第19話 不思議な子供たち
朝、
「そんじゃ姉さん、帰り道にまた寄って下さいねー」
「今度は一緒に楽しみましょ~」
盗賊魔女たちが、男のアレを模した木の棒を振りながら見送っている……夕べはほぼ一晩中彼女たちの喘ぎ声の大合唱で、興奮して寝られたもんじゃ無かった。
「男はともかく、他人の財産や持ち物を取っちゃダメよ、破ったら聖都に報告するからね」
これ以上犯罪を犯さないように一応釘は刺しておく。まぁそもそもこの山に人なんてまずこないだろうけど、カリナの体を借りている以上、悪人と仲良くなるわけにもいかないのだ。
その言葉を最後に彼女たちと別れ、馬車を魔法王国の首都、聖都レヴィントンへと向かわせる。到着にはあと四日ほどかかる予定で、その道中にも王国の辺境地をつぶさに見て回る予定……だったんだけど。
「ふわぁ、眠い」
悶々とした気分で徹夜したのが祟ったせいもあって、ざっぱざっぱと心地よく揺れる馬車が体を眠りの沼に引っ張り込もうとする。これじゃ視察どころじゃないよ……。
「ま、自動で進んでくれるんだし、少し眠るか」
行き先は馬車ゴレムが決めてくれるし、なにか騒動があれば起きて対処すればいいと、荷物を枕代わりにして横たわる。カリナの美しい金髪が、目の前にふわっ、と垂れる。
(カリナ……今頃はどうしてるかな)
そんな事を少し考えた後、僕は馬車の中で意識を失った。
◇ ◇ ◇
バギーカーが機械帝国の片田舎を走り続ける。
にしても本当に異国、というよりは違う世界みたいな印象すらある。車を走らせている道は黒に近い灰色の何かでガッチリと固められていて、タイヤがわずかも振動せずに、すべるように走り進んでいける。
街並みも王国とは全然違う。そこかしこに鉄の骨組みだけの塔が、
その家も見た事が無い作りだ。何の材質で出来てるかは分からないけど、まるでサイコロのような真四角の家が、マス目のように規則正しく居並んでいる。
そして所々に、鉄の網に囲まれた建物から、もうもうと黒煙が吹き上がっている。その近くを通る時には、不快な臭いが鼻を突き、息苦しさを感じてしまう。
――機械帝国は自然を破壊して鉄を石から奪い、
魔法王国の女王様がいつも演説している言葉を思い出す。あの言葉も決して嘘じゃないみたいだ……私は本当に王国と帝国がいつか仲良くなれる日が来るのかと、一抹の不安に駆られた。
立ち寄った村でお昼にする。さすがにこのへんまで来ると兵士を見ても周囲の反応も薄く、食堂で普通にお金を払っての食事になる。
野菜と鶏肉の煮物、発酵スープ、そして白い穀物を炊いたものを注文した。いずれも馴染みのない物だが、出来るだけ首都で食べられている物を、と注文したら、店主に変な顔された。あ、ステア君なら知ってるはずだし、失言だったかなぁ。
食べてみて驚いた。どれも不自然においしいんだ。肉も野菜も明らかに素材の味以上になってるし、白い穀物に至っては本当に一粒一粒が純白に輝いていて、噛みしめるとほかほかの粒が口の中で踊るように甘みを出す。
食べ終わったあとの感想……それは、ある意味不快感を含んだ『おいしすぎる』だった。
「あの……ここの野菜とか鶏肉って、どこで作られてるんですか?」
お皿を下げに来た給仕さんに聞いてみると、「野菜は向こうのハウスで作ってるよ」って聞いたので、食後に見物に行ってみたけど……
(……すごい!)
透明な壁で囲まれたその畑で、いろんな野菜が規則正しく居並んでいる。まるで整列している帝国の兵士さんのように。
ごくり、と唾を飲み込む。この、何もかもが整えられた世界には寒気すら覚える。
「どうして……ここまで」
そう、この機械帝国は首都に近づけば近づくほど、自然に任せない、いわば『作られた』世界感が痛いほど伝わって来る。
道も、家も、人も、道具も。そして……食べ物まで。
かつて女と男は仲むつまじく暮らしていた。だけどあの日、世界に魔法が溢れたその日に、女性は男性を置き去りにして進化してしまった。
そして男性は、世界の役立たずになってしまったのだ。
だけど男たちは諦めなかった。魔法が出来る事を自分たちはその科学で成そうと、石から鉄を取り出し、燃える水である油を掘り当て、火と水を駆使して人力を遥かに超える機械を生み出し続けた。
例えどれだけ自然を犠牲にしても、自分たちの住む街の空気を汚しても。
自分達の存在意義を、肯定するために!
(そして……機械帝国が出来て、戦争が起こった。女と男の戦争が)
人口の畑を離れて自分のバギーカーに戻る。この便利な機械もまた、魔法を使う女に負けてたまるか、との意思で作られたものなんだ。
「なんか、首都に行くのが怖くなってきちゃった……」
運転しながら思わず本音が出た。あまりにもよく出来たこの世界は、私たち女性に、魔女に対する怨念が生み出したものなんだ。
私はその魔女、女なんだ。例え今は体だけは
夜。今日は街に泊まる気にはなれなかった。バギーカーを川のほとりに止め、少しでも草の残った土手にテントを立て、寝袋を用意して非常食のパンをかじった。
「まずいなぁ……でも、優しい味」
ここの美味しすぎる食事とは違う、素朴で優しい味が今の私には嬉しかった。
私は魔女の、そして魔法王国の一員として、機械帝国の世界を見て、触れて、理解を深めるつもりだった。
でも、知れば知るほどこの国が怖くなっていく。まるで魔法に愛された私たち女性に対しての、男性の怒りが生み出した世界にすら思えて。
「にーちゃん、こんなトコで何しとるん?」
ふと、後ろから声をかけられる。振り返ると、自分より頭一つ背の低い少年が立っていた。
「え、あ、ああ。宿賃が無いからここで野宿でも、とね」
なんとか男らしく対応出来たかな、などと思ってその子に向き合う。見た目も幼いその男の子は、頭にゴーグル付きの帽子をかぶり、全身クリーム色のツナギを纏っていて、ポケットからは複雑な形をした工具がいくつも頭を覗かせている。
なんか、ちっちゃい作業員って感じで、なんか微笑ましかった。
「ね、にーちゃん。その車のエンジン見せてんね」
「え、エンジン?」
「なんね、へいたいさんのくせに、エンジン開けられんと?」
「あ、いや、あはは……」
笑いでごまかしていると、その男の子が車の前の下を手で探る。突然バカン! と言う音がすると共に、車の前部分の鉄板が突然浮き上がった!
「うわ!?」
壊れた? と内心ビビりながら見ていると、その子は浮き上がった鉄板を持ち上げて、内部にある複雑な機械をしげしげと眺めて、感動したように叫んだ。
「すっげー! ラフォン社のスリー・ピストンじゃん!」
何が凄いのか全く分からないけど、その子は中にある機械を見て興味津々に話し続ける。カキュウキとかキャブとかハイキリョウとかアッシュクヒとか……それ何かの呪文?
「ね、にーちゃんうちに泊まらない? この車もっとあかるいところでみせてよ」
そう言って私の手を握る。何だろう、この子から感じる不思議な感覚は。
「いいけど……壊しちゃ駄目よ」
「なんかヘンなはなしかたするねー、にーちゃん」
あ、しまった。女としての素が出てた。
結局その子の家に厄介になることになった。といっても歩いていけるくらいの近場にあった、なんか簡素な大き目の家。
でも、その中は、まんまがらんどうだった。食卓も個室もない、トイレすら剥き出しのだだっ広い空間に、車やら機械やらが並べられていて、カベには工具がびっしりと吊るされていた。
「ししょー、ただいまー」
「おう。お客さんかい?」
中にいたのは中年の男性だった。たぶん810の隠し村で会った食堂のおじさんくらいの歳だろう。引き締まった体に無精ひげを点々とさせたアゴを撫でて、私を値踏みするようにニヤリと見つめる。
「どうも、帝国兵士ステア・リード一等兵です!」
「ぎゃらん・まぐがいあです!」
「ジャッコ・マグガイアだ。よろしくな!」
怪しまれないようにと敬礼をすると、それに反応して子供が敬礼を返す。大人の方もにっこり笑って同じように敬礼する。
同じツナギを着たその二人が同じポーズで並び同じ苗字を名乗る、やっぱりと言うか親子だったみたいだ。この機械帝国じゃ親子が同居してるケースは珍しいって聞いてたけど、いる所にはいるのね。
「ししょー、このエンジンをみせてもらおうとおもって、このひとつれてきた!」
「うむ、でかした!」
私の乗って来たバギーカーを見て、その人が子供の頭をわしわしと撫でる。
「あ、あの……一体?」
話が見えない状況にそう発すると、二人はにかっ、と笑って、その家の真ん中にある、白いシーツが掛けられた何かに向かっていき、そのシーツに手を掛け……。
ばさぁっ、とその布を取っ払った。
その中にあったのは、まるで機械で作られたかのような……鳥、だった。
◇ ◇ ◇
つんつん、つんつん。
ん? 誰かが僕の頬をつっついてる。誰かな、カリナ?
つんつん、つんつん。
「ねー、おきてー」
……え?
がばっ! と身を起こす。そうだ、僕は今カリナになって馬車の中だった。仮眠を取るつもりがぐっすり眠ってしまって……ここはどこだ、今は何時くらいだ? そして、僕の頬を突っついたのは?
「うぉわ!?」
その娘は、僕の目の前に浮いていた。普通の人で言うなら5~6歳のその少女は、クセっ毛の金緑色の髪をなびかせ、白いぶかぶかのワンピースを纏って、ホウキも使わずにふわふわと漂っていた。
「な、何だ!? 何がどうなって?」
馬車の外に飛び出す。しまった、もうあたりは真っ暗だ!丸一日寝てしまったのか!?
そしてそこは森だった。どうして? 少なくともカリナ達に聞いた話じゃ、二日目の行程で森なんかなかったはずだけど……?
「ねー、おねぇちゃん」
そしてこの娘はなんなんだ? まるで綿毛のようにふわふわと飛んで、馬車から出て来た彼女は、まるで弱い電球のように全身がぼんやりと光っている。
そして、次の一言がさらに、僕の背筋を震わせた。
「おねーちゃん、もしかして、おとこのひと?」
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