第34話 魔法胎樹

 性的描写注意。


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「これはこれはミール様、いらっしゃいませ、ひぇひぇっひぇっ」

 レヴィントンの大樹の根元、そこの木のウロに掘られた地下の空間が、この国の国民を生み出している『魔法胎樹』を備えた施設のようだ。

 僕ことステアが体を借りているカリナも、ここで生み出された存在なのだ。彼女の生い立ちを知れる場所に、思わず鼓動が早くなる。


「そちらのお方が子をお望みですか、お若いのによい心がけですなぁ」

 入り口にいる老婆が、やや不気味ながら愛想よく笑う。そう、ここに入場できるのは基本的にここで子供を作る人に限定されている。

 この国の男性に認められた人が、自分の卵子を提供して『魔法胎樹』の中で受精から赤子になるまでそこで育って、やがて赤子として生まれた後で女性側の親に引き取られるらしい。

 今回はミールさんの夫、ダリルさんと今の僕の体、カリナの子供を作るという建前でここに来ていた。もっともホントに作る気はさらさらないんだけど。


 中に入る。大きな丸く広い地下室ではあるのだが、要所に魔法の明かりが煌々と光っていて、いかにも魔法の秘密の場所って感じがする。

 そして、そのあちこちに木の切り株が設置されていて、そのひとつひとつが青く鈍い光を発していた。


「わたくしの胎樹は地下の5階になります」

 ダリルさんがそう言って地下に続く中央階段に向かう。私やミールさんも後に続いて、螺旋階段を下へ下へと降りて行く。

 途中の階にもいくつもの切り株があり、そのいくつかに年頃の女性が、老若を問わない男性と一緒に立っている……彼女らもこれから子供を作るのだろうか。


 やがて地下五階に到着する。ここで階段が途切れている事を考えても、ここが最深部のようだ。中に入るとやはり切り株がいくつも並んでいるが、この部屋には誰もいなかった。

「ここは国の上位魔女のお抱えの男性の部屋だからねぇ、よほどのコネが無ければここには来られないわ」

 なるほど、ここの『種』は、ミールさんのような国の重職にいる人の旦那さんのそれなんだ。


「さ、こちらが私の胎樹になります」

 ダリルさんに誘われてその切り株へ向かう。近づいてみると木の中から溢れている光で、木の幹そのものが透けて見えるのが何とも幻想的だ。

 そしてよく見ると、木の内部に水が溜まったカプセルのようなものがあり、それが青い光の光源みたいだ。この部分だけを見ると確かに僕ら機械帝国の人口胎内機械とよく似ているなぁ。


「ここをご覧ください」

 ダリルさんが指差すその先、水が入ったカプセルの中心に、一つの白い楕円が浮いていた。いくつもの細い管が周囲に伸びていて、何かコレそのものが培養されているみたいだ。

「これがでございます」


 ぞくうっ!!

 全身に悪寒が走った。睾丸、って……


「まさか、取り出したのか?」

 帝国にいる時に信じられていた「魔女は男の睾丸を引きむしる」という噂。810に行ってカリナと出会って、そんな話はデマだと思っていたけど、今目の前にあるのはまさにそれを具現化した光景じゃないか!


「ここ魔法王国では、ほぼ全員の男性の睾丸はこの施設に提供されています。私は片側だけですが、両方とも提供されている御仁も多いのです」


 今の僕はカリナの体だけど、それでも股間が縮み上がる思いがした。この魔法王国じゃ、男性は玉を取られてなおかつ権力者に囲われている、って言うのか?


 カリナに以前聞いた話。帝国の男性は紳士だけど、どこかナヨッとした印象があるって言っていた。その意味が、理由がやっとわかった。そりゃ覇気もなくなるよ!


「ちょ、ちょっと待って! そんな事したら、男性と結ばれても子作りできないじゃないか!」

 そう、この国では女性は数少ない男性と結ばれる事を夢見ている。なのにその男性が玉無しじゃあ、意味が無いんじゃないか?


「もう、この国じゃ普通に性交から子供を作ってる人はほとんどいないわ」

 ミールさんの言葉に「え?」と声が漏れる。それは……どういう、こと?


「上位魔女も、大勢の男を囲っている裕福な方も、


 なん……だって?

 この国じゃ、文字通り男は『女性が楽しむためのもの』だって言うのか?


「生みの苦しみ、っていうのは男性には分からないものよ。私達魔法王国の大多数は、女性だけがそんな思いをするのを捨てているの」

「ステア殿は実際の出産に立ち会われたことはありませんでしょうな。私は以前ミール様のそれに立ち合ったことがあります。それはもう痛ましいお姿でした……」

 二人はどこか暗い影を落としながら言葉を発する。そして、ミールさんがこう続けた。

「死産だったの……その子」


 そんな、事が、あったのか。


 今、僕の体が女性だからだろうか。彼女が、そしてこの国がこうなってしまったのが、なんとなく理解できてしまう気がしていた。

 男性の睾丸を切り取って繁殖だけに使うなんて非道な行いだ、そして魔法を使えないこの国の男性が、それに抗うなんてできっこないだろう。


 でも、普通に子供を成すには女性は苦しまなくちゃいけないんだ。そんな苦しみや、死産のリスクを冒すくらいなら、こうやって体の外で子供を、国民を事を選ぶのも、無理のない選択なのかもしれない。


 実際、機械帝国でも同じようなシステムが採用されている。それは取りも直さず、に、国のが多数の出産を強いられるのを避ける為なんだ。

 でも帝国では一部の男性が妻を迎え、愛し合って子供を産むことも認められている。そうして生まれてくるの子供の半数が、未来の貴重な女性になるんだから。


 だけど、この魔法王国は違う。女性が中心のこの国はで動いているんだ。だから苦しみを伴う出産が否定され、そのリスクを避けて子供を成すシステムがこうして常識になっている……


「じゃ、じゃあ、この国の男性は、どうやって生まれてきてるんですか?」

 そうだ、魔法胎樹で生まれるのが全員女なら、肝心の男性はどうやって作られているのか……このまま男性が生まれなければ、この国はいずれ……


「今までは戦争で捕虜にした敵の兵士とか、私たち上位の魔女が気まぐれに子作りをした中から生まれるとか、そんなケースね」


 そうだ、確かアトン大将軍が810に来た時、かつて捕虜になった兵士がこの国でハーレム王やアイドルになったとかの話をしていた。


「だけどこのままじゃ、やがて男性は生まれなくなるでしょう、ね」

「私達は夫婦であるが故に、この国のをよく自覚しております。でも国民の大多数がそれを望んでいる現状、ミール様と言えどその流れを変えることはできないのです」

「男性が死に絶えても、培養睾丸さえ残っていれば子供は作れる。最悪機械帝国から男を攫って来れればいい。そんな楽観的な考えでいるのよ、みんな」


 ミールさんもダリルさんも、どこか諦めきったような顔でそうこぼす。

「だから私は、エリア810には期待しているのよ。あっちじゃ隠し村とかで普通に子供を産んで育ててるんでしょ? いつか、この国もそうなればいいのにねぇ」


 僕は、言葉が出なかった。



 エリア810は地獄と呼ばれている。戦争最前線で恐ろしい魔女と、凶悪な帝国兵士と戦わななければいけない地獄であると。


 でも、本当の地獄は……じゃないのか。

 そして、魔法王国の女性にとっては、機械帝国のシステムこそが……


 そんな僕たち三人を、ナーナは少し離れた所から見下ろしていた。僕も、ダリルさんも気付いていない。



 僕らを見るナーナが、、なんて。

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