ふたりの旅
第15話 ワタシとアナタのサイナンのハジマリ
まどろむ私の耳を、小鳥のさえずりがくすぐる。
ああ、もう朝かぁ。できればもっと夕べの余韻に浸っていたかったけどなぁ。
私、カリナ・ミタルパは、けだるく力の抜けた体にごろんと寝返りを打たせて、彼の体温を感じる方に体を向ける。
(いやー、夕べは燃えたなぁ♪)
目を閉じたまま思わず含み笑いをする。そう、私は夕べここで愛しのステア・リード君と、めくるめく初夜を迎えたの。魔女衣装を脱いでも意識だけは保てたまま、ただただ彼と求め合った。
まさか私が男性と一夜を共にするなんて、世の中何があるか分からないものね。
そろそろ出勤しなければいけない時間かも。一緒にいる時間が終わるのは未練があるけど、また次のお楽しみが増えるからまぁいいかな、と薄目を開ける。真っ先に視界に飛び込んできたのは、隣で寝ている人のおへそだった……
(あれ、腹筋は?)
至近距離で見ているせいなのか、それとも彼も疲れたからなのか、夕べに何度も見た立派な
視線を上にずらして、私は見なれたモノを見て思考が止まる……
「おっぱいぃっ!?」
えええええええ!? 彼の胸になんでかご立派な双丘がてんこもりになってるじゃないの、何これナニコレ、男の人ってエッチしたあとにおっぱい大きくなるの?
って、これ絶対ステアじゃないよ! 女の人だよ!! なんか妙に色白だと思ったら……誰よこんなタチの悪いいたずらしたのは!
上半身だけ起き上がり、未だ寝てる女性を見る。あれ? このヒト、知らないけど……知ってる人だ。
え、あれれ? えーと、その……誰だっけ。
「う。うう~ん」
と、その女の人がうめいて両手を上にあげ、寝転んだまま全身で一杯の伸びをする。そしてその腕を振り下ろす反動でぐん! と体を起こすと、こっちを向いて笑顔で話しかけてくる。
「おはよ、カリナ……え、誰?」
しばし上半身を起こしたまま、呆然と見つめ合う、私と謎の女の人。
「あの、あのっ! ステア君……私の彼氏はどうしたんですか? なんであなたが隣にいるの!」
冗談じゃない。この女がどんなつもりでステア君を隠して、こんなイタズラを仕込んでいるのか知らないけど、せっかくの彼との爽やかな目覚めの朝を返してよ!
「え、ええええっ!? 僕はお前なんか知らないよ……僕が好きなのは、カリナだけだ! 男に興味なんかないッ!」
「「え?」」
怒鳴り合った後、違和感に気付いて同時に声を上げる。なんでこの人、自分を『僕』だなんて、男みたいな口調で……それに、なんかまだまだ違和感が?
最初に謎の女が立ち上がり、私も体を起こして立つ。その時だった……全裸のハズの私の下半身に、何かが巻き付いて、いや、ぶら下がっている感じがしたのは。
「なっ、何じゃこりゃあぁぁぁぁぁっ!?」
私が喉元まで出かかった言葉を目の前の女に先に言われた。見ると彼女は自分のおっぱいを両手で包んで、それをぐりぐりしながら驚愕の表情でタップダンスしている。
私もそれに習って、ぎぎぎ、と首を下に向ける。何故か普段より高い目線、そして、足元までの視界を遮るはずの私の胸は、どういうわけか筋肉質でフラットな胸になってしまっていて……その下の股間には、なんかご立派なものが生えてるじゃない!?
「ええっ! 何なに? 私の体、一体どうしちゃったの?」
首をぶんぶん振って自分の体を見回す。そう、私の体が男の人になっちゃってるじゃない!
いつもなら首を振ったら視界に入る金髪も全然見えない、第一なんかいつもより体の色が黒いし、声だってやたら低い、何これ、なにがどーなってるのぉーっ!?
「そうだ、湖っ!」
「あ、そうか。水鏡」
すぐ側は湖のはずだ。そこに行って自分の体を映せば何かわかるかもしれないと、私と謎の女は湖畔の縁にダッシュして、そして居並んで水面を覗き込んだ。
そこに映ってたのは、まぎれもなく……カリナ・ミタルパと、ステア・リードだった。
あー、そうか。見た事無いけど知っている女の人だと思ってたら、なんのことはない、私じゃないの、この人。
で、水面に映っている私は……ああ、やっぱカッコイイなぁ、ステア君。
「「ええええええええええっ!? 入れ代わってるうぅぅぅぅぅっ!?」」
◇ ◇ ◇
魔女の本拠地『魔樹の館』にて。事情を話した私たちの状況を把握すべく、帝国側の兵士と王国側の魔女ほぼ全員が集まって、私とステア君の入れ替わりを検証する。
「第四小隊の兵站担当ゴルバさん、砲手のライキさん、第七小隊副隊長のシンバさんに、歩兵のドナルゲン君……」
私の姿をしたステア君が、居並んだ帝国の兵士さんの名前と役職を次々と言い当てて行く。
「母なる~
ステア君の姿をした私が、魔法王国の讃美歌を一字一句間違わずに歌い上げる。魔女なら誰でも知ってる歌だけど、帝国兵がコレをフルで知ってるはずもなく……
「うわ、すっごい違和感」
「マジで、ステア君の中にカリナが入っちゃってるの、よね?」
二人が入れ替わってるという証明は割とあっさりできた。私が帝国兵の皆さんの名前を知ってるわけもなく、ステア君が魔法の讃美歌を歌えるはずもない。
「本当にステアかよ、可愛くなっちゃってまぁ」
「こんな事があるんですか、魔法って」
帝国の指揮官であるイオタさんが、イスに座って水晶玉を見ている聖母マミー・ドゥルチ様にそう問いかける。応えて聖母様はメガネをくいっ、と上げ、ため息をついて話を切り出す。
「魔法が生まれてまだ百年余り……まだまだ未知のものがあるとは思っていたけど」
そこで言葉を切って、私たちを見て「ぷぷぷっ」と笑う聖母様。笑い事じゃ無いってばぁ!
「あなたたち、夕べはお楽しみだったのね」
「「ぎくっ!」」
そんなの公表しないでくださいよ~。ほら、ステア君が私の姿で真っ赤っかになっちゃってるし……私も顔が熱いよ、いつもとはちょっと違う感じだけど。
「はじける際に、どんな事を想った?」
「「なんてこと聞くんですかあぁぁぁっ!」」
二人同時に抗議する。ちょっと聖母様、みんなの前で何を言わせる気ですか!
ほら、周囲も魔女たちが大笑いしてるし、帝国兵さん達はヒューヒューはやしたててるし、もう、恥ずかしい!
と、ぱんっ! と柏手の音が響いた。聖母様のその打掌音に、全員がびくっ、と反応して声を止め、周囲が静寂に包まれる。
「正直に答えなさい。あなたたち、『相手を私のモノにしたい』とか『身も心も貴方に捧げたい』とか思わなかった?
……あっ。
確かにそうだ。私は夕べ彼と繋がって達する時、身も心も彼のものになりたい、なんて思ってた。
「僕は……心の底から『カリナが欲しい』と、確かに思いました」
「なるほどね。二人のその強い想いに応えた
「「ええええええええっ!?」」
魔法が世に現れてまだ百年余り。この未知の力にはまだまだ知られざる効力があるって言われてはいるけど、まさか、まさかこんな事になるなんて。
「ど、どうすれば……戻れるんですか?」
ステア君(姿は
「さぁ、しばらくは検証と研究が必要かもしれないわね。新たな魔法が生まれる時には、たいていこの手の騒動が起きる物だから」
「「そんなぁ~」」
私と彼の声がハモる。もしこのまま元に戻らなかったら……私は帝国兵として生きて行かなきゃいけないの? なんかこの体になってからは魔法も一切使えないし。
「そうだ、いいコトを思いついたわ!」
ぽん、と手を打ってそう発したのは私のチームのリーダー、リーンさんだ。
「え、何か名案があるんですか?」
そういう私には反応せずに、リーンさんはステア君(見た目は私)に詰め寄ると、人差し指をちっちっち、と振って、小悪魔的な笑みを浮かべてこう言った。
「ね、ステア・リード君。いちど魔法王国に行ってみたくない?」
ざわ、と全員が一斉に沸き立った。帝国兵が魔法王国に行くなどまずありえない、余所者の男性が都市をうろつけばたちまち発見されて逮捕され、素性を明かされた後に手厚く監禁されるだろう。
でも、今のステアなら、見た目が私なんだしバレないかも……って、どーしてそーなるの! リーンさん楽しんでない?
「面白いなそれ。ちょうど帝国側も試作兵器のレポートを向こうに伝えなきゃいけないし……カリナさんに行ってもらおうか」
「ええええええええっ!?」
わ、私が……機械帝国に? 無理無理無理無理ぜったい無理ーーーッ!!!!
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