良かった……記憶はあるのですね」

「むしろ、戸惑っているよ」

「へ?」


 僕の言葉の意味が分からずに、レアが首を傾げた。

 だけども僕は、ありもしない顎ひげをさすりながら考え込んでしまう。


 ああ――やっぱりだ。


 あるいは偶然かもしれない。あるいは僕の記憶と彼の記憶が混ざってしまったせいかもしれない。


 だけども、僕には妙な確信があった。

 この世界は……【ドラゴンの王座】と同じ世界だ。


 つまり僕は前世の彼がこよなく愛したゲームの世界に生まれたということになる。さらに苦手だった歴史や地理の勉学で培った記憶と、彼のゲーム知識がほぼ同じだったことがその証拠となっている。


 だからこそ、僕は知っているのだ――この先何が起こるかを。


「すぐに父上に会いたい。レア、手配して」

「ふえ? どうしてまた。まさか祝賀会を延期されるおつもりですか? 確かにお怪我をされたので大事を取ってそうした方がいいかもしれませんが……」

「違うよ。そんなことをしたら大変だ――


 この国の行く末を知っているからこその言葉だ。


 【ドラゴンの王座】にストーリーはない。なぜならプレイヤーがどの国のどの貴族を使い、どのように動くかで全てが変わってくるからだ。


 だが変わらないことはいくつかある。


 まずゲームスタート時の年代――これは必ず竜欧暦880年から始まる。つまり、9年前だ。

 そしてもう一つ――このエリオン王国はどの貴族を選んでも、10


 つまり……猶予はもう1年も残っていない。


「……どういうことです?」

「今日の祝賀会が重要なんだ。良かった、まだ間に合うかもしれない。だからレア、急いで!」

「は、はい!」


 僕が冗談で言っていないことを機敏に察知したレアが、部屋から慌てて出ていく。


「何とかしないと……僕がどうにかしないと……今年の冬すら越せないぞ」


 ベッドから抜け出して鏡に映る自分を見つめた。

 黒に近い深紫の髪。母譲りの青い瞳。

 

 背はこの国の人種ドワルヴにしては高め。


 普段はボーッとしている顔付きが、今はどこか鬼気迫っているように見える。


 僕は争いが嫌いだ。目立つのも嫌いだ。平穏に静かにのほほんと生きていたいと常々思っている人間だ。


 だけども知ってしまった。

 少なくとも僕もこの国も、争いは避けられないことを。

 この竜欧大陸全土が、に巻き込まれることを。


 だから動くしかない。

 この祝賀会でどう振る舞うか。今はそこに全てが掛かっている。


「ウル様! 陛下が今なら時間があると仰っています!」


 レアが帰ってきて、すぐにそう報告してくれた。


「すぐに行く。レアは祝賀会の会場である中庭に行って、ように伝えて。あと酒と料理も倍は用意するように!」

「へ? へっ!?」


 混乱するレア。気持ちは分かるけど、説明している暇はない。


「あとで説明するから!」

「分かりました! テーブル四つに、酒と料理を倍ですね! すぐにやらせます!」


 バタバタと走り去るレアを見て、僕は自分の頬を手で叩く。


「よし」


 気合いを入れ直して、僕は父の執務室へと向かった。


 まずは――となる……父との前哨戦だ。

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