第52話 ナーナVS帝国兵
……来た。
来てしまった。
昨日見たばかりの、魔力の森に生まれた幾万ものナーナの元。それが孵化して空を覆い尽くして今、世界中に散らばろうとしている。
人間の種、精子を殺し尽くし、ニンゲンを滅ぼす使徒たちが。
「……ナギア皇太子殿下、ラドール夫人。どうか、大至急本国へとご避難ください」
イオタ司令官が天を仰ぎながらそう発する。そうだ、皇室の男子の種は国を挙げて保護するべき血統なのだ。もしここでナギア様があのナーナに憑りつかれたら、彼は皇帝の継承権を失ってしまうのだから。
「ステア一等兵……いや、カリナさん。トラックへの給油は済んでいるな?」
「あ、はいっ! ここに戻ってすぐに」
「よし、整備班、回して来い!」
ギア隊長の言葉にカリナが応えた後、彼ら三人がここに来たトラックに向けて兵士の一人が走る。それに皇太子夫妻も続き、エンジンがかかった車に乗り込む。
「総員、戦闘準備。目標、宙に浮かぶ少女達っ!」
号令一下、兵士たちが一列横隊に陣を敷き、空に向かって銃を構える。同時にトラックが土煙を上げて、ノシヨ川に向かって立ち去っていく。
幸いにもあのナーナ達の飛行速度は決して早くない。追い風でも受けない限り人が歩く程度のスピードでしか飛べないのは、魔法王国で一緒だった僕も良く知っている。ナギア様たちのトラックにこのまま追いつかれることは無いだろう。
だけど、彼女たちは、まっすぐここに向かって来ている。当然ながらこの野営地にいるのは帝国兵の面々、つまり大勢の男性なのだ。彼女らの当面のターゲットは他ならぬ僕達なんだから。
「ステア、カリナ! お前たちは魔樹の館に行って事態を報告、対処を聖母様に仰いで来いっ!」
「え、私達が?」
「そうですよ! 僕とカリナはあのナーナに憑りつかれないみたいなんですから、むしろ僕たちに任せて下さい!」
そう言ってイオタさんに反発する。ここにいる皆じゃあのナーナに憑りつかれるけど、僕とカリナは体と心が入れ替わっているせいか、ナーナに憑りつかれることは無かった。そんな僕達だけがここを去るわけには……
「だからだよ。奴等に影響を受けないお前たちは大事なサンプルだ。だったら万が一にもお前たちをあの天使の餌食にするわけにはいかん」
「「……あ!」」
「さっさと魔女たちの所に行って、なんでお前たちが奴等に侵されないのか調べて貰ってこい」
言われてみればその通りだ。僕たちの今の状態がナーナ除けになるなら、そこから対ナーナの魔法の研究をしてもらうのは確かに良策だろう。
「「はっ!」」
居並んで司令官に敬礼し、きびすを返して館に向かう僕とカリナ。研究云々もそうだけどそれ以前に、魔女のみんなにはあのナーナが見えないので、僕達がしっかりと状況を見てみんなに実況解説する必要がある。
「ステア、世界ってどうなるの、かな」
「分からないけど……絶対、いい方向に向かわせたい」
「うんっ!」
走りながらそんな会話を交わす。そう、僕はこの体を得て魔法王国をつぶさに見て来た。カリナもまた僕の体で機械帝国を旅してきたんだ。
それでよく分かった。この両国は、世界は、男と女は、きっと仲良くなれる、って。
魔樹の館へと到着し、周囲に待機していた魔女のみんなに囲まれる。帝国兵の臨戦態勢を遠目で来ていた彼女たちも状況の異変に気付いていたようだ。
「あのナーナが大軍で来たの! 帝国兵のみんながナギアさん達を逃がして迎撃するって!」
「ナーナは人間の子種そのものを殺すんです! ナニだけおっ勃てても意味が無い、このままじゃ人類が滅びます!!」
状況を手短に叫ぶ僕とカリナ。それを聞いた魔女のみんなの顔が、一瞬で引きつるのが理解できた。
そう、事態はまさに深刻を極めているのだ。
「僕は飛んで状況を実況するから、カリナは聖母様に報告を!」
「わかったわ、こっちは任せて!」
入り口でカリナ(体は僕)と別れてホウキで飛び上がり、兵士たちとそれに近づいて来るナーナを見渡せる高度まで上がる。
周囲の魔女たちも何人かは僕の傍らまで飛んで来て、目を細めてなんとかナーナを見ようとする。
「今、どのへん?」
「先頭はあのエリエット山脈の中腹にかかる大きな雲あたり。そこから森までずっと大軍が続いてる……まるでイナゴです!」
「あーもう、なんで私達には見えないのよ。サービス精神足りないんじゃないの?」
僕の隣に浮くリーンさんがそう嘆く。彼女はイオタ司令官と公認の仲で、その彼がナーナに憑かれたら夜の楽しみを、いや、もっと先の幸せな未来まで失ってしまうのだ。
他の魔女たちもそれは同じで、ほとんどの人があの帝国兵の誰かと愛しの仲なのだ。なので魔女のみんながこの戦闘を注視するのは当然のことだ、自分たちの幸せな未来がかかってるんだから。
「撃てえぇぇっ!」
イオタさんの号令一下、地上から一斉に銃弾が放たれる。戦車砲からも
しばし一斉掃射が続いた後、兵士たちの動きが、銃撃が停止する。
「ね、ねぇ……どうなったの?」
「やっつけた?」
僕の周りの魔女さん達が、期待半分不安半分で聞いて来る。僕は……冷や汗を流しながら、彼女たちに絶望の言葉を告げた。
「全部……すり抜けました!」
予想は出来ていた。あのナーナ達は男性には触れない。肉体はもちろん来ている服やズボンまですり抜けて体に重なり、そして憑りついていたんだ。だから男が撃ち放った銃弾が同じようにすり抜ける可能性は十分にあり得たんだ。
「……そんな!」
「も、もう無理じゃない……逃げてーっ!」
青い顔をして叫ぶ魔女さん達。でも帝国兵は引く気配もなく、迫りくるナーナ達に対して抜刀し、あるいは電気鎌や鉄棒などを構えて迎撃態勢を取っている。
理由は分かる。あのナーナはあそこにいる兵士全員に憑りついてまだ半数以上余るほどの大軍だ、だから今ここで逃げ出したとしたら、標的を失ったナーナ達はそのまま機械帝国に向かうだろう。
兵士として最前線にいる自分たちが、自国の国民へと向かう脅威から逃げるなんて出来ないんだ。
せめて自分たちが引き受けられる分だけでも、ここで止めなくて何の兵士か、と。
そして、やがてナーナの大軍が兵士たちにゆっくりと、まるで雪のように降り注いでいく。帝国兵が怒号と覇気を込めて抵抗する中、人類を殺す天使たちはその全てをすり抜けて、ひとり、またひとりと、兵士の体に重なっていき……
そこにいた全員が、魔法を使えて生殖能力を失った、ニンゲンの男性の姿をしたナニカに代わってしまった。
そしてパートナーを得られなかった半数のナーナが、そのままゆっくりと、ゆっくりと、ノシヨ川の方面に、帝国の方に向かって飛んで行った。まるでタンポポの綿毛のように。
嵐が去った後は、まるで何も無かったような日常だけがそこにあった。兵士たちは全員が魔法使いになり、そして男のシンボルは沈黙してしまった。
無力感、絶望感。そして……終末感が、僕らの心を支配してしまった。
とりあえず変わったのは、今はただ、それだけ。
◇ ◇ ◇
今日も、昨日も、おとといも。
そして多分明日も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます