第41話:星を見上げる男


 ウル達の西方。丘を越えた向こうに、その砲兵陣地があった。


 どう見ても馬で牽引なぞ不可能なサイズと重量を誇り、まるで空に向かって口を開けているようにさえ見えるアルマ王国製最新の臼砲――〝乞う者ベッグマン〟。


 それが三門、並行に並んでいる。


 その周囲で兵士達が慌ただしく動いているなか、その後方で伝令らしき兵士が何かを喚き立てていた。


 その視線は、戦場であるというのに両手両足を投げ出して地面に仰向けで寝そべっている男へと向けられている。


「ライナス殿! 猊下はウル王子をと仰せられたのですよ!? 砲撃はあくまで進路を妨害するために撃つのであって、直接狙うものではありません! あれでウル王子が死んでいたらどうされるおつもりですか!?」


 しかしその寝そべって空を見上げている男――この砲兵陣地の主であり、アルマ王国軍最強の砲兵部隊である〝星降りメテオール〟の隊長であるライナスは微動だにしない。


 否、動かないのではなく――動けないのだ。


 よく見れば、彼の体がにわかに地面へとめり込んでいるのが分かる。



 だから彼はただぎょろりと目玉を動かし、伝令が首から下げている、東方軍の司令官であるエベルバの信者の証である〝洗血円章〟を睨み付け、口を開いた。


「エベルバに言っておけ――砲兵に向かって生け捕りにしろとは何事か、とな。俺達は砲を撃って、有象無象をぶっ壊し、ぶっ殺すのが仕事だ。生け捕りしたいのなら、自分の兵士を使え」


 そうライナスが低い、酒焼けしたしゃがれた声で反論する。


「そうするから、〝星降りメテオール〟はウル王子の進路妨害に専念しろと言っているのです! さっき、直撃を狙うための修正を指示していましたよね!?」

「うるせえな……それが砲兵の仕事だろうが」


 喋るのも億劫だと言わんばかりに、ライナスがそう吐き捨てた。


 相変わらず、あの悪趣味クソ野郎は頭が悪くて困る……そんな言葉が出そうになって、流石に部下の手前でそれを言うのは憚れた。


 ライナスはエベルバという存在を毛嫌いしていた。そもそもエベルバの異常性猟奇性からしてアルマ王国軍内でも彼を好むものは少ないのだが、多くの者は彼よりも立場が下でその有能さは認めていた。


 しかしライナスは立場的には微妙な立ち位置だ。


 アルマ王国を影から支配している――それを知っている者は極々少数だが――古き悪魔、レグナのを受けしものである〝悪魔の指先〟同士に、厳密な上下の関係はない。


 ゆえにライナスは決してエベルバの下にいるわけではないのだが、アルマ王国軍という枠で見るとこれも少し違ってくる。


 東方軍の司令官であるエベルバと、最強とはいえ、いち部隊の隊長にすぎない彼では、どうしても立場的には下として使われてしまう。


 なので〝一応命令は聞くが、そこから先は好きにさせてもらう〟――という、ある種の自由裁量権をライナスは所持していた。


 なので、これ以上伝令と言い争うのも不毛だった。

 不毛にするのは……敵地だけで十分だ。

 

「分かった分かった。進路妨害をすりゃあいいんだろ? そうしないと伝令であるお前の立場がないからな。だがやり方まで指図を受ける気はない。だから、エベルバにこう伝えろ――俺が奴を爆発四散させる前にさっさと捕まえろと」

「……絶対に目標には当ててはいけませんよ!」


 そう念押しして、伝令が馬に乗って去っていく。


「だってよ。砲兵に〝目標に当てるな〟、なんて言う味方がいるかよ」


 ライナスが思わず傍に立つ初老の男へと愚痴る。

 その初老の男――アドウィスは、呪いの弊害でこの場から動けないライナスの代わりに指示を出す、この部隊の副隊長である。


「それだけ我々が評価されているということでしょう。そう言わないと――と分かっているがゆえに」

「お前は前向きだなあ、アドウィス。はあ……これだったらコボルトが立てこもる砦をぶっ壊す方がよっぽど楽しかったな」


 空を見上げながら、ライナスがため息をついた。


 砲兵という仕事は好きだった。呪いというクソみたいな力を得てからは、まるで星が墜ちたが如き大破壊をもたらす砲の運用も可能となった。


 だが惜しむらくは、物体を軽くするたびに自身の体が重くなるという呪いの弊害のせいで、力を使っている時は常にこうして寝そべっていないといけないことだ。


 おかげで、せっかくの砲撃による大破壊をこの目で見られない。

 

 それが大層つまらなかった。


「それで、如何いたしますか」

「進路妨害ってもなあ……これ以上南に撃つと、緑王国を刺激する。エベルバはともかく、国王に怒られちまうな」


 ライナス本人として、緑王国なんぞいっそ砲撃で更地にしてしまえばいいとすら思っているが、上の連中はそうは思わないらしい。


「となると後続のコボルト達を目標にしますか」


 アドウィスの提案に、少し間を置いてライナスが言葉を返す。


「……そっちに王子がいる可能性は?」

「そればっかりは分かりません。まあ十中八九、王子がいるのは先頭の方でしょうが」

「うっし、じゃあ目標変更。後続のコボルトを一人残らず肥料にしてやれ」

「かしこまりました」


 アドウィスが指示を出そうと歩きだそうとした時、慌てた様子で兵士がやってくる。


「隊長! 南側の観測班が強襲を受けたとの報告が! 被害は甚大とのことです!」


 兵士の報告にライナスがピクリと眉を動かした。


「あん? 相手に騎兵なんていないだろうが」


 観測班の事前の報告よれば、相手のほとんどはかち……つまり馬やその他乗り物に乗っていない者がほとんどだという。


 王子達おぼしき先行隊とそれに続くコボルトの兵や一般人らしき者達も皆、歩きであった。


 いくら第二射が撃てていないとはいえ、動きが早すぎる。


「そ、それが……氷狼族ジーヴルのヴォルク兵でして」

「報告によると二騎だけヴォルク兵がいたと聞いたが、まさかたった二騎にやられたのか?」


 アドウィスの確認に、兵士が青ざめた顔で首肯する。


「は、はい。ですが、奴等はすぐに撤退しました! 北の方角とのことです!」


 その報告を聞いて、ライナスが思わず舌打ちしてしまう。


 もう一つの観測班がいる北へと逃げたのは偶然ではないだろう。


 あまりに鮮やかなやり方だ。砲兵部隊にとって観測員とは目である。これを潰されると間接射撃もできず、場合によってはせっかく整えた砲兵陣地を放棄しないといけなくなる。

 

「ちっ……大陸最強の砲兵部隊の観測班が、たった二騎にやられるやつがあるかよ」


 まっ先に観測員を狙うという、一番砲兵部隊としてやられたくないことに対し、当然ライナスも軽騎兵に観測班の護衛をさせるなど、対策は立てている。


「それが……鬼神の如き強さだと生き残った者が言っておりまして……護衛の騎兵も全滅したと」


 しかしその対策も、圧倒的な武の前ではあっけなく散ってしまう。


「たった二騎と見誤りましたかね。族長クラスの可能性がありますな。確かかの王子は氷狼族ジーヴルの族長の娘と婚約したそうですので」


 アドウィスの言葉を聞いて、ライナスが苦々しい表情を浮かべた。


「明らかに対砲兵のやり方が分かっているな。コボルトどもにそこまでの知恵があるとは思えないから、王子かその氷狼族ジーヴルのどちらかが、指示を出したのだろうさ。……厄介だな」


 砲兵部隊の効率的な運用に関しては、ライナスもアルマ王国軍が大陸一だと自負している。

 ゆえに砲兵部隊を相手した時の戦術について、アルマ王国軍内ならともかく、他国のしかも北の蛮族や平和ボケした王子がそれに精通しているとはとても思えなかった。


 その油断が、二つある観測班の内の一つを潰す結果となったのだ。


「舐めて掛からない方がいいな。氷狼族ジーヴルは北に逃げたんだな?」

「はい」

「北の観測班を撤収させろ。予定通り砲撃を北に集中させる。おおまかな相手の位置はもう割り出せているのだろ?」


 ライナスの指示を部下へと伝えながら、アドウィスが答える。


「既に北の観測班には早馬を出しています。後続のコボルト達の位置も計算済みです」

「だったら今度こそ、星を見せてやれ。いくら素早いヴォルク兵でも、星の雨は避けられないだろうさ」


 視界の端でアドウィスが忙しく動き始めたのを見て、ライナスは再び空を見上げた。


 呪いのせいで、常に体には激痛が走っている。まるで見えない巨人に常に踏まれているような感覚。


 それでもライナスは力を使うことをやめない。

 いつか見た――あの特大の流れ星を、この手で再現するまでは。


 そうしてライナスは、いつまでも空の向こうにある星を見上げていた。


 砲撃による振動が、大地を揺らす。

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