第54話 そのころ、エリア810では
エリア810、機械帝国軍の陣にて、通信使がインカムを耳に当て、暗号を解読しつつ、周囲の皆に聞こえるように復唱する。
「アトン大将軍による魔法兵団編成、最終的には五千人ほどの兵力になる模様。帝国本体との合流は7日後との事です」
この通信、表向きにはこのエリア810に、そして魔法王国への進軍を告げ、そのための対応準備をこちらに促すための指令である。だが……
「となると、こっこに到着するのは最短で10日ほどか。アトン将軍の部隊編成や本体との合同訓練を示唆すれば、ある程度の日数は稼げるな」
司令官のイオタ大佐がアゴをなでつつそう呟く。そして足元に張ったタライの水に「そっちはどうだ?」と問いかけると、その水がぱっ、と映像を映し出す。見えているのは魔法王国側の810拠点、魔樹の館のミーティングルームだ。
「
向こうからの魔法通信に顔を見合わせる帝国兵たち。この分なら帝国と王国の本隊がこの810に到着するのはほぼ同時期になるだろう。上手く日程を調整すれば、どちらにも大きな被害が出ないまま両軍を対峙させられる。
あのナーナ達がここを襲ってからもう一カ月、あれからも毎日輝くナーナの大軍がこの810を超えて帝国領へ、そして一部は王国の方へと飛んで行っている。
当然、その事は包み隠さず帝国へと報告してある。ナーナを止めようが無い以上、下手に隠し事をしてもバレるだろうし、そうなるとこの810が信用を下げる可能性があるからだ。
帝国の男が魔法を使えるようになれば両国のパワーバランスは崩れる。なら当然戦争が激化するのをあらかじめ予想した810陣営は、その戦争そのものをコントロールすべく動いていた。
まず本国のアトン大将軍に密かに事情を説明し、いっそ先手を打って侵攻軍の総責任者になって貰った。格も実績も十分だし、なにより彼ならこちらの企みに乗ってくれるだろうから何かと都合がいい。
現に今も通信によってあっちの現状を逐一伝えて貰っている。後は魔法王国側とうまく呼吸を合わせて、この戦争を回避するための大仕掛けを打つだけだ。
◇ ◇ ◇
夜、戦場の地下の会議室にて、主だった帝国兵と魔女たちが集って作戦会議を開いている。昼間は通信量が多く、現場に居ないと万に一つ本国に感づかれる恐れがある為、昼間の内に集めた情報をお互いが持ち寄って、夜に具体的な作戦を煮詰めているという訳だ。
「やはり舞台はノシヨ川をはさんでの対峙がいいでしょう。あの川幅ならお互い手出しが難しいし、一度は睨み合いになるでしょうから」
聖母マミー・ドゥルチ様の言う通り、この仕掛けを打つなら両軍がノシヨの大河を挟んで睨み合うのが理想だ。あの川幅なら帝国の銃弾や砲も届かないし、船に乗って進軍すれば魔法攻撃の集中砲火に合って沈没するのが関の山だ。
一方の魔法王国側も、あれだけの川幅を飛んで行って攻撃すれば相当に魔力を消費するし、敵側にも魔法使いがいるとなると空中戦もありえるだろう。まして開けた河原じゃ地上からの砲撃のいい的となる。
なので川を挟んで両軍が対峙すれば、一度は動きが止まるはずだ。乱戦になる前でないと自分たちの計画は実行できないのだから。
「じゃあ、魔法王国側に一足先に810に来てもらって、俺達を追い散らしてもらわないとな。どうだステア、できるか?」
「はい。マチューさんからの情報ですけど、首都から遠い地方の魔女さん達はやる気満々で、張り切ってウワサを広めてもらってますから、多分大丈夫です」
ステア(体はカリナ)がそう返す。彼は魔法王国に旅立ってすぐ、女盗賊が襲ってきて返り討ちにしたそうだが、その彼女たちに言わせれば例え帝国兵が恐ろしくてもいいから、なんとか男性とお近づきになりたいそうだ。
そんな彼女たちに相談して、この事態を打開するのに協力してもらったのだ。810へと招いた彼女たちは帝国兵のみんなにメロメロになって(でも不能だけど)、快く協力を引き受けてくれた。
マチューさん達に王国の聖都レヴィントンへ行ってもらい、しかも旅の道中に帝国兵が攻めてくる事、そして彼らが存外いいオトコである事を触れ回って貰ったのだ。
かくして聖都に、建前が『帝国の侵略を阻止すべし』、本音は『帝国の男性とお近づきになりた~い♡』な魔女たちが殺到する事に相成った。そのお陰で無事に魔法王国の進軍が決定したのである。
王国の存亡を懸念した女王や側近、上流階級の魔女たちもまさか下々の本音が『帝国兵士に押し倒されて乱暴されたーい♡』や『いい男とっ捕まえていじくり回して言葉攻めしたーい♡』だなんて想像もしてないだろう。おかげで魔法王国側の戦意はアガりまくりである……いいのかこれ。
「で、肝心のステアとカリナの方はどうなの?」
この作戦の要である二人、体を入れ替えたままのステア・リードとカリナ・ミタルパはお互い顔を見合わせて「「はぁーっ」」とため息を吐き出した。
「頼むぜおい。お前たちがうまくやらなきゃ、本格的な戦争になっちまうんだからな」
ギアがそうハッパをかけるが、さすがに二人の表情は暗かった。プレッシャーに潰されたように肩を落としつつ、周囲のみんなをジト目で見回す。
「うう……
「同感ですよ~。負担とプレッシャーはんぱないっす」
まぁ二人の抗議はもっともだ。ここに配属してほどなく実態を知らされ、あのアトン大将軍が派遣された時にもドタバタの活躍、その後体が入れ替わってからはお互いの国に視察に出向き、ナギア皇太子とハラマという爆弾まで連れてくることになってしまった……確かに新人の兵が担う重責ではない。
「ま、これも運命だ。お前たちの為にも頑張るしかないな」
「上手くいったら隠し村に二人の銅像立てちゃいましょうか」
先輩方の言う通り、体を入れ替えることで事態収拾の唯一の方法と目されている以上、ふたりの活躍がカギとなるのは仕方の無い事だ。
なにしろこの二人だけはナーナを見ることができ、かつ憑りつかれる事もないからだ。体と心の性別が真逆な事がナーナの影響を一切受け付けない理由ならば、有効に使わない手はないだろう。
「ふふ、お二人を見てるとなんか羨ましいです」
そう発したのは魔法王国から派遣されていた四聖魔女、リリアス・メグルだ。彼は王国の魔法胎樹から生まれた極めてまれな男子、そして世界で最初にナーナに憑りつかれ、己の精子を魔力に返還されたことで稀有な魔力を持ち、四聖魔女として魔法の研究を担うまでに至っていた。
彼(彼女?)はここに来てから二人の体を元に戻す魔法を研究しつつ、この戦争を止める為の魔法の構築を聖母様や他の魔女たちと続けていた。
「ねーりりあす、このおにーちゃんについてたこ、どこいったの?」
彼の傍らにいるナーナがそう問う。ステア(体はカリナ)が魔法王国に行った時、ステアにひっついていた金緑色の髪を持ったナーナと知り合っていた。リリアスのナーナにしてみれば初めての自分の同族だけに、その行方は気になるらしい。
まぁ周囲の帝国兵の傍らには、軒並みそれぞれ違った髪の毛の色のナーナがふわふわ浮いてるんだけど。
「そのナーナが君達のお仲間を生み出してるんだよ。なんとか止めてくれないかなぁ」
そうギアが発すると、彼や他の帝国兵についているナーナが一斉に「えー!」「ぶーぶー」と抗議の意を示す。まぁこの子達にしても自分たちの存在が否定されるのはそりゃ嫌だろうけど。
「じゃあ、もいちどあってみたい」
そのナーナの言葉に全員がお!? と目をむける。もし彼女が魔の森にいるあの金緑色の髪のナーナと、それに憑りつかれているハラマを説得できれば、これ以上ナーナが発生するのを止められるかもしれない。期待は薄いがやってみる価値はあるかも……。
「興味深いですね、是非行ってみたいです」
リリアスはそう言ってメガネをくいっ、と直す。あの森は魔力が強すぎて普通の魔女は近寄れない(
実際のところ、あの魔の森に帝国兵を派遣してナーナやハラマごと森を焼き払うという選択肢は確かにあった。だけど深い森に大勢で進軍して一人の女の子を攻撃するのは、今まで魔女と仲良くしてきた810の帝国兵にはやはり躊躇われたのだ。
あとぶっちゃけあれだけ大勢のナーナが男を不能魔法使いにしてしまった今、今更止めてもしょうがない、という意図もある。あともしかしたらあのナーナが男性を元に戻す方法を知ってるかも知れないんだし。
「ステア君、ご案内を頼めますか?」
「あ、はいっ!」
リリアスの依頼にステアが応える。「じゃ私も」とカリナも手を上げるが……。
「カリナは駄目よ、ひとりは残って魔法の研究に協力してもらわないと」
「今は帝国兵だから飛べないじゃーん? 万一ドンパチやることもあるかもだし、君はお留守番」
皆の意見でそれは却下された。思わず「うみゅう」と嘆くカリナ(体はステア)。
◇ ◇ ◇
翌朝、ステア(体はカリナ)とリリアスは連れだってホウキで魔の森へと向かっていた。途中にある隠し村の入り口では、大勢の人たちが空を飛んで、あのエリエット山脈の看板に修復と細工を施していた。実はこのカンバンも戦争を止める為の大仕掛けのひとつなのだ。
「うっわ、間近で見るとすごいねコレ」
リリアスがその巨大カモフラージュ看板を見上げて目を丸くする。どっちかって言うと悠々自適な魔法王国国民にとって、この大仰な偽装看板を作るその発想と行動力には恐れ入っていた。
彼らに労いの言葉をかけ、村をスルーして森へと向かう。リリアスは首にかけたペンダント(魔力量測定器らしい)を手に取ってその魔力量を推し量り「すごいねこれ」と感心する。
やがて魔の森の中心、大量のナーナの胎児を生らせた場所の真ん中、ハラマとあの金緑色の髪のナーナのもとに辿り着き、ホウキから降りて彼女らと対面する。
「ハラマさん!」
『あら……カリナせんぱい。あ、ステアでしたわね。あと、そちらは?』
「初めましてハラマ・ロザリアさん。私は貴方の母と同じ四聖魔女を務めております、リリアス・メグルと申します」
リリアス君が礼を尽くして挨拶する。だがそれを見たハラマは「え、え? えええっ!?」とリアクションして引く。
「も、もしかしてあなた……男ですのっ!?」
ナーナが憑いているリリアスを見て、その事実を見抜いたらしい。まぁ彼女にしてみたら、いつも遠目で見ている四聖魔女の一人が男だったなんてそりゃ驚くだろう。王国に居るときにはハラマにはナーナは見えなかっただろうし。
「ステアにーちゃん、またきたねー」
「ナーナ……ひさしぶり、だね」
かつて魔法王国を一緒に旅した二人が挨拶を交わす。だが、もう元通りの仲に戻れない事はステアもうすうす感じていた、ナーナ曰く『思い出したやるべきこと』が、あろうことか人類を滅ぼす事だったのだから。
そんな空気の最中、リリアスのナーナがその栗毛色の髪の毛をふわりとなびかせ、リリアスから離れてハラマの前にすすす、と飛んで行った。
「え、何ですのこの子……私が産んだ子、じゃないですわね」
目の前まで飛んで来たそのナーナを見て目をぱちくりさせるハラマ。対するナーナは彼女をじーっと見つめ続け、鼻面がくっつかんばかりに彼女に顔を近づける。
何だろう? とその二人を見守るステアとリリアス、そして金緑色髪のナーナ。全く接点はない筈なのに、何故か二人を見ていると何というか、何かつながりがあるような、ないような……
やがて顔を離した栗毛髪のナーナは、ふふっ、と嬉しそうに笑って一言、こう話した。
――だめだよ、いもうと。おかあさんやおとうさんが、かなしむから――
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