第33話 四聖魔女と女王リネルト・セリカ
ポロン、ポロロン、とハープの音が外から響き渡る。
「あら。女王様のありがたいお言葉があるみたい。ちょっとくつろいでてね」
ミールさんは僕にそう言うと、傍らにあったホウキを手に取り、ひょいっとまたがって、そのまま家の天井まで舞い上がっていく。
そして天頂の部分をぱかっ、と開けると、そのまま外に出てフタを閉め、直後にトッ、という靴音が響いた。多分そこに降り立ったのだろう。
「ミール様は
ダリルさんがそう解説してくれる。そういえば810でも僕の脇の下に魔法陣を描いて通信機代わりにしてたけど……国中に声を届けるなんてスケールが違うなぁ。さすが聖都の頂点にいる魔女さん達だ。
興味が出て来たので窓際に張り付いて外の様子を伺う。と、空がにわかに明るくなり、レヴィントンの大樹に青い光が駆け巡って魔法陣を描く。よく見ると大樹を中心にして、東西南北の頂点に一人づつ立っている魔女が共同で魔法陣を描いているみたいだ。
このスケールの大きさを見ていると、810でカリナ達が使っていた
対面にいるであろう北側の魔女さんは見えないし、屋根の上にいるミールさんも直接見ることはできないが、東側と西側にいる魔女はここの窓からでもハッキリと見ることが出来る。
「東におられるのが『希望を灯す黄金の
東で踊るように魔法陣を描いているレナさんは、浅黒い肌に燃えるように濃い金髪をなびかせ、胸と腰だけをリボンのような布で覆った美しい女性だった。どこか肉体的な強さを感じさせるセクシーさは、今屋根の上にいるミールさんのスラリとした長身美なのとはまた違った印象がある。
その二人と対照的なのが、西で淡々と魔法陣を紡いでいるルルーさんだ。見た目ややご年配の彼女は体も少々ふとましく、丸い顔に丸眼鏡をかけて柔らかい笑顔を浮かべている。
まるで夕飯の準備でもするように魔法陣を紡いでいて、着てる服もどこか家庭的な印象がある。確かに『暖かな
「一言で魔女って言っても、いろんなタイプがいるんですね」
「ほっほ。北の魔女様はさらに変わっておられますぞ」
へぇ、と息をつく。この国の代表的魔女が各々ここまで個性的なのには本当に驚きだ。
「じゃあ、女王様は?」
「間もなくご降臨なされます、大樹の頂点に注目してください」
ダリルさんのその言葉に、視線を大樹の先端に向ける。っていうか、あんな所にどうやって?
そう思った時、その場所のすぐ下に銀色の円が現れた。これは……810で聖母様が使って、カリナが僕の所に空間移動してきた魔法、
しかもそこから光の階段が伸び、先が大樹の頂点まで届く。そしてその階段を一歩、また一歩と登って来る人物が見えた。
「あの人が……魔法王国女王、『リネルト・セリカ』様!」
「なーんか、じみー」
ナーナが失礼極まる台詞を吐くが、まぁ言わんとしてることは分かる。
リネルト女王は頭に王冠こそかぶってはいるが、服装そのものは青紫色をした典型的な
年の頃は自分やカリナと同じくらいだろうか。顔だちも整ってはいるけど、いわゆる女性らしい『華』が無い。確かに一言でいうなら地味だなぁ。
女王様は大樹の頂点に立ち、ひとつふたつ深呼吸をしてから、王国を見下ろして演説を始めた。
――親愛なる魔法王国の民の皆さん、今日も自然と共に健やかであることを祝福します――
うわ! とその言葉を聞いて驚く。決して大声じゃないのに、まるで直接鼓膜に届くように響くその澄んだ声は、確かに高貴な音色を含んでいた。
これが四聖魔女の魔法陣の効果なのか、それともリネルト女王のカリスマなのかは分からないけど……
とにかく、すごい! という印象しか無かった。
――私たちは自然と共に在り、
――敵国たる機械帝国は私たち魔女を蹂躙し、自然を破壊し、
――この国には希少な、誠実で優しい男性が存在します。どうか皆さん、足るを知り、欲望や快楽に溺れる事の無いよう願っております――
――そのためにも、より新しい魔法の発見と、その報告によってさらなる発展を期待する事を切に祈ります――
そんな事を言って演説は終わった。うーん、なんか機械帝国がワルモノ扱いされているのは納得いかないけど、でも確かにこの国の人たちは自然を魔法で上手く利用して、調和の取れた生活を送っている。
でもそれは魔女ならではの世界なんだよなぁ。そりゃ男にも魔法が使えたら、女性と一緒にこういうつつましい生活が送れるのかもしれないけど、この魔法中心の生活で魔法が使えない男がコンプレックスを抱くのはしょうがないと思うんだけど。
そんなコトを考えていたら、ミールさんが屋根から降りて来た。
「どうだった? ウチの女王様は」
「あ、はい……声がとても透き通ってて、心に響く感じがしました」
「あー、あれも実は魔法なの」
え、えええ!? あの澄んだ声って魔法?
「女王たる者、民の心を掴む演説は必要なのよねー」
いや、それ僕に言わせればズルじゃない? まぁ魔法王国じゃ魔法イコール常識なのは分かるけど……その演説のせいで戦争が終わらないのはどうかと思うよ、やっぱ。
「それで、ステア君はこれからどうするの?」
「あ、はい……そうですね。まずこの国の男の人達と会ってみたいです。ダリルさんはご健康でしたが、他の男性がこの国でどんな生活をしているか知りたいんです」
そう、それがこの国に来た理由の一つ。数少ない男性が魔法の国でどういう扱いを受けているかは是非知っておきたい。カリナの話じゃ『大事にされている』ってコトらしいけど……
「それは難しいわねぇ。多くの男性は私みたいな権力者に抱えられているし。あ、私はダリル一筋だから誤解しないでねー」
そうノロけた後、幾分真剣な顔になって僕に迫り、こう続ける。
「今のあなたはただの見習い魔女。そんな一般人が男性に会う機会はまず無いわ。そもそも近寄る事すら出来ないでしょうね……ほーら、こんなに普通の女の子」
「って、説明しながら僕の胸を揉むの止めてくれませんか?」
胸揉まなくても僕の見た目が
……この人がダリルさん一筋なのって、実は女性でもOK! って事じゃないだろうなぁ。
でもまぁ事情は理解した。確かに機械帝国でも少数の権力者が女性を囲っている状態なんだけど、こっちでもやっぱりそうなんだろうなぁ。
なのでただの少女であるカリナ、つまり今の僕がこの国の男性と会うのは難しいのかもしれない。
うーん、今見た四聖魔女さんや女王様も多くの男を囲ってるんだろうか。どっちにしろ後回しにするしかなさそうだ。だったら……
「それじゃあ、この国の子供を生み出してる『魔法胎樹』っていういのを見てみたいです」
この魔法王国、昔ながらの妊娠出産を成している人はほぼおらず、魔力を宿した樹から赤子を産み落としているって聞いている。そしてそこから生まれてくるのはすべて女性だそうだ。
まぁ機械帝国も似たようなもので、男性の精子と女性の培養卵子を交配し、そのまま胎児をカプセルの中で育てる人口胎内機械というシステムで子供を作っている。何を隠そうこの僕もそうやって生まれてきたんだし。
で、このシステムで生まれてくるのは決まって男性なんだ。なので帝国の上級民が奥さんを迎え、普通に妊娠出産を成してい生まれてくる子だけに女性の可能性がある、なので女性は機械帝国にとってまさに宝なのだ。
じゃあ、この国の数少ない男性は、どうやって生み出されているんだろうか。やっぱり国の上の方にいるお偉いさんが囲ってる男性と子作りをして、普通に出産をしているのか、それを知る手がかりとしても是非、その現場は見ておきたい。
「そうね。あそこならダリルが一緒なら入れるわ。じゃあ支度しましょうか」
そう言ってダリルさんに目配せして、端にあるタンスから服を出して着替え始めるミールさん。うん?ダリルさんが一緒なら、って、もしかして……
「用の無い方はあそこには入れません。なので私が同行して、子種を提供するという用件なら入場が可能です」
あ、やっぱそういう事なんだ。機械帝国でも一定の税金を納めた者だけが人口胎内機械に精子を提供して、培養卵子と掛け合わせて子供を作ることが許可されている。こっちではさすがに精子は培養物じゃなくて生のそれなんだなぁ。
「一応、貴方とダリルの子供を作るって建前になるけど、いいわよね?」
「え、えええええええっ!?」
いやそれは困る。この体の持ち主のカリナの許可なしに彼女の子供を作るなんて……しかもこのダリルさんと?
「うふふ、大丈夫よ。あくまでそういう理由が無いと入れない、ってだけだから」
……うーん、なんか踏み込んじゃいけない領域に進もうとしてる気がぷんぷんしてきた。大丈夫かなぁ。
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