第22話 帝都ドラゲイン

 私、カリナ・ミタルパ(体は帝国兵ステア)は、バギーカーを運転しながら、生まれて初めて見るその光景に、ただただ圧倒されるだけだった。


「すっごーいっ! これが、海……」


 進路の右側に見えるのはなんと一面の青い水。それがはるか先、空と重なる所までずっと続いている。

 世界の半分以上を覆うと言われる水の世界、海。噂では聞いたことがあったし、地図でも見た事はあるけど……実際に見ると感動すら覚えるなぁコレ。


 元々、魔法王国は大陸のど真ん中にあった前王国を、魔法が生まれた事により女性が支配するようになった国。だから基本的に海は辺境にあるもの、という印象が強かった。

 その辺境に追いやられた男たちが、大陸の端っこに築いたのが機械帝国の元になる国だった、って王国の授業でも教えられている。


 でも、今この海岸の際を走る道一つ見ても、とても逃げ延びた人たちの世界とは思えない。青黒く固められた地面は海沿いに沿って遥か向こうまで続いており、そこを颯爽と走る私のバギーカーの少し前や後ろにも別のクルマが走っている。


 私みたいに一人で走っている人もいれば、大勢の人間を乗せている大きなクルマ、そして物凄い多くの材木や荷物を積んで走っている荷台付きのクルマもある。時々向こうからも来て、すごい速さですれ違っていく。

 このクルマを走らせるための道が、多くの人や物を遠くまで運んでいるんだ。


 少なくとも『発展』という部分では、魔法王国はこの帝国に全然追いついていない。物や人を行き来させることが、その国を発展させる原動力なんだから。

 それに比べて魔法王国は、魔法が使えることで逆に国としての成長を止めてしまっているようにすら思える。


 もし今、本格的に戦争が再会したら、魔法王国は勝てるんだろうか。仮にあのエリア810を占拠して、その魔力ナーナを全てモノにしたとしても……この大きく発展した国を、あまり発展や進歩に興味を示さない私たちの国が勝って、そのままずっと支配していくなんて。


(エリア810がで、本当に良かったのかもしれない)


 そんな不安を抱えながらもクルマを走らせ続け、やがて地平の向こうにいくつもの背の高い建物や塔、そして煙を吐き出す煙突を備えた工場が見えてくる。


「あそこが……機械帝国首都、ドラゲイン!」


 ついに来た。捕虜でも国を捨てたわけでもない、正規の魔女である私(見た目は帝国兵)が、この機械王国の帝都に足を踏み入れるのだ。多分、史上初じゃないかな。


 街の入り口には数人の兵士さんが入ってくる車や人を止めている。810の皆に聞いた話だと、身分や目的の不明な人を止める為の『関所』という所なんだとか。

 少し順番待ちをした後、検問の番兵さんに身分証と要件の書状を見せ、ついに私は帝都の首都へとクルマで入って行った。


(……すごい!)

 とんでもない大勢の人、ひしめきあって並ぶ家や店や工場、それらをマス目のように切り取っていく固い道。今まで私が見てきた世界とはまるで違う、人々の人生が密集したような活気のある、それでいて息苦しくなるような、まさに別世界だった。


 ステアはこんな所で生きて来たのね。確かにここまで張り詰めた余裕のない世界なら、彼のように普段からビシッとしてるのも納得だ。


 そして、ここにはとはがちらほら見られた。


「おおー! サー・ブリュッテル夫人だ。相変わらずお美しい」

「ミューゼント広場であのスタッカーズがコンサートしてるってよ!」

「マジ!? 行こう行こう!」

「見ろよアレ。レガント・フォン・バックス夫妻だぜ」


 そう、ここには女性の姿がちらほら見えるのだ。いかにも身分の高そうな人や、初々しさを残すお嬢さんと若い男の人のカップルなど。噴水の広場には5人ほどの女性が歌って踊って、周りにたかった男達からの喝采を受けている。

 でも、人々は彼女らを遠巻きに見入ってはいるけど、それ以上決して近寄ろうとはしない。ステアたちから聞いていたけど、もし女性に下手に手を出したりしたら重罪で、最悪極刑まであるそうだ。なので彼らにとって女性はあくまで『遠い世界の憧れ』でしかないみたい。


 聞いていた通りだ。帝国首都にいる一部のお偉いさんが、異性を独占的に囲っているみたい。


 本ッ当に逆なんだなぁ、魔法王国とは。


 帝都の中ではバギーカーはあまり飛ばしてはいけないらしく、ゆっくりと進みながら、門番さんに教えてもらった目的地に向かう。

 そう、ここに来た表向きの理由。それはここから810に送られてきた新型の銃の使用評価と欠点の指摘をまとめたレポートを届けに来たのだ。もちろん私の口からも報告義務があり、その為のリハーサルも十分にこなしている。


 だけど、目的地の前まで来た時、私はまた驚愕することになる。

(え……海の上に、お城が!?)

 これは聞いてなかったよー。なんか町はずれのガケから海に向けて真っすぐに大きくて立派な橋が伸びていて、その向こうの海の上に立派なお城が建っている。


 案内板を見てわかったけど、あそこは軍の本部と皇帝の城を兼ねた『ようさいじま』と言うらしい。

 バギーカーを指定の場所に止めさせられ、例によって身分証を見せてから荷物を担いで、この橋を歩いて渡って、向こうの城の島まで行かなければいけない。これは間違いなく『特別な場所』だ。気を引き締めて行かないと……。


「ご苦労様です!」

 帝国軍人らしく、ぬかりなく敬礼を交わしてから、私は橋を歩いて進む。海の上は風が強かったけど、この橋はそんなのお構いなしの頑丈さでびくともしない。

 それが逆にこの先のお城の中の厳格さ、怖さを連想させる。ああ緊張するなぁ。


 橋を渡り切り、向こうの門番さんが門を開いて、大声で城内外に叫び声を上げる。


「エリア810からの特使、ステア・リード殿、ご入城-ッ!!!」


 野太い声に思わずびくっ! と緊張する。男の人は声が大きいのは知ってたけど、ここまでのは初めてだ。

 落ち着いて、落ち着くのよ私……取り乱したら怪しまれちゃうよ。 


「兵器開発部署への御用ですね、ご案内いたします」

 入ってすぐの詰め所にいた人の一人が、私の書類を確認してそう言ってくれた。彼について歩き、何度も枝分かれした通路の先にある部屋へと案内される。


 コンコン、とドアをノックする案内さん。中から「どうぞー」と返事が返ってきたのを確認して、ドアを開けて私を中に招き入れる。彼はそのままドアを閉めて帰って行った……私、道間違わずに帰れるかなぁ。


 部屋の中はいくつもの机が並んでいた。座っている人達が紙に線を引いたり、コンパスを当てて何かを書き込んだり、その図を見て長い文章を書き出したりしていた。


「いらっしゃい。ステア・リード一等兵士さんですね」

「はっ!」

 少々上ずりながらもなんとか敬礼を返せた。でももう心臓はバクバクいいっぱなしなんだけど。

「どうも、帝国軍技術開発課主任のハル・イグイです。ま、堅苦しい事は抜きにしておかけください。城内は初めてですか?」

「あ、はい!」

 中にいた数人のうちの一人が温和な顔でイスを勧めてくれたので、それに座ってなんとか息を落ち着かせる。ふぅ、なんとか一息付けた。


「では早速ですが、兵器の報告書を見せて頂けますか」

「あ、はい!」

 荷物から一丁の銃と書類の束を渡すと、部屋にいた全員がわらわらと寄って来て、広げられた書類を興味深そうに吟味している。

 全員でひぃ、ふぅ、みぃ……7人。見た目若い人も高齢の人もいる、もちろん全員男性だ。彼らは書類を回し読みしながら、ふむふむ、とか、うーん、とか唸りながらアゴをひねり、眼鏡をくい、と上げつつ首を傾げている。


「で、ステア君だったね。君の感想も聞いておこうか」

 一通り吟味した後、私に話を振られたので、練習した通りに答えにかかる。さぁ、頑張れ私!


「は、はいっ! こここ今回のぶっきのドラムしきさんだんじゅっ、じゅうのいりょくですが、その、まじょがぶんさんして、いりょくが着ているまほういにこうかがうすく、めいちゅうはんいがせまくてかくさんりつがひくかった……いえ、その、そのそのそのっ!??」


 ひいぃぃぃぃっ! 完全にパニックってるよ私ぃっ!


「……」


 ひえぇぇぇぇぇ……なんか皆様の視線が冷たいんですけど。


「銃の重さは? 反動はどうだった?」

「装填弾の交換時間は?」

「銃身の過熱に対して、照準の狂いは出なかったのかね?」

「撃鉄の重さ、火薬の拡散、構えた時の姿勢保持に影響は?」


 質問攻めやめてえぇぇぇぇ。もう頭の中がこんがらがってて、まともに返事を返すの大変よおぉぉぉ!


「は、はひっ、じゅうはおもかったです」

「えーとえーと、い、いっぱいかかりましたぁっ!」

「もっててあつかったですうぅっ!」

「かやくが目に入っていたかったですぅ~」


「……君、本当に軍人なのかね?」

 ぎくぅっ! 怪しまれてるうぅぅぅっ!!


「ぷっ、あははははははは!」

「はっはっはっはっは! 大した帝国軍人も居たもんだ」

「キンチョーしすぎだよ、チミィ」

「それでよく地獄と言われたエリア810でやってけるねぇ」

「逆じゃない?生き死にの戦場よりかしこまった城の方が緊張するとか」


 なんか笑われて気を使われてしまった……ステア君ゴメン。君のここでのイメージが情けない男になっちゃったよ。


「ま、大体は報告書で分かるけどね。そう緊張しなくても、別に取って食いやしないから」

 ハルさんがそう言って、部下の若い子にお茶を入れさせて出してくれた。それをずずっ、とすすって、ようやく気分が落ち着いた。


「それより、エリア810のお話、ぜひもっと聞きたいですねぇ」

 一息ついたところで、みなさんがずずい! と詰め寄って来る。武器を開発する彼らにとって、それを使う最前線での戦いは興味津々なのは当たり前でしょうね……実際は戦争ごっこしてるだけなんだけど。


 それでもあそこでの戦いはリアル志向なので、表向きの戦いを話しただけでもみなさんすごく真面目に聞いてくれる。

「ほう! 集団で雷を落とすイヨミクルを、飛翔避雷針で食い止められましたか!」

「ゴレムの水牛タイプ……やはり突進力がウリですかな?」

「戦車の大砲、直進力と爆発力は足りてますか」


 なんとか受け答えも慣れて来て、話も順調に弾んで来た。と、その最中に一つ、心に引っかかる質問が飛んできた。

「魔女の飛翔速度はいかほどです?」

 あ! そうだ、そういえば。

「飛翔速度と言えば、今度ここで飛翔大会が開催されるって聞きましたけど」


 その質問をした瞬間、場の空気がなんか変わった気がした。

「ああ、アレはなぁ」

「まぁ、表向きは、空飛ぶ魔女に対抗する、ってコトにはなってるけど」

「正直あんまり……ねぇ」


 なんか歯切れの悪い言葉が帰って来る。そういえば、ここにいるのは機械の専門家さん達のはずだ。なので飛翔大会があるとなれば参加してもおかしくはないと思うんだけど?


 その時だった。ドアがコンコンとノックされ、中からの返事を待たずに、がちゃりと開けられる。

 その先に立っていたのは、威厳と威圧を兼ね備えた……そして、私の人だった。


「ア、アトン大将軍様っ!」

 私含む全員が、がたがたっ! と立ち上がって敬礼する。そうついひと月前にエリア810に視察に来て、私たちの大失敗からあそこの現状が全て知られてしまった、その御方が目の前にいる。


 一度は私達の秘密を飲み込んでくれた人ではあるけど、こうも威厳あるお姿を見るとなんか不安になって来る……方針変わったりしてない、よね?


「久しいな。ステア・リード一等兵よ」

 にやりと笑ってそう話すアトンさん。良かった、どうやら表向きには隠してくれているらしい。

「はっ! その節はお世話になりまして、感慨の至りであります!」

「後で私の所に顔を出しなさい、大将軍の執務室にいるからな」

「ははっ!」


 うん。怖い人だけど見知ってるのもあって、きちんと対応が出来た。というか何の用なんだろ……まさか私とステア君が入れ替わっている事がバレてはいないと思うけど……?


 アトンさんが去った後、開発室の皆さんが「だはーっ」と大きなため息をついてイスにへたり込んだ。

「アンタ、なんで俺達に緊張して、あの大将軍様に平然としてんだよ」

「それそれ。知ってるみたいだけど、あの人の怖さ知ってるだろ?」

「って、声が大きいッ! シーッ」


 あー、そういえばあのヒト、素行の悪い人を左遷させることで有名な人だったよね。彼らにしてもちゃんと成果を上げないとピンチなんだ。

「大丈夫ですよ、真面目にしていれば悪くする人じゃないです」

「マジで? じゃ、じゃあココの事も少し盛って良く言ってくれないかなぁ」

「あ、そーゆーコトには目ざといんで逆効果ですよ」


 あの810に来てた時から奸智看破能力はずば抜けてたから、下手に取り繕うほうが悪い結果を生みかねないからねぇ、あのお人は。


 あー、本当に私はどうしよう。正直に私はカリナですって話したほうがいいのかなぁ。


 しばしの懇談の後、ハルさんに案内されてアトン大将軍の執務室に案内された。途中から通路には赤いカーペットが敷かれ、壁や天井も装飾を施した豪華なものになっていく。

 やがて到着した豪華なドアをノックして入室、敬礼した後、ハルさんは急いで退散していった……そんなに怖い?


「お呼びにつき、ステア・リード一等兵、参上いたしました!」

「うむ……まぁかけたまえ」

 そう言ってやたら豪華なイスに案内される。彼に続いて腰を下ろすと、まるで羽毛のように体を包み込む……なにこれすごい、噂に聞いたソファーってやつかな?


「ふ、まさか君が来るとはな。その後どうだね、810は」

「あ……はい。特に変わりありません」


 こうして向かい合っていると、この人はある意味で男性の象徴のように思える。厳格で、真面目で、不義や不正を許さない。でもその実、物事を広く見る目を持ち、何事に対してもを見据えた上で決定する。


 ある意味で、この城に来る時に渡った、あの橋のような真っすぐで頑丈な人。


 だったら……


「あの、一つだけ、がありました!」


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