第6話 空飛ぶデート

 正直、ここエリア810に来てから驚かされてばかりだ。


 地獄とまで言われていた最前線でまさかの戦いゴッコをしていた事や、魔女が『魔法を使える普通の女性』であり、話に聞いていた残虐非道な悪魔では無かった事。

 その魔女たちと先輩の兵士たちがすっかり仲良しで、多くのカップルが出来上がっている事にもびっくりだ。本国では望めなかった女性とのお付き合いが、ここ最前線では公然とまかり通っているなんて……最前線って一体?


 そして今、この地に定住している人が住んでいるという隠し村が、超巨大なヘイに描かれたイラストでカモフラージュされているのを見せられて、ただただ溜め息が出るばかりだ。

 その入り口ゲートを、同い年の女の子魔女と手を繋いでくぐる。柔らかくてほっそりとしたその娘の手の感触に、心臓はバクバク言いっぱなしだ。


「う、わぁ……」

「すごい、ね」


 ゲートをくぐって数歩進めば、もうそこはにぎわいと喧噪に満ちた街並みそのものだ。右を見れば露店が軒を連ね、左を見れば井戸に並んで水を汲む長屋の人たちが居並んでいて、その脇では子供たちが地面に描いた輪を飛んで遊んでいる。


 そして印象深いのは、男女がほぼ半々の人数で居る事と、そして……


「ねぇ、カリナ……さん?」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 いきなり話しかけたのが悪かったのか、ちょっとテンパり気味な彼女を見て、逆に僕は少し冷静になって来た、心音も落ち着いてきたところで続きの質問をする。

「女の人って、全員が魔女なの? みんな魔女の衣装着てるし」


 そう、男性は本国と違和感のない、思い思いの服装を着込んでいるのに対して、女性はそのほとんどが魔女衣装を着ている事だ。普通の、と言っても女性の普通の服なんて知らないが、それでも生活感のある服を着ているのは小さな子供と、年取ったいわゆる『おばあさん』ばかりだ。


「え……さぁ? そういや私の先輩が、ここでは魔女服限定って言ってたけど」

「魔法王国でも?」

「んーん。国じゃみんな色んな服着てるわ。なんか先輩『魔女の怖いイメージを無くしたいから魔女服で居なさい』って言ってたけど」

 ふーん、そういう物なのかな。僕たちにとって魔女衣装を着ている女性は『敵』という認識しか無かったから、この平和な街では確かに効果があるのかもしれない。


「その魔女の衣装だけど、けっこう色分けされてるんだね。カリナさんは濃い緑色だし」

 街を眺めてみると、魔女たちの衣装はすべて暗めの色だが、濃い青や赤、黄土色や灰色、真っ黒なものなど、けっこうカラフルだ。

「あ、それは魔女としての格分けなのよ。魔法の力によって着られる服は決まってるの」

 へぇ、そうなんだ、と相づちを打つ。彼女もそれで緊張がほぐれたのか、口調も自然になって解説をしてくれる。

「一番下が灰色。んで黄土色、その次が私の緑色、それから赤、青、黒ってなって、最上位が紫色なの」

「そういやさっきの聖母様も紫だったね、そんな風に階級分けされてるんだ」


「うん。私の歳で赤まで行けば優遇されるんだけどね」

 彼女は語る。魔法王国にある魔法学校マジックアカデミーとやらで学年十位以内で卒業すれば赤い衣装を着られる資格が得られるそうだ。残念ながら彼女は十三位で、あと少しの所で優等生になり損なったらしい。


「でも、似合ってると思うけどな。その緑色って」

 そう言ってちょっと照れくさくなって視線を外す。でも嘘やお世辞じゃない、彼女の薄い金髪は、濃い緑色の服に浮かぶアクセントとしてとても映えているから。

「あ……ありがと」

 きゅっ、と握る手が強くなる。彼女も目線を外して下を向く、僕もなんとはなしに上を向いて歩いていると……


 空にも何人か魔女がホウキに乗って飛んでいる。けど、その中の二人ほどは、なんと男性と一緒にホウキに乗って空を飛んでいるのだ。

「あ、いいなぁ……」

「何が?」

「アレ」

 僕が指さす先を見て、彼女も、うわ、と驚いた声を出す。


「お……男の人と、あんなに、くっついて」

「いや、男は飛べないんだから、そりゃぁ、ね」

 彼女は男女がぴったりくっついた姿に照れているようで、それを聞いた僕もちょっと顔の熱が復活していた。

 でも本当はそうじゃない。本来人間がなんてできっこないはずだ。でも魔女、というより女の人がホウキに魔力を通せばことができる。そんな魔女の姿を、飛べない男性の身の上としては、ちょっと『羨ましい』と思っていたから。


「あ、あの……じゃあ、やってみます?」

「え、いいの?」

 こくん、と頷く彼女。なんか催促したみたいになっちゃったけど、一度飛んで見たかったからそう言ってくれるのは嬉しい。

「お願いします!」

 勢いよく頭を下げる僕。やった、ついに飛べるんだ!


「じゃ、じゃあ、どうぞ」

 自分のホウキの前の方に横向きに腰かけて、掃く方をポンポンと手で叩くカリナさん。それじゃあとホウキを跨いで腰かけ、その柄をぎゅっ、と握る。

「あ、あの……ホウキを握るんじゃなくて、私の体にしがみ付いていた方が」

 え? と顔を上げる。横顔で照れたその頬に、緑の魔女帽から金髪がふわりとたなびく。


 どきんっ!


「え、いいの?」

「危ないから……まだ飛べない子供を乗せる時もそうしてる」

「じゃ、じゃあ、ごめん」

 体を前に寄せ、横向きの彼女の腰に両手を回す。軽くしがみ付くと彼女の横顔と金のささらが鼻先を撫でる。飛ぶ緊張とは別のドキドキで、また心臓が早鐘を打つ。


「んっ!」

 彼女が力を込めた瞬間、股間にホウキが深く食い込んで、僕の足が地面から引きはがされた。うわ! 本当に飛んでる!?

「行きます」

 全身が持ち上げられるような感覚と共に、彼女の顔の向こうの景色が下へと流れ降ちて行った。下に目をやると、今まで見ていた街並みがどんどん小さくなっていく。


「う、うわ、ひゃぁっ! 飛んでるうぅぅぅ!?」

 思わずしがみ付く手に力がこもる。恥ずかしいなんて言ってる場合じゃない、すでに落っこちたら死んじゃう高さまで飛んでる、正直に言うとこれは本当に怖い。


「あ、大丈夫?」

そう言って僕の方を見て、クスクスと笑うカリナ。

「ごめんなさい。初めて飛ぶ子供とおんなじリアクションだったから、ふふ」

 え、と顔を引いて困惑する。そりゃ魔女の国じゃ当たり前なのかもしれないけど、こっちじゃ空を飛ぶなんてできっこないんだし……なんかしゃくに障るなぁ。

「こ、子供で悪かったね! 男は飛べないんだからしょうがないだろ!」


「ご、ごめん。そういうつもりじゃなくって、その……帝国の兵士って、怖いイメージしか無かったから」

 バツが悪そうにそう返す彼女に、しまった、と思う。せっかく飛べているのに彼女の機嫌を損ねたら、終わっちゃうかもしれないじゃないか。

「う、ううん。こっちこそ、ごめん。飛んでもらってるのに……」


「じゃあ、低い所をゆっくりと飛ぼうか?」

 僕に気を使ったのか、そう提案するカリナ。なんか向こうの子供と同じ扱いが続いているような気がして、逆に闘志がむくむくと湧いてきた。

「いや、全開でぶっ飛ばして」

 帝国の兵士が怖がりなんて思われたくない。いいよ、受けて立とうじゃないか!


「分かった。じゃあ、しっかりつかまってね!」

 そう言って腰かけた状態からホウキをまたぎ直し、僕に背中を向けて前傾姿勢を取る。いかにもスピードを出しそうなポーズに、僕もギュッと腕に力を込める。

 がくん、と体が前に傾く。そして次の瞬間、僕達は弾き出されるように前方へ、体に対して斜め上へとすっ飛んで行く。


「……ッ!!」

 彼女の魔女衣装と金髪が激しくはためく。その隙間を抜けてきた空気が僕の体を切り裂くように掠めて行く。速い、速過ぎるだろコレ!

 瞬時、彼女の体が傾いた。それにしがみ付く僕の体も横倒しになり、景色がぐるりと回転して天地が逆になる。と思ったら今度は視界が街並みを見下ろし、入れ替わるように青空を仰ぎ見る……どんな飛び方をしているのか全然分からないよ。


 万が一にも落下しないように、またいだホウキをフトモモでぎゅっ、と閉め、ヒザから先をがっちりと絡める。こんなんで落っこちたら本当に一巻の終わりだ……!



「ちょ、ストップ、ストーーップ!」

 僕の声でも、彼女の声でも無い誰かの声が響いたと同時、僕の体にかかっていた加速感がふっ、と失せた。


「あなた新人? あの線から上に出たらだめじゃない!」

「え、あ、あの……」

「あと男の人を乗せているのにアクロバットするの禁止!もし振り落とされたらどうするの!」


 顔を上げてみると、僕たちの横に赤い服の魔女が浮いていた。カリナより年上な感じの魔女が、カリナに噛み付くように叱りつけている。

「あの線から上に出たらカベの向こうから見えちゃうじゃない!ここの存在がバレたらどうするつもり? ほら早く降りて!」

 下の空中に張られた細い糸のようなものを指して魔女がそう言う。あ、たしかに高く飛び過ぎると、せっかく壁に絵を描いて隠していても意味が無いのか。


「すっ、すみません!」

 そう言ってスゥーッと降りて行く僕たち。糸を抜け、さらに高度を下げて下まで降りる。並んで降りて来た赤服の魔女がやれやれ、と言う顔で息を吐く。


「あ、僕が思いっきり飛んでって頼んだんです。責任は僕にあります」

 カリナのためにと釈明すると、その魔女はきっ! とこっちを睨んで吐き出すように告げる。

「そういうの止めてもらえるかしら、飛ぶ事も出来ない男風情がおっこちて、それを魔女のせいにされたんじゃたまったもんじゃないわ。男なんて地べたを這いつくばっていればいいのよ!」


 むかっ、とする物言いだけど、確かにその通りだ。僕たち男は飛ぶことが出来ない、なので飛べる魔女を羨ましいと思うのは、子供の頃には誰もが考える事だ。

『弱い鳥が空を飛ぶのだ、地上を闊歩する肉食獣が一番強いのだよ』

 それが帝国でのお約束のだった。帝国兵士は誰もが大人になるにしたがって見られない夢を諦めて、現実の屈強さを求めて銃を手にし、格闘技術を磨くものだった。


「じゃね、新人さん達。浮かれ過ぎないように」

 そう言って魔女は飛んで行った。その去っていく姿を見送りながら、僕は言いようのない不満に駆られていた。

(どうして、男は、魔法が使えないんだ)

 不公平じゃないか。女ばっかりがあんなに自由に空を飛べて、男は地面に張り付いていなきゃならないなんて。


 カリナさんと空を飛んでいる時、自分は確かに空を飛べていると錯覚していた。でも、彼女にとってそれは当たり前な事で、どうやっても飛べない男は、まだ魔法を使えない小さな子供と同じように

 それどころか、飛んでいる間は自分の生殺与奪を女に握られているってコトじゃないか。


「ありがとう。もういいよ、歩こう」

 しゅんと立ち尽くしているカリナにそう声をかける。こく、と頷いた彼女は僕の後をとことことついて来る。

「ごめん、僕のワガママで迷惑かけちゃったね」

「ううん、私こそ浮かれ過ぎちゃって……」


 横に並ぶ彼女。上の空の中でも一応、周囲の景色を見たりして「すごいねー」「あ、珍しい」なんて言い合って町の中を二人で散歩する。


 でも、その道中で、僕と彼女の手が再び繋がれる事は、無かった。


 だって、彼女は僕とは違う。空を飛べる『魔女』なんだから――


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