はじまりの物語
第41話 ナナの御伽話
「いよいよですよナギア様、ラドール様。このノシヨ川を超えればエリア810です」
私カリナ・ミタルパ(体は
帝国のNo2であるナギア・ガルバンス皇太子とラドール皇太子夫人という、とんでもないゲストを引きつれて。
次期皇帝が確実なナギア様を、もしこのエリア810の味方に引き入れることが出来たら、世界の状況は一変するだろう。あのアトン大将軍もそう言った目論見があって、彼をここに派遣するよう誘導したんだろう。
でも、先日こっそりと810から伝えられて来た決定は「いつも通り追い返す」だった。その原因になっているのは一緒に持って来た、この二機の飛翔機械。
帝国兵が空を飛ぶ技術を手に入れて攻勢に出れば、エリア810はおろか両国の戦争が激化するのは避けられない、特に私が見てきた機械帝国の民衆は、魔女を恐れて忌み嫌う感情が、魔法王国の帝国兵に対するそれよりずっと強いから。
でも、飛翔機械のうちの一つは実はインチキなんだけどなー。魔女であるラドールさんが中に入って飛ばしてるんだけなんだから。
「水上モードへの切り替え終了しました」
私のスイッチ操作で乗って来たトラックが水上船へと姿を変え、一時降りていたお二人に乗船を促す。
「うん、ご苦労」
「こうして見るとホント凄いわねぇ、機械帝国の科学力」
ナギア様はともかく、普段王城からあまり出ないラドールさんは旅の道中も何かと感心しきりだ。
それにしてもこの夫婦、最初はうさん臭い悪人コンビみたいなイメージあったけど、夫婦で並んでいるとなんともお似合いなカップルに見えるから不思議ね。以心伝心というか、凸と凹がぴったりハマるタイプというか……。
トラック船がノシヨ川を渡り始める。向こう岸には30分ほどの行程、それを終えて上陸すればいよいよ810の圏内、この二人を上手くだまして本国にお帰り願うのはもちろん、聖母マミー・ドゥルチ様に私とステア君の体の入れ替わりを戻してもらい、魔女の皆に機械帝国の内情をしっかりと伝えなければいけない。
あー、責任重大だよぉ、プレッシャーすごひー。
「ステア・リード一等兵。君に少し話しておきたいことがある」
船が岸を離れた辺りでナギア様がそう話しかけて来た。応えて「はっ!」と敬礼を返す。まぁいくら旅のお供とはいえ、皇太子と一等兵じゃそんな馴れ馴れしくするわけにもいかない、肩凝るなぁ。
「君は『ナナの御伽話』というのを知っているかね?」
ん? 聞き覚えない話だけど、この帝国に伝わる御伽話か何かなのかなぁ。
「ちょ、あなた! それは言っちゃ駄目でしょ!」
「大丈夫、川の上なら誰も聞いてないよ。これは最前線で戦う彼に対して、私からの旅の世話と縁のお礼だよ」
ラドールさんが驚いて止めようとするのをナギア様がたしなめる。一体を話すつもりなんだろう、私実は王国の魔女なんですけど……。
「これは我が帝国の皇室にのみ伝承されている秘事だ、我が機械帝国と魔法王国の確執の根本を成す話なので、心して聞いて欲しい」
「え……御伽話が?」
そう返した時点で、ふたりが顔を見合わせて目をぱちくりさせる。ラドールさんが「そこから?」と呆れ顔で言ってから、帝国の御伽話を語ってくれた。
◇ ◇ ◇
ナナの御伽話。
むかしむかし。帝国や王国が出来るずっと前、ある国に一人の天才少女がおりました。名をナナミと言う彼女には不思議な力があり、その力でいろいろな活躍をしてきました。
そんな彼女には恋する男性が居ました、その国をすべる王子様です。
でも彼女の恋は叶いませんでした、王子には運命の赤い糸で結ばれた、美しい恋人がいたからです。
絶望したナナミは、せめて自分の恋を奪った女に復讐する事を考えました。自分の恋を壊したように、あの女の恋をも壊してやとう、と。
彼女はその不思議な力を使って、ひとりの美しい女性を作り上げました。自分を遥かに上回る美貌と、男性を魅了する不思議な力を備えたその女性は、ナナミの名の一部を取ってナナと名付けられます。
そしてナナは、王子様に近づいてすぐ、彼からの熱烈な寵愛を受けました。他の側室たちも、運命の赤い糸で結ばれていたはずの恋人も、ナナの前では何の魅力もありませんでした。
こうして王子は、ナナだけを愛するようになり、彼女と結ばれました。
ナナには望みがありました。不思議な力で作られた人造生物である自分には仲間がいません。なので王子と結婚してから彼女は、自分の仲間を作ろうと考えます。
秘密の工場をひそかに設立し、自分と同じ男性を魅了する美しい女性を次々と生み出し、そして……
その女性たちを、世界中に解き放ったのです。
世界中の男性は、ナナの作った人造女性に魅了されました。
憧れていた女の子も、親しいお付き合いをしていた恋人も、長年連れ添ってきた妻も捨てて、誰もが人造女性に心を奪われたのです。そして人造女性たちもまた、自分に魅了された男性を、両手を広げて受け入れました。
彼女たちの存在意義は、最初に作られたナナと同じく『男性に愛される』事だったからです。
ナナミは自分の作ったナナの、そしてナナの作った人造女性の魅力に浮かれました。自分の恋焦がれた王子を奪った女はおろか、世の全ての女性にざまぁみろ、お前達なんて私の作り物以下だ、と悦に浸り、酒浸りの日々を送ります。
そして年月は流れ、ナナミは自らの過ちに気付きます。
世界にはナナと、人造女性と……そしてナナミを含む老人しか存在しませんでした。
ナナには、人造女性には、子供を産む能力が無かったから、です。
さらに月日は流れ、ナナミも、他の老人たちも、ついには純粋な人間たち全ても……寿命を迎えました。
こうして世界は、ナナと、ナナが作った
おしまい。
◇ ◇ ◇
「なんて……お話」
ひどい話だな、って思う。こんなのが、機械帝国の御伽話だって言うの? 男性から見たらどう映るか分からないけど、女性の立場からしたらこのお話は、あまりに切なすぎる。
作られた女に魅力で負けて、恋が実らないまま一生を終えるなんて。
あれ? それって、魔法王国の……現状と似てる?
「で、ここからが帝国皇室の伝承、皇太子が十五歳になった時に聞かされる話だ」
そこで一度言葉を切り、意を決した表情で続きを語るナギア様。
「今の世界は、魔法王国の樹立は……この物語をトレースしたものなんだ」
「……へ?」
どういう、こと? トレースって、つまり、真似?
「つまり誰かが、男性を世界から排して、女性だけの世界を作ろうとしている。その為に世界に魔法を生み出した、という事なんだ」
「魔力の事を魔法王国では『ナーナ』って言うでしょ? あれは御伽話の『ナナ』から来ているのよ」
二人の説明に頭がこんがらがる。第一魔法王国は男性を大事にしているし、その男性を滅ぼせば御伽話のように人類そのものが……あ!
「魔法、胎樹……」
魔法王国で子供を作る業。魔力を秘めたゴレムを母体として赤ちゃんを生み出す装置。そして……そこから生まれるのはすべて女性だ、私もそうやって生まれて来たんだった。
「理解したか、魔法、魔力って言うのは、世界から男性を不要にする力なんだ」
「魔法胎樹で子供も作れる、力仕事だって魔法でお手のもの、政治も権力もぜんぶ女性で賄える。出産なんて無いからお気楽でいいしね」
「ちょ、ちょっと待って……ください! 魔法王国の女性だって、そんな、男性が要らないなんて思ってない……と思うんですけど!」
「よく知ってるわね。そうよ、やっぱり男の人って女から見ると魅力的だし」
そう、魔法王国出身のラドールさんなら分かるはずだ。男性には女性には無い魅力があり、だからこそ素敵な恋が出来る。それを王国は、否定してるの?
「魔法王国を樹立した王族の中に男性不要論者がいたんだ。その女が世界に魔法を解き放ち、女性だけの世界を作ろうとしたらしい」
「そんな……だから、魔法は女性にしか使えない、の?」
人類世界から、男性の役目を無くすために。
「魔力には、ふたつの恐ろしい力がある。ひとつは普通の人間が使えない超常の力をもたらす事、もちろん女性だけに」
それは知っている。そもそも魔女の基本の空を飛ぶ事すら男性には夢物語だ。機械帝国に行って飛翔大会を見て来た私には、それが痛いほどよく分かる。
魔法が、男女間で不公平な力なんだってことは。
でもそれは、もうひとつの恐ろしさに比べたら、ぜんっぜん、どうでもいいほどの事だったんだ。
「もうひとつの恐ろしい力。それは、魔力は女性の精力を増幅する効果がある」
そうだ。私も810で魔力を過剰に受けて、理性を無くしてステアに襲いかかったんだった。
「そして逆に……男性の生殖能力を、奪ってしまうんだ」
……え?
「御伽話で男性がナナに魅入られたように、もし男性が魔力を宿したら……子作りが出来なくなるのよ」
なん……ですって?
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