第53話 戦争の足音
――機械帝国首都ドラゲイン、王城――
「世界の在り様が変わった以上、我々も決断せねばならぬ時が来た」
長机の最上座に座する機械帝国皇帝、エギア・ガルバンスが居並ぶ皇族や諸将、政治家に向けてそう発する。
その言葉の重みに一同は沈黙を破れないでいたが、やがて軍属の最高位の地位にあるアトン・シーグラム大将軍が重い口を開く。
「男性が魔法を使えるようになりつつある以上、我ら機械帝国の不利は覆されるでしょう。まさに今こそ魔法王国に進軍する格好の時期かと」
その発言に会議室がざわめく。各々が口々に「時期尚早では」「魔法に頼るなど」などの否定的な意見を小声でささやいている。
ついひと月ほど前。最前線のエリア810に出向していた皇太子、ナギア殿下がとんでもない情報と共に慌てて帰還してきた。
曰く、エリア810の魔の森から魔法の使徒が無数に湧き出て、それに憑りついた者はまるで魔女のように魔法を使えるようになる、というのだ。
そしてほどなく810に近い村や町から、次々とそれが真実である事が報告されてきた。空から雪のように大量に降り注いできた精霊は辺境の国民に憑りつき、そしてその精霊の教えに従って様々な魔法を収得していったと。
なんでもその精霊、女性には見えないらしい。そして辺境の民たちは、自分が魔法を使えるようになった事で魔女たちの恐怖から逃れられた事に歓喜し、またその精霊が少女の姿をしている事から、天使や女神のような崇拝を抱くようになっていた。
我が機械帝国では本来魔法はタブーだ。しかしその根本は魔法が女性にしか使えない差別的な力であるからであり、男にも使えるのなら特にそれを忌み嫌う必要は無いのである。
だが……その精霊に憑かれて魔法使いとなった者は、子を残す力を失う、つまり不能になってしまうのだ。
精霊の大軍の浸食は今はまだ女性のいない辺境地域に限定されているので、そこで不能になった男性にとって特に困ることは無い。
しかし中央に暮らす者達はそうはいかない。多数の女性を妻や愛人として抱えている上級国民や、それなりの地位と資格を持って『人工胎内機械』に精子を提供する人たちが不能になれば、新たに子供が生まれなくなって最悪国が滅んでしまう。
そうなるまでのわずかな時間、元々女性に縁のない辺境の民が魔法を使えるようになり、精霊の浸食が帝国全土に及ぶ前に。また魔法王国がこの事実を信じ切って対策を打つ前に。
帝国の科学力と、新たに加わった魔法の力の両輪でエリア810を。そして魔法王国を殲滅し、長き戦いのピリオドを打つ。
今まさに降ってわいた、その隙間のような
「空より降って来る精霊は動きが遅く、また魔法を使えば追い払う事が出来ます。不能になるわけにはいかぬ者達を、すでに憑りつかれて魔法の使える者達にてガードさせれば種は残せます」
辺境から呼び寄せた者達によると、その精霊は触れる事は出来ないが、魔法を使えば滅するのは無理でも、足止めしたり追い払ったり、あるいは逃げ切る程度の事は出来るという。十分に警戒してかかれば、貴人が精霊に憑りつかれるのを阻止するのは可能だと言うのだ。
また皇太子夫人のラドールの言によれば、その精霊は女性には見えない、つまり敵の魔女には見えないとの事。
これは戦争において絶対的なアドバンテージになる。魔女たちからすれば誰に精霊が憑りついているかが分からない、つまり誰が魔法を使うかが認識出来ないのだ。この利点を使った戦術はそれこそいくらでもあるだろう。
「願わくば私めを先鋒として任じ下さい。辺境に出向いて周囲の魔法を使える民たちをかき集めて、魔法兵団を編成して御覧に入れます。最前線810の精鋭、魔女を恐れ憎む辺境の民の魔法兵団、そして帝国本土の精鋭部隊が一丸となれば、必ずやこの戦争を勝利に導けるでしょう!」
アトン大将軍が鼻息荒くそう進言するのに誰も反論できない。確かにアトンは長きに渡り魔女と戦ってきた歴戦の英雄だ、彼なら本来敵のものであった魔法の有効な使い方や、そのための部隊編成などにも詳しいだろう。その彼が魔法部隊を取りまとめ、統括してくれるというのなら……
「陛下! 帝国本土の精鋭の指揮は私にお任せを。先日の飛翔機械の失敗の汚名をそそぐ機械をお与えください!」
続いて進言したのは第一皇太子のナギアだ。彼は鳴り物入りで飛翔機械を駆って810入りしたが、結局何の成果もないままに帰国する羽目になってしまった。精霊の発生と言う有益な情報を持ち帰ったとはいえ、国民が期待するほどの活躍を果たしたわけではないのだ。
しばしの沈黙の後、熟考から決意の顔になった皇帝エギアが立ち上がり、決定の下知を高らかに下す。
「よかろう。ならばアトン大将軍、貴殿を最前線近くの辺境の魔法使いの結集と部隊の編制を命ずる!」
「はぁっ!」
「我が第一皇太子ナギア、貴様は我が本隊の機械兵団の司令官に任ずる。武器弾薬、そして兵站の手配を滞りなく揃え、本国からエリア810、そして魔法王国への進軍の準備を整えよ!」
「はっ、必ずや!」
「エリア810の司令官に通信を飛ばせ! 我が帝国の総力を持って貴様の尻を叩きに行ってくれる。存分に応えるが良かろう、とな!」
「ははっ!」
全員ががたがたと席を蹴り立ち、それぞれの部署へと散っていく。
下知は下った。これからは来たるべき決戦に向けて、帝国が一丸となって動き出していくことになるだろう。
ただ、その会議が解散する際に、ナギア皇太子とラドール夫人、アトン大将軍、そしてお付きの兵士であるガガラ・カクラキンの四人がひそかにアイコンタクトをしたのは、彼ら以外誰も気づかなかった。
◇ ◇ ◇
――魔法王国、聖都レヴィントン――
国家始まっての混乱が今、首都に蔓延していた。
『男性が魔法を使えるようになった』
この恐るべき事実が、戦争最前線であるエリア810から伝えられたのだ。
この魔法王国は魔女によって成り立っている国である。本来男性より力で劣る女性が魔法を得た事により、その立場を逆転させて支配してきたのだ。
それだけにもし男が、帝国兵が魔法を使えるようになったなら、今までの優位は全て瓦解する。そしてその後に来るのは男性による屈辱の歴史の清算、魔女に対しての今までの恨みつらみを叩きつけられるのは嫌でも想像できる。
聖都の大樹には大勢の魔女たちが詰めかけ、女王たちがこれからどうするのかを不安げに問うていた。もともとが女王から平民まであまり上下格差が無い国(男性の割り当てだけは別)だけに、こういうデモ的な騒動に対する対処能力が低いのだ。
詰めかける彼女らに四聖魔女のレナ・ウィックルやルルー・ホワンヌが「大丈夫大丈夫」となだめ続けているが、いかんせん説得力がない。なにより情報が足りてないのが一番の原因であり、その事実がいっそう国民を不安にさせている。
加えて魔法王国は女性国家で、かつ各々が魔法を使えるせいで「人は人、私は私」という考えが強い。言ってみれば無関心な傾向が強く、そのために国家が一丸となって統制を取るという点がどうしても弱くなる。
平時では国民の不満が少ないが、外的な混乱が起きると国内の意見統一からして困難になってしまうのだ。
その様を大樹の頂上から見下ろして、魔法王国女王リネルト・セリカは「はぁ」とため息をついて、脇に控える四聖魔女ミール・ロザリアをちら、と見やった。
そんな不安を見て取ったのか、ミールは女王に笑顔でこう返す。
「女王様、どうかお心を安らかに。810に出向いているリリアスがきっと良い情報を伝えてくれますわ」
四聖魔女のひとり、魔術研究家のリリアス・メグルはこの『男性が魔法を使えるようになった』という情報を聞いてすぐ、現地であるエリア810へと派遣された。
ミールもまた遺伝子上の娘ハラマが行っている事から駆け付けたかったが、さすがに国内がこのパニック状態にあって、国の重鎮である四聖魔女が二人も抜けるわけにはいかなかった。
「ミールさん、楽観的な考えは禁物ですよ」
憂いた表情でそう答えた女王は、自らに課せられた責任の重さを言葉にする。
「魔法王国……男性をアクセサリーのように扱い、女性だけで悠々自適に暮らしてきた国。いつか、そんなかりそめの平穏が終わるとは思っていました」
魔法が使える。たったそれだけの優位を振りかざして、自分の先祖は間違いを犯した。
男性と女性。それはともに助け合い、寄り添い合って、命を繋いで行くものだったはずなのだ。
なのに世界に魔力が発生してから、
「おしべとめしべを失った花は、もう二度と咲くことは無い」
「……リリアスがよく言ってた言葉ですね」
女王が自虐的に言った言葉にミールが返す。ミールもリリアスも、そして女王リネルトも、正しい男女の姿というものを理解はしている。
現にミールには夫ダリルがいるし、リリアスは大勢の男性を囲っている。でもリネルトには添い遂げる男性はいない。魔法王国の女王として、男性に添うわけにはいかないのだ。王国の跡取りは彼女専用の魔法胎樹に、相手として相応しい男性から提供された種のみが跡取りとなる決まりだ。
魔法胎樹から生まれるのは、必ず女性なのだから。男性を下に見る魔法王国の女王が、間違っても男性を出産するなどあってはならないのだから。
国民である魔女の多くは今のうちに、つまり機械帝国に魔法が蔓延する前にエリア810に、そして帝国に攻め入って決着をつけるべきだと主張している。
そしてそれは当然の事なのだ。今までこちらの魔法とあちらの科学で戦力が拮抗していたのに、向こうが魔法を使えるようになればこちらが劣勢になるのは明らかだから。
なので今、まだ男が十全に魔法を使えないうちに叩いておこうというのは間違ってはいない。モタモタしていたら魔法王国は本当に帝国兵によって蹂躙されかねないのだ。
「決断しなければ、いけないようですね……」
そう嘆いて自室に引っ込んでいく女王。その背中はまるで『なんで私の時代にこうなるの』と嘆いているようにさえ見えた。
ミールはまだ14歳の女王の後ろ姿に、心でそっといたわりの声をかける。
(おいたわしい女王様。でも……きっと貴方の重荷は取り払われるでしょう)
リリアスからの情報が届いたのは、それから三日後の事だった。
曰く、機械帝国は魔法を使える者を結集し、魔法兵団を設立して810に、そして我が国に攻め入って来る準備を進めている、と。
その日の正午。魔法大樹レヴィントンの頂上から、国中に向けて女王リネルト・セリカの言葉が伝えられる。
――親愛なる公民の皆さん。悪しき帝国が事もあろうに魔法を収得し、我が国の蹂躙を目論んでいます――
――これに対抗するため、我が国も大規模な魔女の軍をもって阻止に当たります。どうか国民の皆さん、一丸となってこの危機を乗り切りましょう――
その宣言に、聖都にいる大勢の魔女たちから「おおおおおっ!」という歓声が上がる。
――軍の指揮は四聖魔女『希望を灯す黄金の暁』レナ・ウィックルにお願いします。食料や負傷者の手当て、後方支援は『暖かな夕餉の朱』ルルー・ホワンヌが務めます――
大樹の東西で、レナとルルーが眼下の魔女たちに向かってポーズを決める。レナは力強く、ルルーは穏やかな態度で。
――進路、作戦は『天輝く陽の魔女』ミール・ロザリアが担当します。そして、敵が魔法を使えるという事態に、その対処を研究するのは『夜の安らぎの黒』リリアス・メグル――
――エリア810で今も戦っている聖母マミー・ドゥルチと、その精鋭たち。その力を結集して、私達魔女の国、魔法王国の勝利を願って――
「「「ヨイ・ヨイ・ヤァーーーーーーッ!!」」」
首都レヴィントンに、大勢の魔女たちの
世界の命運を決するその戦いは、すぐそこに迫っていた。
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