第63話 魔法王国と機械帝国が仲良くなる、たったひとつの方法

 (む、いかんな……余としたことが)


 機械帝国皇帝エギア・ガルバンスはふと、あの中州で行われていた三文芝居に対して、拍手を送っていた自分を否定した。

 あの小さな子供達、我が帝国男子に魔法を教えてくれたナーナなる少女達が嬉しそうに拍手していたのに、つい釣られてしまった。


 だが、あれを見た以上ケジメはつけなければならん。どこまでが事実でどれが嘘なのかは分からぬが、ともかく810の兵士達やアトン大将軍が敵の魔女達と通じているなどと喧伝されては、皇帝として看過できぬ問題だ。


 立ち上がり、玉座戦車メガリアンの下にいる大将軍に声をかける。


「アトン大将軍……んんっ?」

 なんだ? 違和感が怒涛のように押し寄せて来た。こ、これは……


(ま、魔女、だと!???)

 眼下に居たのは我が帝国の精鋭たちではなく、なんと全員がワンピースにトンガリ帽子を被った魔女達ではないか……何が起こった?

 これは幻影か、それとも奴らの転移魔法で、皇帝たる余の誘拐を目論んだのか!?


「げっ!? な、なんだこれはっ!」

 自分の手を見る。皇帝の威厳を保つために連日鍛え込んでいた腕はまるで幼子のようにほっそり痩せ細り、手の平や指や爪はまるで女子のようにしなやか……だ。

 そもそも自分が踏みしめているメガリアンの装甲からして鉄ではなく、木組みの御輿ではないか……まるで魔法王国の女王、リネルト・セリカの乗るあの輿のような!


 改めて自分の体を見下ろす。体ごと華奢になったその身は青紫のワンピースに包まれており、足元のメガリアンのはずの輿には魔法王国王室の紋章がデカデカと描かれている。


「こ、これは……まさか……」

 両手を自分の頬に当てる。立派だったヒゲは無く、小さなツルツルスベスベのほっぺを手の平が撫でる。後ろ髪を掴むと、それは左右で三つ編みにされていた。自分の自慢の赤毛ではない、まるであのリネルト・セリカのような黒い髪の毛!!


 ――えええええっ! 俺がカリナになってるうぅぅぅぅ!――

 ――私とステアが入れ替わってるうぅぅぅぅ!?――


 ついさっき見た三文芝居。その馬鹿馬鹿しい一節が頭をよぎる。まさか、まさか……


 その震える手を、我が頭上にゆっくりと持っていく。頭の上に載っているそれを手にして、手の感触で形を確認しながら、おそるおそる目の前に持って、来る。


 果たしてそれは、歴代魔法王国女王のみが冠する事を許されたであった。


「よ、余が、余が……魔女王になっておるうぅぅぅぅぅぅ!?」


    ◇           ◇           ◇    


(いいなぁ、ああいうの)


 魔法王国女王リネルト・セリカは遠目に少年少女のお芝居を眺め、それに拍手する小さな精霊につられて拍手しながら、その光景を羨ましいと思っていた。


 女王セリカ一族。かつて男性を否定して女性のみの世界を作ろうとした私の先祖は、魔法胎樹による女性のみの世界を作り出した。そしてその力を持って、代々女性だけの王室を継続して行った。


 そんな一族のタブー、それは。女性の自立を阻害する、異性への想いに溺れる愚かな行為。

 それはリネルトにもよく分かっている。ただでさえ国内の女性には男性にトキメキや性的な願望を抱く者が多いのは分かっている。だから女王たる自分は男性への欲を断ち切り、女性国家のあるべき姿を見せ続けなければならないのだ。


 女王でありながら、化粧することすら許されない。己の美しさを示す事を異性に対するアピールとして忌み嫌い、自然のままにあるべきとの建前によって……


 女王でありながら、


「はぁ……」

 マニキュアすら許されないその手を、爪先を、見て……


「うえぇえぇえぇええええええええええっ???」


 人生で最大の絶叫を、野太い声で発した。


「な、なにこれ、この物凄く太い指、っていうか声! 私いつからこんな雷みたいな声にいぃぃぃ!?」


 がたっ! と立ち上がる。その体は力感に溢れており、体感が大木のように体の芯を貫き支えている。

 身に纏っていたはずの魔法衣は、いつの間にかゴテゴテと飾られた軍服になっていて、機械帝国皇帝の象徴である赤いマントがはらり、とたなびいて目に止まる。

 ガツン! と踏みしめた御輿はしなやかな木ではなく、ゴツゴツとした鉄板だった……


 そして下にいた魔女たちが全員、屈強な帝国兵になっていた。


「きゅうぅ~~」


 可愛いポーズと、全然可愛くないボイスを発しながら、気絶してその場にぱたり、と倒れ込む……、エギア・ガルバンス(魔法王国女王、リネルト・セリカ)。


    ◇           ◇           ◇   


 錯乱しているのは何も両国のトップだけではない。兵士達も、魔女達も皆、自分の見た目や周囲、そして今まで自分たちがいた場所と瞬時にして違う所にいる事、さらに帝国兵(中身は魔女)は、ついさっきまでは見えてなかった、大量に浮かぶ精霊のような少女を見止めて完全にパニックに陥っていた。


「ちょおぉぉぉぉ! 俺のムスコが無くなってるうぅぅl!」

「え、魔女の服? なんでンなもん着てるんだ俺、陛下の前だぞ脱げ脱げ……ぎゃあぁぁぁぁぁ!」

「ぐへへへへ……ええ乳しとるのう

「ま、まさか、今の劇で見たのが現実に!?」


「きゃあぁぁぁぁ、なんかヘンなのついてるうぅぅぅ!」

「あああああ……私おっぱいだけは自信あったのにいぃぃ、筋肉にぃ」

「てか何よあの天使みたいなの、すっごい数いるけど」

「ひえぇぇぇぇ! き、機械亀っ! いつの間にこんな至近距離に?」


 そう。このノシヨ川を挟んで対峙していた帝国兵と王国魔女。その全てが、この場にいる異性の誰かと、のだ。


    ◇           ◇           ◇   


「うーん、どうやら上手くいったようだけど……」

「ひどいカオスになってるわねー……やっぱ」


 川の中州にて。ステア・リードとカリナ・ミタルパは両岸の惨状を眺めて、寄り添いながら冷や汗を流していた。


 どうやら彼ら810の帝国&魔女チームが立てた作戦は上手く成功したみたいだ。ただこれからの後始末を考えると気が重い、果たして彼ら彼女らは状況を受け入れることが出来るんだろうか……


 と、帝国側(人の中身はほぼ全員が魔女)の方を双眼鏡で見ていたステアが「あ、いた!」と指差してひとりの人物を示す。双眼鏡を受け取ったカリナがその人物、アトン・シーグラム大将軍が両手で大きなマルを示しているのを見つける。


「ぷっ、あはははは! 聖母様、アトン大将軍と入れ代わったんだ」

「縁が深い人と入れ代わる、って言ってたからね。昔からのライバルだったみたいだし」


 顔を見合わせてコロコロ笑い合う二人。少なくとも今この時、悲惨で血なまぐさい戦争は完全に回避できたんだ。


    ◇           ◇           ◇   


 数日前。ナーナが世界中に解き放たれた後、両国が戦争を本格化させるために援軍を送る旨を伝えられた810の面々は、いよいよ両国のバランス関係も終わりを告げるのか、と絶望に苛まれていた。


 戦争。お互いが憎しみ合い、殺し合う惨劇。主義や正義を掲げ、人の平穏や未来を奪う愚行。

 この810で食い止め続けて来たその悲劇が、足音を立てて迫って来るのだ。


「アトン大将軍からの通信です」


 もう止められん、貴様らの好きにするがよい。というのが彼からの最終通信だった。もう彼の立場でも戦争は止められないから、こっちはこっちで好きに動けと言う、行動の自由を認め、自らへの責任を取る事を義務付ける命令。


「なんでそんなに戦争をしたがるのかなぁ」

「ホント、私達みたいにお互いが入れ替わって、相手の国に行ってみたらいいのに」


 ステア(体はカリナ)とカリナ(体はステア)が何気なく発したその言葉に、周囲の魔女、兵士、そしてナーナ達までもが「あ!」と固まり、二人をじーっ、と見続ける。


「「「それだ!!」」」


 二人を元に戻す魔法、というより二人の男女の心を入れ替える魔法『交わる魔法ルナ・トーキス』はほぼ完成していた。だが元に戻ればステアにもナーナが取り付くだろうし、カリナにはナーナが見えなくなる。

 せっかくナーナという脅威から脱している二人を元に戻しても、事態は好転しないのだ。


 だけど、もし戦争に来た帝国兵や魔女たちを入れ代えてお互いの国に行ってもらって、その本当の姿を知ってもらう事が出来たら……きっと戦争なんてする気は無くなるだろう。


 しかし『交わる魔法ルナ・トーキス』は術者自身が使う魔法だ。まさか王国からやって来た大勢の魔女ひとりひとりにそれを収得してもらい、お相手の帝国兵に「入れ替わってね」なんて頼む訳にも行くわけがない。


「それなら『共鳴魔法ツーカーシェーカー』を使えばいいですよ!」


 目を輝かせてそう発したのは、王国からナーナの研究と称して810に来ていた四聖魔女(男)リリアス・メグルだ。

 その魔法は元々は魔法を使える者が使えない者の魔力を共鳴させて、両者が同じ魔法を同時に使えるというもの。幼い子に初めて空を飛ぶ感覚を掴んでもらったり、複数のゴレムを数人がかりで手っ取り早く生み出すために使われる魔法だ。


「で、でもそれでもせいぜい5~6人でしょ? 両国から一万人以上の兵が来るのよ」

 ワストの意見に皆が沈黙する。が、リリアスは指を立ててちっちっち、と振り、ステア(体はカリナ)のほうに向きなおって言う。


「いるじゃないですか、一人。ケタ違いの魔法のキャパを持つ人が」

「あ! ハラマさん!!」

 いた! 適任者が。

 あの魔法の森でも正気を保ち続け、大量のナーナを生み出し続けた彼女なら、もしかしたら!


 全員ががたがたっ! と席を蹴っ飛ばして立ち、そのプロジェクトに向けて動き出す。


 課題はまず、帝国と王国の全員を範囲に包むほどの広大な共鳴魔法ツーカーシェーカーの魔法陣を生み出す事だ。それには魔力を溜める器が底なしの才能を持つハラマ・ロザリアの協力が必要不可欠だった。

 で、彼女はというと、あわや人類絶滅に手を貸しかけていた事への反省から、快くしぶしぶ協力を引き受けてくれた。


 そして隠し村にも協力を要請する。魔の森から魔力をハラマの元に届けるには、男女が手を繋いで一本の長い長い送魔線を作り、膨大な魔力をハラマに送り届けるしかない。

 その為に必用なのは大量の人員だ。世界の運命を賭けた舞台に、村の人たちは喜んで協力してくれた。


 帝国兵が出来るだけ魔女の進行を押しとどめ、帝国の援軍到着と呼吸を合わせてノシヨ川を挟んで対峙させ、そこにハラマが全員を巻き込む共鳴魔法ツーカーシェーカーを仕込んでおいて……。


 縁の深い男女の体と心を入れ替える魔法『交わる魔法ルナ・トーキス』を使う。勿論術者はステアとカリナ。それを共鳴魔法ツーカーシェーカーで共鳴させて、その場の男女全員をそっくり入れ替えてやろうという、どこまでもトンデモない計画だ。


 でも、もしこれが成功すれば戦争など起きない。そりゃそうだ、んだから。


 その為にこのさい隠し村の存在をハデな演出を込めて明かし、そこから村人たちに鼓笛隊にかこつけてハラマに魔力を送る人の綱を作ってもらう。

 同時にステアとカリナには、二人の今までの経験を劇として演じてもらい、両国の目を引き付けておいて、全員の注目を集めた所で交わる魔法ルナ・トーキスを使って、二人だけは元の体に戻り……


 同時にその場の全員を、性別の違う相手と入れ代わらせたのだ。


 ちなみに隠し村の人たちも何人かは共鳴魔法ツーカーシェーカーの魔法陣の中にいた。両国ほぼ一万人ずつとはいえ、完全に同数になるわけもない。なので魔法陣が一番効きにくい端っこの方に男女何人かいて貰って、端数の調整をしてもらっていた。



 かくして作戦は大成功。このエリア810で戦うフリをしていた精鋭たちは、ついに誰一人殺すことなく、両国の戦争を止めて見せたのだ。


    ◇           ◇           ◇  


「やってくれたなぁ、見事だステア・リードよ、カリナ・ミタルパよ、このワシが予想も出来ん事をやってくれたなぁ、がっはっはっはっは!」


 魔法王国側で豪快にそう笑うのは、かつて死闘を演じた『黒衣の魔女』マミー・ドゥルチの、アトン・シーグラム大将軍その人であった。

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