第5話 隠れ里「ヘイの向こう」

「あわわわわわっ! 服、服! 持って来たので一番素敵な服は・・・・・ああそれよりその前に下着! 御伽話であった「しょうぶしたぎ」ってこんなのでいいのよね!?」


 朝、館の部屋のクローゼットの前で私、カリナ・ミタルパは今日着て行く服と下着のチョイスに、頭がフットーしてパニックになっていた。

 だって、デートですよデート! 魔法王国でそんな事言ったら「夢見てんじゃないわよバーカ」と一蹴されるほどの乙女の夢物語じゃないの。

 まさかそれが赴任先の『地獄のエリア810』で経験できるなんて……なに、ここ地獄と言う名の天国なの?


 そしてそのお相手が帝国の兵士なんて! しかもとっても素敵なお方。本国の殿方とは全然違う、スラッとして色黒でアクティブな体付き、きりりと引き締まった顔。本当におとぎ話から飛び出してきたような、大昔の英雄かと思うような男の子と!


「おーいカリナ、帰ってこーい」

 へ? と我に返って振り向くと、魔女第三部隊の副リーダーであるワストさんがジト目でこっちを見ていた。

「全裸で服や下着を抱えてクネクネと踊ってたわよ……何やってんだか」

 うぐ! と言葉が詰まる。だってこれは、憧れのデートに来ていく服を選んでいる内にいろいろと妄想してしまっただけで……うん、これダメな私だ。


「そ、そうだワストせんぱい、「しょうぶしたぎ」って、こんなのでいいんですかね?」

 私が一番のお気に入り、ぶたさんのプリント入りの布地たっぷりパンツを掲げて見せると、なんか先輩のジト目が一段と厳しくなった気がする。


「なんでもいーけど、隠し村に行くなら服は魔法服限定よ。規則違反は罰則アリだから」

 えー、と眉を歪める。せっかくのデートなのに魔女スタイルなんて。というか私、昨日から「えー」って言ってばかりだなぁ。


 仕方ないのでいつもの魔法衣にとんがり帽子を被って館から出ると、案内をして下さる聖母マミー・ドゥルチ様が待っていてくれた。

「もっ、申し訳ございません! 聖母様をお待たせするなんて……」

 直角に体を曲げて頭を下げる。本来なら聖母様より五分は早く待って居なけりゃいけないのに、私はなんていう無礼を……


「いいのよ、それより彼がお待ちかね、ほら」

 その言葉に顔を上げ、後ろにいる青年を見て、私は一瞬、呼吸と心臓が止まった。


 黒い短髪の下にあるのは、精悍にととのった、浅黒く日焼けした彫りの深いお顔。その身を纏うのは、帝国の男性しか着られない黒いスーツ。それをビシッと着込んでいて、胸に光る赤いネクタイリボンが見事なアクセントになっている。


 まぁ一言で言って『素敵』としか言えない存在が、私の目の前に立っていたんだ。


「きょ、きょふは、よりょしく、おにぇがいしまふっ!!」

 ろれつの回らない舌で挨拶しながら、改めて彼に頭を下げる。ああもう、しっかりしなさいよ私のベロはぁっ!


「こ、こちらっこそ、よろしく、お願いしまぁぁぁ……」


 びりっ!!

 彼の言葉が終わる前に、何か布地が引き裂かれたような音が響く。顔を上げてみると、彼が首を後ろに回して、ズボンのお尻の当たりを押さえつつ悲鳴を上げ始めた。

「ああああああ……この日の為に借りた一張羅があぁぁぁぁ!」

 ケンケンしながらお尻を確認しようとする彼が、その場でぐるぐる回っているのを見て、太ももの付け根から敗れたズボンと、その下にある彼の生足と、チラ見している男性のパンツを見て……


「ぶごおぉぉぉっ!?」

 鼻血を、豪快に噴き出した。



 予定より一時間遅れて出発。結局彼は普段の軍服に着替えて来て、私も鼻血で汚れた魔法服を洗い替えの予備服に着替えてから、聖母様と一緒に馬車で隠れ村に向かっていた。

「でも、ステア君は服装自由なのに、なんで私達は魔女服限定なのですか?」

「帝国の人は魔女に恐ろしいイメージを持っているからね、それを払拭して頂く意味あるのよ」

 私の質問に、馬車の運転席に座って手綱を取る聖母様がそう返す。

 うーん、そういうものなのかなぁ。でもやっぱ納得いかない、彼は今こそ軍服だけど、最初はあんな素敵な格好だったのに……もしあのままデートしたら、私だけ低ランクみたいに見えちゃうじゃない。


「魔女の服……似合ってる、けどな」

 そうこぼした彼の声を、私は耳を象のようにしてキャッチした! えええええ(またかい)!? に、似合ってるって、やだもー私が褒められた、男の人に?

 座ったまま足をばたばたさせて興奮した後、彼を見ると窓の戸の景色を眺めながら真っ赤になって頭から湯気を出していた。

「え、ええっ!?(もうツッコむまい)、ステア君、ひょっとして……病気? 熱あるんじゃ」

 さーっと興奮が引いて、不安に駆られて彼に詰め寄る。せっかくのデートなのに、始まる前から病気で中止なんてあんまりだよー、頑張ってよ、ね、ね!

「ちょ、ちょっとカリナさん、近い、近いって」

 顔を真っ赤にした彼の顔を間近で見て、私も顔が熱を持つのが分かった。うわぁ……男の人の顔を始めて至近距離で見た。あ、また鼻血が。


「うふふ、若いっていいわねぇ」

 前の席に座っている聖母様が、こっちを仰ぎ見て笑顔でそう言いつつ、私とステア君の顔面に氷魔法をぶっ放した。


      ◇           ◇           ◇    


「そういえば、隠し村ってどこにあるんですか?」

「あ、そうそう。行く先はずっと平地だし」

 頭の冷えたステア君と私が、馬車の走る方向を見て問う。行く先はずっと平原で、その遥か先に雪化粧をした山々、エリエット山脈が見えるだけで、村らしき物なんてどこにも見えない。


「ほら、あのエリエット山脈の向こうよ」

「「え、ええええええ!!(略)」」

 また私とステア君の声がハモる。だって、あの山脈ってこのペースじゃ丸一日走り続けても、ふもとまで着くかどうか。

「あと五分ほどだから、お楽しみに」

 え? あ、ひょっとして昨日の洞窟みたいに転送魔法があるのかな。でも先には平原しか見えないし、聖母様が即興で作るのかな? でもそれじゃわざわざここまで来る意味が無いし。


「あ、あれ? 何か……」

 ステア君が窓から顔を出して進行方向を見て、不思議そうな声を出す。どうしたのかな? と私も反対側の窓から顔を出すけど、特に何も変わった所は、所は・・・・・・・


「ふぇっ?」

 思わず変な声が出た。なんか景色が変なんですけど。というか空や雲とか足元の道に比べて、山や平原の景色の接近の仕方が不自然なんですけど……


「さ、着いたわ」

 そう言って馬車を降りる聖母様。そこには一つの小屋があり、中から帝国の兵士と魔女が一人づつ出て来て並び、魔女がスカートの裾をつまんでちょん、とヒザを曲げ、兵士さんが直立不動で右手を額にびしっ! とかざして挨拶する。


「「聖母マミー・ドゥルチ様、お待ちしておりました」」

 別々の礼のポーズを取って、同じ言葉を発する二人。ああ、こういうのを見ると本当にここは王国と帝国が仲良くしてるんだなぁ、と思う。


「当番ご苦労様。伝えていたと思うけど、新人のステア君とカリナよ」

「はっ!」

「はい。では早速」

 ふたりは聖母様に挨拶すると、振り返って背中を見せ、並んでその手を繋ぐ。うわぁ、男の人と手を繋げるなんて、うらやま……


 と、その時だった。魔女の人がその繋いだ手に青い光を浮かび上がらせる。彼女は何か呪文を唱えていて、その魔力ナーナが兵士さんの手から体を覆い、その全身を魔力で包み込む。


 と、兵士さんが繋いでいない手を何もない空間にかざす。すると……何か小指ほどの突起がいっぱいついた、四角い箱のようなものが空間に現れた!

「え、あれは……ドアロックの!?」

 ステア君が目を丸くしてそう話す。その突起を兵士さんが上下にパチパチと弾いていく……何をやってるんだろう、と思っていると、やがて、ピーッ、という音と一緒に、箱の上に付いている緑色のランプが灯り……


 空間が割れて、ゆっくりと開いていった。


「まさか、とは、思ったけど……やっぱりこれって」

「うそ、でしょう? こーんなにおっきなのが、まさか」

 私とステア君が周囲をぐるぐる見回してそう叫ぶ。信じられないけど、でも確かにこれって……


「そうよ、『絵』なの。この山脈。」


「「絵絵絵絵絵絵絵絵ええええええええーーっ!?」」


      ◇           ◇           ◇    


 私達がずっと見てた平原と山脈。それが実は横何千メートル、高さ二百メートルにも渡って建てられた塀に描かれた『絵』だったなんて、そんなの想像もできるわけ無いじゃない。

 しかもめちゃくちゃ上手くて、遠くから見た時は背景に見事に溶け込んでいて、とても絵だなんて気付きようもない。塀の端っこには周囲に溶け込む魔法処理がしてあるみたいで、絵と現実の境目すら目を皿のようにして凝視しないとわかりっこない。


 で、あの小屋はその塀の目の前にあって、門番のふたりが魔法と機械で操作して初めて、向こうに繋がる扉を開けることが出来るみたい。リアルに描かれた風景にぽっかりとドアが開いたその様はなんともシュールで、その向こうには確かに都市の賑わいが顔をのぞかせている。


「どうだったー?」

 ホウキに乗って、一度遠くまで引き返して全体像を見てきた私に、ステア君が興味津々に聞いて来る。

「ホントすっごい! 向こうからこっちまでずぅ~っと絵が描いてあるの!!」

「マジかよぉ……どんだけ」


「このエリア810には本国から査察とか来るときあるからなぁ、バレないようにしないと」

 門番さんの解説に、まぁそりゃそうよねと頷く。こんだけ本国の意向に逆らっているなら、それを隠すのも全力でやらなくちゃいけないんだ。


「あとガチで帝国を敵視している超真面目ちゃんとかいるからねー。そういう人には出来れば事情を話さずに、テキトーにあしらって本国にお帰り願っているの」

「じゃ、じゃあ……ここから生還した5%、ってのは」

「「そーゆーコト」」


 ステア君の質問に門番さんが頷く。なるほど、帝国と仲良しを受け入れられ無さそうな、頑固で融通の利かない人が、ここから帰還を果たした人なんだ。

 昨日の戦闘と、そしてその後のパーティ。あれは私やステア君が「どっち側」かを試すテストでもあったんだ。


「もし私達が、それを受け入れられない、って言ってたら?」

 その質問に、聖母様も門番二人も目を伏せて、首を静かに振る。


 ああ、そうよね。この場所の秘密を守るためには、そうなったら……



      ◇           ◇           ◇    



「さ、辛気臭い話はここまで。さぁ、見てらっしゃい。私達が築いた『世界』を」


 聖母様が入り口の扉に手を広げて私たちを招く。そう、ここは地獄のエリア810で、みんなが力を合わせて作った村。戦う事を拒んで、敵と手を取り合って築いた、ここだけの楽園。


 その世界に今、私は、彼と一緒に、一歩踏み込む。


「あの……」

 私は並んだ彼に、そっと左手を差し出す。図々しい女だと思われるかな、でも、この扉をくぐる時は、門番さんみたいに彼と手を繋いでいたかったから。


 そっ、とその手が暖かい物に包まれる。彼の大きなその手が、私の手を優しく握ってくれていた。どきん! と心臓が跳ね、胸の奥がきゅん! と引き締まる。


 顔を上げれば彼は向こうを向いていて、その耳も首も真っ赤っかだ。ああ、多分私もおんなじなんだろうなぁ。


 ふふ、なんか嬉し。


「じゃ、じゃあ、行こうか」

「うん」

 頷き合って 手を繋ぎ合って、私たちは一歩、踏み出した。



 ――私達の知らない『世界』へ――






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