第59話 魔法王国の精鋭部隊

 魔法王国側の陣にて、女王の輿の前にひざまずいた四聖魔女ルルー・ホワンヌが、その首尾を報告する。


「帝国兵士全員に、私の『美味へのこだわりユー・ザーン』を仕込んでまいりました。朝までには彼らは乾ききって動けなくなるでしょう」


 その報告に周囲の魔女たちが「わはあぁぁぁ」と感嘆の溜め息を吐き、続いて拍手が巻き起こる。

 レナが率いる魔女での力攻めが通用しなかった後に、いかにも魔女らしい食の仕掛けて相手を翻弄したとなれば無理もないだろう。


 自分たちは乱暴な男とは違い、美しく穏やかなやり方で相手を屈服させるのだ、と。


 女王もまたその成果に、ここに来て初めての笑顔を見せる。

「見事でした、ルルー・ホワンヌ。これで私達魔女の世界を実現するのに、大きな前進となるでしょう」

 お褒めの言葉に満足そうに返礼して御前を去るルルーに、周囲の魔女たちから鬨の声が上がる。


 ――ヨイ、ヨイ、ヤァーッ!――



 そこから少し離れた所で、聖母魔女マミー・ドゥルチと四聖魔女の二人、ミール・ロザリアとリリアス・メグルが、他に聞こえないほどのひそひそ声で会話を交わす。

(困ったことになりましたわね)

(渇き殺しを仕掛けられたら、長い間の戦闘には耐えられません)

(何か対策は無いのですか? 特効薬とか……)

(あるかもしれませんけど、ルルーしか持ってないと思うのです)


 彼女たちは810の帝国兵とひそかにグルになって、この戦争を何とか平和裏に収めようと裏工作をしている。だがまさかのルルーの参戦と戦果で、その目論見が崩れかねない事態になってしまった。


 それは各チームに分散し、アドバイザーとなっている810の魔女たちも同じだった。それでも彼女らは表向きには王国の魔女として、戦闘を継続しなけれないならないのだ。


 そんなジレンマを抱える彼女たちと一緒にいる面々の内、ルルーと同行した魔女料理人たちは一様に「つかれたー」「しんどかったー」とダレながら、他の庶民魔女たちの質問攻めにあっていた。


「いいないいなー、帝国の男と一緒にお食事なんて~」

「あたしたちなんか振り回されて逃げられて、挙句に網でまとめられたんだよ」

「まぁあれはあれでちょっと萌えたけどね」


 ルルー配下の料理人魔女達は庶民魔女より少し立場が上とは言え、王国内で数少ない男をあてがわれるほどのものではない。なので彼女らも男性に食事を振舞える舞台は萌えるものでもあったが、もし帝国兵が問答無用に攻撃をしてきたらと思うと冷や汗ものだったのも事実だ。


「最初は怖かったけどー、一緒にゴハン食べてる姿はりりしかったわ♡」

「いっぱい食べてくれて嬉しかったよー」

「お持ち帰りしたいなぁ、毎日だって作ってあげたい♡」


 そんな言葉に「いいないいなー」と嘆く庶民魔女たち。と、その時カツンと靴音を立てて彼女たちの前に立った一人の魔女が、毅然として皆に言い放った。


「汚らわしい! そんな事だから手玉に取られるのよ!」


 その声に全員がびくっ! と身を縮めて固まる。だがそれも無理からぬ事、そこにいたのは女王直属のチームリーダーにして、規律と厳格を旨とするエリート魔女、ステイシー・ベルその人だったから。


「貴方達がそんなんじゃ勝てるものも勝てないわね。後は私たちがやるから、せいぜい足を引っ張らない事ね」


 そう言ってきびすを返し、女王様の方に去っていく。元々魔法王国は帝国の男を凶暴で汚らわしいものだと教えられているが、それでも数少ない王国の男性をあてがわられない庶民魔女が、に憧れるのはある程度仕方ないと取られている。


 なのでそんな会話が偉いさんに聞かれても別に処罰の対象とかにはならないんだけど、それでも軽蔑されるのはまぁよくある。女王がすぐ近くに居るなら尚更だろう。



「ふん、何よ。自分たちは素敵な旦那様がいるくせに」

「まぁまぁ、魔法学校の十席さんなんだし、言っても仕方ないよ」


 庶民魔女たちのグチの通り、魔法王国の上級国民は基本、魔法学校でその年の上位十席を占めた実力者である。当然国から優遇され、数少ない男性を得る権利がある。現に三割ほどの年長者は既婚で、他の面々も二十歳を過ぎるとそろそろ結婚を考えるお年頃だ。

 反面、十代の若い魔女たちは学校で習った『男は汚らわしい』教えの影響が強いのか、あまり異性にガツガツはしていない。


 今回随員の女王直属のチームも、ここ数年での十席のメンバーの中から戦闘魔法を得意とする魔女を選りすぐった若き精鋭五十名だ。男性感に少々の差はあれど、帝国兵に色目を使うような魔女は皆無だった

 そんなわけで、残念だけどただの庶民魔女じゃ逆立ちしたって勝てっこない。言う事に従うしかなさそうだ。



 ステイシーはそのまま女王の前まで進み出ると、毅然とした態度で進言をする。


「女王様、敵が弱っている今こそ好機です。我ら精鋭の指揮によって一気にこの地を制圧して見せましょう!」


 彼女のその言に、女王の周囲に控えている精鋭魔女たちが一斉にザツ! と立ち上がった。

 戦場で女王の護衛をする立場上今まで出番が無かったが、幸いここまで帝国兵が攻めてくる様子は無さそうだし、ここはひとつ自分たちの実力を示したいという欲が意気となって彼女たちの背中を押していた。


「いいでしょう。ステイシー・ベル、貴方をたった今から指揮官に任じます。早急に帝国の兵を排し、この地を魔女の世界にしてください」

「お任せを」


 女王の拝命を受け、にやりと笑いつつスカートの端をちょんと摘み上げてヒザを折るステイシー。周囲のエリート魔女たちもホウキを手にして、彼女の後ろに整列する。


 かくして午前零時、満月が天頂に輝く時間から、魔法王国の精鋭たちによる810奪取作戦が本格的に始まった。


      ◇           ◇           ◇    


「敵部隊発見。攻撃魔法準備」

「「はいっ!」」

「ゴレム隊、突進! 後詰の魔女は攻撃準備……放て!」


火炎鳥ボウピッピ!」

氷槍ガッチドー!」

恵雨礫イタザーザ!」

鶴の鞭スパンバン!」


 ドドドドド、と砂塵を上げて突進するイノシシ型のゴレムの進路を、まるで先導するかのように魔女たちが放った攻撃魔法が次々と着弾する。



「敵……魔女とゴレム、せっきん……ゴホゴホッ」

「第七小隊……迎撃……うて」


 帝国兵はこの時、自分たちの不調を知った魔女たちが攻勢をかけて来るだろうと、各所に小隊ごとに固まって森に潜伏していた。

 そこにステイシーたちの精鋭部隊が少数で襲撃をかけて来たのだ。彼女たちはまず第七小隊に狙いを付けると、ありったけのゴレムと魔法を遠慮なしにぶち込んで来た。


「散開! 攻撃の……まとを……絞らせるな、ゼヒューゼヒュー」

「まったく……ノドが、しんどい……走らせやがって」


 敵の集中攻撃とゴレムの突進を何とか躱し、そのまま森の闇に逃げ込む帝国兵たち。しかし彼らはルルーの魅惑料理の後遺症によって、水分はおろかツバすら飲み込めなくなっている。そんな状態で走り回されれば、いくら屈強な帝国軍人と言えど体力を一気に持っていかれる……そして精鋭魔女たちの狙いはまさにそこにあったのだ。


「この地を確保! 駐留チームを呼びます。水鏡の門クーリーケイト!」

「「水鏡の門クーリーケイト」」


 精鋭魔女たちが一斉に転移呪文を唱え、足元に散らした水をゲートに変える。中から出て来たのはさっき戦闘で無様を晒した庶民魔女達だ、総勢で20人ほどか。


「あなたたちの役目はこの場所の確保! いいわね、下手に動いて作戦を台無しにしたら許さないから」

「「ヨ……ヨイ、ヨイ、ヤァ」」

 ステイシーの発破に不満そうに答える庶民魔女たち。


 さすがのエリートだけあって、彼女たちの作戦は適切だった。エリア810の戦場の森の要所を魔女側で押さえ、そこに留守番の魔女達を配置しておくという戦法だ。

 人数で絶対有利な魔女側が、碁盤のマス目を次々と魔女の色で埋めていくかのように、810の森を支配していく作戦である。


 ましてや帝国兵が森の各所に散っているなら、必然奴らがいる場所は戦闘の重要なポイントということになる、そこに突撃をかけて蹴散らし、自分たちの仲間を配置してじわじわと領地を広げにかかる。人数差を最大限に生かした効果的な戦闘だ。


 しかも帝国兵は体力に余裕がない。喉を潤す手段がないまま走り回されて、もはや指令の為に声を出すのも困難になりつつあった。

 このままではエリア810を全て支配されて、追い詰められて全滅するのは時間の問題だ。


 第三小隊のギア達もまた、精鋭魔女の襲撃を受けている。さすがにゴレムは数が足りなかったみたいだが、遠距離からの火炎鳥ボウピッピの連発に、ここに踏み止まるのが困難になってきていた。


 そして彼らは絶望的な光景を目にする。魔女が放った火の鳥の一つ、特別に大きな鷹のような火の鳥が頭上を通過する進路から、こちらの戦車に急降下してきたのだ。


火炎鳥ボウピッピが……曲がった、だと!?」

 基本直進のはずの火の鳥魔法が、なんと進路を変えて急降下して襲撃を仕掛けて来たのだ。予想外の攻撃に全員が戦車から飛び降りると同時、炎の鷹がその爪で戦車の砲塔を握りしめ、熱でぐにゃりとひん曲げる。


「に、逃げ……ろっ!」

 戦車内には当然、砲弾を飛ばすための火薬がある、その戦車にああも巨大な火の鳥が取り付いたら、当然ながら……


 ボン! スバババババァン!!

 戦車は内側から爆散し、出入り口や視認窓から炎と煙をぶちまける。


(なんてっこった……アレを使われたら、戦車が全滅しかねいないぞ)

 ギアが声にならない声を上げ、絶対不利がさらに濃くなったのを確信する。各小隊に一台ずつ配備されている戦車は、ある意味部隊の前進基地でもある。それを各個撃破されたらいよいよ抵抗の術が無くなってしまう……つまり、全滅する。


(ったく、火の鷹なんて反則だろ。あの鷹の爪に掴まれたら即死だぞ)


 せめてこっちが万全なら対処のしようもあるだろう。しかし呼吸困難でもう何時間も走り回されてからこの攻撃じゃ、もうどうしようもない。せめて水が飲めて喉を潤す事が出来たら……


(ん? 鷹の爪……待てよ……あ!)


 ギアは思考をフル回転させ、もしかしたらこの最悪の状況を脱せられるあもしれない考えを組み立てていく。

(いける……かも!)


 夜の森に信号弾が撃ち上がる。まず一発、そして二発三発と、帝国兵にのみ理解できる暗号弾が色を変えて打ち上げられる。ギアが打ち上げたその合図によって、機械帝国兵全員が森の闇に紛れつつ、ある一点に集結していく。


      ◇           ◇           ◇    


「敵の信号弾ね。何かする気らしいけど、もう遅いわよ」

 ステイシーが夜を照らす光を見て、ふふんと胸を張って佇む。もうこの森の八割ほどは魔女の手に落ちており、残るはわずかなエリアのみだ。多分そこに奴らの野営地があるのだろう、そこを落とせばもう勝ちは確実である。


 だけど彼女は気付かなかった。お仲間の精鋭魔女たちが少しづつ、その心境を変化させている事に。


(ねぇ……なんか帝国兵って、カッコよくない?)

(うんうん。化け物みたいな見た目って聞いてたけど、本国の男達よりずっと素敵よね)

(逃げていく姿も可愛いわよね、追いかけて捕まえたくなっちゃう)


 帝国兵が凶暴で醜いと言うのは、あくまで魔法王国内で広められた教育方針プロバガンダである。だが実際に帝国兵と相対してみて、その凛々しさや戦う男の引き締まった表情に、次第にキュンキュンしつつあったのだ。戦闘が楽勝だから、追い詰める側の余裕がなおさらそう思わせている。


(敵なんだから、襲っちゃってもいいわけ、よね)

(庶民のおばさん達の言ってたこともわかるかも)

(シッ、あんま大きな声で話すと、ステイシーリーダーに聞かれちゃうわよ)

(でももう完全に勝ってるし、あとは追い詰めて……きゃっ♡)


 若い身空で清純に国のプロバガンダを信じていた彼女たちも、現実に直面してそろそろそっちに目覚めつつあった。この810が女性を欲情させる魔力に満ちているから猶更だ。


      ◇           ◇           ◇    


「ギ……ア、な、なにごと、だ」

「きんきゅう、しゅうしゅうの、しんごうなんて、どういう……」


 帝国の野営地に、ギアの信号弾を受けて全員が集結していた。とはいえもう全員が息も絶え絶えで、権限も無しに収拾をかけた彼に対して不満を述べるのもおっくうな状態だ。


「イオタ、しれいかん……なんとか、なるかも」

 ギアはそう言って兵站が積まれた箱の一つを取り出し、皆の前で開封する。中にあったのは小指ほどの真っ赤に熟した香辛料であった。


「たかの……つめ?」

(おいおい、今そんなもんかじったら、口の中が即死する)

 声にならない疑問を次々に発する皆をよそに、ギアは右手でその唐辛子を、左手に水筒を持って皆にアピールすると、唐辛子を口に放り込んでバリバリとかじり始めた。


(う、うわあぁぁぁっ!見てるだけで口が死ぬ)

(ヒイィィィ、俺辛いの駄目なんだよ)

 兵士たちが心で悲鳴を上げる中、ギアはおもむろに水筒に口をつけ、勢いよくそれを飲み干し始めた!


 ごっきゅごっきゅごっきゅ……


「ああっ! そう、か……辛さで、口を、マヒ、させれ、ば!」


 そう、リリー・ホワンヌの料理で水やツバすらマズくて飲めないなら、いっそ口の中の味覚を壊してしまえばいいのだ。唐辛子の丸かじりによって口内や喉の粘膜をマヒさせた状態なら……水分が取れる!


 全員が鷹の爪の箱に殺到し、口の中に放り込んでバリバリとかじり、待ちかねたように水筒を口に突っ込んで、待望の水分を存分に摂取する。


「ぷっはぁー、生き返ったーっ!」

「水、最高ーっ!」

「でかしたぞギア! よく気付いたな」


 イオタ司令官の激励に親指をぐっ、と立ててウィンクするギア。あの戦場で鷹サイズの火炎鳥ボウピッピが爪で戦車を掴むのを見て、鷹の爪=唐辛子で口をマヒさせればと思いついたのだ。


「しっかし、みんな唇がヒドいことになってるぜ」

「明日のトイレ、地獄だろうなこりゃ」


 数時間とはいえ、乾ききった唇に唐辛子なんかぶち込んだせいで、全員の唇が真っ赤に腫れあがっていた。背に腹は代えられなかったとはいえ、精悍な兵士の顔の唇だけ真っ赤に腫れあがっている姿は、なんとも見ていて不気味ではある。

 彼らの傍らに浮いているナーナ達もそれを見て、お腹を抱えて大笑いしていた。


      ◇           ◇           ◇    


 とうとう敵の野営地まで追い詰めた精鋭魔女部隊。ここまで帝国兵はロクな抵抗すら出来ず、逃げ惑う姿を見てももうヘロヘロで、今なら魔法すら使わなくてもねじ伏せられるように見えていた。あのテントに戻った所で大して抵抗の手段はないであろうと、魔女の誰もが思っていた。


「以外に呆気なかったわね。さぁ貴方達、やってしまいなさい!」

 ステイシーの号令一下、魔女たちはトドメの魔法を放ち……放ち……


「え、ええ? ちょっと、あなたたち!」


 なんと精鋭魔女たちは攻撃魔法を放たずに、キャーキャーと黄色い声を上げて帝国兵のいるテントに突撃していく。ここまで敵の銃や大砲による抵抗が無かったからって、不用意にも程があるわと憤るステイシー。


「降伏しなさーい、やさしくしてあげるからさー♡」

「もうこのへん一帯は全部あたしたちのものだよー。ほら無駄な抵抗はやめようよー♪」

「降伏して幸福になりましょ~」

「誰が上手い事言えと!」


 勝利を確信して完全に油断した魔女たちが、ヨワヨワしい敵兵と810の魔力に当てられて、完全に色ボケ女に成り下がって突進していく。

 ステイシーはその頬を両手で押さえて赤面しながら、仲間の色気ある言葉に困惑していた。

「や、やだ……みんなどうしちゃったの? というか私も行くー!」



 その瞬間、森の切れ目の草むらから、百人の帝国兵が一斉に姿を現し、その銃口を魔女の群れに向ける。

 装填されているのは隙間打ち魔法ガンスルーの魔法をかけた、決して敵には当たらない銃弾だ。こちらが健在な事を見せつけて、魔女たちに撤退の判断を促したいが故である。


 だが……もしこれで引かなければ、次は



「き、きゃあぁぁぁぁぁーーーっ!」

「キモチワルイ、ばけものーっ!」

「なにあのクチビル、きっもーい」

「いやぁぁぁぁ、帝国の男ってやっぱり……」


 何とホウキで突撃していた魔女たちが一斉にブレーキをかけ、そのままUターンして逃げ帰っていく。


「え、ちょ、ちょっとおぉぉぉ!、なんで引き返し……」

 出遅れたステイシーが逃げる皆と交差した後、目前に迫った帝国兵を見て……


「ヒイィィィィ……怪物……」


 悲鳴を上げて落っこち、そのまま派手に転げまわって、一列に並んで銃を構える帝国兵の目の前まで転んで来て……止まった。その顔は恐怖に歪みつつ、目を回して「はらほろひれはれ~」とうめいている。


「……なぁ、何だったんだ?」

「さぁ。とにかく魔女たちは引いたみたいだな」


 銃を打つ前に魔女たちは綺麗さっぱりいなくなった。何が起こったのかはよく分からないが、とにかく魔女たちを追い払えたのだから良しとしよう。


「で、このヒトどーする?」

 兵士が目の前に転がって気絶している魔女を見て、イオタに問いただす。


「……とりあえず、捕虜、かな」



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