第65話 魂の無い人間
夜、満月を過ぎた月明かりが照らす森の湖畔にて、ナーナはその月光を受けてキラキラ光る金緑色の髪をなびかせながら、僕達に話し始めた。
「わたし、このほし」
「……星?」
「うん。ずっとずっとむかしから、まだにんげんがいないときから、ずっとここにいる」
地面を指してそう言うナーナに、思わず顔を見合わせる
「アース、って言われてる、この星の事?」
「うん、そう」
「ふぇぇ……アースさんなんだ」
目を丸くしてカリナが答える。僕も多分、彼女とおんなじ顔をしてると思う。
この大地が、空に光る太陽や月と同じような、いわゆる天の星なのは古来よりの科学者や占い師によって証明されている。
いくらなんでも荒唐無稽な話だとは思う。でも同時に不思議な説得力も感じられる。
見た目はただの幼い少女だけど、確かにその存在は特別な感じだ。
「わたし、みてきた。ひとがうまれるまで、ひとがうまれてから」
ナーナは語る。見た目の幼さに相応な口調で、幼子らしからぬ知識で、このアースの歴史を。
星の誕生、生命のはじまり、水と大気の物語……そして、動物の進化の果てにある、僕達にんげんの物語。
「ひとつのいきものが、ながいあいだいきると、ずっとそのまんまになっちゃう。だからわたしは、いのちにふたつのかたちをあたえた」
それは、幼い見た目のナーナの言葉とは思えない、生命の神秘の物語。
すなわち、おしべとめしべ、オスとメス。
そして、男性と、女性。
「ひとはふたりで、ひとつのいのちをうむ。えいえんにはいきられなくても、そうやって『じぶん』をずっとずっと、つないでいく」
「命のリレー、ってやつだね」
僕の言葉にカリナもうん、と頷く。
そう、僕もカリナも、そして810のみんなも知っている。本来の人間の営みはそうあるべきなんだと。
でも人類は今、その
僕もカリナもそうやって生まれて来た、いわばいびつな存在だ。そしてお互いの国を旅して、それがいかに歪んだ形かと言うのを確かに見て、そして感じて来たんだ。
「わたしは、そのいとなみがすきだった。でも……にんげんは、それを、すてはじめた」
ナーナが今までにない悲しそうな顔でそうこぼす。
その表情を見て、彼女がこの星だという事に納得がいく気がした。それは恋も性も知らない五歳ほどの幼子の言葉ではなく、人のあるべき姿を失った営みを憂う神様のようなものだったから。
「僕達も、今の世界は間違ってると思う」
「そうよ、私はステアと知り合えて本当に良かったと思ってるよ」
「それは……僕も同じだよ」
ちょっと照れるけど、それでも自信を持ってそう言えた。いつか僕とカリナも、あの隠し村のみんなのように家庭を持って、命の営みを先に繋いでいきたいと思ってる。
そして願わくば、世界中のみんなもそうなって欲しいと願ってる。
「うん。ステアにーちゃんとカリナおねーちゃんは、とってもいいよ」
ぱっ、と花が咲いたように笑いながらナーナがそう言う。理解してもらって良かった、と思った直後、今日この場でまた
「ねぇ、たましい、って、わかる?」
「え?」
その言葉に反応する僕とカリナ。魂って言えば、体に宿る精神のようなものだとは知ってるけど、改めて聞かれると明確な答えは出せない。
「にんげんのたましいは、うまれるまえから、おかあさんのおなかにいるうちに、そこにやどるの」
「え……
カリナが首を傾げてそう聞き返す。まるでその話に違和感を感じたように。
「どういうこと?」
「だから、男の人の種が女の人の体に『宿って』赤ちゃんになるんでしょ? つまりお腹の中の赤ちゃんって、外から入って来たって事じゃない」
うん。まぁそりゃそうだ、でもそれがどうしたのかな?
「魂も『宿る』ってコトは、その胎児が持ってるものじゃなくって、外から入って来るってコト!?」
「あ! 確かに……」
魂って言われて、それはその人だけの生まれ持ったものだと思っていた。でも、もしその魂が、赤ちゃんそのものではなく、他のどこかから飛んで来て宿ったものだとしたら……?
「そう。だから、ステアにーちゃん、カリナおねーちゃん」
ナーナが表情の無い顔で僕たちを見つめ、そして、続きの言葉を繋ぐ。
「ふたりは、たましいのない、にんげん」
それはまるで宣言のように、僕とカリナの体を、ごぉっ! と駆け抜けた。
「しんだひとからはたましいがはなれ、やがてべつのおかあさんのおなかのなかにいるあかちゃんにやどるの。でも……たましいは、ちゃんとしたおかあさんのおなかのなかにいるひとにしか、やどれない」
「人口、胎内装置……じゃ、ダメなんだ」
「魔法胎樹、も、宿れないの……じゃ、私は、私たちは、なんなの?」
冗談じゃない! 僕にもカリナにも意志がある、心がある、想いがある。なのに僕達には、魂が無いっていうのか?
「もちろん、ふたりだけじゃない。いまのせかいにいるひと、ほとんどがそう」
そうだ。今の世界はほとんどがそうやって生まれて来た……俺も、カリナも、810のみんなも、そして……世界中のほとんどの人たちも……
魂 の 無 い ニ ン ゲ ン 、だって言うのか?
「ちょっと待って!」
カリナが何かに気付いたような声を上げる。
「じゃあ、人が死んで、その魂が、その人の体から離れて……新しい赤ちゃんに宿る事が出来なかった魂は、どうなったのよ!!」
そうか! 俺達が魂の無い人間だって言うなら、死んだ人から新たな体に宿れない人たち……いわゆる輪廻転生できなかった魂は、どこにいったんだ!?」
「それが……」
ナーナはふっと顔を伏せ、両腕を下ろし、そして……
――それが、わたしいがいの、なーな――
天に向かって手を、顔を上げた。
「「……っ!」」
その夜の空に、まるで星々の瞬きのように……ナーナ達が、空を埋め尽くしていた。
「い、いつのまに!?」
「……このナーナ達ぜんぶが、生まれ変われなかった、魂だって言うのか?」
人が正しい
◇ ◇ ◇
「さいしょは、しってほしかったから。ひとつのたましいをつかって、なーなのすがたにしたの」
彼女は語る。正しい生物の営みを無くしつつあった人類に、
だが同時にそれを止めようともしたみたいだ。魔力と同じ力を男性にも使えるようにする能力を持つ
そしてそれを魔法王国の稀有な少年に憑り付かせ、魔法が人の種を殺す事に気付いてもらうように、と。
「それが……ミールさんとダリルさんの、生まれて来られなかった子供……」
「そう。あのりりあすにーちゃんについていた、あのナーナ」
でも結局、リリアス君もそんな事実に気付くことは無かった。なのでアース自身もまた一人のナーナとして具現化し、カリナの体と入れ代わった僕と出会ったんだ。
人類を滅ぼすために、人類に過ちに気付いてもらうために。
「じゃ、じゃあ……ナーナの見た目が全員同じ女の子なのって?」
「うん。さいしょのなーなが、もしうまれてたらあのくらいのおんなのこになるはずだった。だからあとのなーなも、わたしも、みんなおなじすがたにした」
そういうこと、だったのか……この夜空を埋め尽くすナーナ達は、生まれ変わりが出来ずにこの世に漂い続けている人の魂が、少女の姿を取っていたものなんだ。
「でも、どうしてあなたは、人間を滅ぼそうとしたのに、逆に助けようともしたの?」
そうだ。カリナの言う通り、ナーナの人類撲滅は徹底していない。それどころか、どこかで人類に過ちに気付いてもらって、更生して欲しいような意志を感じる。
「それはね……ふふっ」
不意に満面の笑顔を見せたナーナが僕の目の前に、そしてカリナの目の前に飛んで行って、両手を大きく広げて、その言葉を発した。
――わたしはね――
その言葉を聞いたと同時、夜空を埋め尽くすナーナ達が一斉にまばゆい光を発して、世界を白い光に包んだ――
◇ ◇ ◇
小鳥のさえずりが聞こえる、頬を柔らかく暖かい光が優しく撫でる。
「あ、あれ……寝ちゃってた、のか?」
森の湖のほとりで、僕は朝日を受けて目を覚ました。なんで、僕はこんなところにいるんだろうか……。
「あ! そうだ、カリナっ!」
「……ふえ? あ、ステア……おはよー」
あくびをしながら、隣に寝ていたカリナが起き上がって来る。
お互い目をぱちくりさせて見つめ合い、そして……思い出した。なんで僕たちが今ここに居るのかを。
「えええええーっ! 私達、寝落ちしちゃったのぉーっ!?」
「あああああ~、今日からまたしばらく会えないってのにーっ!!」
何て事だ、なんてこった! 今日からお互いの国へのツアーだってのに、夕べはエッチすることも出来ずに寝落ちしちゃったのか……そりゃ確かに準備で疲れてはいたけどさぁ、不覚だーっ!
「あーん! い、今からする? 急ぎ足になっちゃうけど」
「時間っ、げ! あと八分で集合時間だよ、あかん、無理だ……」
「ふえぇぇぇぇん、私たちのバカーっ!」
不甲斐なくも寝落ちした自分たちを嘆いてのたうつ少年と少女を、はるか上空からひとりの少女が、妖精が、
夕べ二人に告げた言葉を、心の中で反芻しながら。
――わたしはね、ふたりみたいな『かっぷる』が、だいすきなんだよ――
――いつか、ちゃんとした『たましい』を、やどらせてね、ふたりで――
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