第7話 ゴハンとお仕事、そして……

 やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった……。


 せっかく彼、ステア君と一緒に空のランデブーするチャンスだったのに、最初はつまらない事言って彼のプライドを傷つけてしまい、挽回しようと張り切り過ぎて先輩魔女に叱られて降りる羽目になっちゃった。


 歩きながらも一応お喋りは出来てる。でも気まずい、なんか今までよりずっとよそよそしくて、まるで二人の間に見えないカベでもあるような雰囲気。


 空を飛ぼうかと言った時、彼はすっごく喜んでくれた。やっぱ男の人にとって飛ぶのは憧れかのかもしれない、これはより仲良くなるチャンスだと思ったのに……その楽しい時間をダメにしてしまった。


 上を見れば、相変わらず何人かの魔女が男の人と寄り添って飛んでいる。ああ、本当なら私も彼と一緒にああやって飛んでるはずだったのに、なんでこうなっちゃったんだろ。


 はぁ、とため息をひとつ。と、それに呼応するかのように、お腹の中がぐぐっと縮む感じがして……


 ぐぅ~~~っ


「え、え? あの、っ!」

 恥ずかしい。お腹が盛大に鳴ってしまった。彼、聞こえてないよね?と顔を上げると、そこには目を丸くしてこっちを見ているステア君。

「……お腹空いたの?」

「あ、いえ、そうじゃなくて……はい、そうです」

 うわぁ印象最悪だ。お転婆な上に食いしん坊だなんて思われたら、もう絶望的……


「じゃ、そのへんのお店で何か食べようか」

「え?」

 あ、それ嬉しい。とりあえずお腹に何か入れたら、ちょっとは気分もマシになるかも知れない。お空のランデブーは失敗したけど、一緒にゴハンならまだ出来るかも。


「じゃあ、って、あああああっ!?」

 突然叫び出すステア君。天を仰いで顔を片手で押さえ、「あっちゃー」などと嘆いている。

「どうしたの?」

「財布……さっきの服の中だ、ごめん」

「え? お金なんて私が出すから、気にしないで……って、あああっ!?」

 しまったー! 私の財布もさっき着替えた魔女服の中だ。せっかく美味しい物を奢ってあげて好感度を上げるチャンスが……

「……ごめんなさい。私もさっき着替えた服の中、忘れて来た」


 町中にある噴水の周りに腰かけて、二人してぐぅぐぅお腹を鳴らす。困った、これじゃ折角のデートが断食修行になっちゃうじゃない。と言うか今日一日お金無しでどうしよう……


「ようよう、どうしたいそこのお二人さん、不景気な顔してるねぇ」

 と、男の人に声をかけられた。見上げるような長身で筋肉質の中年男性が肩に斧を担いで、にやりとした笑顔で立っていた。

「あ、すいません……ちょっとトラブルで」

 ステア君が立ち上がって頭をかきながら対応する。私はまだまだ男の人と面と向かって話すのは慣れないけど、彼にとっては当たり前なんだなぁ。


「なんだ、せっかくのデートにサイフ忘れたってか? がっはっは、そりゃ面目丸つぶれだなぁ」

「本当に、そう思います」

「んじゃ付いてきな。タダ飯食える所に連れてってやるからよ」

 思わず「え!?」と反応する私たち。お腹が減って死にそうな私達にとってそれは救いの言葉だ。


「俺のツレがやってる食いモン屋だけどよ、そろそろ混む時間だからな。そのタイミングで行けば後払いの皿洗いで食わしてくれるんだ」

「助かります。給仕なら軍でよくやりましたから」

「あ、私も。お皿洗うのは苦手じゃないし」


 街中を三人で歩く。ステア君はもう慣れて来たけど、知らない男性と一緒に歩くなんて縁が無かっただけになんか新鮮だなぁ、ホントにここは男女が同じように生きていけてるんだ。

「帝国の軍服って事は、戦場に来たばっかりかい?」

「あ、はい。おととい付けで配属になったばかりで……実は彼女も」

 そう言って私に振るステア君。とりあえず、こくり、と会釈しておく。

「そっかそっか、同期ってワケだ。仲良くやんなよ」

 がははと笑って歩く大男さん。なんていうか、すごく頼もしさを感じる人だ。


 やがて一軒の店に入ると、その人が中にいた魔女に声をかける。

「おーい帰ったぜ。ワリィけどこの二人に皿洗いで何か食わしてやってくれや」

 その魔女さんは、たぶん男の人と同じくらいの歳の、ちょっと恰幅の良く気の良い感じの人だった。魔女服の上からエプロンを羽織っていて、いかにも食道のおかみさんな感じがする。


「あいよー、カップルさんかい、羨ましいねぇ」

「初めまして、カリナ・ミタルパと申します。厚かましくもご厚意に甘えたく参上いたしました」

 スカートの端をつまみ上げてヒザを落とす。食事をご馳走になるんだからちゃんと礼を尽くさないと。


「あ、あ……ステア・リードです!こお、このたびは誠に……」

 ガチガチの敬礼をするステア君。あ、そうか。彼も私以外の女の人にあまり慣れてないんだ。

「兵士さんかい、お腹が空いてちゃ出来ないからねぇ。しっかりやってね」

「は、はいぃっ!」

 『いい戦争』ねー。多分本国にばれないように頑張ってね、っていう意味なんだろう。


「じゃ、まかない用意するから、アンタは店の掃除やってて」

「おーよ、二人はそっちのテーブルに座りな」

 そう言って店の奥に引っ込んでいく魔女さん。あれ……ひょっとして、この二人って?

「あの、もしかして、あの人と、ご結婚されているとか?」

 ステア君が同じ疑問を感じたのか、男の人にそう聞く。そう、なんか二人はいかにもパートナーっていった感じで、もしかすると、憧れの夫婦というやつなんじゃ……?


「がっはっは、まぁな。どうだい、帝国じゃ考えられないだろう」

「はい。帝国で夫婦なんて、宮殿の奥で贅沢しているイメージしか無くて」

「王国でも同じです。結婚なんて一部の人にしか出来ない憧れですから」


 そう、魔法王国は男女比が3:7という偏り方をしているせいで、結婚できるのはごく一部の優秀な魔女のみだ。そして帝国では逆みたいで、男性が余っている状態らしい……なんだかなぁ。


 戦争なんてやめたら、女も男もあぶれずにすむかもしれないのに、ここみたいに。


「はいよ、お待ち」

 魔女のおかみさんが料理の盛られたお皿をふたつ、テーブルの上にドン! と置く。待ってました、もうお腹限界かも。

「「いただきます」」

 一緒に手を合わせて、フォークを手に取る。あ、これ憧れの男性との食事って言うシチュエーションだ……お上品にしたいけど、もうお腹が待ったなしだ。早速メインのアブチャのゴレムステーキにかぶりつく。

「う~ん、おいひ~♪」


「ね……これ、何? まさか、木の皮?」

 ステア君が信じられないものを見る目で固まって、私とステーキを交互に見ている。あ、そうか。彼は知らないんだ。

木人形ゴレムステーキよ。アブチャの木の皮にゴレムの魔法をかけて、お肉っぽくしてるの」

「ゴ、ゴレム……? き、昨日の龍みたいな、奴だよ、ね?」

「うん。アブチャの木は油質が強いから、ステーキにすると脂がノっててこってりした味になるの。力が出るし、太らないから人気なのよ」


「うわ、なにこれめっちゃ美味い!? これが、木の皮?」

 こわごわステーキにかぶりついた彼が目を丸くして驚き、飲み込んでから『信じられない』といった表情でそう言う。どう? 凄いでしょ魔法の料理。


 ……あ。


 一心不乱にステーキを平らげている彼を見て、私は王国にあって帝国にないモノを感じていた。さっきの飛ぶことも、このゴレムのステーキも、魔法が無ければ存在しないものなんだ。そして空を飛べるのも、このステーキを作り出せるもの……魔女、


 でも幸いと言うべきか、彼は特にコンプレックスに気付く事も無く、食事を楽しんでいる。私もお腹が減っていたので、お皿の消費に取りかかる。

 ホント、どうして男の人は、魔法が使えないんだろう。


 ゴハンが終わって、わたしとステア君は調理場に案内された。洗い場には大きなかめになみなみ入っている水と、スポンジと油落とし、そして食器棚が置いてあった。

「カリナちゃんが洗い専門で、兵士さんは食器を下げて持って来る係ね」

「はいっ」

「分かりました!」

 あ、これって彼と一緒にお仕事をするって事だよね。絵本の中でしか見た事のない、男女の『初めての共同作業』ってヤツ?

 よーし、今までの失点を取り戻すぞーーっ!!


 ……認識が、甘かった。

「はいカリナさん、お皿追加!」

「ほらーステア、さっさと追加の皿持ってきて」

「は、はい、ただいま!」

 混雑時がこれほどとは思わなかった。ステア君は店内と洗い場をひっきりなしに往復してるし、私は運ばれてきた大量のお皿を必死で洗い、火魔法で速乾させて重ねておいて、それをまたステア君が抱えて調理場に運んでいく。


 そう、私が洗い担当になったのは、魔女なら最低でも火魔法か水魔法のどちらかは使えるからだ。水魔法が使えたら洗うのに水が要らないし、火魔法が使えたら洗った物を即、乾かす事が出来る。こんな所でも魔法が使えると違うんだなぁ。


 結局それから二時間ほど、戦場のようなというか、戦場以上の忙しさが続いた後、ようやく客足が途切れて解放となった。


「はー、疲れた」

 首をコキコキしながらステア君が息を吐く。うん、確かに彼はここまで一枚の皿も割らずにあっちにこっちに飛び回っていた。その体力はやっぱ私たち女性とは全然違う、あの日見た逞しさ通りの活躍ぶりだった。


 ああ、やっぱ素敵だな、彼。


(あ、服が随分濡れちゃったなぁ)

 ずっと水仕事をしていたせいで、服のお腹の当たりがすっかりびしょびしょだ。袖口だけは火魔法を使っていたおかげで乾いてるけど、さすがにこれは一度脱いで乾かしたい。うーん、仕方ないか。


「すいません、おトイレをお借り出来ますか?」

「突き当りを右だよー」

 奥さん魔女の指示に従ってその場を離れる。別に用を足したいわけじゃなくって、服を脱いで火魔法で乾かしたいから、個室にこもりたいのだ。まさかステア君の前で脱ぐわけにもいかないから。


 個室に入ってふぅ、と息をつく。忙しかったけど、確かに彼と一緒に頑張る事が出来た。これでまた少しは距離が近づいたかなぁ、なんて考えつつ、帽子を脱いでスカートをたくし上げ、そのまま頭の上までワンピースの魔法衣を脱ぎ上げる。


 ――ドクン!――


 え……なに? コレ。


 魔法着を脱いだ瞬間だった。私の心臓が跳ねあがり、体中の血が瞬間的に熱を持った。

 やだ、私どうした、の?


 ――ドクン・ドクン・ドクン・ドクン・ドクン……――


 鼓動が早鐘を打つ。何かが体中を駆け巡っているような感覚、それでいて決して不快じゃない、むしろ、これは……快感?


 高揚した感覚が、より強い快感を求める、体も、そして、心も。


 下腹部がうずいている。何か熱いものが染み出して来る。欲情が胸の奥からせり上がって来る。体が火照る、体が求める、心も……

 満たされるのを求めている。欲望を、快感を、その発露を心と体の両方が私に迫って来る。


 ――『彼』がと、いている――


      ◇           ◇           ◇    


「……あれ?」

 私は何故か横になって、天井を見つめていた。いつの間に寝てしまったんだろう?


「え、え? ええ!? なにこれ!!!」

 体が動かせない。手も足も体から離す事が出来ずに、全身だけよじよじともがく事しか出来ないでいる


「縛られてる、なんで、どーしてぇー?」

 私は何故か簀巻きにされていた。脱いだはずの魔法衣を着せられ、その上からロープで全身をぐるぐる巻きにされ、まるでイモムシのようにのたうつ事しか出来ない。


「あー起きた。アンタねぇ、魔法衣をって聞いてなかったの?」


 私を上から見下ろしてそう言ったのは、さっき飛んでた時に叱られた赤服の魔女だ。見れば周囲にも何人かの魔女がたむろしている……え、何この状況。


「え、確かに乾かすためにトイレで脱いだけど……えっと、それから、どうなったんだっけ?」

 記憶が完全に飛んでいる。あれからどうなって私は今、大勢の魔女に囲まれて縛られて寝転がっているのか、全然分からないんだけど???


 その私の返しに魔女全員が「だはーっ」と大きなため息を吐く。そしてその気の毒そうな視線を、部屋の一角に向ける。


そこにいたのは、その店の魔女のおかみさんとだんな様、そして背中を向け、体を丸めて座っているステア君、だった。

「まぁ犬にでも噛まれたと思って忘れちゃいなさいな」

「なに言ってんだよ、男として喜ばしい事じゃないか、なぁボウズ」


 おかみさんとだんな様がなんか真逆な事を言う。ステア君はと言うと、なんか背中がすすけていて、真っ白に燃え尽きているように生気が無い。


「ステア君! どうしたの?」

 横倒しのまま声をかける私に、彼はびくっ! と反応すると、しばし固まった後、こっちにゆっくりと振り向いて……


 青ざめた表情に、キスマークで埋まったその顔を見せた。


「え、ええっ!? どうしたの。その顔は一体」

 倒れたままそう言う私の頭を、誰かがぱこん! と叩いた、いったいなぁ!


「アンタよ、アンタ!」

 例の赤服の魔女がそう呆れ声でそう告げる。え、ステア君がのって、ひょっとして……私のせい?


「えええええええええっ!? わ、私、一体何をしたのおぉぉぉぉぉ!??」

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