第48話 天使のなる樹

「じゃあ二人とも、調査をお願いね」

 聖母マミー・ドゥルチ様の言葉に僕、ステア・リード(体はカリナ)とカリナ・ミタルパ(体はステア)は、お互いの顔を見合わせて「「はぁ……」」とため息を同時に吐き出した。


 男性に憑りついて魔法を使えるようにする不思議な少女ナーナ。てっきり世界に2~3人しか存在しないと思っていた彼女たちが、一晩で30人以上も発生したのだ。

 まぁそれだけならまだ問題はない。困るのはナーナに憑りつかれた男性が軒並み不能ADになっちゃう事なんだ。

 現に今も僕たちの所に隠し村の住人たちが大勢詰めかけて困惑している。取り付かれた男性はまぁ魔法を使える喜び半分、勃たなくなった悲しさ半分だけど、その恋人や奥さんは真っ青な顔で困惑してて、一刻も早い事態の解決オトコのふっかつを申し出ているのだ。


 で、その原因が最初に出会ったナーナと、その彼女が連れ去ったハラマさんにあるんじゃないかと推測して、彼女を探す人員として抜擢されたのが僕達二人というわけだ。


 予想はしてたとはいえ、僕達二人酷使され過ぎじゃないですかねぇ……。ひと月前に体が入れ替わって、これ幸いとお互いの敵国に送り込まれて情報収集をしてきたばかりなのに。

 まぁ、そのを連れて帰った僕たちに言う資格は無いんだけれど。


     ◇           ◇           ◇    


 というわけで調査に赴くことになった僕とカリナは、帝国の車に乗って戦場から隠し村へと向かっていた。ちなみに運転してるのはカリナ、帝国への旅行ですっかり機械慣れした彼女のハンドルさばきはなかなかのものだ。


「ねぇステア、どう思う?」

「うーん……あのナーナって娘たち、多分魔法と強いつながりがあるんだろうけど、なんで男性が不能になって女性は発情するのかがよくわかんないなぁ」

 そう、そこだ。彼女が魔法に深くかかわる存在なのは間違いない。なのになぜ男女で起こる現象が真逆なのか、それがどうにも腑に落ちない。


「ね、『ナナの御伽話』って知ってる?」

 え? と運転するカリナの横顔(自分ステアの顔だけど)を見る。そう、それは帝国に伝わる、女性の独占欲が世界を破滅に導いた、ちょっとこわい御伽話。


「昔は怖い話だったけど、今思えば帝国のプロバガンダ的な内容なのかも、ね」

 この最前線、エリア810に来てから改めてその話に思いを馳せると、それはどこか機械帝国が女性を、魔女を否定する為に作られた話のように思えた。


 帝国の少年に、幼い頃から『魔法は悪しき物』と刷り込むための創作なのかもしれない。


「ナギア皇太子から聞いたわ。この世界の魔法は、魔法王国の存在は、その『ナナの御伽話』をトレースしたものらしい、って」

 彼女は語る。帝国旅行を終えてノシヨ川を船で渡る時に聞いた、帝国皇室に伝わる伝承を。

「もし、あのナーナちゃんがナナだとしたら……御伽話じゃ男性を魅了して子供が産まれなくしたけど、本当は子供をしたんじゃないのかな、って」


「うーん。それは違うと思うけど」

「どして?」

「機械帝国には人工胎内機械が、魔法王国には魔法胎樹があるからね。極論男性が子供は作れるし……それに、あのナーナも僕と一緒に魔法胎樹を見学してた。だからあの娘も知ってるハズ……い、いや、年齢を考えるとそれは無いかなぁ」

 どうもナーナの見た目が5~6歳の少女というのが、男性と女性の『性』の部分に関わるような感じを持たせてくれない。なので彼女が男女の性交の妨害をするような存在にも思えないのだ。

「そうよねぇ。私には見えるけど、そんな害のあるような子には見えなかったし」


 まぁとにかく彼女を探して会ってみる事だ。隠し村の男性に憑りついてたナーナたちはあまりコミュニケーションが取れなかったが、あのハラマさんを連れて行ったナーナは僕とずっと旅を続けていた娘だ。あの子に詳しく話を聞けば、何かが分かるだろう。



 隠し村の入り口に到着し、エリエット山脈のだまし絵看板を抜けて村に入る。そこで僕たちが見たものは……


 ホウキに乗って飛び回る、魔法をぶっ放す、ゴレムを生み出して肉体労働を代わりにさせる。そして、その傍らに浮いている、それぞれ髪の毛の色の違うナーナ。

 あと、その姿を困惑の表情で見ている魔女たちだった。


「カリナ、ステア、来たわね」

「「ケニュさん!」」

 僕達を見て出迎えてくれたのは、かつてこの村に見学デートに来た時に知り合った赤服の魔女ケニュさんだ。彼女はマミー・ドゥルチ様に連絡を受け、僕達をくだんの魔法の森に案内する手はずになっているとか。

「ついさっきのコトよ。男の人全員が空を見上げて『何か来る』『空から女の子が!』なんて叫んで、なにもないを受け入れるようにキャッチして……それから魔法を使い出したの。あれが聞いていた魔力の子ナーナってやつなの?」


「うん、僕達には見えるんだよ。男性一人一人にくっついてる小さな女の子の姿が」

「それで男が魔法を使えるようになるの。多分男の人たちはドラッシャさんたちの事を知ってて、それで『あの少女に見初められたら魔法が使えるようになる』って知ってたんじゃないかしら」


 魔法はある意味男性の憧れの能力だ。それを使えるようにしてくれるナーナはまさに天使のような存在といっていいだろう。

 例え不能になる事を差し引いても、その誘惑には勝てないのかもしれない。


「とにかく急ごう。ケニュさん、その森はどっちにあるの?」

「あっち。西の方の山あいの森よ……でもあんたたちが行ってどうにかなるの?」

 あ、そうか。戦場にいる訳じゃないケニュさんは知らないんだなぁ。僕とカリナが入れ替わってる事に。


「大丈夫です。カリナ、乗って!」

「うんっ!」

 僕が男らしくホウキにまたがって魔法を発動させ、その後ろにカリナ(体はステア)が半身になって女の子腰かけで相乗りする。魔力を高めて浮き上がり、ケニュさんに会釈してから目的の森へとすっ飛んでいく。

 それを見送るケニュさん、さすがに首を傾げて頭の上にハテナマークを浮かばせていた。今のリアクションとかどうみても男女逆だしねぇ。


    ◇           ◇           ◇    


 ほどなく目的の森の上空に到着、速度を緩めて森の中にナーナかハラマさんがいないか探すも、その気配は伺えなかった。折しも夕方で薄暗さが増している時間帯なんで猶更だ。

「どうする? 降りて探すか、それともこのまま飛び続けるか」

「魔力、足りてる? 帰りの分もちゃんと節約しないと」

 そりゃそうだ。飛べるからって調子に乗って森の奥まで行って魔力が尽きたら遭難しかねない。とはいえここは魔力の湧き出る森なんだし、一定時間休めば魔力はチャージできるんだろうけど。


 仕方なく森に降り、はぐれないように手を繋いで捜索する。

「ナーナー! ハラマさーん! 返事してーっ!!」

「ナーナちゃーん! 私女だけど見えるわよー、それが困るんだったら出ておいでー!」


 しばらく声を張り上げて二人を探すも反応は無かった。夜も更けて真っ暗になったので仕方なく一度、村に引き上げることにする。カリナをホウキに乗せて森から離陸して……


「ステア、あれ!」

「んなっ!?」

 僕達は仰天した。森の一角に強烈な光が生み出されていたからだ。


 まるでそこだけがライトアップされてるかのように光り輝いている。夜の魔法の森にあって、その一角だけが電気の光でイルミネーションされているみたいに!


「行こう!」

「うんっ!」

 進路をそちらに向け、魔力をつぎ込んで光の方に全力で飛んでいく。近づくにつれ、その光源はひとつじゃなく、いくつもの場所に散らばって発せられているのが見えてくる。


 そして……その場に着いた時。僕たちはその光景に、言葉を発する事が出来なかった。


 森の木々に光がっているのだ、まるで果実のように。


 その果実のひとつひとつが、よく知っている少女ナーナの姿をしている。体を丸め、生まれてくる前の姿のように。


 そんなナーナの、使が幾百、幾千と森の木々に実っているのだ。


「え……あ……なに、これ」

 カリナが周囲のナーナの実を見回しながら、なんとか言葉を絞り出す。


「魔法胎樹……でもない。あのナーナがここで、生み出されている?」

 パッと見た印象はあの魔法王国で見た魔法胎樹の部屋に似ている。でもここには人為的な作り物の気配はなく、あくまで自然に樹から人が生えているような印象があった。



 ――あ、ステアにーちゃん。来たんだね――


 その言葉に、雷に打たれたように振り向いた。そう、聞き覚えがあったから、その声と口調に。

「ナーナっ!」


 彼女に向き直って、僕は、今度こそ絶句した。


 そこにいたのは、ずっと一緒に魔法王国を旅してきた、金緑色の髪の毛をした少女ナーナと……


 ひときわ大きい木の幹に、まるで聖母の像のように磔になって、その体を光り輝かせている……


 ――まるで天使ナーナたちの聖なる母のような、ハラマさんの姿だった――




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