第54話:見慣れぬ野盗集団


 ヴァーゼアル領に隣するフィリビア領、クランガラン鉱山。


 そこは氷鉄グラシアイアの一大産地であり、それを有するこの領地の主であるバルトス伯爵も時折、この鉱山へと視察へとやってきていた。


「また隣のバカ王子に送るのかね」

 

 贅肉まみれの腹を揺らしながら、バルトスが鉱夫組合の長を一瞥する。


 エリオン王国においては本来、鉱夫とは独立した存在である。彼らは鉱夫組合に所属し、山の所有者である領主と対等に近い立場なのだ。ただしそれはあくまで名目上そうなっているだけで、実際のところ、殆どの鉱夫組合は領主の言いなりであった。


 例外があるとすれば領主の主権をあまり主張せず、むしろ半分鉱夫のような立ち位置だったジルがいるヴァーゼアル領ぐらいである。


 ゆえにこのクランガラン鉱山の鉱夫組合長は目の前の小太りでヒゲがあまり似合っていない男に対し、媚びるような笑みを浮かべしかなかった。


「は、はい。流石に王家の名前を出されましたら断れなくてですね」

「ふん、王家を名乗っていられるのも今だけだがな! まあいい、向こうが望むだけ送ってやれ。どうせ半分も届かぬよ」


 バルトスが下卑た笑みでそう言い切ったのを見て、鉱夫組合長は目を逸らす。


 彼は全て知っていた。


 自分達が隣のウル王子へと向けて送った氷鉄グラシアイアの輸送団が、必ず道中で野盗に襲われてしまうことを。


 もちろんただの野盗ではなく、その正体はバルトスの息の掛かった子飼いの傭兵達であり、奪われたものは全てバルトスの懐に入ってる。


 当然、全て奪うと具合が悪いので、三分の一ほど残してそこからさらに通行税や護衛料を搾り取るという徹底ぶりである。


 王家に対して行っているそれは明確な反逆行為であるのだが、自領内であることをいいことに好き勝手しているバルトスに異を唱えられる者はいなかった。


 なぜならそれはバルトスだけの意向で行っていることではないことを、皆が知っているからだ。


 裏にいるのは王家に続く権力者――公爵、レヴンである。

 

 逆らえば待っているのは死だ。


 鉱夫組合長如きが勝てる相手ではない。


「いつものように輸送団を送って……本当によろしいでしょうか」

「ん? さっき送っていいと言っただろ」


 なぜか何度も確認してくる鉱夫組合長に少しだけ疑問を抱きながらも、バルトスは煩わしいとばかりに、手を振った。


「かしこまりました。しかし、ウル王子が確か視察にいらっしゃるのですよね?」

「ふん、小僧が生意気に会談場所まで指定してきたからな。面倒臭いが流石に断れん。だがここに来させる気はないから安心しろ! がっはっは!」

「はあ……」


 どこか心配そうな表情を浮かべる鉱夫組合長を見て、バルトスが豪快に笑った。


 彼は気付いていない。鉱夫組合長が心配しているのは自分の事ではなく――バルトス自身についてであることを。


 こうしてバルトスは輸送団が出ていくのを見守ると、意気揚々とクランガラン鉱山を発ってウル王子が指定したという、ヴァーゼアル領にほど近い街へと向かった。


 彼の乗る、少々成金じみて派手な馬車は数人の傭兵しか護衛しておらず、領主にしては無防備に見えた。


 それは自領内であれば安全だという慢心の表れであり、それが結果として彼を不幸に追い込むことになる。


 とはいえ、例え騎士団に護衛させていたとしても――これから起こることに対応できるとは思えなかった。


「ん?」


 最初にそれを気付いたのは、バルトスの乗る馬車の右側を歩いていた傭兵だった。


 右側の茂みからの何かが爆発したような音が突如響き渡った。


「……!? あがっ」


 異変に気付いた瞬間に、鉄のプレートを着ていたはずの胸に血の花が咲く。


「な、なんだ!?」

「て、敵襲!」


 主と同様に傭兵達もまた油断していた。なぜならこの領内でのさばる野盗は皆身内であり、間違っても自分達を襲うわけがないからだ。


 とはいえ流石は傭兵でありすぐに臨戦態勢に入るべく、剣や槍を構えるのだが――


「がはっ!」

「うげ」

「ぎゃああ!」


  先ほども聞こえた爆発音が連続し、何かがとんでもない速度で飛来し彼らの胸や頭に命中。


 血花を咲かせ、そのまま命を刈り取っていく。


「なん……だ……よ、これ」


 呻く傭兵の前に、何者かがやってくる。


 彼らは狼を模した仮面を被っている者達で、手には見慣れない鉄と木を組みあわせた細長い筒が握られていた。


 仮面の奥から覗く目には、一切慈悲の光がない。


 傭兵は気付く。


 ああ、こいつらは……だと。


「クソが」


 傭兵がそう吐き捨てたと同時に、襲撃者が手斧を振り下ろした。


「なんだ、何が起きて――ひいいいい!」


 ようやく異変に気付き、愚かにも馬車の扉を開いて外へと出たバルトスが悲鳴を上げた。


 護衛をしていたはずの傭兵は一人残らず絶命しており、強烈な血の臭いが漂っている。


 彼は腰をぬかして地面に座り込んでしまい、逃げ場がないことに気付くと精一杯の虚勢を張った。


「き、貴様ら! 分かっているのか!? わ、私は領主だぞ! こんなことをしたらタダでは済まな――」


 そう喚くバルトスに、襲撃者の中でも背の低い者が仮面越しにくぐもった声を出す。


「ん、王家の旗を掲げた輸送団を我らは襲ったことがある。そんな我々がたかが地方領主に遠慮するとでも?」

「あ、ありえん!」


 襲撃者がナイフをスッと構えたのを見て、バルトスは絶望する。


 なぜだ。なぜ、こんなことに。

 まさか傭兵達が裏切った? いやそれならば、わざわざ仲間を殺す必要性はない。


「か、金ならある! だから見逃してくれ! そうだ! お前らを雇ってやろう! 金も女も酒も好きなだけやるぞ! 今なら公爵も支援してくれる!」


 見苦しいバルトスの命乞いに、襲撃者が仮面の下で顔を歪ませた。


「もういい。死んじゃえ」


 ナイフが閃いた瞬間、バルトスは死を覚悟し目を閉じた。


 しかし――死も苦痛もやってこない。

 代わりに金属が弾かれる澄んだ音が響いた。


「――バルトス伯爵を守れ!」


 誰かの声。

 戦闘音。


「へ? え?」

 

 バルトスが目を開けた時、仮面の襲撃者は既に撤退していた。


「な、なぜ」


 そうして混乱するバルトスの前に現れたのは、一人の少年だった。


「よかった。無事だったのですね、バルトス伯爵」


 そう言って、手を差し伸べてきたのは――


「な、なぜここに――


 バルトスが目を大きく見開きながら、目の前で手を差し伸べる少年――ウルを見つめた。

 

 すると彼は柔らかな笑みを浮かべる。


「実は私が依頼した氷鉄グラシアイアの輸送団が襲われるという情報を事前に入手していましてね。なんと恐れ多くも今回はバルトス伯爵も同時に襲うと聞きましたので、こうして駆け付けてきたわけです」

「……そんなバカな」

「野盗とは恐ろしいものですね。ご心配されなくても輸送団も無事ですよ」

「ありえん!」


 バルトスが思わずそう叫んだ瞬間、ウルの目が怪しく光った。


「ありえん、とは? そういえば、捕らえた野盗達が何か喚いていましたね。〝俺達は領主に雇われているんだぞ〟とかなんとか。全く、酷い話です。バルトス伯爵が――


 ウルの言葉を聞き、バルトスの顔から血の気が引いていく。


「そ、それはそうです! しょせんは野盗、生き延びるためにデタラメを申したのでしょうな!」

「ですよね! いやあしかし、これでようやく野盗問題も解決しましたね!」


 ニコリと笑うウルを見て、バルトスはもはや頷くしかない。


「え、ええ」

「流石に今日は会談どころではないので、念の為お屋敷まで我々が護衛しますよ。馬車の中でゆっくりとお話もできますし」

「あ、ありがたい」


 もはやバルトスは拒否する立場にない。


「そうそう、そういえば通行税と道路強制、それに護衛料についてですが、実は相談がありましてね。まさかバルトス伯爵様自らがそれらを決めたとは到底思えないのですが――」


 馬車の中で次々と矢の如く放たれるウルの要望に、バルトスに答える以外の選択肢はなかったのだった。


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