第13話 人の、世界の、自然な姿
その夜、聖母魔女マミー・ドゥルチ様の依頼に、私はここに来てから恒例となった悲鳴を、また吐くことになった。
「じゃあカリナさん、ステア君と一緒にアトン大将軍の接待お願いね」
「ええええええええっ!?」
明日からしばらく戦闘ゴッコはお休みで、その間帝国のアトン大将軍がこのエリア810をあちこち見て回ることになっている。なので帝国と王国から一人ずつ、彼を案内する担当が必要だそうだけど……
「私、ここに来てまだ10日くらいしかたってないんですけど……ステア君だって」
「だからいいのよ。あの大将軍と環境が近い人の方が、色々な面でね」
聖母様曰く、こっちに来て長い人間が付くと、どうしても大将軍の思考を誘導するような意図を持ってしまい、それをあの
責任重大だよ~、ステア君、頼りにしてますから!
◇ ◇ ◇
「ステア・リード一等兵です」
「カリナ・ミタルパ魔女見習いです」
帝国の野営地の前、すでに軍服をびしっ、と着込んで佇んでいる大将軍様に、私とステア君がそれぞれの礼を尽くす。
というか改めて対峙してみると、この人貫禄っていうか、威圧感がすごいんですけど。黙っているのになんか「ずうぅぅぅぅぅん!」とか言う空気のうなりが聞こえてくるみたいで……やっぱ怖い。
「うむ、では案内を頼もうか」
「「はいっ!」」
まずは私たちが
洞窟を抜け、やがて岩場から人工物の壁や床、天井へと変わっていく。ふーん、帝国側の入り口ってこんな風になってるんだ。
扉に突き当たり、そこで待機していたギアさんが「お待ちしておりました」と敬礼し、ドアに付いていたスイッチをパチパチパチ、と上げ下げしてロックを解除し、ドアを開ける。
「ふむ……隠れ家としては上等よな。我らが知っておる地下
「はい……自分も最初に来た時は驚きました。何か重大機密でもこの中にあるのかと」
ステア君がすらすらと案内してくれるんで助かる。さすがに私はまだ男の人にちょっと慣れ始めたばかりだし、こうまで格の高い人だとやっぱり緊張する。
「ふ、思い切り重大機密ではないか」
「……ごもっともでございます」
そんな会話をしながら、あのパーティ会場兼会議室に入っていく。
「こちらです、ここで日々の戦闘の打ち合わせを魔女たちと……」
ステア君の案内を無視してずかずかと中に入っていく大将軍さん。中にはリーンさんや他のチームのリーダーさん、帝国側の隊長さんたちが地図を広げてミーティングをしてたけど、こちらに気づいて立ち上がり、一斉にそれぞれの形で敬礼する。
「これはアトン大将軍、お待ちしておりました」
「明日以降の戦闘の打ち合わせをしてたんですよ、よかったら大将軍様のご意見も聞きたいですねー」
「そうそう、歴戦の勇者の将軍様なら、きっといいアイデアが……って、あ、あの?」
大将軍様が話しかける面々を無視して、部屋の隅にある荷物に歩みを進めると、そこに積んでいる箱を無造作に下ろし始めて、そして下から二番目、奥から二番目の箱に目星をつけて取り出し、フタを開けにかかる。
(ひっ、ヒェッ!)
(うっそ、なんで……ピンポイントで?)
顔をひきつらせた先輩方をよそに、開いた蓋から何本もの酒瓶を取り出す。
「ふむ、戦場で一杯やっておるのか……いい身分だな」
ギロリ、と視線を送る大将軍様に対して、ひきつった笑いを返す隊長さん達。というかあの箱って
「ふん、査察が来ると知って慌てて隠す場所など、大抵は同じものだ」
その言葉通り、正面のお立ち台の壁に張られた両国の旗を剥がして、その中にある空間からいくつもの暇つぶしアイテム……ボードゲームやカード類、サイコロに魔法で動くぬいぐるみ、楽器やクラッカーなどを次々と放り出していく。
次に部屋の隅の床に手をついてカーペットをひっぺがし、その下の板を持ち上げると、大量に並べられた本が出て来た。しかも戦略や戦術、政治の本の類じゃなくて、全部娯楽系の本、両国の漫画や気軽に読める小説なんかがひしめいている……
「「うわぁ……」」
私とステア君の呆れ声が思わずハモる。というか隠す方も隠す方だけど、見つける方も見つける方じゃないコレ?
「会議室改め、娯楽室であるな」
ふふん、と得意顔になる大将軍様に対して、各隊長やリーダーさん達は汗をだらだら流しながら、ひきつった笑いを返す事しか出来なかった、そりゃそうだよね。
しまいには本棚の奥にある数室の隠し部屋まで暴かれて、それぞれの部屋の中にベッドが設置されているのまで
◇ ◇ ◇
次の査察は反対側にある魔女の本拠地、魔樹の館だ。地下室じゃ散々だったけど、こっちは聖母魔女マミー・ドゥルチ様の指揮の元、チリ一つない状態に整理されているから、査察どんとこいな状態だ。うん、これで魔女の精錬潔癖さを示さないとね。
「ようこそ、アトン大将軍。ささ、お好きな所をご覧あれ」
玄関口で大勢の魔女を引き連れた聖母様が笑顔で出迎える。でも大将軍さんは「ふむ」と足を止めて考え込む。
「あらあら、女の園に踏み込むには純情すぎたかしらねぇ、帝国軍人さんは」
その言葉に、魔女のみんなが反応する。ある人は「ええっ?」と驚き、別の魔女は厳格そうな男の人の思わぬ純な面にクスクスと笑う。
ちなみにステア君は「女の園」と聞いて真っ赤っかになって顔から湯気を出している……もう!
「ご安心を。魔女とは清楚にして凛とした存在。貴方の国の言うような残酷でみだらな存在ではありませんわ」
そう、私たち魔女は男性に対しては常に凛としていなければいけない。万が一にも色気を出して誘惑などすれば『不埒者』のレッテルを張られてしまう。
「では、その館を少し動かしてもらえるかな?」
アトン大将軍の言葉に聖母様以下、全員がぴきっ! と固まった。
「あ、そうだ。この魔樹の家って動かせるんですよね! 一度見てみたかったんですよ」
ステア君もそれに追随する。そう、この館は一本の魔樹で作られていて、魔力を通せば根を足にして移動する事が出来るのだ。その様を二人が見てどう反応するのか楽しみ……
でも、なんでみんな青い顔をしているんだろう?
「ホホホ、お安い御用ですわ。では、向こうの空き地まで」
若干冷や汗をかきながらも聖母様が館に向き合い、入り口のドアについている紋章に手をかざして呪文を唱え、手から館全体に魔力を通していく。
「さ、動きますわよ。三人とも玄関までいらして」
根が浮き上がり、まるで昆虫の足のように地面を掴み、館全体が少しだけ持ち上がる。私もステア君と大将軍様を玄関までエスコートする。さぁ、見て下さいな。魔女の歩く本拠地を。
根が一歩、また一歩とあゆみを進め、館が移動を始める。
「え、アトン大将軍様?」
ステア君が驚いた声を上げるのと同時、なんと大将軍様が玄関から飛び降りて、地面にドン! と着地する。一体どうしたの?
「ひいぃぃぃっ!」
「や、やばぁ……」
「ええええええ、ちょっとおぉ!?」
後ろから魔女の皆の悲鳴が聞こえて来た。え、え? 何事??
地面に降りた大将軍様。そのまま館がもともとあった場所にずんずん進むと、そのまま真ん中の草をかき分けて、なにやら取っ手のようなものをひっつかんで……
ズゴッ!
と、地面から大きな扉を引っ張り上げた。
「ふむ、地下工房とはな」
扉の下に現れた階段を降りてみると、その中にはなんと作業場が広がっていた。こんなのあったんだ……でも。
「あの、大将軍様は、どうしてここを知ってたんですか?」
「隠したいものにはフタをするであろう。動ける館がそこにとどまっておるなら、その下は怪しいと思わんかね?」
私とステア君が顔を見合わせながら「とはー」と息を吐く。ああ、ダメだこの人、隠している物を暴くことに関しては本当に天才みたい。
中の工房で作っていたのは魔法衣の改良版で、やたら布地が少ないものやヘソの部分がぽっかり空いている物、スカート部分がこれでもかと短くて代わりにロングタイツとセットになっている物とか、上半身の袖が無かったり胸の部分が大きく切れているのとか、とにかく大胆で肌の露出の多いデザインばっかりだった。
ちなみにその向こうには下着の制作品も吊るされていて、ほとんど紐みたいなパンツや、胸の形をかたどったフリフリの肌着みたいなのもある……あれって胸に付けるのかな?
さらに奥にはなんか拷問用具のような三角の木馬や鎖の高速具、ムチとかロウソクなんかも並んでいる。他にもヘビを漬け込んだ魔法薬入りのお酒とか、あとゴムっぽいハンカチみたいなのもある……何アレ。
「って、ステア君?」
なんか階段の踊り場でステア君が股間を押さえて倒れている。顔の当たりから血が見えているし……やだ! 貧血でも起こしたのかしら?
「男を惑わす服、数々の性具、精力剤に男性用の避妊具……清楚にして凛とはよくいったものだな?」
入り口の階段を見上げてそう話す大将軍様に、聖母様はやれやれ、と両手の平を上に向けて観念したように息を吐く。
え、ここの服や道具って、そういう……? ステア君もなんか鼻血出してるみたいだし。
……ふーん、こういうのがスキなんだ、男の人って。
◇ ◇ ◇
最後に私達三人は、『隠し村』に向かっていた。なんかステア君のトイレが長かったのは、大将軍様の「何も言わんでやりなさい」とのアドバイスに従ってスルーしておいた。
あの竜ゴレムが薙ぎ倒した巨大カンバン、その修理が大勢の手によって行われていた。まぁ今は機械帝国の査察の人がここにいるし、魔法王国からも当分査察や新人さんの来る予定は無い。なので今のうちに急いで元通りにしないといけないのだろう。
「はー」
「あ、なんかいいなぁ」
「むぅ……」
私達三人が看板を見上げて同時に言葉を漏らす。セリフは違っても多分、込められている気持ちは同じなんだろうなぁ。
「おーい、もうちょっと右だ」「はいはい」
「そっち引っ張り上げてくれー」「じゃあ、しっかり捕まって」
「絵の具が切れた、一度降りてくれ」「もう、ちゃんと用意しててよね」
カンバン補修の高所作業は、ほぼ全員が魔女と職人の男の人のペアで、二人一組でホウキに乗って行われている。足場も所々に組まれてはいるけど、作業のほとんどは魔女が飛ばすホウキに相乗りした男の人がクギを撃ち、ロープを引っ張り、ペンキを塗ってカンバンを直している。
魔女と男の人が、飛ぶ事と力仕事を協力してやっている。そんな本国でも帝国でも見ることが出来ない光景に、私達三人は少しの間、見とれていた。
いいなぁ、ここ。
それから村の中に入って、いろんな所を見て回った。私やステア君も来るのは二回目だし、なんとなく三人一緒に街見物をしている気分だ。
「本当に……信じられぬ光景であるな」
いろいろ見て歩いて、大将軍様がしみじみとそうこぼした。うん、私にもわかる。
女の人と男の人が平等で、お互いを同じ仲間と認め、そして同じくらいの人数がいて、その結晶である多くの子供たちが駆け回る世界。
それはまるで、夢の世界のような。でも……それこそが自然な姿であるかのような印象を与えてくれる。
「本当は……人間ってこうあるべきなのかもしれませんね」
ステア君も同じ意見のようだ。うん、良かった。
女性と男性は、本当はこの村のように付き合っていくものじゃないのかな。男の人と女の人が同じ数だけいて、いがみ合ってさえいなければ……
これが世界の正しい在り方じゃ、ないのかなぁ。
「フン、けしからんな!」
そう言って振り返り、村の出口に足を向ける大将軍様。でも、その言葉の意味が今までの基準とは違う事が、私にもステア君にもなんとなく分かる。
と、家の影から出て来たのは聖母マミー・ドゥルチ様だ。あれ、さっき隠し工房を見つけられて、落ち込んでいると思ってたのに……?
「最後にどうです、ご一緒しませんか?」
ホウキを持って柔らかく微笑む聖母様に、大将軍は「はぁ?」という顔で苦虫を潰す。
この二人、若い頃は戦場で『本気の殺し合い』をしていた仲だったんだ、そんな二人がここで、何をするつもりなんだろう。
「カリナ、あれ」
「あ!」
そうか、そうだよね。聖母様も『一緒に飛ぼう』って言ってるんだ。じゃあ、随員である私たちがする事と言えば、ひとつ!
「貴様に命を預けろ、とでもいう気か?」
未だ怪訝そうなアトン大将軍。その横にステア君を乗せた状態で飛んで行って声をかける。
「大丈夫ですよ、アトン大将軍様」
「楽しいですよ、飛んでもらうのって」
それだけ告げて、そこから勢い良く舞い上がる。二人で空高く登ってアトンさんにアピールする、大丈夫ですよ、って。
怖くない、じゃあないの。これでいいんですよの意思を込めて。
しばらく飛んでいたら、やがて聖母様が大将軍様を乗っけて飛んできた。うふふ、良かった。なんかステア君も私の後ろでガッツポースしてるみたいだし。
まぁ、相変わらずの不機嫌そうなお顔でブツブツと、多分「けしからん」を繰り返しているんだろうけど。
「やほー、アトン大将軍様も飛んだのねぇ、聖母様と」
そう言ってふたりに並走して来たのは、あの赤服の魔女ケニュさんだ。後ろには随員のガガラさんがしっかりと抱き付いている。あ、上手く行ったのかなあの二人。
その姿を認めたアトンさんが、ガガラさんに向かって珍しく大声でがなりたてる。
「ガガラよ! けしからんなぁ、ここは!」
「は……はい!?」
意図が汲み取れないのか、ここを否定する事に不満がるのか、ガガラさんは冴えない返事をする。
でも、その後のアトン大将軍の言葉が、その全ての懸念を鮮やかに解決する。
「実にけしからん! このような不届きな地区は、我々が度々査察を行って、我々だけでしっかりと管理せねばならぬよなぁっ!!」
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