終わりへの物語
第50話 星の嘆き
恋に、恋していた。
愛を、
新しい命が生まれるのが、嬉しかった。
私が生み出した、愛しい愛しい生き物たち、その命は儚い。
だから私は、その命を繋いでいく仕組みを願い、そして育んだ。
一つの個の命から、次の命へと継承すると、変化が見られない。それどころかあるべきものが欠損してしまうことすらある。
だから私は、同じ存在をふたつに分けた。そうなるように進化を促した。
おしべとめしべ、オスとメス。そして……男と女に。
やがて生物の中の一つが、私と同等に近い意志すら持つに至った。
――ニンゲン――
本能のみで動くにあらず、時に自らを律し、争い奪い合うだけではなく、時に慣れ合い、時に力を合わせる。そんな『心』を持つ、進化の果ての生まれた最高のイキモノ。
彼らの繁殖行為は、命を繋ぐ以上に明るい輝きを見せてくれた。
恋。異性同士がお互いを求め合い、自らの体の本能と律する心を葛藤させ、触れ合おうとする思い。
愛。お互いを
そして命の継承。生みの苦しみを乗り越え、その子に自愛と継承を与えて育み、やがて独り立ちしてまた、新たな恋と出会う。
なんて素晴らしい生き物なんだろう、なんという幸せな光景を見せてくれるのだろう。この、ニンゲンという生き物は。
でも、それもやがて終わりが来てしまった。
深い思考の闇に陥り、ただ男性と女性が愛し合う事をニンゲンの社会が少しづつ否定し始めた。
命を繋げない同姓との恋愛が声高に叫ばれ、己の体と心の性別が一致しない物への過度な保護と、それを悪用しての愛の無い
子を産む役目を持った女性がその任すら否定し、自らを特別に扱うよう我儘に主張して回る。
そして社会を回す男性たちは、そんな声を票に変えて世界を席巻していく。
恋する事を、愛し合う事を、まるで悪い事のように声を上げる。
ああ、もうニンゲンはダメだ。
だって、繁殖を否定したら、もう先に命は繋げないんだから。
だからもう、ニンゲンは自然の一部じゃない。ただこの
だから、彼らにはもう、消えて貰おう。
でも、一度だけ、彼らにチャンスをあげてもいいかもしれない。
彼らが見せてくれた『恋』は、『愛』は、確かに素晴らしかったのだから。
だから、
人間たちが
でも、その女性たちは力のもう一つの大切な効果についに気付くことはできなかった。
その力は男性の命の種、精子を殺してより強い力へと変貌することを。
魔力を受け続ける女性に気付いてほしかった。それは女性としての幸せ、体内に取り込んで生み出すという点において、男性の種と同じだという事を。
分かるはず、気付けるはずよ。
貴方達に与えた力は、男性を、精子を、ニンゲンを滅ぼす力だということを。
魔力の発生源近くでそれを身に受けたり、あるいは日常の中で長い間魔力を使わずに溜め込んだら、男性が愛しくなるでしょ? 狂おしい程に。
それはニンゲンを滅ぼす魔力を宿す事を体が理解し否定する、種の生存本能。女性として、男性の種を否定する力を宿した事に対する、生物としての本当の欲求の解放。
でも、結局ニンゲンの女性は、それに気付かなかった。気付いた人もいたかも知れないけど、
もう、ダメなの、かな。
なら、もうニンゲンを滅ぼしてもいいかもしれない。
でも、もう少しだけ、待ってみたい。
魔力は男性には作用しない。もし作用すればその人が生み出す子種は、片っ端から全滅してしまうのだから。
だから私は、魔力が男性に使えるようになるための
とある男女が生み出した小さな命。でも生まれる前に命を落とした哀れな少女。そんな彼女の魂を呼び込んで魔力で命を与え、ひとりの精霊としての体を成した。
この精霊に男性に憑りついてもらい、彼を通して知ってもらおう。男性にも、そして女性にも。
魔法は、あなたたちニンゲンを滅ぼす力なのだと。
でも、それもうまくはいかなかった。
リリアスという名の少年に憑りついたその
男である事も、繁殖が出来なくなっている事も、隠されたままで。
もう、終わらせよう。
私自身が一人の
偽りの機械や、魔法の樹で生み出される命も、精子を殺すナーナの力で消してしまおう。
ただ、それでも少しだけ、可能性を残してあげたい。
だから私はナーナになる時、自分の意思を、使命を、意図的に消し去って生まれることにした。
そして私は、あるニンゲンと出会った。
「おねーちゃん、もしかして、おとこのひと?」
そのニンゲンは特別だった。女性の中に男性の魂を宿した、不思議な存在。
「でも、おねぇちゃん、まほうとちゃんとかさなってない」
現時点で魔法は男性には使えない。でもそのニンゲンは体が女性でありながら、魔法が魂まで浸透していない。そして
「わたしは、なにか、やらなきゃいけない、たいせつなことがあった……きがするの」
なんだろう。私には何かやらなきゃいけないことがあった。でもこのおにーちゃんと一緒にいると、それがどうでもいいようにおもえた。
すてあ・りーど。
いつかわたしがあこがれていた、おとこのひととおんなのひとが、とてもすきあっている、そんなこころとからだをもつひと。
わたしが、わすれていたことをおもいだしたのは、あるひととであったときだった。
かつてわたしがつくった、さいしょのナーナとおなじ、たましいのかたちのひと。
かつてわたしがおもっていたのぞみと、おなじようながんぼうをもつおんなのひと。
そして、魔力をたくさん取り込めて、私のような魔法の精霊を幾人も生み出せる人。
ハラマ・ロザリア。
彼女は男性をこの世から消し去りたいと思っている。そう、わたしもかつてこの星だったとき、それを強く願っていたんだった。
男性、じゃなくて『ニンゲンを』、だけど――
◇ ◇ ◇
「いた! さっきのナーナ達だ。追いついたぞ」
「どうするの? ステア」
「もちろん止める! まずは村に行って男の人を避難させるんだ!!」
僕とカリナ(体は逆)が、さっき魔力の森から飛び立ったナーナ達に追いつき、その上を通過して隠し村に向かう。
あのナーナに憑りつかれたら男性は子作りが出来なくなる。そしてその被害が拡大すれば、やがて世界から男性が生まれなくなってしまう。
それを阻止するためにも、なんとしてもあのナーナ達が男性に憑りつくのを阻止しなくちゃいけないんだ。
隠し村に到着し、僕とカリナが村々を駆け回って叫び声を上げる。
「みなさーん、あの飛んでくる女の子に近づいてはダメですぅっ!」
「逃げて下さい! あの少女に魅入られたら、男が失われるんです、それこそ世界規模でっ!」
すでに夜のとばりが落ちた時間帯だけに、多くの人は家の中に引っ込んでいた。僕たちの声を聞いてぽつぽつと、家の外に出て来る住人たち。
やがて西の空に、満天の星のように輝くナーナの群れが現れた。彼女たちはゆっくりと、それでも眼下にいる男性一人一人に狙いを絞って、空から村に降って来る。
憑りつかせてはいけない、なんとしてでも!
でも、女性はナーナが見えない、そして男性はナーナに触れないのだ。
魔女が男性をガードしようにも見えないんじゃ止めようが無い。男性が取り憑かれるのを拒もうとして腕を振り回しても、ただすり抜けて突き放す事すら出来ない。やがて幽霊のように男性の体に重なった彼女たちが、その目に男の顔を映した時……
隠し村にいる全ての男性は、魔法と引き換えに、子供を残す力を失っていった――
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