第40話 エリア810緊急会議

 ここは地獄の戦場、機械帝国と魔法王国の最前線、エリア810。

 

 王国の魔女たちと、そして帝国の兵士たちが居並んで向かい合い、悲壮な表情で息を殺している。


 鉛を思わせる重厚な空気感の中、ただただ両軍の間を沈黙だけが支配していた。


 それに耐えかねたのか、帝国兵のイオタ・サブラ大佐が重い口を開く。

「あと五日だ……そろそろ結論を出さないと、間に合わなくなるぞ!」

「そうね。騙してお帰り願うか、それとも取り込むか。なにしろ帝国の次期皇帝が直々にここに視察に来る、というのだから」

 聖母魔女マミー・ドゥルチが続く。この会議を開いてはや三日、に向けて、810にいる兵士と魔女の意見は真っ二つに分かれていた。


 なんと機械帝国の第一皇太子、ナギア・ガルバンスとラドール皇太子夫人が直々にこの810へと視察に来るというのだ。


 ここエリア810は最前線のフレコミの裏で、魔女と帝国兵が実は戦争するフリだけして実は仲良くしているという、本国にバレたら非常にヤバい状態が続いているのだ。

 なので両国からたまに訪れる視察の偉いさんなんかは、その人となりを考慮に入れて、あくまで戦争しているように見せて追い返すか、はたまた事情を明かして味方につけるかを選択して来た。

 つい先月には帝国の軍人、アトン・シーグラム大将軍の来訪があり、紆余曲折を経て味方につけることが出来ていた。


 が、さすがに今回はヤバさのケタが違う。次期皇帝陛下が来るとなれば、もし彼を味方につけることが出来れば、彼が皇帝継承後には機械帝国をまるっと味方につけることが出来てしまう。今の危うい810の状況を遠からず引っくり返すまたとないチャンスだ。


 だがもしそれに失敗すれば最悪だ。元々機械帝国は『魔女憎し』『魔法は外法』の印象が根強く、代々の皇帝はそれを高らかに歌い上げて民衆の支持を得続けて来た。

 魔法が使えない男性が、知恵と技術を結集して作り上げた国なのだから無理もない事だが。


 もし帝国政府が、810で魔女と共存しているなどと知れれば間違いなく怒りを買うであろう。今ここにいる帝国兵は全員処罰され、新たな精鋭を送り込まれる可能性まである。


 もしそうなったら、再び魔女と兵士の殺し合いが始まるだろう。隠し村のみんなも巻き込まれ、この地は本当に『地獄の最前線』になってしまうのだ。


 イチかバチかの賭けに出るか、それとも今まで通り無難に追い返すか。帝国兵側はもちろんの事、魔女側でも意見は真っ二つに別れ、結論が導き出されないでいた。


「やっぱ危険だ。もしバラして反発されたら……事故として処理するわけにもいかんぞ、なにしろ次期皇帝なんだから、ここでそんな御方えらいさんが死にでもしたら、帝国が動かないはずがない!」

「けどさぁ……もしうまく行って、やがて帝国とここが連合出来たら、魔法王国もきっとすり寄って来るわよ。そしたら悲願達成じゃない!」


 まさにハイリスクハイリターン。運命の岐路はもうすぐそこに迫っていると言っていい。


「ったく、アトン大将軍もやってくれるよなぁ」

「っていうか、カリナ(体はステア)と一緒に来るんでしょ、なんとか彼女に先に連絡取れない?」

「情報として入っているのは、革新的な飛行機械を携えて来るらしい。飛ぶ魔女に対抗する手段として戦果を上げ、次期皇帝の座を確固たるものにするつもりだとか」


 そのギアの情報に会議室がざわつく。今まで戦争(ゴッコ)が五分で居られたのは、空を飛ぶ魔女と強力な火器を持つ帝国兵のバランスが拮抗していたからだ。

 もし機械帝国が飛行機械を備え、それを大量生産してここに送り付けて来たら、帝国側としては。つまり、ここのバランスが崩れてしまうのだ。


「じゃあさ、その機械が役立たずだって事を、実践で証明すればいいんじゃありません?」

 確かにそれを成せれば、とりあえずその機械は役立たずになり量産は見送られるだろう。そうなればこのエリア810の平穏は保たれる。だけど……


「そうなったら、ナギア皇太子の次期皇帝は無くなるよな。仮に皇太子に事情を話して味方につけたとしても、国を継いでくれなきゃ意味が無いし」

 そう、問題はそこなのだ。彼を失脚させることは結局、ここの危うい現状をずるずる継続するだけになってしまうのだ。ある意味千載一遇ともいえるこのチャンスをぶち壊すのは本当に惜しい。


 かといって彼を活躍させ、次期皇帝の座を確固たるものとすれば、今度はその大量生産されるであろう飛翔機械によって魔女たちが駆逐される危険が増す。ここ810ではそのフリだけで済むが、それでも『成果』を上げなければナギア皇太子の顔が立たず、逆に成果を上げたならこのエリア810を帝国の手に陥落とさなければならない。そしてその後に来るのは魔法王国への進軍……。


「そもそもその飛ぶ機械って性能どんなの? 私達のホウキより速かったりするのかしら」

「今の帝国の技術じゃ、さすがにそこまでは無いだろう……ただ」

 機械技師でもあるデイブ軍曹の意見に安心しかけた魔女たちだが、続く言葉が彼女たちを凍り付かせた。

「戦闘には向かなくても、大量の兵士や物資を運ぶ能力が無いとも限らん。そうなると、このエリア810をスルーして、可能性もありえるぞ」


 愕然とする一同。そう、このエリア810は単に魔力の源泉と言うだけではなく、王国と帝国を繋ぐ唯一のでもあるのだ。両国の国境にはそびえ立つエリエット山脈や、大河ノシヨの下流域によって分断されているから。


 魔女たちの魔法でそれらを超えるのはキャパ的に不可能だし、帝国兵が渡ろうとしても、山越え川越えで疲弊した兵たちなど魔女の格好の餌食となるだろう。


 だが、もし新たな飛行機械とやらで、このエリア810から攻めて来られたら……。


「ヤバイよヤバイよ! そんなコトになったらココもおしまいじゃん!!」

 魔女ワストの言う通り、そうなればもはやこの場所にいわゆる戦術的価値が無くなってしまう。しかもそれでいて魔力が湧き出るここを王国が捨てるわけにもいかない。

 結果、戦力分散を余儀なくされ、王国各地とここが各個撃破されていくかもしれない。


「結論は出たようね。残念だけど今回はその飛翔機械とやらをコテンパンにして、皇太子さんには気の毒だけど負けて帰ってもらいましょう。


 聖母マミー・ドゥルチの言う通り、今回はそうするしかなさそうだ。状況を一気に好転できなかったのは残念だけど、その飛翔機械とやらの性能や発達の可能性を考えたら仕方のない結論だろう。


「じゃ、いつものように戦闘計画を練るか。皇太子の飛ぶ機械の性能は未知数だけど、うまく連絡を取り合って出し抜くとしようか」

「「さんせーい」」

 イオタの結論に皆がやれやれ、という顔で同意する。とりあえず今回も戦争ゴッコを演じて、皇太子さまをせいぜいビビらせてお帰り願うしか無さそうだ。


 そしてそうするなら、無理にここの秘密をバラして共有する必要もない。彼が失脚すれば味方につけても旨味は少ないだろうし、それを自分達への弱味や、本国へのとっておきの情報として使われたらえらい事だ。


 結局、いつものゲスト退散のための計画を練り始める一同。だが、彼ら彼女らは知らない……


 今回の戦闘に、魔法王国側からも、とんでもない爆弾が投下されるという事を――


      ◇           ◇           ◇    


 魔法王国。聖都レヴィントンから810への帰還の途についている僕、ステア・リード(体は魔女カリナ)の向かいで、にこにこ清楚な顔を向ける彼女を見て、何度目かの溜め息をつく。


「楽しみですねーカリナせんぱい! いよいよ私の魔法で帝国兵どもを虫ケラのように蹴散らすことが出来るのですね♪」

 彼女、ハラマ・ロザリアはウッキウキな態度で拳を握り、こちらにガッツポーズを見せていた。


 あの後も彼女は引き下がらず、様々な魔法を披露しては大失敗を繰り返していた。飛翔魔法を使えばホウキだけが彼女を置いてスッ飛んでいき、水魔法を使えば地下水を大量に誘発して地面をぐちゃぐちゃにしてしまう。とにかく威力や効果がケタ外れに高い反面、それを全く制御できていないのだ。


「大丈夫、慣れれば大丈夫ですから!」

 根拠なくそう力説する彼女に、先生方もミールさんもため息をつく。そもそも魔力と言うのはこの世界に均等にならされていて、目には見えないがそのへんに普通に存在しているらしい。

 で、魔法の才能と言うのは、その魔力をどれだけかき集めて使えるかという魔力のキャパと、集めた魔力をどれだけ使いこなせるかと言う技術の両方を指して言う。

 彼女の場合、前者がケタ外れで後者がからっきし、なんだとか。


 でもそのせいで彼女が魔法を使うと周辺の魔力が激減してしまうのだ。魔力をかき集めて自分のものにする能力に優れるという事は、周囲の魔力を薄くしてしまって、他の人が魔法を使えなくなるという事でもある。


 なので先生方も、ハラマさんにはさっさと主席で卒業してもらい、このエリアの魔力をとっとと回復させて、他の生徒の指導に当たりたかったそうだ。他の生徒が使うべき魔力までかき集めてたんじゃ、そりゃ当代での最上位にもなるわなぁ……。


 で、喧々囂々の話し合いの果てに、彼女も一度地獄と言われたエリア810への研修生としての派遣が決まってしまったのだ……連れていくのはもちろん僕である。

 というか、なんかミールさんがさんざん彼女の810派遣を推進してたんですけど、それはもう楽しそうに……絶対面白がってるよ、あの人。


 ちなみに四聖魔女の一人のリリアス君にお願いしていた、僕とカリナの体の入れ替えを元に戻す件については、ある程度の研究が出来たのでその資料を預かって、810にいる聖母マミー・ドゥルチ様に研究を引き継いでもらうことになっていた。


「さぁ、帝国兵ブッ殺すぞ、よい、よい、やぁー!」

 清楚な中に狂気を隠し持った顔をして、天に向けてガッツポーズを決める彼女。その彼女の周囲を、ナーナが飛び回りながら拍手している。ま、まぁ彼女には見えて無いし、認識すら出来てないんだけど。


 とういか、実は僕が帝国兵だと知ったら彼女はどういう反応をするんだろうか……想像してぶるっ、と身震いがした。

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