第35話 北の夜の魔女の、人に言えないヒ・ミ・ツ

 魔法胎樹の地下室から出た後も、僕はこの世界の、魔法王国という国に対しての疑念が晴れなかった。


 難しい顔をして歩いていたからだろうか、ミールさんは僕に対してこう勧めてきた。

「じゃ、適当にそのへんぶらついてるといいわ。私とダリルは家にいるから」


「お泊りになられるならおいで下さい、歓迎しますぞ」

 ダリルさんもそう言ってくれる、有難いことだ。今の僕はカリナの女の体だけど、この国の希少な男性であるダリルさんなら、僕の悩みを聞いてくれるかもしれない。


「ありがとうございます」

 お礼を言って一度別れる。レヴィントン大樹の中のホールは未だに魔女でごった返し、一部の若い娘たちがダリルさんを見て「きゃー、素敵♪」とか黄色い声を上げていたりする。その光景がどこか機械帝国の僕たちとダブってしまい、この国のことを一概に否定できないでいた。


 世界は、どうしてこんなに歪んでしまったのだろう。


「ねー、すてあー。どーしたの?」

 傍らに浮いているナーナがそう語りかけてくる。彼女はずっと僕のそばに付いて居るけど、ダリルさん以外誰もが彼女を見ることも、認識することもできないでいた。


「あ、大丈夫。ちょっと考え事をね」

 この子ナーナもまた相当に謎だ。魔力という意味の名をもち、ホウキも使わずに宙に浮いている。しかもその姿は女性には見えず、そして男性でも触れることは出来ない。彼女ナーナが望んだ時だけは別だが。


 魔法が世にあふれてはや百年、この魔法王国では様々な新たな魔法の開発や発明が今も続いている。生活用品や癒し、そして戦いの為の魔法。彼女もまた何らかの魔法の産物なんだろうか。


「そんな所まで被るなぁ、帝国と」

 機械帝国でも連日、便利な道具の開発は続いている。生活用品、武器、便利グッズ……魔法と科学の違いはあれど、人々が求める物にはそう大差がないんだ。

 この国を悪の王国だなんて思わない。みんな帝国と同じように生活し、日常を幸せに生きている。


 どちらも『異性』という、大きな欠落を抱えたままで。


「どこで世界は、ボタンをかけ間違えたんだろう……」

 そんな思いで上を仰ぎ見る。吹き抜けになっているホールの空間を何人かの魔女がホウキで行き来している。本来飛べないはずの人間が飛んでいる光景にもすっかり慣れてしまったなぁ、最初はあんなに……


「……えっ!?」

 思わず声が出た。その魔女のうちの一人の傍らに、ホウキを使わずに寄り添うように飛んでいる女の子の姿を見止めたからだ。

「ナーナ、あれ……」

「あーっ!」

 そう、その子の見姿はナーナによく似ていたのだ。歳の頃も、ホウキなしで飛ぶ姿も。違うのは髪の毛の色と服装くらいで。いかにもナーナと『同類』というイメージがした。


「追いかけるよ」

「うん」

 ホウキにまたがり、飛び上がってその魔女を追う。相手は天井の穴から中二階に上がり、そのまま奥へと消えていった。自分もそこをくぐって二階に出ると、ホールの向こうに消えていくナーナそっくりの娘の姿をかろうじて視界に捕らえることが出来た。


「待て、待ってっ!」

 全力で飛んで彼女達を追う。だけど僕はまだまだ飛ぶのが下手で、引き離されていくばかりだ、ホールを半周回ってから三階への穴をくぐる彼女らを懸命に追いかける。


 追いかけて三階に上がった瞬間だった。僕の乗るホウキは勢い余って彼女たちを追い越してしまっていた……彼女たちは三階に上がったところでホウキから降り、一人の女性に礼を尽くしていたのだ。


(え……あれ、さっきの女王様?)

 ナーナのような少女を従えた魔女が礼をしていたのは、さっきの演説で見たこの国の女王様、リネルト・セリカ様だった。

 あ、やばい……ひょっとして僕もスルーしちゃいけないんじゃ、なんて思ったが、別に周囲にいる他の魔女たちも別段気にすることなく行動している。じゃあ僕もいいのかな?


 遠目からその魔女を見る。全身黒ずくめの彼女は見た目が十歳くらいだろうか、魔女にしては珍しくズボンを履いていて、黒い髪の毛も短く刈り込んでいる。ぱっと見るとまるで男の子のようだ。

 彼女に寄り添っている謎の少女は髪の毛が栗毛色で、やはり黒いワンピースに身を包んでいる。ナーナと雰囲気はよく似てるけど、見た目ははっきりと別人だと理解できた。


 彼女たちが女王様と別れたので、僕は意を決してその人に近づく。ほどなくその人たちもこちらを見て、えっ!? と固まる。そう、を見て。



「もし、あなた。その横に浮いている子は一体……?」

「あ、はい。ナーナと言います……らしいです」

 僕のその返しに「ええっ!?」と目を丸くする彼女。続いてナーナと自分の脇に浮かぶ栗毛髪の少女をぶんぶん首を振って見比べて、とはー、と息を吐き出す。


「ね、ねぇあなた。このあと少しお時間頂けるかしら?」

「はい、いいですよ。僕もぜひお話したいことがあります」

 なんかこうして相対していると、他の女性にはない不思議な魅力がある。男装女子っていうのかな?


 彼女に誘われるままにホウキで飛び、最上階まで行って北の出入り口から幹の外に出る。こっちにも南側同様に、いくつものツリーハウスが乱立していて、その中でも一番大きなお屋敷に向かっていく……あれ? っていうことは?


 ホウキから庭に下り立つ。そこには十人以上の男性が列を作って「おかえりなさいませ、リリアス様」と声をそろえて頭を下げる。あ、やっぱこの人この国のお偉いさんなんだ……

 ミールさんと違って多くの男性を囲ってるんだなぁ。男性陣を見れば少年からお爺さんまで年齢層はバラバラだ。うーん、こういう光景はあまり印象良くないなぁ。


 立派な廊下を抜け、応接室へと案内される。リリアスと呼ばれた魔女さんはソファーに腰かけ、ナーナに似たその子は背もたれにチョコンと乗っかる。

「どうぞ、座って」

「あ、はい」

 お言葉に甘えて向かいに座る。ナーナは向かいの子に対抗するように背もたれの上に立ち、腕組みをして、じーっ、と相手の子を見据えている……なんか対抗意識出してる?


「あ、えーっと。貴方は?」

「あ、はい。カリナ・ミタルパと申します。こっちはナーナ」

 その返しにリリアスさんは、はーっ、と不思議そうに息をついて、背筋を伸ばしてから自己紹介する。


「私はリリアス・メグル。この国の四聖魔女しせいまじょの一人を務めております」

「え!? 四聖魔女って……ミールさんと同じ?」

 そういえばミールさんの部屋からは、この北方の魔女さんだけは見えなかった。その時にダリルさんが、「北の魔女はさらに変わり者ですよ」なんて言ってたけど、確かに予想以上に子供だ。


「はい。呼称『夜の安らぎの黒』、リリアス・メグル。ご存知ないという事は、どこか地方からいらしたのですか?」

 え、あ、と思ってあたふたする。そういえば四聖魔女なら、この体の持ち主であるカリナも当然知っているだろう、首都ここで育ったカリナが彼女を知らないのは明らかに不自然だ。

 でも僕がこっちで出会わないようにと知らされてたのは、彼女に近しい学友や母親に当たる卵子提供者くらいだし……まぁまさかカリナも僕がいきなりミールさん以外のトップ4と会うなんて思ってなかっただろうけど。


「あ、はい……エリア810から、任務のために一時帰還しました」

「え、ええっ!? あの戦場から……すごい!」

 リリアスさんが目を丸くして詰め寄って来る。とっさに出た言葉はうまく彼女の気を反らす事が出来たようだ。うん、何事も正直が一番……


「それで、あの……本題ですけど」

「あ、はい。何でしょうか」

 ややおどおどした感じで、周囲をきょろきょろと見回した後、口に手を当ててささやくように、爆弾発言を投げかけて来た。


「この子たちが見えるって事は、やっぱりあなた……?」


 その言葉に僕は一瞬、頭の中がさぁっ、と、真っ白になった。


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