第56話 そして戦争が始まってしまった
暮れなずむエリア810の魔法王国側。
そこには本国からの大勢の魔女の軍勢が、この地の魔女の最高責任者である聖母魔女マミー・ドゥルチ率いる精鋭部隊に出迎えられていた。
「まずは長旅お疲れ様でした、聖女王リネルト・セリカ様。直々のお越しに我ら810の魔女たちも意気上がっております。四聖魔女も勢揃いして、これでこの地はいよいよわが魔法王国のものと成るでしょう」
老獪な、かつうやうやしい礼を尽くす老婆に、輿の上から若き女王がスッ、と手を上げ、ご苦労様の意を言葉と共に示す。
「今までこの地での戦いご苦労様でした、我が魔法王国の誇る神聖なる魔女たちよ。」
女王はいつもと同じ服装で、王冠以外は地味な青紫色の魔女服に身を纏っている。自然と調和して生きるのを旨としている王族の彼女は、特別な時でも必要以上に自分を着飾ることは無いのだ。
歌い上げるような美声で一同を労った後、自らが引き連れて来た軍団に向きなおって深刻な顔で、現状と意思を改めて告げる。
「みなさん。世界は今まさに、暗黒に変わろうとしています。かの忌まわしき機械帝国が我らと同じ魔法の力を得、この世界を、自然を、魔力を蹂躙しようとしているのです」
そう、このひと月ほどで機械帝国、いや魔法王国の男性にすら魔法を使える者が現れ始めていた。
それは女性国家の魔法王国にとって、国のよって立つ根幹が崩れ去る事態、あってはならない脅威なのだ。
しかも敵はその余勢を駆って我らが魔法王国に侵略をしようとしている、という情報がまことしやかに流れていた。もしあの恐ろしいケダモノ共が、魔法と機械の両方で攻め込んで来たら、自国は蹂躙されるだけの花畑と化すだろう。
「ですが、私たちがこの魔力の源であるエリア810を押さえれば、我らがより強い魔力を得られ、敵の覚えたての魔法など吹き飛ばすでしょう」
その女王の言葉に大勢の魔女たちから「おおおおお……」という声が上がる。
「そして敵の忌まわしい機械を自然に還し、我ら魔女の望む美しい、自然とひとつとなる世界が開かれるのです」
女王がぱちん、と指を鳴らすと、周囲にいた親衛隊の魔女たち数人が一斉にホウキに乗り、螺旋を撒いて飛び上がっていく。やがて上空で魔法陣のように円を描いた彼女たちは、声を増幅する魔法を使って、ひとりひとりが
――さぁ、魔女による女性のための世界を――
――汚らわしい男たちに、種としての義務を――
――暴力を排し、いたわりと安寧の日々を――
――自然を愛し、世界をいつくしむ心を――
そしてその陣の四隅に、四人の魔女がホウキに乗って飛んでいく。魔法王国で最強の魔力を持つ四聖魔女、東西南北を指す異名を持つ彼女らが、それぞれの頂点の位置にふわりと浮かぶ。
「我ら四聖の魔法を持って、暁に躍動と命の輝きを!」
”希望を灯す黄金の暁”、レナ・ウィックルが、その美しい肉体美を持つ褐色の肌を舞い踊らせながらそう宣言する。
「天高く澄んだ世界にぃ~、わたしたちの未来をぉ~」
”天輝く陽の魔女”、ミール・ロザリアがクルリとホウキごと一回転し、ウィンクしながら指で投げキッスをする。
「日々の糧に感謝を、明日の健康に希望を」
”暖かな夕餉の朱”、ルルー・ホワンヌがエプロン姿で、おタマと料理包丁を手にしてにこやかに告げる。
「未知への探求と、好奇心を、真理を知る旅を人生として!」
”夜の安らぎの黒”、リリアス・メグルが一冊の本を手に、メガネぶちを指で支えながら唱和する。その右肩に乗っている少女、栗毛色のナーナを認識できるのは、わずかな随員の男性のみ。
そして魔法陣の中央が光り輝く。同時に女王の乗っている輿もまた同じように光り、次の瞬間にはそこからかき消えた女王が、はるか上空の魔法陣の上に立っていた。
「さぁ、終わらせましょう。長きに渡る帝国との戦いを、私たち魔女の勝利を持って……。
そう宣言した女王、リネルト・セリカは一本のロッドを手にし、まるで指揮者のようにそれを振りかざすと、「ハィッ!」と気を入れて下にかかげる。
――ヨイ・ヨイ・ヤァーーーーッ――
その合図とともに全ての魔女が
今宵は満月。魔女たちにとって、絶対有利が約束されている日。
戦いのドラは、まず魔女たちの手によって鳴らされた。
◇ ◇ ◇
「一番乗りは私達に任せてくださいな女王様。ウチの面々はヤル気満々でさぁね」
地上の輿に戻った女王にレナがひざまずいて進言する。すでに魔女の兵力は、その適正ごとに各チームに振り分けられている。中でもレナの率いるチームは非情に戦意が高かった。
一口に魔女と言っても様々なタイプがあるが、ここ戦場においては個々の能力よりも、戦いのモチベーションをどういう形で持っているかがポイントになる。
例えば女王直属の親衛隊や精鋭部隊は、若く優秀な人材で占められている。国の教え通り機械帝国の兵士を汚れた存在と捉え、女性による女性のための世界を築こうとしているエリート達だ。
反面、レナが見込んでチームに引き込んだのは、戦争よりもむしろ男に飢えている辺境の女性がメインだった。中央に住む魔女と違い男性に縁が無く、このまま年老いていくまで男の方と親しいお付き合いが出来ないくらいなら、例え凶暴な帝国兵でもお近づきになりたいという下心を渦巻かせているご婦人たちだ。そりゃまぁやる気も満々だろう。
そして、もうひとつのタイプがある。それが今までここで戦ってきた聖母マミー・ドゥルチ以下の810チームだ。機械帝国との戦闘をよく知る彼女たちはいくつかのグループに小分けされ、各チームの案内役&アドバイザーとして配属されていた。
ちなみにレナのチームに配属されているのはリーン率いる集団だ。現在新人のカリナ・ミタルパだけは負傷で不参加だが、この810で戦果を上げ続けている優秀な面々である。
「んじゃ、行くよ! と・つ・げ・き・ぃーっ!!」
一番手の名誉を賜ったレナがそう指揮すると、配下の魔女たちはみなホウキにまたがり、我先にと810の戦場の森へと突っ込んでいった。
「ちょ、ちょっと! むやみに突っ込んだら危険よ!!」
リーンたちがそう叫んで慌てて追いかける。が、目の前の性欲に取りつかれた魔女たちにその声は届かない、ましてこのエリア810の濃い魔力に当てられてたら仕方の無い事だろう。
◇ ◇ ◇
「報告! 敵の魔女、エリア810の森の向こうに集結。その数、約一万ッ!」
エリア810の帝国側、野営地に斥候の報告が届く。魔女たちが本国から大勢の増援を寄越したとは聞いていたが……。
「一万人の魔女の群れか、一度は囲まれてみたいもんだなぁ」
「って俺らみんな不能じゃん、今」
「あ、そうだった……もったいねぇなぁ」
「お前ら余裕だな。むこうは本国から来てるのが主力だぞ、噂通り男憎しで心臓とか睾丸とか引っこ抜いて儀式する連中だったらどうする」
皆の軽口を司令官のイオタがたしなめる。今回の戦闘はいつもの810の親しい魔女さんたちとは違う、下手をしなくても命のやりとりをしなけりゃならないほどの危険な相手なのだ。
しかも今回は撤退戦、このエリア810を戦闘を上手く調整しながら、魔法王国側に明け渡さなくてはならないのだ。
それでも彼らは敵である魔女を殺す事は極力避けたいと思っている。そんなハンデ付きの戦闘でカギとなるのは、810にいたお仲間の魔女たちとのひそかな連携と、今までずっと続けて来たリアリティのある戦術で、戦いを知らない魔女たちを手玉に取ることだ。
「総員配置に付け! 遠路はるばるおいでなすって早々に気の毒だが今夜は満月だ、
「イェッサーッ!」
全員がザッ! と敬礼し、部隊ごとに別れて森の中に散っていく。
戦車のエンジン音が響くのは、あるいは今夜が最後になるかもしれない……そんな感慨深い想いを抱きながら、兵士たちは戦いの森へと散っていく。
◇ ◇ ◇
「みんな、行ったね……」
「うん……じゃあ、私達も」
野営地に残っていた二人の人物。ステア・リードとカリナ・ミタルパがお互いを見て、しんみりとそう言い合う。
これから二人はこのエリア810の、機械帝国と魔法王国の、いや……世界の運命を決める為の大仕事が待っているのだ。
ステア(体は魔女)がホウキにまたがり、カリナ(体は帝国兵)がその後ろに腰かけて、ステアに後ろからぎゅっ、と抱き着く。
二人を乗せたホウキがふわり浮き上がる。目指すはエリエット山脈の方角にある隠し村。このエリア810で幸せを得た人たちが暮らすその場所で、彼らの最後の作戦が始まるのだ。
「行くよ!」
「うんっ!」
言葉を交わした瞬間、ホウキがびゅん! と加速し、夕闇を切り裂くようにして彼方へと飛んでいく。
もうすぐ。
あと数時間で、ここ地獄と呼ばれたエリア810の……
いちばん長い一日が、始まる。
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