第8話 ふたりの距離、ふたつの国の距離
エリア810の隠し村、食事処『サンガ亭』の調理場。
僕、ステア・リードは今日デートをしていた彼女、カリナ・ミタルパに、いろいろあって平身低頭で謝られていた。
「本当にごめんなさいいぃぃ!」
「いいっていいって……その、魔女も大変なんだね」
給仕の仕事が終わって、彼女はトイレにと席を外した。それを待っていると突然彼女は、魔女衣を脱いだ状態で出て来た。身につけているのは薄手の白い肌着と、その……パンツだけ。
驚く僕の方に向かってずんずん歩いてきた彼女に及び腰だった僕は、そのまま抱き付いてきた彼女に押し倒され……その、唇に吸い付かれた。
今思えばこれ「キス」っていう男女の愛情の表現のハズなんだけど、まさかいきなりそんな展開になるとは思ってなかったので、ただンーンーと喘ぐしか出来なかった。
ようやく口を離してくれたかと思ったら、今度は僕に馬乗りになって、やおら肌着を脱ぎ捨てて裸体をあらわにすると、そのまま覆い被さって来て額と言わず頬と言わず吸い付いて、顔じゅうから首筋まで舐め回されて甘噛みされまくった……。
パニックになっている僕の上着を彼女が脱がそうとしたところで、調理場に大勢の人が飛び込んできて、彼女を全員で取り押さえて僕から引きはがした、何と全員が魔女だ!
彼女がトイレに置かれっぱなしだった魔女着を着せられて、それからロープで簀巻きにされて、魔女の一人に何かの魔法をかけられると、彼女はそのままこてん、と眠ってしまった。
一体どういう状況かは分からなかった。ただ一つ思うのは……
(あああああっ! もったいなかったあぁぁぁぁ!!)
せっかく憧れの女性とのデート、その上露骨に愛情表現? を向けられ、しかもハダカまで見せられたというのに、僕はなんと縮み上がってしまっていたんだ。
あまりに突然なのもある、彼女の豹変ぶりが怖かったせいもある。でも、でも……一生に一度あるか無いかのこのチャンスに、何でだよ僕のこの体たらくは。
魔女さん達が飛び込んで来るまでのわずかな時間、僕は男の本懐を遂げるチャンスだったのに……僕のバカ。
結局彼女が目を覚ますまで、千載一遇のチャンスを逃した事にがっくりとうなだれ、ここのご主人や奥さんに慰めの言葉をかけられていた。
彼女が目を覚まし、周囲の魔女さん達に事情を説明して貰った。
「え……魔女、って言うか、女の人って、魔力をいっぱい受けたら?」
「そ。
この周辺の警備担当らしき黒衣の魔女さんが言うには、魔力は女性の体、つまり人の子供を産む能力に反応するらしい。だから女性にしか魔法は使えないそうなのだ。
機械帝国や魔法王国なら魔力はあまり強くなく、魔力を体に帯びてもそう影響はない。でもここエリア810は世界中で唯一魔力が噴き出す、いわば魔力の源泉で、その濃さは他とは段違いなのだ。
そして、そんな魔力を女性が受ければ、子供を作り生む本能、つまり性欲が抑えられなくなって、正気を失う人も多いらしい。なるほど、さっきのカリナさんがまさにそんな感じだった。
彼女らが着ている魔女の衣装は、外からの魔力をガードし、体に溜まった力を服から外へ放出する性能があるんだとか。だからここの女性たちは、子供やお婆さんを除いてみんな魔女着を着ていたんだ……暴走しないために。
で、まぁ目が覚めたカリナに、包み隠さず僕がされた事を話すと、彼女は顔を引きつらせて頬を手に当て「うそ……あ、でも確かにうっすらとそんな記憶が」などと首を振りながら独白していく。
で、まぁ全てを話し終えて今、僕は彼女に土下座されているわけ。
「ああああ王国でこんなことしたら私犯罪者じゃない、何て事をしたのよおぉぉぉ」
「あ、いや。帝国だとむしろラッキーっていうか、夢のご褒美みたいなものだから、気にしないで」
こんな所でも
「貴方がそう言うなら、まーいいわ」
そう言ってきびすを返したのはさっきの赤服の魔女さんだ。彼女たちはカリナがコトに及んだのを見たここの奥さんが、店を飛び出して周囲の魔女さん達に取り押さえる協力を要請したのに応えて駆け付けてくれていたらしい。
彼女に続いて他の魔女たちもぞろぞろと店を出て行く。最後に黒服の魔女さんが僕にウィンクして「ガンバ!」と親指を立ててにかっ、と笑う。もう遅いよ……。
でも、確かにもったいなかったけど、同時に助かりもした。もしもう少し時間が掛かっていたら、カリナに僕のみっともないモノを見られるところだった……返す返すも情けない。
店を出て、ふたりで街並みを歩く。無言で、とぼとぼと。
もう陽は落ちかけていて、そろそろ壁の向こうに迎えが来てるはずだ。戻らなきゃいけないんだけど……なんか、このままカリナと別れるのはなぁ。
まして周りには相変わらず男女のカップルが幸せそうに歩いたり、ホウキで飛んでいたりしてるのが余計に堪える。なんで僕たちだけこんな雰囲気になっちゃったんだろ。
「あ、あの、さ」
「何?」
声をかけてもどこかそっけない。彼女は自己嫌悪に陥っているみたいで、下手に慰めても傷口をえぐるだけな気がする。あーもう、何かいい仲直りの方法無いかなぁ……。
それにしても、魔女ってのも大変なんだな。今日までは彼女たちだけが魔法を自在に使えて、空も飛べる特別な存在だと思ってたけど、その魔力が濃すぎるこのエリア810じゃ、ある意味爆弾を抱えているようなもんなんだ、
あれ……と、いうことは?
「ね、ねぇ。このエリア810って、男も女もみんな仲良くってさ、結婚してる人も多いよね」
「……それで?」
「なんか子供も多いしさ、人口もどんどん増えてるらしいし」
「だから?」
「今日のカリナみたいな事、けっこうあったんじゃないかな」
その僕の言葉に「え?」と振り向く彼女。
そう、ここは昔から戦いの最前線だ。帝国兵は魔女に、王国の魔女は帝国兵に対して、噂されていた恐ろしさや嫌悪感があったはずなんだ。
それが今じゃ仲良くしている……そのキッカケが、今日みたいな魔女の暴走だったとしたら。
「距離があったはずの男女、それを一気に縮めたのが、魔力に当てられた魔女たちだったとしたら……」
「あっ! そ、それは、あるかも」
そうだよ、きっとそうだ。だってそれでココの何か違和感って言うか、不自然な帝国兵と魔女たちの仲の良さが納得できた気がしたから。
殺し合う恐ろしい敵。そんな相手と融和するのなんて簡単じゃない、表面上の平和なんかちょっとしたキッカケで簡単に消し飛ぶだろうし、心中じゃお互いを疑い合っててもおかしくはないだろう。あのパーティ会場の僕のように。
だからと言っちゃなんだけど、さすがにハダカで抱き付かれてキスしまくられたら、そりゃ距離も縮まるよなぁ、きっと。
「だからさ、カリナ、さん。さっきのは気にしなくていいって言うか……その」
こういう事を言っていいのか分からない。下手をすると女性侮辱罪でお縄になるかもしれない。でも、ここは帝国じゃない……なら。
「うまく受け止められなくって、本当にゴメン」
そう、男たる者、女性の求めに応えられないなんて言語道断である。裸体まで晒されているのに、男の方が縮みあがってどうするんだ全く。
「え……怒ってないの? 私に幻滅して、ない?」
おずおずとそう聞いて来る彼女に、僕は首をぶんぶんと振る。むしろ僕だけが情けない所を知られてなくって、逆に引け目があるくらいだ。
「うん。だからこれからも、よろしく」
そう言って差し出した手を、彼女はそっと握ってくれた。ああ、いつぶりだろう、彼女の手を握れたのは。
そうだ、確かホウキに乗って飛んで、それで叱られてからだった。あの時は僕も魔女にコンプレックスがあって、彼女をちょっと妬んでしまっていた。なんで女ばっかりが空を飛べるんだ、と。
でも、魔女は魔女なりに苦労があって、そしてそのお陰でこの楽園みたいなカップルの村が出来たのかと思うと、つまらない事で嫉妬していた自分が小さく見えてくる。
魔女たちの暴走が無かったら、今日も僕とカリナは殺し合っていたかもしれないんだから。
「ね、もう一回、飛ばない?」
「うん、飛びたい!」
手を繋がなくなったキッカケの失敗。そのやり直し、二人の空のランデブーをもう一度、その想いがふたりでぴったりと重なった。
彼女がホウキに腰かけ、僕がまたがってカリナの腰にしがみ付く。そして、ふわっ、と浮かび上がった。
寄り添って空を飛ぶ。世界は夕焼けに染まり、色鮮やかな街並みと空を反射して、きらきらと鈍い光を発していた。
「うわ、キレイだなぁ」
「うふふ、ステアは飛んで夕日を見るの初めてでしょ」
ああ、確かにそうだ。彼女は子供の頃から飛んでるんだから、こういう景色を見ていても不思議じゃない。それなら……。
「また、見たいな。見せてくれる?」
「うんっ!」
よかった、やっと正解を出せたみたいだ。
と、ホウキに腰かけていたカリナが身をひるがえし、ホウキを跨いで座り直す。
後ろの方、つまり、僕の方に向かって。
「あの……もうひとつ、やり直したいことがあるんだけど」
そう言って目を閉じ、口をすぼめる彼女。うん、僕も是非やり直したい。
そっ、と彼女に唇を重ねる。夕日を、紅く染まる世界を背景にして、僕たちは……
初めてのキスをした。
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