第20話 『魔法』と『機械』

 現状を確認する。どうやら僕、ステア(体は魔女カリナ)の乗った馬車は寝てる間に街道を外れて、この森に迷い込んでしまったみたいだ。

 森と言っても小高い丘の中にあるみたいで、ホウキに乗って飛んで辺りを確認すると、丘を下ったあたりに町の灯が見える、どうやら戻れそうだな。


 で、問題は僕の目の前にいる謎の女の子だ。見た目5~6歳のこの子はホウキも使わずに普通にふわふわ浮いていて、黄緑色の髪を雲のようになびかせている。


「おねーちゃん、もしかして、おとこのひと?」

 そして一番の謎は、僕の異常な状態をあっさり見抜いた事だ。

 僕は今、魔女のカリナと心と体を入れ替えた状態になっている。なのでこれ幸いと魔法王国に不法侵入? してるんだけど、それがこうもあっさりバレたら大変だ!


「え、ワタシ? 男の人な訳ないじゃない」

 とりあえずシラを切ってみる。子供ならすっとぼけて、それでも聞かないなら少し強く言聞かせれば納得するだろう、なんて思ってそう言って見たのだが……。


「でも、おねぇちゃん、まほうとちゃんとかさなってない」

「重なって……ない?」

「うん。まほうのちからが、からだのそとがわにしかない」


 意味はよく分からないけど、僕の心と魔法が融合していないっていう事だろうか。理屈じゃなくて感覚のようなもので、僕の違和感を察してるんだろうか。


「ね、君はひとり? 保護者……大人の人は一緒じゃないの?」

 なんか怖いので話題を変えてみる。この子の不思議な眼力でもし僕の素性がバレたら、僕はもとよりカリナや、エリア810の人たちにまで迷惑が掛かってしまうんだから、上手く話を逸らさないと。


「うん。ここのもりに、すっとひとりでいる」

「えっ!? ひとり、で? お母さんとかいないの?」

 いくらなんでもこんな小さい子が保護者もなしにこんな森でいるなんて……食べるものとか住むところとかどうしているんだろう。そんな事をなるべく分かり易く聞いてみたんだけど……。

「わかんない」を繰り返すだけだった。まさかとは思うけど、捨て子とかじゃないよな。


「でも、ひとつだけ」

 天真爛漫だったその子が、珍しく少し曇った顔でそう切り出す。

「わたしは、なにか、やらなきゃいけない、たいせつなことがあった……きがするの」

 え? それって……僕のような不法侵入者を見つけ出す事、じゃないよね?


「でも、それがなんなのか、わすれちゃった……おねえちゃんみてたら、それをおもいだしたの」

 あ、これヤバいやつだ。魔法が支配するこの国じゃ、どんな方法で侵入者を見分けているのかわかったもんじゃない。関所のようなものがあるわけでも無し、こういったに目を付けられたら隠れようもない。


「そ、そう。思い出すと良いね、それじゃ、私は先を急ぐから、じゃあね」

 いそいそと出発準備をする。こんな子供を置き去りにするのは気が引けるけど、このまま連れまわしてうっかり「あのひと、なかみはおとこのひと」なんて口走られたら大事だ。ここは急いでこの子から離れるしかない!

 ゴレムの馬車のドアを閉め、眠そうな馬に軽くムチを入れて進み始める。


「ね、どこいくの?」

「う、うわぁぁぁっ!?」

 なんかいつの間にか隣にあの子が座ってる! え、ドア閉めた時には確かにいなかったのに、どうやって?

「と、とにかく、付いてこられちゃ困るんだよ!」

 そう言って少し乱暴にこの子の肩を掴んで――

「うわぁっ!?」

 そのまま彼女の体をすり抜けて、馬車のシートに倒れ込む。


「え、え? えええええええっ!?」

 なんとその子に。手をかざしても何も当たらずにすり抜けて、手を止めるとこの子の体を手が貫いている。でもその手をどけると、また彼女はケガもなく普通にそこにいる。


「やっぱり、おねえちゃんじゃなくて、おにいちゃんなんだ」

 にへら~、と笑みを浮かべてそう言うと、次の瞬間僕の首にぎゅっ、と抱き付いてきた。

「うぇ? あ、あれ?」

 さっきはこの子に触れなかったのに、今は普通に抱っこする事が出来ている。そう言えば、さっきはこの子に頬をツンツンされて目を覚ましたんだった。


「君は……いったい?」

 なんかもうカリナを装って接するのが無意味に思えて来たので、仕方なく素で話しかけてみる。

「わかんない。でも、なにか、しなきゃいけないことがあった、ようなきがするの」

 それはさっきも聞いた。というかそれって僕を見つけ出す事じゃないのかな? だとすれば対象が目の前にいるのに、忘れっぱなしってのもヘンだなぁ。


「だからおにいちゃん、わたしがおもいだすまで、いっしょにいて」

 小さい子供に上目遣いで『おねがい』される。ああもうこんなん断われるわけ無いじゃないか……まして女の子!

 はぁ、と息をついて一時降参する。ヤバくなったら全力で逃げ出すしか無いなこりゃ。


「私はカリナ。カリナ・ミタルパ」

「ふーん……ほんとうのなまえは?」

 ぎくっ。やっぱお見通しなのか、さてどうしよう。


「だいじょうぶ。ほかのひとはわたしがみえないか、さわれないかのどっちかだから」

 え……それは、どういうこと?

「おんなのひとはわたしが、おとこのひとはわたしにの」


 ぞくり、と背筋に寒い物がまた走った。この娘は……もしかして、のか?

「僕の、本当の名前は、ステア・リード。機械帝国の兵士だよ」

 意を決して白状する。最悪、この子をここで事さえ覚悟して。


 だけど返ってきた答え、それはある意味で想像通りで、別の意味で全く予想外の言葉だった。

「わたしのなまえは……


「え!?……それ、って」


 ナーナ。それは魔法王国での『魔力』を意味する言葉。


 女性が当たり前に使いこなして、男性には脅威の、そして羨望の力となって、でも力……。



 仕方なく出発を取りやめて、その子と森で一泊した。


 どういう事なんだろうか、魔法王国にはこんな子が大勢にるんだろうか。でもカリナ達からはそんな事は聞いていない。

「おんなのひとは、わたしがみえない」

 そう言っていた。なら仮にこういう子がいっぱい居ても、魔法王国の魔女たちには見えていない、ということなのか。


 隣ですやすや眠る不思議な少女。その顔を見ていると、神話にある天使か何かを想像させられる。

 それは同時に、この魔法王国の、いや、世界の深淵にすら手を突っ込んでいるような怖さと、そして好奇心の両方を掻き立てられる。

(ばかばかしい、こんな……子供が)


 頭を振って毛布をかぶる。そう、明日からは旅の遅れを取り戻さなきゃいけない、速く寝て明日に備えよう――


     ◇           ◇           ◇    


「何、コレ……鳥?」

 機械帝国の町工場(って言うらしい)に案内されたカリナがそこで見たのは、まるで鳥のようなフォルムを持つ大きなだ。左右には翼が広げられ、中央部分は鉄がまるで骨のように組み上げられている。


「今度のコンテストに出す機械だよ」

「え……こんてすと?」

 何その言葉。何かイベントみたいなもの?


「えー? おにいちゃん、へいしさんなのにしらへんの?」

「帝国の兵士さんが知らないわけ無いやろ。今度首都で開催される飛翔大会じゃよ、優勝すれば首都ドラゲインに工場を出す権利が得られるんじゃしのう!」


 え、そんなのあるんだ。じゃあ、これってもしかして、


「エンジンを軽くする技術が欲しかったから、アンタが車で来てくれて助かるよ。頼む、明日一日でいいから、このエンジンじっくり見せてくれんかのう?」


 そう言って両手を合わせるお父ジャッコさん。ああなるほど。私の乗って来たバギーカーに興味津々だったのはそういう事情なんだ。この二人はココで機械の仕事をしてて、この発明品でその大会の優勝を目指してるんだ。


 どうしよう。本当なら道草を食わずに、ちゃんと仕事だけ果たして正体がバレる前に帰りたい。

 でも、今は首都に近づくことに何か怖さを覚えていて、一日くらい間を置いた方が私にとっていいような気がする。


 それに、ここで一日滞在して、この機械帝国の人と一緒に過ごすのもいいかもしれない。私は本当は魔女で、帝国の人の考え方や生活なんかを見聞きするのが本当の目的なんだし、旅で足早に過ぎ去るだけじゃ、しっかりと彼らを知ることは出来ない。


「一日だけですよ」

 そう言うと、ジャッコさんおとうさんギャラン君むすこさんが「やった!」「イェイ!」とハイタッチを交わす。ううん、やっぱ親子だなぁ。



 翌朝、目を覚ますとなんかクサリのようなもので、バギーカーのエンジンっていう機械がガラガラと吊り上げられていた……ひぇっ、なんか生き物から心臓を引き釣り出してるみたいで怖いんですけど。


「あ、おはよー、おにーちゃん」

「もうエンジン外せたぞい。下ろしたら飯にしようや」


 輪になった鎖を一方に回して吊り上げ、逆に回して下の台に下ろす。なんでも『チェーンブロック』っていう、重い物を持ち上げる為の機械らしい。

 王国なら重い物は無理に持ち上げずに、その周辺から変えて行くものなんだけど、本当に向こうとこっちじゃ考え方が全然違うんだなぁ。さすがというか何と言うか。


「ふむ、フレームのほうもだいぶガタが来とるの。ついでに補強しといたるわい」

 ジャッコさんがエンジンの無くなったバギーカーを覗いてそう話す。外さないと分からない事もあるみたいで、そういう意味では良かったのかも知れない……

(ちゃんと元通りになるんでしょうねぇ)

 そんな一抹の不安が頭をよぎるけど、自信満々な彼らに任せるしかなさそうだ。


「「頂きまーす」」

 朝食はパンと豆のスープだった。昨日食べた首都寄りの味の濃いご飯とはまた違って、素朴な味が私には合っていた。

 昨日までは帝国がなんか怖かったけど、この親子はそんなイメージが無かった。だから、私は……もっとこの二人と仲良くなりたいと思って、思わず言葉を発した。


「あの、機械の整備、私にも教えてくださいませんか!?」


 私のその言葉に、親子は目を丸くして固まり、やや置いて言葉を返して来た。

「にーちゃん、なんか言葉遣いが……ヘン」

「まるで首都にいる女の人のような口調じゃのう、憧れておるのか?」


 しまったあぁぁぁぁ! が出ちゃってた!!


 ま、まぁジャッコさんは(若いのう)とニヤニヤしながらスルーしてくれたんで良かったけど、ギャラン君はなんか私を見る目が少し低い評価になったような気がする……



 こうして私は、今日一日をこの『マグガイア工房』で過ごすことになった。

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