第69話 クーデター

 機械帝国首都ドラゲインの要塞島内部にて。僕ステアを始めとする皇帝陛下以下の帝国の重鎮たち(中身は全員魔女)が、大勢の兵士に囲まれて銃を向けられている。


 その僕達に不敵に相対するのは、この国の第二、第三皇太子や第一皇女。これは……一体どういう?


(まさか……バレた、のか?)

 最悪の結果を想像して背筋が寒くなる。まさかとは思うけど、ここのみんなが魔法王国の魔女さん達と入れ代わってる事がバレたのか? 確かに旅の道中はキャピキャピとらしからぬ態度で観光してたから、その様子を通報された可能性も否定はできない。

 だとしたら確かに憎き魔法王国の女王や側近、精鋭魔女を一網打尽にするチャンスではある……でも、その体は皇帝陛下や大将軍のそれなのに、それでも射殺するつもりなのか!?


「父上。もうあなたの時代は終わったのですよ、ここらでご退場頂きましょうか」

 ラオス第二皇太子の言葉に、どうやら身バレではないのかと少し安堵する。どうやら事は単なる第二皇太子以下のクーデターみたいだ。


 ……って、大事おおごとじゃん!?


「ど、どういう、おつもりですかっ!」

「なんだ貴様は? 下っ端の出る幕じゃあない、引っ込んでろ」

 そう返されてうぐ、と言葉に詰まる。無理もない、皇帝以下国の重鎮たちが雁首を揃えてるこの場で、僕みたいな下士官が発言すること自体ありえない。


 でも、こちら側でまともにの、僕だけなんだけど……


「このステア・リードは陛下のスポークスマンとしての発言が認められておる」

 そう助け舟を出してくれたのは、アトン大将軍の体に乗り移っている聖母マミー・ドゥルチ様だ。さすが年の功と言うべきか、いかにもアトン様らしい物言いで僕の発言権を確保してくれた。


「フン。それより兄上の姿が見えませんな、戦死でもなさいましたかな?」

 バンパー第三皇太子がアゴをなでつつニヤニヤしながらそう聞いて来る。そういえばナギア第一皇太子は奥さんと体を入れ替えた為、魔法王国側の視察に行っている最中だ。


「皇太子殿下は未だ810にて任務中である。」

 マミーさんがいかにも大将軍の貫禄でそう続けると、彼らは苦虫を噛み潰したような表情で「ちっ」と舌打ちする。確かにクーデターを起こしたのなら、皇帝陛下はもちろんのこと、第一後継者のナギアさんも一緒に消せなければ成功はおぼつかない。


 何しろこのヒトたち、国民の人望が無いからなぁ……。


 第二皇太子ラオス様、第三皇太子バンパー様はどちらも絶世の美男子といっていいくらいに整った顔と長身を持たれている。現に今もこちらの魔女(体は帝国の重鎮)のみなさんがうっとりと見惚れているくらいだから……いや銃を向けられてるんですけど。

 でも悪いことに、それにかまけて数十人もの女性を一人で囲っているのだ。ただでさえ女性不足のこの国で、公然とハーレムを築いている二人に対して国民の支持など当然あるはずもない。

 逆に、それほど美青年ではなく、かつラドール夫人だけを娶っているナギア皇太子は民衆からの絶大な支持を受け、次期皇帝間違いなしと称えられて、支持されているというわけだ。


 仮にここで皇帝陛下以下を抹殺しても、民衆というか女に縁のない大衆はナギア皇太子を支持するだろう。つまりここにナギアさんが居なかったのは僕らにとってはまさに僥倖ぎょうこうで、クーデターを起こす彼らにとっては大きな誤算だという事だ。


 ちなみに第一皇女のリム第一皇女陛下は、皇室で生まれた女性という事で国の宝みたいに扱われて育てられた結果、手の付けられないワガママ娘になってしまった。幼い時には絶大な支持のあった彼女だが、そんな性格が災いして今や腫れ物に触るように扱われている。なのでいくら美少女であっても、民が帝国を任せようとはしないだろう。


「失礼ですが、あなた方ではこの帝国をまとめる事は出来ません。どうか馬鹿な真似はおやめください!」

 意を決して陛下(心は女王)の前に立ちはだかってそう告げる。だけど相手は余裕の表情で僕を睨み下ろすと、スッ、と手を上げて合図する。


 それに応えて、数名の男が包囲のスキマから前に出て来た!


「久しいですな皇帝陛下、そしてアトン大将軍!」

「一瞥依頼ですな、今日は丁重にお礼をしますぞ」

「形勢逆転でございますなぁ、今度は貴様があの世に左遷される番だ!」


 彼らは皇帝よりもむしろアトン大将軍に対して、敵意と憎しみを叩きつけている。で、その殺気を向けられている大将軍マミーさんは頭にハテナマークを浮かべて首を傾げ僕に目配せする。暗に「説明して」と言う事だろう。


「あ、あなたは……前に辺境に左遷されたフォン・ラドン国庫大臣! そっちは鉱山を買い占めて僻地送りになったカウ少将、農作物の値を釣り上げて中抜きして私腹を肥やしたドニント氏まで……」


 みんなにも状況を理解してもらうべく、ちょっと説明臭いセリフで大袈裟に驚いて見せる。そう、彼らは皆この帝国で不正を働き、アトンさんにそれを暴かれて左遷された面々だ。

 ちなみに左遷の行き先は810以外での魔法王国との往来の可能性がある地域。と言っても大々的な作戦行動など不可能なほどの険しい山々の奥で、国境を超えるのにも一苦労するような所なので、帝国も王国もそう力を入れてはいない。


 一応、スパイや亡命者なんかを取り締まるための関所みたいなもんで、そんな所で手柄を立てて出世なんて望むべくもない、まさに左遷にはうってつけの地域だ。


「フフフ……苦労しましたぞ。だーがっ! そんな僻地だーかーらーこーそっ! 我々は気付くことが出来たのだっ!!」

「ほう、何に気付いたというのかね?」

 ドニント氏の言葉に余裕で返す大将軍マミーさん。うん、そういう演技してくれると助かるなぁ。


「クソ真面目な貴様には分かるまい。ましてやエリア810のような激戦区には決して、決してこの発想はできまいよ!」

 え、810には分からない事、って?


「こういう、ことだ!」

 ラドン氏が指をパチンと鳴らした瞬間、彼らの背後から大勢の魔女達がホウキに乗って飛び出してきた!


「え、えええええーっ!?」

 ま、魔女が大勢現れた? この機械帝国じゃ魔法は禁止で、ましてや魔女が堂々とこの城内でホウキに乗って飛ぶなんてありえない!

 彼女らは皇太子たちや左遷組の面々の横に降り立つと、それぞれが怪しい笑顔を浮かべて彼らに寄り添ったり、腕を組んだりしている。


「クソ真面目に魔女と戦い続ける貴様ら810と違って、ワシらは魔女の皆さんと共同戦線を張る事にしたのじゃあっ!」


 ……へ?


「左遷されたワシらの気持ちが分かるか? 戦果など上げようもない僻地で何で無理に魔女と戦わなければならん! むしろ懐柔してこの日の為に協力してもらっておったのじゃ」

「がはははははは、発想の違いよのう。ま、810みたいに本気で戦争するなどバカバカしいわい」


 ……え、えーっと。


  カウ少将にしなだれかかっている魔女さんが、僕達に向かってウィンクしながら言葉を発する。

「うふふ~、私達だけじゃなくってぇ~、魔法王国の方にも話はついてるわよぉ~」

 それに続いて周囲の魔女達が、それぞれに驚きの事実を発していった!


「私さぁ、四聖魔女のレナとマブダチなのよね。彼女ももうこっちに引き込んでるのよ」

「あたいはルルーホワンヌの弱みを握ってるのよ、それをちらつかせればもう言いなりなの」

「フフ、私はねぇ、あの天才リリアスと姉妹なのぉ。もうあの頭脳も私たちの手の中、ってワケ」

「リネルト女王の説得も秒読み段階よね。もうすぐ魔法王国全部が私達のミ・カ・タ」


 僕達が彼女たちの物言いに呆然としてるのを見て、勝ち誇ったかのような顔でラオス皇太子が歩み出ると、高らかに笑いながら宣言する。


「つまり陛下、そして兄上ももう終わりですよ。何せ我らと魔法王国があなたがたの敵になるのですからなぁ、ふはははははははは……」


 その高笑いに呼応するように、彼ら彼女らが大笑いや拍手喝采を始める。どうやらもう完全に勝利を確信してるみたいだ。



 けど……ぷぷっ。


「あははははははっ、あーあーあー、こりゃ面白い」

「きゃっはっはっはっは」

「ひゃっひゃっひゃっひゃっ……こりゃ苦しい、笑いが」

「ひーひーひー……お腹痛い、くひひひひっ」


 僕の笑いを皮切りに、みんなが一斉に笑い出した。


 まぁ無理もないよなぁ。810や今の皆さんの事実を思えば、彼らの作戦は完全に的を大暴投して外してるんだから……くくくくくっ。


「ひーひーひー。で、いつからアタイはアンタのマブダチになったんだい? アタイに毒を盛ろうとして辺境にトバされたネルネさーん」

「……え? あんた、なんで私の名前を、それに……毒を盛った事まで?」


 レナさん(体は大臣)がさっき自分のマブダチだと発言した魔女に詰め寄る。まぁ目の前に当人がいるなんて思わないから、ウソだってつき放題だよなぁ。



「私の弱みねぇ、それ詳しくお願いできるかしら? 魔法胎樹の睾丸でコーフンして自慰していたのを見つかって追放になったコルンさん♪」

「ひっ!?」


 ルルーさんが相手の黒歴史を公然と暴いて笑顔で問い詰める……取り除いた睾丸で興奮できるって、女性の性癖って怖いよなぁ。



「ふーん。あなったって私のオネーサンなんだぁ」

「ひ! リ、リリアス、メグル……様? なんでこんなトコにいぃぃ!?」


 ハラマさん(体リリアス)が腰に手を当ててその魔女にずんずん近づいて、顔をくっつけんばかりの距離で悪態をつく。ま、まぁ四聖魔女が機械帝国皇帝陛下ご一行様に交じってたらそりゃ驚くよねぇ。


「あの……私の所に、あなた方からコンタクトなんてありませんでしたが」

 リネルト女王(体は皇帝)が自分の胸に手を当てて、知らない存じ上げない事実に対して不思議そうに問いかける。

「え? 皇帝陛下にそんな事リークするわけないじゃない、何言ってんの?」


「あ、すいません。私、リネルト・セリカです」

「「……は???」」


 衝撃の告白に、相手側の全員が固まって抜けた声をハモらせた。うん、まぁそりゃそうだよなぁ。


 じゃ、僕も衝撃の事実をお伝えしますか。


「あ、えーっと。実はエリア810でも戦争なんてやってませんよ」

 手を上げて皇太子や皇女に向けてそう発すると、彼らが一斉にざわっ、と息を吐き出した。

「な、何を言っておる! エリア810が最大の激戦区であり、だからこそ陛下も戦争に向かったのではないか!」


「あ、戦争やってるフリしてるだけですけど」


 ……


「810でも魔女さん達と僕達、仲良くやってますよ」


 …………


「あと、そのー……、ここにいるみなさん、中身は魔女さん達です」


 ………………


「そういうわけなんで、みなさんのクーデターのはまったくないです」


 ……………………


「ついでに言うと、みなさんが今しがた言った、全部バレてます。



「……き、機械帝国皇帝ともあろうものが、あまつさえ魔女と融和など許されると思っておるのかっ!!」

「えーっとラオス様、それ自分にも言ってください」

「んがぐぐっ……!?」



 かくして彼らのクーデターは、いともあっさりと鎮圧されたのであった。


 まぁあれだけブレブレな態度には兵士達も呆れていたし、こっちが全員魔法王国の魔女さん達だったこともあって言ってた嘘も全部バレちゃったんだから、そりゃ部下の兵士たちが付いてくるハズもない。


 うん、状況が最悪でしたよね、お気の毒ですが。








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