第23話 機械帝国の皇帝陛下

「なんと……お主はステアではなく……いや、確かに違和感はあったが」

 機械帝国の要塞島、アトン大将軍の執務室にて。私は私の体であるステア・リードの中身が実は、魔法王国の魔女見習い、カリナ・ミタルパである事を、正直に打ち明けた。


 理由はいくつかある。まずこのアトン大将軍様、嘘や隠し事を見抜く才能がずば抜けていて、あのエリア810でも偶然も手伝ったとはいえ、全ての事情を知られてしまったほどだ。

 なので隠し続けてもボロが出ると思ったから。810でステア君と私は彼の接待をしていて、そのキャラクターをよく知られていたから猶更だろう。現に今も私がステアである事に違和感を感じていたようだし。


 でも、一番の理由は、今この状況でが欲しかったというのが本音だ。ここまでステアのフリをしてきたけど、正直何度かボロを出しそうになったし、隠し続けている以上この国にいる間は、ずっと独りぼっちなのだ。

 なら、この国の上位権力者であるアトンさんに味方に付いてもらえたら、私のミスをフォローして貰う事も出来るだろう。それが無理でも、秘密を共有できる人がいるなら、気分的にはずっと楽になるし。


 あとは、アトンさんがどう反応するかだけど……


「驚いたな。そんな魔法が存在するとは。ステア一等兵は無事なのか?」

「はい。彼は私の体に入って、魔法王国へ見聞を広めに行ってます」


 私の返しに彼は「何と……」と息を吐いた後、しばし考え込んでから感想を述べる。

「そんな魔法があるなら、スパイが両国に入り放題……いや、あるいは両国の交流からの理解が深まれば、関係そのものが変わるやもしれぬ」

「はい。聖母魔女マミー・ドゥルチ様もこの魔法を実現化させて、お互いの理解を深めるキッカケになればいい、と仰っていました」


 そう、この体を入れ替える魔法が形になったとして、悪意ある使い方ならスパイや暗殺者を送り込む事になるだろう。

 でも、両国の平和を望むエリア810の皆にしたら、両国の国民が支配者に植え付けられている誤解を、実際に相手国に行く事によって解くための決定的な方法になるはずだ。

 魔女は邪悪ではない、帝国兵は怖くない。そんな正しい認識を広めることが出来れば、後に残っているのは両国の男女比の平均化、つまり異性に飢えている人たちの願いをかなえることができるのだから。


 そう、あの隠し村のように。


「だが解せぬな。何故新兵のステアと君が、こんな重要な役目を?」

「あ、それはその……私たちがこの魔法を初めて発動させたから」

 あっちゃー、話がそっちに行っちゃった。元々は私とステア君で迎えたの時に、お互いがお互いを強く心に、あのエリア810の濃い魔力が反応してこうなっちゃったみたいなんだけど……。

 さすがに照れて目を反らす私。まさか「エッチしたら入れ代わっちゃいました」なんて言えるわけ無いし、察してくださいよ~。


「実に妙味深いな、詳しく聞かせてくれたまえ」

 ……結局逃げられずに、全部話すハメになった。ふえぇぇぇん。


 その後はいくつかの質疑応答、つまり帝国の常識や魔法の知識の披露なんかを経て、私の話を全面的に信じて貰えたようだ。まぁ、普通は言われただけで信じる人なんていないでしょうし、ステアが知らない魔法の話や、帝国のひっかけ問題なんかで話を誘導されて、ようやく認めて貰えたというわけ。


「まぁワシの立場としては、帝国に魔女が侵入したとなれば、通報せねばならんのだがな」

「あ、そうなったら将軍様がエリア810の秘密を知ってる事、バラしちゃいますよ」

「ははは、この私を脅迫する気か。いかにも女性らしい物言いよのう」

 そう言って穏やかに笑うアトンさん。うん分かるなぁ、男の人ってどこか芯から真面目で、私たち女性のように砕けた考え方が出来ない人が多い気がする。


 ま、だからこそ、カッコイイと思うんだろうなぁ。


 ひとしきり現状報告などの話をしていたら、外からドアをノックする音が聞こえて来た。アトンさんが「入れ」と返すとドアが開き……入って来たのは知ってる人、あのガガラさんだった。

「失礼します大将軍様。皇帝陛下からのお下知で、そこにいるステア・リードに参上するように、との命令であります!」

 え? と首を傾げる。皇帝陛下って、いわばこの国の王様、よね。それが何でステア君に? まして中身が魔女の私が、そんな偉い人の所に?


「分かった。時間の猶予は?」

「30分後には玉座においでになられます。それまでに。」

 ええー!? いきなり国のトップにご対面とか……せっかくアトンさんに味方になって貰って、ちょっとやそっとじゃ緊張しなくてもいいなと思ってたのにぃ。


「そう緊張するな。陛下はエリア810の話を聞きたいのだ。ワシらも帰国してから散々聞かされたよ」

 アトンさんの解説に「ですねー」と息をつくガガラさん。あ、まぁ……この国の王様なら当然、最前線の様子はそりゃ気になるよねぇ。


 とりあえず服装を徹底的に正し、アトンさんとガガラさん(彼には私の事はまだ内緒)の監修の元、何度かのリハーサルを行った後に、私達は城のさらに奥の玉座の間へと向かった。


 なんかもう通路からして違うんですけど。宝石かと見間違うぐらいの電気エレキの光が壁と言わず天井と言わずキラキラしてるし、床も壁も石でも無ければ土でもない、いかにも特別な世界に足を踏み入れる気分だ。

 これが、機械帝国の深淵……。


 ゴウン、と重厚な音を立ててドアが開く。一礼をして部屋に入ると、そこには数人の兵士がびしっ! と立っており、中央には立派な王様の座るイスが、金の輝きと赤い布地のコントラストを纏って佇んでいた。


「皇帝陛下、エギア・ガルバンス二世様、おなーりー!」

 しばらく片膝をついて待っていたら、衛兵さんの叫び声の後に誰かが奥から入って来た。コツ、コツ、と足音を立てたその人物は、やがて玉座の方に……


 行かずに、そのままやって来た。ええええええええっ!?


「エリア810で戦う勇者よ、面を上げるがよい!」

「いえ……恐れ多い事でございます」

 リハーサルで教えられた通り「面を上げよ」は二回言われて初めて実行に移すのが礼儀らしいので、一度目の言葉にはそう返して下を向き続けて……


 地面についている私の手が、そっ、とに握られた。これって?


「よい、面を上げよ」

「は、はっ!」

 顔を上げる。目の前にいたのは純白の服に身をぴっしりと包んだ、見た目40歳くらい(ようやく男の人の見た目年齢が分かって来た)の、彫りの深い顔をした男性だった。

 燃えるような赤い髪は短く切りそろえられており、鋭くも深い瞳は私を射抜くように見つめ、その体は逞しくも引き締まっている。力強さと頼もしさを男性像に当て込んだようなその姿に、思わず私はどきっ! と心臓を慣らす。


「あの恐るべき魔女たちとの戦い、誠に大儀である。我が国に勝利を!」

 私の手を取ったまま、力強くそう発するお方。ああ、この人が機械帝国の皇帝陛下なのね……なんかもう、なんていうか、そう。


『格が違う』って言う表現がぴったり当てはまる、そんな御方だった。


「このステア・リード。帝国兵士として、全ての力をお捧げします!」

 傍らにアトンさんやガガラさんがいたおかげもあるだろうけど、何より今の私の立場なんか飛び越えた雲の上の人に対して、私は自然に屈服する態度を取る事が出来た。


「光栄に思うのだな。一兵卒ごときに陛下自らがお声をおかけ下さったのだ。戦果でお答えするのだぞ」

 そう言ったのは陛下の左に立つ、従者らしき人物だった。もう一人の従者さんは陛下に「あまり下々の物を甘やかさぬよう」なんて耳打ちしてる……聞こえてるんですけどー。


 玉座に戻って座った皇帝さんが、女性の持って来た飲み物を飲み下して一息ついた後、私に話しはじめる。

「かの地は未だ膠着状態であるか」

「はっ! ですが必ずあの地を我らの手に、そして勝利を!」

 これもリハーサル通りだ。ステアみたいな下っ端が「現状が膠着状態」なんて言ったら、ヤル気がない態度と取られかねないらしい。そういうのを伝えるのはアトンさんのお役目なんだとか。

 

「その意気や良し。だが現状ではそれも困難であろう、だが我らは発展と進歩を旨とする存在、ほどなく魔女どもを超える力を手にし、戦場へと送られるであろう。その時を楽しみにしておるがよいぞ」

 え? と思わずこぼしかけた。この機械帝国は技術が進歩していて、戦いの道具も次々と魔女の力に対抗し得る物になってきている。魔女の強化服を貫く徹甲弾、雷撃呪文イヨミクルを食い止める避雷針、夜を照らす明かりや木人形ゴレムを打ち倒す戦車……さらにまた新しい何かが?


「この度、我が帝国で飛翔大会が開催される」

「魔女どもが支配する空を、我らが奪って優位を得る、その第一歩だ」

 両脇に控えた二人の付き人がそう発した。あ、そうそう。この機械帝国首都ドラゲインで、機械を使って空を飛ぶコンテストが開かれるんだ。あの田舎のジャッコさんやギャラン君も参加するはずだし、また会えたらいいなぁと思う。


 にしてもこの二人、なんか付き人にしてはえらそうだなぁ……私はともかくアトンさんまで上から見下ろすようにモノを言うし。

「で、ガガラ中尉よ、そなたの機械の出来はいかがかな?」

「はっ! 順調に仕上がっておりますれば、当日は良い結果をお見せできるかと」

 え、ガガラさんも、出るの?

「かのアトン大将軍の肝入りだ。せいぜい恥をかかぬようにするのだな」

 そう言ってせせら笑う二人の付き人さん。うわぁ感じ悪いな本当に。


「今回、民間からも大々的に参加を募っておりますな。よりよい発展を期待したいものです」

 アトンさんが気にする風でも無くそう話す。なんか慣れっこっぽいうなぁ、この二人に対する対応が。

「はっはっは、民間などアテに出来る物か。せいぜい落っこちるのが関の山であろう」

「まぁ優勝は我らのものだ。せいぜい二位争いを頑張る事だな」

 え、ええっ!? この人たちも出場、する、の?


「よさんか二人とも。物事は結果が出るまでわからぬものだ」

 皇帝さんがそう言って二人を嗜める。が、連中は手を広げ首を振って「やれやれ」と呆れ笑いをする。

「陛下のご子息、ナギア・ガルバンス皇太子に敵う者などおりますまいて。我らの機械と皇太子の技を持ってすれば、とてもとても下々の及ぶところではありますまいよ」


 皇太子様が、飛翔大会に? じゃあ、この人たちの参加する意義って……


     ◇           ◇           ◇    


「やっぱり、そう言う事なんですか」

 アトンさんの部屋に戻った後、私は疑問の丈をぶつけてみた。この飛翔大会はただ単に、その皇太子様を優勝させるためだけのヤラセなんじゃないのか、と。

「うむ。実はこの飛翔大会、貴族や軍部ではもう何度か行われてきたのだ。あくまで表向きは『魔女に対抗する飛翔手段』としてな」


 でも実際は案の定、権力者の地位固めに使われてきたらしい。あの二人の付き人は今現在で権力を握ってる貴族らしくて、第一皇太子さんを擁して国のまつりごとを取り仕切っているそうだ。その技術を独占している彼らに叶うはずもなく、今回も彼らの優勝は固いとの事。


「でも……だったらなんで810には、その機械が来ないんですか?」

 そう、あそこの帝国側にそんな機械は無かった。もし帝国兵が自在に空を飛んだりできたら、さすがに魔女も苦戦は必死……いや、それでも膠着状態を演出する戦闘を考える810の帝国兵の上の人イオタさんとかが苦戦するのか。

「開発に万全を期すとかぬかしておったが……明らかに技術を盗まれるのが嫌なのだろうな」

 兵器として量産され、自分たちの手元を離れれば当然、その技術が広く知られることになる。なので自分たちが権力を独占するために世に出さない、ってワケなのね。


「ガガラの奴が張り切っておるのは、そんな現状を打倒したいと思うが故なのだよ。ほれ、810であやつも魔女のホウキに乗って飛んだであろう、アレで感覚を掴んだとか言っておったぞ」

 そういえば隠し村の魔女ケニュさんと相乗りして飛んでたなぁ。それで飛ぶ感覚を掴んだから出場する気になったんだ。そういや謁見後に張り切って工房の方に飛んで行っちゃったもんなぁ。


「あの娘にいい所を見せたいのであろうな。ガガラが機械で、あの魔女がホウキで並んで飛ぶ所など、なかなかに絵になりそうであろう」

「あ! それ、すっごくいいです!!」


 うんうん。なにその絵画みたいなシ-ン。私もステア君と、いつかそういうデートを。

 あ、でもステア君はあんま空を飛ぶイメージじゃ……。


「そうだ、私ここに来るときに、飛翔大会に出るって言ってた人と会いましたよ」

 その言葉にアトンさんは、少し苦い顔をした後、私に向けてしぶしぶ言葉を発した。


「危険じゃな。もし親しい者なら、棄権するよう説得するがよい」

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