第70話 そして世界は変わっていく

 あの旅から三カ月。このエリア810の隠し村に、ようやくあの日入れ代わった男女の全員が、なんとか一人も欠けることなく勢揃いした。


「それじゃ、はじめまーす!」

 僕、ステアの声をカリナが魔法で増幅して皆に伝える。何せ総勢で二万人以上もいるんだから、しっかりと儀式の進行具合を伝えなければいけない。

 あの日入れ代わった男女がペアとなり、手を繋いだり寄り添ったりして『その時』を待つ。


共鳴魔法ツーカーシェーカー!」

 四聖魔女リリアス・メグル(体はハラマ・ロザリア)が森の魔力を受けて魔法陣を発動させると、それはたちまちのうちに巨大化してその場の全員の足元を負い尽くした。

「ほんっとに器用よねぇ、さすが四聖魔女」

 彼の隣ではハラマさん(体はリリアス)が、その魔法の操りの見事さに思わず息を吐く。彼女の体を使ってるんで魔力のキャパは桁違いだけど、それを自在に繊細に操る技術はハラマにはない才能だった。


「ではみなさん、いきます!」

 僕はカリナと向かい合って手を握り合い、気持ちを集中させて目を閉じ、お互いの額をコツンと合わせる。

 お互いの吐息がかかる距離で、カリナが魔法の言葉を唱える。


交わる魔法ルナ・トーキス


 魔法の光が僕とカリナを包み込む。そしてそれに共鳴した魔法陣が、その中の人物全員に、僕達と同じ魔法効果を施して行く――


 やがて光が収まり、ほどなく皆の驚きとざわめきが広がって行った。


「も……戻ったあぁーっ! 男の体だあ!!」

「あーんおかえり、私のおっぱいさん(もみもみ)」

「やれやれ、これで魔法も打ち止めかなぁ」

「男の体ってのも、なんかよかったなー」


 そう、僕とカリナの魔法を受け、かつて入れ替わった人たちも皆、元の体に戻れたのだ。もちろん皇帝陛下と女王様や、アトン大将軍と聖母マミー・ドゥルチ様、そして術を手伝ってもらったリリアス君とハラマさんも無事、元通りになったみたいだ。


 両国に旅した大勢の人たちは、それぞれが知らなかった相手国の内情をつぶさに見て来た。そんな彼ら彼女らがほぼ全員共通で思ったのは、多分僕達と同じ「相手国と仲良くしたい」という思いだったんだろう。

 元の体に戻ってまたあの国に行ってみたいという思いがみんなにあったので、失踪や蒸発する人を一人も出さずに皆ここに戻ってきてくれた。おかげで元の体を失う人は出ずに済んだみたいだ。


 まぁ、万が一別の人と入れ代わるトラブルが無かったかのチェックに結構時間はかかったけど。


 その夜は酒宴となった。皇帝エギア・ガルバンスと女王リネルト・セリカが上座に並んで食事をしながら両国の事情や旅の話をする光景に、誰もが両国の雪解けデタントの空気を感じて顔をほころばせる。


 各人が入れ替わっていたお相手は何らかの『縁』がある相手ということもあって、お互いに魅かれあうみたいだ。この酒宴でもそれぞれがカップルになってお酌し合ったり、旅の話をし合ったりと仲良く楽しんでいる。うーん、こりゃカップルがいっぱい出来るかもなぁ。


「ご苦労であったな、二人とも」

「ホント、がんばったわねぇ、ふたりのおかげよ」

 アトンさんとマミーさんが僕たちをそう労ってくれる。うんまぁ確かに僕もカリナもここに来てから明らかに振り回されっぱなしの使われ過ぎだった。というか世界が変わるための流れにまともに巻き込まれた気がするなぁ……ちょっとゆっくりしたいよ。


 ちなみに僕たちの席のポジションはというと皇帝+女王と大将軍+聖母の次の座、つまり四聖魔女さん達や大臣さん達、810で戦争をしていた面々のリーダーであるイオタさんやリーンさんよりも上座だったりする。

 偉いさんに囲まれて緊張し、とても落ち着いて食事どころじゃない居心地の悪さから、仕方なく各人にお酌して回っている。


 でも、悪い気分じゃない。

 今この場には、機械帝国と魔法王国の両首脳と重鎮たちが居並んで、和気藹々と食事や酒を楽しんでいるのだ。それは来たるべき平和で幸せな世界の縮図を見ているようで、その場に立ち合えたことを誇らしくすら思う。


 何より僕は女王様や四聖魔女さん達に、カリナは皇帝陛下や皇太子夫妻にすら縁が出来た。普通なら影も踏めない相手国のトップに普通に話しかけられる立場に立てるなんて……810ここに来た時は想像もしてなかったなぁ。


 でもまぁ、感慨に浸ってばかりじゃちょっと物足りない。せっかく彼らと同じ席に居るんだからと、僕とカリナでちょっとしたサプライズを用意していた。そろそろいいかな?


「ではここでー、みなさんにひとつクイズをお出ししまーす」

 右手でマイクを口に当て、左手を上にかざして高らかに宣言する。みんなも何事かな? と僕達に注目する。ふふふ、みなさんも覚悟してもらいましょうか。


 カリナが僕の隣に並んで、魔法を使った拡声術で問題を発する。

「さて、今のわたしとステア、でしょーか~っ!」

「「え、えええええっ!?」」


「お互い入れ代わったペアで、別々の答えを出してもらいまーっす」

「で、間違った方は罰ゲームとして、正解した人のほっぺにチュ-しましょう♪」

「「ええええええっ!? ちょ、ちょっとおぉぉぉぉっ!!」」


 そう、今日の皆の入れ替わりの際、僕とカリナは魔法の媒体としてまた入れ替わっていた。もちろんその後でまた『交わる魔法ルナ・トーキス』を使って元に戻る事も出来る。なので今の僕たちがどっちがどっちなのかは僕とカリナにしかわからない、というわけ。


 こんな面白い状況をイタズラに使わない手はないだろう。


「ヒントくらいおくれよー」

「あ、なんでも質問していいですよ~。礼儀とか両国の常識とか」

 ふっふっふ、僕とカリナは入れ替わりの年季が違うのだよ。僕がカリナのフリをするのもカリナが僕のフリをするのも慣れたもんです。


「じゃ、じゃあステア君。魔法王国のカーニバルの踊りやってみて」

「カリナちゃーん、機械帝国の訓示三訓の唱和を!」

「ステア、銃の分解と組み立てやれー」

「ちょっとカリナ、火炎鳥ボウピッピ作ってみて」


 次々とギャラリーから課題が出される。はいはいその程度なら僕たちは楽勝ですよっとばかりに、次々と出されたお題をこなしていく僕とカリナ。

 しまいには僕達二人が並んで帝国式の敬礼や行進を一緒にやったり、王国の讃美歌を声を揃えて歌ったりしたもんだから、みんなそのシュールさに頭を抱えて何でいる。


「むむむ……ええい決めた! 二人は今、入れ替わっておる!」

 最初に決断したのはなんとエギア皇帝陛下だ。そしてそれを皮切りに、それぞれのコンビが違う推理で決をとる。

「ワシは元通りと見た」「じゃあ私は入れ代わっている方で」

「うーん、どっちだろう」「あたし入れ替わってない方にする。早い者勝ちね」

「リアクションを検証してもミスがない……推理の手がかりが」

「カリナ先輩のリアクション、ステア氏の時と見分けがつかない……つまり入れ替わっている!」

「ふ、伊達にステアの上司はやってないぜ……入れ替わってるよ」

「そう? カリナの上司として言わせてもらえば、普通だけどねぇ」


 大将軍や聖母様、大臣や四聖魔女、リリアス君とハラマさん、イオタ司令官とリーンさん、ガガラさんとケニュさん、それぞれみんなが次々と結論を出していく。そこそこ出そろった所でタイムアップの笛を吹く。


 ピリリリリリリ……

「はい、そこまでー」


 会場に静寂が訪れ、僕達の正解発表を待つ。さて……正解は、どっち?


「「実は入れ代わっていませんでした~~~」」

 僕とカリナが肩を組んだ状態でそう発表する。と同時にみんなの歓喜と悲鳴の叫びがこだました……まぁ罰ゲームがアレだからなぁ。


「じゃ、間違った人は正解したパートナーのホッペにちゅーしてくださいねー」

 カリナの宣言に悲喜こもごもの皆様。特に皇帝陛下は間違った為に、魔法王国の女王である少女のほっぺにキスしなけりゃならない。女王と言っても相手は十五歳の少女なんだし、陛下はもう四十台なのだから困惑するのも無理はない。


「あ、あの……皇帝陛下。どうぞ」

 リネルト女王が顔を真っ赤にしながら、その頬をちょんちょんと突いてアピールする。その光景を見て魔女さんたち全員が、どおぉぉぉぉぉっ!! と驚愕の声を上げる。


 あの地味女王が、真っ赤になって、機械帝国の皇帝に、キスをせがんでいる!????


「え……ええい、このエギア・ガルバンスに二言など無い!」

 真っ赤になってパンパン頬をひっぱたいて少女に迫る中年男性。その姿に帝国兵全員がうおぉぉぉ! と拳を握って注目する。


 ぶちゅ


「ええい、これでよいか!」

 真っ赤になった陛下と女王を見て、会場は拍手喝采に包まれた。そして、それを皮切りに、あちこちでちゅ、ちゅっ、とキスの音が鳴り響く。


「「大・成・功!」」

 ハイタッチを交わす僕とカリナ。今までずっと810に、そして両国に振り回されてきた僕達がなんか一矢報いた気分になれて嬉しかった。


「ちょいまち!」

 そう抗議の声を上げたのはギア隊長だ。彼はワストさんに負けてキスをせがまれながらも、逆転の一手を提案する。

「証拠はあるのか? そんだけお互いに成りすませるなら、実は入れ代わっている可能性もあるだろう」


 会場中が「……あ」と固まる。うーん確かにお互いなりすましが上手くなりすぎたせいで、そう思われるのも仕方がないかも。


「もしそうなら、この余を騙したというコトになるな」

 ひえぇ、なんか皇帝陛下が怖い顔をしてこっち睨んでるよ。

「と、とんでもございません。私は正真正銘ステア・リードです、陛下」


「わ、私もカリナですってば。ほーらこんなに女の子」

「今さらですねぇ……」

 カリナの弁明にもなってない弁明に、リネルト女王がジト目で嘆いている。


 あれ……この状態、結構ヤバい?


「あらぁ、それなら答え合わせは私に任せてぇ♪」

 そう言って前に出て来たのはナギア皇太子夫人のラドールさんだ。え? 見分ける方法が、あるんですか?


「じゃあ、いくわよぉ。『快感の渦エクスタシア』・二倍、にばぁい」


 そう言って僕とカリナに両手をかざして何か魔法を使った。一体何を……?


「んにょおぉぉぉぉぉっ!?」

 突然、僕の脳がスパークした。思わず声にならない声を上げて全身を反り返らせてのたうつ。何だこれナンダコレ……キモチヨスギル……うにゅうあぁぁぁん♡


「うんうん、やっぱ今は元通りの状態みたいねぇ」


「あーっ! その魔法!! ちょっと止めて下さいっていうか私に教えてください! 私がステアに使うんだから!!」


 快感に遠のいていく意識の中、なんかカリナが怖い事を言ってる気がしていた……。


      ◇           ◇           ◇    


「くすくすくす……」

 彼らの遥か上空の雲の上、同じ顔に違う髪の毛の色を備えた大勢の少女、ナーナ達が眼下のカップルたちがほっぺにキスするのを見て、ニコニコした顔で嬉しそうに笑っていた。


「これでもう、だいじょうぶだね、あーす」

「うん、みんなきっと、ほんとうのあかちゃんとして、うまれてこれるよ」

 栗毛色の『最初のナーナ』の問いに、金緑色の『地球アースナーナ』がむん、とガッツポーズを作って笑顔で返す。


 ここにいる大勢のナーナ達。この世に生を受けられずに死んだ魂、そしてそんな霊魂たちが次の子供に宿る事が出来なくて、ずっと世界を漂う霊魂として過ごして来て……


 そしてこの星、地球アースに姿かたちを与えられた、水子の霊たち。


 でも、間もなく世界は愛の溢れる世界になる、人間が忘れていた愛の営みによって、正しく子供を成し、ナーナ達の魂が宿る事が出来るニンゲンがあふれてくるだろう。


 だから、この大勢のナーナ達がまた、輪廻転生を繰り返す事が出来る世界がきっとやって来る。



 ――また、生まれ変われる事が出来る人間の営みが――


 ――魂が人生をやり直す事が出来る世界が、帰って来る――

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