第55話:点火
エリオン王国、某所。
そこは反王家……つまり公爵派の者達が密かに集まる場所で、表向きは高級宿となっている。
今日はその中でもエリオン王国の北方――鉱山資源が豊富な地帯――を治める数人の貴族が集まっていた。
彼らはことある度にここに集まっては密談を交わすのだが、今日の主役は一人の小太りの男だった。
「災難でしたな、バルトス殿」
「話は聞きましたぞ。通行税を撤廃させるとはなんと傲慢な」
「あの父親にしてこの子あり、ですな」
「これ以上、王家に好き勝手させてよいのですか!?」
周囲からそんな声を掛けられて、その話題の中心人物であるバルトスが冷静な顔付きで口を開いた。
「実はもっと酷い話がある」
「なんと! まだあるのか」
「さっき話した野盗襲撃の件だが、その野盗には王子の息が掛かっていたんだ。そうでなければ野盗もあんなにあっさり引かぬし、王子も深追いしなかった。どうにも様子がおかしいと調べさせたら……案の定だ。私は愕然とした! 一国の王子とは思えない、あまりに愚劣な行為!」
バルトスが煽るようにそう吼えた。
「それは酷い……横暴ではないか」
「それが真実ならば、公爵様にご報告するべきでは!?」
「領主の権限を蔑ろにしている! これはゆゆしき事態ですぞ!」
「これだから王族は!」
予想通りの周囲の反応に、バルトスは満足気な笑みを浮かべる。
「その通り。そしてこれは何も……私だけの問題ではない」
「……どういうことだ?」
「かの王子はこの国の鉱物資源を全て牛耳ろうとしている、と私は推測している。だから鉄すらも取れなくなったヴァーゼアル領を取り、私を狙った。これで終わりとは到底思えない。奴は――」
「まさか……!」
貴族の一人が驚きの声を上げる。それに対しバルトスはゆっくりと頷くと、その続きを口にする。
「奴は……この国の北方を全て手に入れようとしている。おそらくあの北の蛮族どもの娘と婚約したのもそれを狙ったものだろう」
バルトスが周囲の様子を窺いながらそう結論づけると、一人だけ少し思案気な顔をしている貴族を見付けた。
その貴族は少しの間考えると、疑問を口にした。
「しかし……あの無能王子がそんな大それたことを考えますかな?」
その言葉を引き金に、他の貴族達も疑問を感じ始める。
「確かに……そんなことができるほどの大物でもありますまい」
「父親の指示だとしても……あの暗愚の王がそんなことをしようと思うだろうか」
そんな言葉が場に飛び交うようになったのを見て、バルトスは全員に聞こえるようにわざと大きなため息をついた。
「はあ……皆、本当は分かっているのだろう? あの王子がそんなことを思い付くはずもなく、そしてできるはずもない。考えれば分かることだ。奴は最近、誰と婚約した? その裏には誰がいる?」
「はっ! まさかそれは……」
「そうだ。間違いなく奴は
そのバルトスの一言が、場に火を付けた。
「それならば納得だ!」
「なんと……もはやこれは
「国を裏切ったのか! 許せん!」
「コボルトを我が国に引き入れたのもそれが理由か! 蛮族に魂のみならず国まで売る気か!」
「売国奴めえ!」
酒の勢いと自身の言葉の語気に釣られ、貴族達は次々と気炎を吐いていく。
「王子を許すわけにはいかぬ! ここは我ら北の勇士が一致団結して立ち上がり、かの王子……いや王族を玉座から引きずり下ろす時ではないか!?」
バルトスが酒を片手に立ち上がってそう叫んだ。なぜかその視線は、窓の外へと向けられている。
まるで――何かを確認するように。
「その通りだ!
「俺はその話に乗るぞ!」
「私もだ!」
「しかし……まずは公爵様に話を通すべきではないか?」
そう一人の貴族がポツリと呟くも、既にその場はある種の熱狂的な雰囲気に包まれていて、誰も耳を傾けない。しかしその場を作り上げたにもかかわらずなぜか冷静なままのバルトスが、そんな彼へと笑みを向ける。
「もちろん公爵様には話は通す。だが我々には一刻の猶予もないと思うべきですぞ。王子が帰ってきた昨日の今日で、私がどうなったかは話したばかりだ」
「そ、それは確かに」
その返答にバルトスに頷くと、バルトスは酒杯を掲げた。
「かつて北の勇士と恐れられ、
「おお!」
「流石だ!」
「北に栄光あれ!」
その日、何杯目となるか分からない祝杯が、その場で交わされたのだった。
***
後日。
「いやあ、なかなかに演技派ですね、彼。どっかでボロ出すかなあと思ったのに」
僕は執務室で密偵からの報告を読みながら、狙い通りに推移していることに、満足する。
「バルトスさん、ちゃんと言われた通りにやってくれたみたいだね」
野盗とグルになって僕の輸送団を襲っていた件を弱味に、僕はバルトスを使って、公爵派の一部を煽る計画を立てていた。
特に立地的に動かれると厄介な、エリオン王国北部を領地とする貴族達には早い段階でこちら側につかせたかった。
とはいえ素直に言葉で語ったところで彼らが頷くとは思えなかった。なので、バルトスにはわざと彼らを焚きつけさせて、蜂起させるように誘導させたのだけども……。
「見事に、火を付けましたよ。あることないことぶちまけて。ありゃあ相当に自分に酔ってますね」
「それぐらいで丁度いいのかもしれない。問題はこの流れを酒の席の勢いだけで終わらせたくないところだね」
「問題ないでしょう。既に数人の貴族が武器やら馬やらの調達を始めています。それを見れば、他の者も遅れを取るまいと動くはずです」
「公爵はその動きは把握している?」
僕の予測だと、公爵はアルマ王国の侵略と合わせて武装蜂起を各地で一斉に起こしたいはず。なので僕が今、意図的に起こそうとしている北部領土の蜂起は止めたいはずである。
なのでこの動きが悟られて本人に出てこられると、成功率が著しく下がってしまう。飼い主がいないままの方が、飼い犬は操りやすい。
「問題ないかと。予定通りに陛下があれこれと理由をつけて、公爵を王城で足止めされていますし。何より昔から北部はわりと冷遇されていますからね。多少の動きが耳に入ったところで、すぐに対処するとは思えません」
「分かった。今日は下がっていいよ」
「――はい」
密偵が下がると、それまでは僕の隣で黙って話を聞いていたリッカが、ニヤリと笑った。
「酷い話だな。ウルは傀儡王子で、私はそれを操る蛮族。まるで英雄譚に出てくる悪役じゃないか」
そう言いながらも、リッカは嬉しそうである。
「悪役にでもなんにでもなるさ、それでこの国を守れるならね」
「わざと武装蜂起させて、その上で叩き潰そうとしている者のセリフとは思えないな」
「剣を交えずに済ませられる時期はとっくに過ぎているよ。まずは国内をなんとかしないと、アルマ王国には勝てない」
僕がため息を吐いた。正直、全てのことが話し合いだけで終わるならば、どれだけ楽だろうか。
「ま、私は戦えるならそれでいい。むしろそう簡単に平和になってもらったら困る」
そんなことで困られてもなあ……と思いつつも、それが彼女らしさなので否定はしない。とはいえ、少しは落ち着いてほしいという本音もある。
「心配しなくても嫌になるほど戦争が起こるよ。それを最小限にするのが、僕の仕事」
「ならばその最小限の戦に、勝ちを重ねるのが私の仕事だな」
リッカの言葉に僕は頷く。
「準備は?」
「万全。
「そりゃあ結構。次の相手は――北部連合軍だ」
その一週間後――バルトスを中心とした北部の貴族達が武装蜂起。それぞれが傭兵や私軍を従えて、王子討伐を名目にヴァーゼアル領へと進軍を開始した。
戦いが、始まる。
*作者からのお知らせ*
更新遅れてすみません! 明日より海外出張のため、更新不定期となります! なるべく頑張って更新するので気長にお待ちください!!
戦略ゲーでまっ先に滅びる弱小国家の平凡王子、前世の記憶と言語チートを得た結果、外交無双を開始する 虎戸リア @kcmoon1125
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