第55話 運命の姉妹
『え……いもうと、私が?』
栗毛ナーナの言葉に目を丸くしてそう返すハラマ。そりゃそうだろう。仮にもハラマは人間の女性であり、リリアスに憑いていた栗毛ナーナは精霊か何かであり、人ではないのだ。
しかも見た目幼女なナーナが十五歳のハラマさんを「いもうと」って? あとパパとママって、このナーナには両親に相当する人がいるとでも言うのか?
あるいはハラマさんの両親……と言っても遺伝子上の親だけど、ミールさんとダリルさんの事を言ってるのか?
「うん。わたし、おねえちゃんだよ」
栗毛ナーナが笑顔でハラマさんにそう返す。言ってる事はめちゃくちゃだ。だけど……その言葉に何処か不思議な説得力を感じて、僕ステア(体はカリナ)もリリアス君も呆然と見ているしか出来なかった。
そして、そのナーナの次の言葉が、そこにいる全員にぞわりとした衝撃を与える。
「うまれるまえに、しんじゃったけど」
死んだ? 生まれる、前に??
なんだ、どこかで聞いたことがあるぞ、そんな話を。
「あ、そうか、おもいだしたー」
そう言ってぽん、と手を打ったのは、ハラマの脇に居たあの金緑色の髪のナーナだ。
「うんうん。きみはどこかでしってるとおもってたけど、いちばんさいしょのなーな、なんだね」
「うん。やっとおもいだしてくれたね、『ますたー』」
金緑色の髪のナーナを『ますたー』と呼んでいたのは、先日810に来てニックさんに憑りついたナーナもだった。そして……リリアス君に憑いている栗毛のナーナは『最初のナーナ』?
「うーん。マスターが先か最初のが先か、興味深い問題ですね」
リリアス君がメモを取りながらウムウムと唸っている。どうも研究者としてのスイッチが入ったらしく、ふたりのナーナを興味深そうに見比べている。
「ねー、すてあにーちゃん。おぼえてる? あのみーるさんとだりるさんのおはなし」
金緑色髪のナーナ、『マスター』と呼ばれた彼女が僕にそう問うてくる。
「ふたりはさいしょ、ふつうにこどもをつくろうとした。でも、できなかった」
そこまで言われた時、僕の感じていた違和感が一気に繋がる感じがした!
そうだ。ミールさんとダリルさんはかつて普通にまぐわいで子供を作ろうとしたけど、残念ながら死産だったと聞いた。
それで魔法胎樹を使って生み出したのが他ならぬハラマさんだったハズ。
そしてこの栗毛のミールは、そのハラマさんの姉だと名乗っている。つまり、このナーナは、まさか……
「うん。わたしはうまれてこられなかったけど、『ますたー』にたましいをひろわれて、このからだにしてもらったの」
「なん、だって……?」
生まれてこなかった赤子の魂が、このナーナ?
じゃあ今ここで大量発生しているナーナ達も、この世界に生まれて来られなかった赤子たちの……そんな子たちが、これから生まれてくる子供の種を、壊して回っているって言うのか!?
そんな思考をハラマさんの言葉が中断する。
「そう、あなたが……母から話は聞いています。だから男女が性交をして子供を産むなど愚かなのです」
憐れみと蔑みを混ぜたような声で、姉になるはずだった精霊に話し続けるハラマ。
「女性のみが苦しみを背負う性交と出産など、やはり間違っているのですよね。だからこそあなたは生まれて来られなかったのですから」
あ、と気付いた。ハラマさんが男性に対して嫌悪感を感じていたのは、その父と母の悲しみを、生まれて来られなかった自分の姉の事を聞かされていたからなんじゃないだろうか。
「だから……男性を滅ぼそうとしたのか?」
「ええ、そうよ。世界が女性だけになれば、誰もが苦しまずに子孫を残して行ける……まさに理想の世界が生まれるのですわ」
両手を広げて、恍惚の表情でそう歌い上げるように宣言するハラマさん。あ、なんか久々に彼女の素を見た気がするなぁ。
「男性って言うか、滅びるのは人類なんですけど」
「……はい?」
リリアス君の適切なツッコミに、陶酔した顔から一気に表情を崩す彼女。
「ナーナに憑かれた男性は、その種を魔力に変えられちゃうんだよ! だから……魔法王国の魔法胎樹にある睾丸の種も無くなっちゃう。つまり、もう赤ちゃんが生まれなくなるんだ!」
「え、ええええええっ!?」
僕の主張に思いっきり変顔になって驚くハラマさん。同化していた木の幹から体をぬん! と引きはがしてガニ股で地面に着地すると、金緑髪のマスターナーナにずんずんと詰め寄る。
「ちょっと! 男を滅ぼせるって言ったからあなたに賛同したのに、話が違うじゃありませんこと!」
「うそはいってないよー。おとこのひとはうまれなくなるし、まぁ、おんなのひともだけど」
「ぬぐぐぐぐ……」
あー、なんか場所柄、静謐だった空間が一気にお間抜けになってきたなぁ。
「ねぇ、マスターさん。あなたはどうして、こんなことを?」
リリアス君がそう問うたので空気が再び引き締まる。いや空気はどうでもいいんだけど、確かにこのナーナがどうしてそんな事を、人間を滅ぼそうとしているのかが分からない。
その問いにマスターナーナは、今まで見せた事もないような冷たい表情で僕たちに向き直り、静かにこう発した。
「いのちの、むだづかいを、したから」
「命の……無駄遣い?」
誰が、何をした事を言ってるのだろう。
戦争のことなんだろうか……でもそれは魔法王国が出来るずっと前から繰り返されてきた。今さら僕たちの世代だけが責められるべき話じゃないはずだ。
ましてや僕たちはこのエリア810で戦争をするフリを続けて、誰も死なないようにしてきたはず……
あ、あるいはそのせいで焼いた森や殺しちゃった小動物や虫なんかの事を言ってるんだろうか。もしそうなら言い訳はできないけど、それだって人類が有史以来……
「おしべとめしべを失った花は、もう二度と咲かない。僕のナーナがよく言ってたよ」
リリアス君がそう言って一歩前に出る。
「マスター。君は魔法王国が魔法胎樹を使って、そして機械帝国が人工胎内機械とやらを使って子どもを生み出してる。そのことに不満を感じてるんじゃないのかい?」
「そうだよ」
マスターナーナは、ちょっと寂しそうな、それでも優しい笑顔で、そう返した。
「みんな、みんな、にせもの」
言葉を区切りつつ、リリアス君に、僕に、ハラマさんに語り続ける。
「こいして、あいして、『せっくす』して、うまれるいのち。それが、ほんもの」
「だから、あなたたちは、みんな、にせもの」
そう言われて、背中に氷を入れられたような悪寒が走った。そう、僕もカリナも、ギアさん達も、そしてここにいるリリアス君もハラマさんも、彼女の言う『にせもの』なんだから。
「そんな、あなたたちがうまれてきたから、ふっつうにこいをして、あいして、せっくすして、うまれてくるはずのこが、うまれてこれなかった」
「それが、なーな。このこたち」
周囲に輝く、ナーナの元になる光の木の実を両手を広げて指し示すマスターナーナ。
「じゃあ……その子たちは、僕達に復讐でもするために、人間を滅ぼそうとしてるのか!?」
「ちょっと、ちがう」
僕の言葉に、薄く笑いながらマスターナーナが返す。
「このこたちが、みたいこと、したいこと、してほしいこと。それを、しって」
そう言った瞬間だった。森中に輝いていたナーナの胎児が一斉に孵化し、そして、空へと浮かび上がって行った。
マスターナーナと、一緒に。
――どさっ――
「ハラマさん、しっかり!」
天を仰いで呆然としていた僕を、リリアス君の声が引き戻した。見るとハラマさんは糸の切れた人形のように体を横たえ、リリアス君に抱き抱えられている。
「だいじょうぶ。いもうとのやくめはもう、おわった」
そう言ったのはリリアス君に憑いていた栗毛の『最初のナーナ』、生まれてくることが出来なかった、彼女の『お姉さん』だった。
「うん、脈はある。気絶しているだけだよ」
リリアス君が彼女の手首に指を当てて脈を図り、生きていることを確認する。
「よかった……ハラマさん、無事で」
ようやく彼女が解放されたことに安堵する。なにしろ彼女をこの810に連れて来たのは他ならぬ僕なんだ。なんか巻き込んじゃって大変な事をさせちゃったけど、それでもこうして無事だったことに本当にほっとした。
そして、僕達は、ナーナという存在によって……
もう一度、この歪んだ世界について、考えなければいけなくなった。
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