第49話 狂い出す世界

「ハラマさん!」

 魔力の森の中心。ライトアップされたかのように光るナーナ達の中心に、まるで聖母の像のように大木の幹に張り着いているのは、間違いなくあのハラマさんだ。


 僕、ステア(体はカリナ)の呼びかけに答えて彼女はゆっくりと目を開け、体を輝かせたまま、逆に光の無い目でこう返してきた。

『カリナさん……いえ、帝国兵のステアでしたわね』

 ずきり、と胸が痛む、彼女は帝国兵への敵愾心が人一倍強いので、その彼女を騙し続けて来た事への後悔の念もある。彼女は恨み言のひとつでも言いたいのだろうか。


『ふふ、貴方に出会えてよかったですわ。おかげで私は自らのするべき事を見つけることが出来ましたもの』

 真意かそれとも皮肉なのか、薄く笑ってそう返すハラマ。


「するべき事……って何? このナーナたちと何か関係があるの?」

 そう問うたのはカリナ(体はステア)のほうだ。本来ならハラマの先輩魔女として、彼女を導かなくちゃいけない立場からか、心配そうに彼女を見つめる。


『ふぅん……貴方が本当のカリナ・ミタルパさんなのね。そんな汚らわしい男の姿になっちゃって可哀想』

 ハラマは特に高揚した様子もなく、ふっ、と息をついてから、言葉を続けた。


『世界から男がいなくなり、女性だけの楽園が出来上がりますのよ。だから貴女も早く元の体にお戻りなさい……』


 なんだって? 世界から、男が……いなくなる?


『私の使命……それはこの地の魔力を取り込んで、このコのような娘を生み続ける事』

 傍らに浮く、僕のよく知る金緑色の髪のナーナを見て、さらに言葉を紡ぐ。やはりと言うか、今の彼女にもナーナは見えてるんだ。


『この娘達は男に憑りつき、その者に魔法を与える。でも、それと引き換えに、その男は……女性とまぐわう事が出来なくなる』


「そんなのもう知ってるわよ! っていうかそんな事したら、魔法王国が男に支配されちゃうわよ」

 そう、カリナの言う通りだ。このまま魔法を使える男性が増え続ければ、魔女が男性を魔法で支配している王国が成り立たなくなる。

 機械帝国でナーナに憑りつかれて魔法使いになった男性兵が大勢で攻め込めば、武器と魔法の両輪で、いやそれに加えて闘争本能にも秀でた男性側が女性社会の魔法王国を蹂躙する未来しか見えない。


『それでも……いいのよ、カリナせーんぱいっ♪』

「なん、だって?」

 僕ステアが思わずそう返す。あのハラマさんは王国じゃ優等生で、少なくとも仲間が男性に蹂躙されても平気なんて思考の娘じゃ無かったはずだ。なのに、なんで?


『もっともっと先は、もっともっと未来は、どうなるか分かりますか?』


 え? もっと……未来?


 男性が勃たなくなれば、当然ながら女性と交わって子供が作れなくなる。でもそれは今の世界でもほとんどがそうだ。その代わりに機械帝国の人工胎内機械や魔法王国の魔法胎樹で、お互いに子供を生み出してきたんだ。

 仮に機械帝国が魔法王国を支配したとしても、そのまま魔法胎樹では女性のみが、人工胎内機械では……


「あ、ああっ!!」

「え、どしたのステア。何か気づいた?」

 そうだ、そういう事じゃないか……でも、まさか?


「ハラマ。君はもしかして、ナーナを生み出す気なのか?」

 もし、もしそうなら……確かに男性は、滅ぶ。

『くすくす……ステアでしたね。貴方がもし本当に男性なら、仲良くなるのもいいですわね。聡明な方は嫌いじゃありませんわよ』

 どういうこと? とカリナが僕の肩を揺さぶる。でも僕はハラマから目を、意識を切る事が出来ないでいた。

 彼女が次のアクションを起こすのが、気配で察知できたから。


『その通りです。世界全ての男性に、私の娘であるナーナをプレゼントします』


 そう言い放って両手を広げる。その瞬間、周囲の気にっていた幾千ものナーナが体を伸ばし、同時に裸だった体にそれぞれの色のワンピースが纏いつき、一斉にふわりと浮き上がった。


 ――くすくすくす――

 ――うふふふっ――

 ――キャッキャッ――


 夜の闇に、幾千ものナーナの笑い声がこだまする。そしてハラマと傍らに浮く金緑髪のナーナがすっ、と指差すと……


 ざあぁぁぁぁぁぁ……っ


 二人を残して、全てのナーナが飛んで行った。


「「……な!?」」

 ハラマと飛んで行ったナーナたちを同時に仰ぎ見る僕とカリナ……あの数なら、隠し村にいる残りの男性全員に憑りつく事すら可能だろう。


『ディア・ナーナー』

 そうハラマが唱えた瞬間だった。大勢のナーナたちが飛び去って再び漆黒に戻った森に。幾千もの光がぽっ、と灯った。

 それは蛍のように連鎖的に森に増え続け、チカチカとした小さな光が瞬く間に森全体に生み出されていく。

「まさか……この光の一つ一つが、ナーナになる、のか?」

「ええええええっ!? さっきよりずっと数が多いわよ」


 生み出された光は少しづつ、少しづつ大きさと明るさを増しているように見える。この光がやがてナーナへと成ったら、さらに大勢の男性が憑りつかれて……


「カリナ! 戻るぞ。隠し村に行ってみんなを救わないと!!」

「え、ええええっ!? どういうコトよ、説明して!」

「飛びながら話す! 早く乗ってっ!」


 ホウキにまたがって魔力を込め浮き上がる。僕(くどいようだが体はカリナ)の後ろにカリナ(体はステア)が飛び乗って僕にしがみ付いたのを確認し、ありったけの魔力を飛行能力へとつぎ込む。


 ぶわぁぁっ! と風を切り裂いて離陸した僕は、そのままナーナ達が向かった隠し村へと急行する。

 このままじゃダメだ、一刻も早くあのナーナ達を何とかしないと!


「ねぇー! ちゃんとせつめいしてよねーっ!」

「男性が生殖機能を失っても、生まれるんだ、あの魔法胎樹で!」

 そう。男性の睾丸を保存している魔法王国の生殖法なら子供は生まれる。ただしとして、だ。


「カリナ! 機械帝国で人工胎内機械は見たか!?」

「え、ええ、見たわよ。魔法胎樹とそんなに変わらなかったけど……」

「じゃあ、あそこでは見たのか!?」


 そう、同じなんだ。どっちのやり方も。男女が逆なこと以外は!


「って、あーもう思い出したら恥ずかしくなっちゃったじゃない。もーステア、なんてこと言うのよっ!」

 ああ、その反応からしてカリナも見たんだ。あそこで子供を作ってる姿を。

「本当にもう! あの機械にナニを突っ込んでハァハァしてる姿なんて思い出したくなかったわよ」

んだ! ナーナに憑りつかれたら!!」


 背中側でカリナ(体はステア)が愕然として、そして絶句するのが伝わって来た。


 そう、今の世界のはその人工胎内機械で生み出されているのが大半だ。そして男性が勃たなくなったら、その機械で子供を作る事すら出来なくなってしまう。

 帝国の一部の上流階級、妻を何人も抱えている男性すら妻とまぐわう事が出来なくなる。


 つまり、もう男性はのだ。


「そんな……事って。じゃあやっぱり、魔法ってあの『ナナの御伽話』とおんなじ結果を?」

 カリナの嘆きを背中で聞きながら、確かに似ている、と思う。


 全ての男性を魅了する美しさを持ちながら、子供が産めないばかりに人類を滅ぼした御伽話のナナ達。

 全ての男性に魔法と言う力を与え、代わりに子供を、特に男性を作れなくしてしまうナーナ達。


「あのナーナ達が世界中に放たれたら、世界はもうメチャクチャになる……今でさえ歪んでるのに、この上男性が世界から消えたら……」

「そんな……そんな世界、誰が望んだっていうの?」


 魔法。それがこの世に湧き出たその時から、世界はおかしくなりはじめた。


 そして今、その魔法で生み出された少女、魔力の名を持つナーナが、世界の姿を変えようとしている。



 それを止められるのは、ナーナを直接見ることが出来るこの一組の男女だけ、なのかもしれない。


 でも 二人もまだ知る由もない。ナーナの、を。




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