第32話 天輝く陽の魔女、ミール・ロザリア
魔法王国聖都レヴィントン。それは一本の大樹を住処にした、魔女たちの楽園。
あまりにも巨大なその木から広がる根っこの裾野、そこは僕、ステア・リード(体は
地面に沿って数キロ四方に広がる根は、端近くでもその太さが3mはある。それを側壁にして家を建て、幕を張ってテントを作り、うねる根の下を掘って向こう側に行くトンネルが続いている。
なんなら根の上で露店を営んでいる人もいて、お客はホウキに乗って飛んでいき、宙に浮いたまま商品を吟味して売り買いしている。
(すごい人だな……さすが首都)
根っこの間の街道を馬車ゴレムで進みながら、前後左右、そして『上』を見上げてそう思う。歩いてる人でいえば機械帝国首都のドラゲインのほうが大人数だろう。でもホウキで空を飛ぶ人が大勢いるので、混雑以上に人の存在を感じてしまう。
僕は町の中心にある大樹の幹に向かっていた。あそこはいわゆる王城と政府機関、そして上位の魔女が生活するいわばVIP空間らしいんだけど、それでも一兵卒のカリナでも気軽に足を運べるほどで、なんなら女王様にすら普通に会いに行けるらしい……機械帝国じゃ考えられないなぁ、このオープンさは。
やがて大樹の根元に到着。馬とゴレムを脇にある専用の預かり所に託して、ナーナと一緒に正面の門に向かう。
幹に門が張り付いているという事は、この木の内部をくりぬいて住んでいるのだろうか。自然を良しとする魔法王国にしては珍しいなんて思ってたけど……中に入って、その疑問が解消された。
この幹は直径が1キロほどの大きさだけど、それは木の外皮だけの話で、中の生木はせいぜい直径150m程度(それでも巨大だけど)みたいだ。魔法で外皮を剥離させて押し広げ、そのスキマに空間を作って城内の空間を作ってるのか。でもそれで木が死んでないんだから、すごいよなぁ魔法。
入ってすぐの所に石板で出来た案内図を見る。内部は円筒状の空間になっていて、何階かに階層別れしているようだ。
それぞれの階の天井(上の階の床)のあちこちに丸い穴があけられ、そこを魔女たちがホウキで上がり降りして移動してる……空間そのものを立体的に使ってるのは飛べる魔女ならではだなぁ。
また上の方では、外皮の外側に出た枝の上にも様々な家や建物が、まるでツリーハウスみたいに作られている。なんでもそこに住んでいるのがこの国の上位魔女さんなんだとか。
受付らしき人にミールさんの居る場所を聞いてみたら、その外側の枝の上の南側にある屋敷にいるらしい。彼女の異名『天輝く陽の魔女』は方角で南を意味するそうだ。
ナーナ(相変わらず誰にも見えない)と一緒に中央ホールを上までホウキで飛んで登って、南側の門から外に出る。
「うわ……すごい眺め」
高さ数百メートルはある大樹の幹から眺める景色は壮観の一言だ。はるか向こうの山河を一望できるだけじゃなく、足元から伸びたぶっとい枝の先には、それこそ一軒家以上の邸宅がいくつも連なっている。
そして、その先のひとつに、他よりも一段豪勢な屋敷が構えられていた。複数の枝をまたぐように丸太の家基礎が敷かれ、木組みと板張りで組まれた壁には大きく魔法陣が描かれている。あれに間違いなさそうだ。
せっかくなので飛ばずに枝の上を歩いて屋敷に向かう。もちろん万一の為に両手でホウキをしっかり抱えて。とはいっても枝だけで5mほどはあるので、よっぽどドジを踏まない限り転落なんてしないだろうけど。
やがて家の前までたどり着いた時、扉の前にはこの王国で初めて見る男性が、僕を出迎えるように立っていた。スラッとした体形を持つその人は見た目三十歳くらいだろうか、黒いスーツに赤い蝶ネクタイを締めたその人は僕を見て、右手を曲げて胸に当て、うやうやしくお辞儀して来た。
「カリナ・ミタルパ様ですね。主人がお待ちです」
「あ、どうも。ご丁寧に」
思わずかしこまって返事する。この魔法王国に来て初めて見た男性にちょっと驚いたのもあるけど、別段普通の感じなんだなぁ。
「……おや、そちらは?」
「え? あ、あっ!?」
その人がナーナを見て思わず驚きの声を上げる。そうか、ナーナは女の人には見えないと言ってたけど、男の人には触れないだけで、見えないわけじゃないんだった。
「あ、え、えっと……付き添いっていうか、そう、事情があって預かってるんです」
「……そうですか、失礼しました。どうぞ中へ」
あまり詮索されなかったのは良かった。一応マミー・ドゥルチ様の使いってことで尋ねたんだけど、他に誰か連れてたら当然気になるだろうし、まして男性にしか見えないナーナを連れてたら、この人とミールさんとやらで、彼女に対する認識が合わなくなる。
とはいえこの男性が傍らにいる「男にしか見えない少女」をずっとスルーしてくれるかというと、それも期待薄だけど。
「お邪魔致します」
家の中に入る。そこには玄関も廊下もなく、家自体がだだっ広いひとつの部屋だった。外から見たら豪邸に見えるのに、中はまるで兵学校の訓練所かなんかみたい。
「いらっしゃい、エリア810の使者さん。さ、こっちにいらっしゃい」
「はい、失礼します」
例によってスカートの裾をちょんと摘まみ上げる挨拶をして、奥にあるテーブルに着いている女性に向かう。
あのマミー・ドゥルチ様よりはやや若そうなその女性、鮮やかな緑色の髪を頭の上でお団子にして、薄い黄色のドレスを羽織っている。座っている姿から見ても相当に長身で、多分立てば男の体の僕より背が高いだろう。
今まで見てきた魔女たちとは別種のような明るい色合いを身にまとった、魔女というよりはおとぎ話の精霊なんかをイメージさせる見姿だ。
「お初にお目にかかります。エリア810の魔女見習い、カリナ・ミタルパです」
「遠路の使者お疲れ様。魔法王国の陽の象徴、ミール・ロザリアよ。こちらは私の夫のダリル」
あ、夫だったのか。なんか上級国民の使用人というか、執事みたいなイメージだったけど。
挨拶の後、ダリルさんに勧められて着席し、彼がお茶を入れてくれた。木の葉茶をすすりながら二人の様子を伺う。ダリルさんは僕の傍らにいるナーナの方をちらちら見てるけど、ミールさんは完全に眼中にない。しかもナーナに入れているお茶も、それをごくごく飲むナーナすらもミールさんは認識できてない……ホントなんなんだこの子。
「どうですか? エリア810の現状は」
「はい。相変わらず一進一退です」
決まり切った返事を返す僕に対して、ミールさんは面白そうな笑顔を向けてこう返してきた。
「ふふ、一進一退をうまく保てているようね」
ごく、と思わず生唾を飲んだ。保てている、ってコトはこの人ひょっとして……。
「あら、ドゥルチに聞いてないのね。私は知ってるのよ」
「っ……そ、そうだったんですか」
「この国でそれを知ってるのは私とダリルだけだから、くれぐれも口外しないようにね」
「は、はいっ!」
そういうことか。ただ単に体を入れ替えただけの僕を、即この国に送り込むなんて無茶だと思ったけど、ちゃんと事情を知ってる人がこちらにもいるんだ。
機械帝国に向かったカリナ(僕の体)にも、アトン大将軍と言う頼れる人がいる……なるほど。道理であっさりと決行したわけだな。
「あ、そうだ。聖母マミー・ドゥルチ様から親書を預かっております」
カバンから手紙を取り出し、ミールさんに差し出す。これがこの国に来る表向きの理由だったけど、彼女が810の事情を知ってるなら話は別だ。僕が思っているよりもっと重要な要件が記してあるかもしれない。
「どれどれ……え? まぁ、まぁまぁまぁ!」
手紙を広げて読み始めた彼女の表情がぱっと明るくなる。と、席を立ってこっちに来るやいなや、僕(体はカリナ)の胸をがしっ、と鷲掴みにして、そのまま胸をもみもみする……。
「え、えええっ!?」
驚いて固まる僕をよそに、ミールさんはそこにしゃがみ込むと、僕(カリナ)のスカートを掴んで、がばっ! とめくり上げた。
「え、あ、あのぉ……いったい?」
「おどろいたわー。本当に中に帝国の兵士さんが入ってるのねぇ。反応が女性のそれじゃあないわ」
珍しい物を見るような目で僕をまじまじと見るミールさん。あの手紙に僕とカリナが入れ替わった事が書いてあって、それを確認するためにこんな行為をしたのか……思った以上にトンデモ行動するなぁこの
「またひとつ新しい魔法が生まれたわね、確かにこれは画期的かもしれないわね」
席に戻ってふむふむと考え込むミールさん。とりあえず不法入国した事をとがめられずに済んだのは良かったけど、事情を知る味方とはいえバレたらバレたで、改めて自分がここにいる事のプレッシャーが襲って来る。
体はカリナのそれとは言え、魔法王国の首都に機械帝国の兵士がたった一人でいるこの現状に。
「うふふ、またひとつ秘密が増えたわねぇ。あなたも大変ね、ステア・リードさん」
「あ……はい」
エリア810がもう戦争なんてやってない事、そして自分が帝国の兵士である事。誰かにバレたら大変なことが確かに山盛りだ。ただ……
「ひ、ひぇっ! この子は一体?」
すぐ横でナーナがダリルさんにじゃれついていて、でも触れられないのでその体をまるで霊魂のようにするすると通り抜けている。パニックになってるダリルさんの有り様に、ミールさんが全く気付いていないのがなんともシュールだ。
ナーナーの秘密だけは、今しばらくは気にしなくて良さそうだ……たぶん。
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