第14話 湖畔のふたり
東の空に満月が姿を現す。それと同時に今日もこのエリア810で、魔法王国の魔女と機械帝国の兵士が苛烈な戦闘に突入する!
「第三、第四小隊は左翼に展開、第七から第九小隊の戦車、主砲、放てッ!!!」
ドンドンドォン! と雷のような大砲の音が夕闇に響き渡る。やや遅れて着弾したそれが赤い火の花を咲かせ、周囲に散らばる魔女たちの悲鳴を伴った轟音が鳴り響く!
「ミナドリの方角に伏せてあったゴレム、出番よ。しっかり暴れていらっしゃい」
「はいっ! ヨイ、ヨイ、ヤァーッ!!」
◇ ◇ ◇
「では、今日も無事に戦闘を終えた事、三名の
「「かんぱーいっ!!」」
満月が天頂に輝く頃には、すでに戦闘を終えた王国魔女と帝国兵が、例の地下集会所に集って、今夜の戦闘ゴッコの成功を祝うパーティが催されていた。
今回戦死者扱いでここを引退し、隠し村に所属を移すのは三人。魔女側の第六チームリーダーと第二チームの看護師、そして帝国側の第十小隊の兵站係の人だ。
それぞれが向こうに行った後の生活、仕事がすでに決まっており、これからの未来に向けての準備はすっかり整っていた。三人は無事、晴れの門出を迎えることが出来たのだ。
半月前のアトン大将軍の査察が、思惑以上の形で大成功を収め、こちら側に取り込んだ彼が帝国政府にエリア810への専属査察官を希望した結果、あっさりと認可を取れたことが、さらに明るい話題となっていた。
なんでも平民出身の彼は、本国では貴族の偉いさんに邪魔者扱いされていて、この最前線に釘付けになるなら願ったり叶ったりだと、あっさりと許可が下りたらしい。
そしてそれはここの秘密を知り、それを秘匿するのに協力的なアトンがここと帝国との唯一のパイプになる事で、機械帝国本国に一切の事情が漏れるのを防いでくれることに他ならない。少なくとも帝国側にここの秘密が漏れる心配はぐっと減ったのだ。
元々、魔法王国側のほうも三年前にここに赴任した聖母魔女マミー・ドゥルチを説得し味方につけた事で、ここの秘匿がより上手く行くようになっている。なので今回の査察の成功は、帝国と王国の両方に対しての安心感を得られた事となったのだ。
「まさか、ここに来て一カ月でこんなに自分の中の世界が変わるなんて、思ってもみなかったよ」
「ホント、私がまさか男の人と一緒にゴハン食べてるなんて思わなかったわ」
僕、ステア・リードも、同期の魔女さんカリナ・ミタルパと一緒にグラスを傾けつつ、料理を味わったりしている。
ほんの一か月前まで、僕は一生女性に縁がなく、結婚なんて夢のまた夢だと思ってた。でも、一縷の望みを託してやってきたこの戦争最前線で、まさか好きな
そしてそれはカリナも同じらしい。あの日、森の泉で出会った僕たちは一目でお互いに魅かれ、そこからここのタネ明かしを聞かされて、それから公私共にお付き合いが始まったのだ。
ただ、二人の関係はまだ、キス以上は進んでいなかった。
「ね、抜け出しちゃおっか」
ちょっとほろ酔いになったカリナが、そんな事を言い出した。
「どこに?」
「どこでも」
えへへと笑って僕にせがむように迫る彼女、ああもう可愛いなぁ本当に。
正直そんな彼女を自分のものにしたい、という欲望が無いわけではない。というかむしろそればっかり考えてしまうんだけど、どうしても今までの15年の人生とのギャップがあって、あと一歩が踏み出せずにいたんだ。
この地下広場、先日のアトン大将軍の査察の際に、実は男女がイチャイチャする秘密のお部屋がある事は知ってるけど、さすがにそこに彼女を誘う気にはなれなかった……だってあからさま過ぎるし、第一既に満員みたいだし。
「じゃあさ、あの森の中の、初めて出会った泉。あそこに行ってみない?」
思わずナイスアイデアが口を突いて出た。そう、初めて彼女を見たあの場所は、僕たちにとって特別な場所だ。おりしも今日もあの日と同じ満月、距離を縮めるデートスポットとやらにはぴったりだと思う、多分。
「うんっ!」
満面の笑顔でうなずく彼女、どうやら大正解みたいだ。
魔女側の通路から外に出て、二人でホウキに相乗りして満月の空を飛び、その月夜を鏡のように映し出す、あの湖に到着する。
「うわぁ、改めて見ると、本当に綺麗だなぁ」
「うん、月の光が照り返って、すっごくキラキラしてる」
風のさざ波に揺れる水面が、月光を反射して輝きを放っている。ああ、あの時は生きるか死ぬかの戦いだったから、こんな綺麗な光景にすら気づけなかったのか。
と、カリナが僕を置いて、すぅっ、と飛んで行ってしまう。僕から20mほどの所まで浮き上がった彼女は、そこから金髪と魔法服を風になびかせ、両手を合わせて炎の呪文を、ぽっ、と灯す。
あ! そういうコトか。
僕はそのへんに落ちている棒っきれを拾うと、それを銃よろしく構えて銃口を彼女に向ける。足を広げて腰を落とし、本当の発砲時のように姿勢を正して彼女に狙いを付ける。
そして、彼女と僕は、同時に大笑いした。
「あはははははははは!」
「んふふふふふふふふふ……」
そう、初めて出会った時のシーンを再現した僕たちは、その時の事を思い出して思わずおかしくなった。確かに僕はあの時ここで彼女を『美しい』と思ったのだ。
そしてカリナも銃を構える僕を見て『カッコイいい』と思ってくれたらしい。本来殺し合う戦争相手に対して何とも不届きな思いだったはずだけど、結果的にそれが大正解だったなんて……笑わずにはいられない。
ふわりと降りて来たカリナが、そのまま僕に飛びつくように抱き付いてきて、そのまま彼女に押し倒された。
「
耳元で囁くように呪文を唱える彼女。と、急に周囲の草がざわざわと動き出し、僕たちの周りを、そして地面についた僕の背中を、柔らかく押し上げて行く。
「これって、植物魔法?」
「うん。野営の時に柔らかい草で、即席のベッドを作る魔法。ここにきて教えてもらったの」
月明かりを天井に、湖を演出に、そして地面をベッドにして今、僕は大好きな女性とふたりっきりでいる。
世界が、僕の背中を押してくれているみたいだ。
「ね、ステア。お願いがあるの」
「何?」
「私の、服……ステアに、脱がせて欲しい」
僕の腰の上に馬乗りになったカリナが、顔を赤らめて目を反らしながらもそう言って来る。
この魔力が濃いエリア810で、その魔力を制御する魔女服を脱げば、女性はいわば発情した状態になり、激しく男性を求めるだろう。
その衣を僕に脱がしてほしいと、彼女はそう言う。その意味を分からないほどさすがに僕も馬鹿じゃない。
「正気は無くさないでね。後で知らなかったっていうのは御免だよ」
「うん……頑張る」
彼女が服の裾から両腕を抜く。僕は彼女のトンガリ帽子をそっと外し、傍らに置く。
そして彼女のスカートの端を掴むと、そのままワンピースの服全体を首の上へと持ち上げて行き……そして、息を飲んだ。
以前は白い肌着に、ややぶかぶかしたパンツを履いていたけど、今日は胸にあの地下工房で見たフリフリの帯を胸に巻いていて、純白のパンツもずっと細い生地で、彼女の美しい肌に食い込むように収まっていた。
そして魔法着を首から抜いた時、その金髪が月夜にひるがえってなびき、後ろの湖の水面のキラキラを受けて、彼女の裸体を幻想的に照らし出す。
「えへへ、似合ってる、かな?」
「うん……すっごく、キレイだ」
身を起こして、彼女に座面で相対する。本当に掛け値なしの美しさを見せるカリナに、僕は負けじと座ったままで姿勢を正し、まっすぐに彼女に正対して、その顔を見つめた。
「本当に、キレイだよ」
「もう……知らないから、どうなっても」
そう言って僕の服のボタンに手を掛ける彼女。あ、そうか。僕はまだ服を着たままだった。
「あ、自分で脱ぐから、見てて」
その言葉に彼女は手を引っ込め、代わりにごくり! と唾を飲み込んで、目をうるませて僕を凝視する。
えーと……セリフ間違った、かな?
ジャケットを脱ぎ、シャツを開いて袖を外し、上半身裸になる。と、彼女も胸に巻いていた帯を外して、その双丘を露わにする……
そこから先は覚えていなかった。
ふたつ確実な事、それはこの日から、僕と彼女は結ばれて……
より、とんでもない事に巻き込まれて行く事、だった。
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