第39話:星落ちて、開戦と為す


 叡竜派ファルセンの村を去って、南へと向かう道中。既にラセツ達と合流ずみのリッカ達が先頭を行きつつ、僕達は緑王国へと進んでいた。


 先行しているとはいえ、一部のコボルト達は既に僕達に続いて撤退を始めている。


「しかし、解せないね。なぜわざわざあんな噂を流したんだい。ザフラスやその部下ならともかく、他のコボルトにあんたがエリオン王国の王子であることを知らせる必要はないだろ? 結果として間者の疑いがあった数人が行方不明になっているそうじゃないか。間違いなくこの撤退はアルマ王国軍にバレている。あんたがいると分かれば、目の色を変えて追ってくるよ」


 僕の横を行くアイナがそう疑問を口にする。僕が彼女と、をしていることをまだリッカ達には伝えていない。

 それがゆえに彼女は今のところ信用できるのは確かであり、リッカも僕の護衛を彼女に任せている。


 とはいえ元敵国の諜報員である以上、僕は彼女には必要以上の情報をあえて与えていなかった。


「むしろそうしてもらわないと困る。僕は――。だからわざわざ間者のいる近くで、僕がエリオン王国の王子だと言ったりした」

「追撃、してほしい? 普通は逆じゃないのかい」

「普通はね。でも今から交渉する相手は普通じゃダメなんだ」


 アイナの言うことはもっともだ。だけども、この先の交渉を有利にするためには……アルマ王国軍が追撃してくることが必須条件となっている。


「もしアルマ王国軍が追ってこなかったら、相当難しいことになる」

「意図があるならいいが……相手がなあ」


 アイナが口にするのも嫌だと言わんばかりの苦い表情を浮かべる。


「相手?」

「今回のコボルト討伐を任されている司令官のエベルバのことだよ。かなりのやり手だし、ただの追撃だけだと思わない方がいい」

「よく知っていそうな口ぶりだね」

「嫌と言うほどね……あいつもあたしと同類だよ――さ」


 その言葉に、僕は思わず反応してしまう。


 アイナから聞いた話だと、彼女とアルマ王国軍に所属する一部の者は――悪魔に呪われているという。それを彼女達は、〝悪魔の指先〟と呼んでいるらしい。


 アイナはその呪いにより、不死に近い力を持っていると言うが……その真偽は不明だ。

 

 ただ少なくとも目の前で、〝証明してやろう〟と言われ、彼女が自ら斬り落とした手首から新しい手首が生えてきたのを見たからには、信じざるを得ない。


 僕の記憶が正しければそんなバケモノじみた特性も、悪魔なんていう存在も――


 全てがゲーム通りではないということを、よく考えておかないと。

 

「つまり、そのエベルバって奴もアイナみたいな力を持っているということ?」

「全く違う呪いだが、そういうことだ。単体戦闘力でいえば上位に入る力を持つが、あいつの場合はそれに頼らずとも司令官として有能なのが恐ろしいところだ。舐めてかからない方がいい。追撃は苛烈になるぞ」

「望むところだ……と言いたいところだけど、嫌だなあ」


 撤退戦なんて、最悪でしかない。

 しかも自国軍ですらない、コボルトの部隊を率いての撤退。


 逃げ込む先が緑王国だというのも最悪に拍車を掛けている。


 そして僕の不幸はこれだけに留まらない。


「アルマ王国軍にはもう一人、悪魔の指先がいる。気分屋なところはあるが、これもまた恐ろしく有能かつ規格外な部隊を率いていてねえ。あれが戦場に現れたら……負けを覚悟した方がいい」

「そいつらが来ないことを祈るよ」


 とはいえ、念の為に詳細は聞いていた方がいいな。こんな南に部隊を配置しているとは思わないけども、万が一もある。


「とりあえずその司令官とその部隊のことを教え――」


 そんな僕の発言の途中。


 西の空からの異音に僕は思わず視線を向けてしまう。

 空高く、何かが放物線を描いてこちらへと飛来してきている。


 風切音と呼ぶにはあまりに大きな音を響かせながら。


「――え?」

「あれは……」


 それは小さな黒い球状の物体だった。

 否、この距離であの大きさだとすると――ちょっと待て。


 あれ、60以上あるんじゃないか?


「ウル、伏せろ!」


 アイナが叫びながら、僕を地面へと押し倒そうとした時。


 その黒い球体はよく見ればでこぼこが多い歪な形をしており、僕らがいる場所から西に目視で数百メートルほど離れた位置に落下。


「あっ」


 耳をつんざくような轟音。

 大地が揺れ、体が一瞬浮かび上がったような感覚。

 地面を捲り上げながら迫る衝撃波。


 僕を庇うように覆い被さったアイナによって視界が遮られたなか、僕は何が起こったか分からずに、混乱と恐怖に襲われていた。


 その中でも必須に頭を回転させる。

 隕石が落ちて来た? いやそれにしては軌道がおかしい。

 あれではまるで……臼砲による砲撃みたいじゃないか。


 まさか、いや……ありえない。


「敵襲! 西からの砲撃だ!」


 リッカの声が聞こえる。

 アイナが僕の上から退くと、倒れていた僕へと手を伸ばした。


「生きているかい」

「なんとかね。そっちは?」

「背中がボロボロ。ま、すぐに治るが」


 アイナの背中には無数の岩や石の破片が刺さっていたが、それがひとりで抜けていき、その下には無傷の綺麗な肌。


 やはり不死というは尋常ではない。

 だけども彼女がいなければ……僕は死んでいたかもしれない。


「ありがとう、アイナ」

「礼はあとでいい。それよりもすぐにここを離れた方がいい。今のは間接射撃だろうが、すぐに修正して効力射を撃ってくるよ! ちっ、なんでこんなところにあいつがいやがるんだ」


 アイナが悪態をつきながら、あの隕石が飛んできた西の方へと視線を向けた。ここはなだらかな丘が続く丘陵地帯で、西には丘がいくつか連なっている。


 おそらく、砲弾の軌道的にあの丘の向こうから撃ってきたのだろうけど……。


「ありえない。あれほどの大きさと質量の砲弾をあの高さまで撃つなんて、いくらアルマ王国の優れた火薬技術でも不可能だ」


 列車砲ならあるいは、というところだが、当然そんな兵器はまだこの時代には登場していない。


 いやそもそもの話として。


「……なんであんな所から砲弾が」


 主戦場からこんなに離れている場所に、砲兵陣地なんてあるはずないんだ。


「あんなバカみたいな砲弾をブチ込んでくるのは、この大陸全土を見てもあいつしかいない」

「あいつって」


 嫌な予感がする。


「アルマ王国軍最強の砲隊、〝星降り《メテオール》〟を率いる隊長にして、悪魔の指先の一本――〝スターコーラー〟ライナス。あいつの呪いはあたしやエベルバとは比較にならないほどに……だ」

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