第2話 魔女見習いカリナ、戦場へ。

 深い森の中にある館。そこは魔法王国の最前線、エリア810の王国側の端にある、戦う魔女たちの集う場所。


「聖母魔女、マミー・ドゥルチ様。カリナ・ミタルパ、参りました」

 一人の金髪少女が、魔法衣を纏ったいかにも魔女な老婆に、スカートの端をつまみ上げてヒザを曲げて挨拶をする。


 周囲にいる魔女たちが柔らかな笑顔で、控えめに拍手を送る。それをマミーが手で制すると、カリナに向かって声をかける。


「よく来たわね。貴方の話は聞いているわ、魔法学校マジックアカデミーで十三席の卒業でしたのね……残念だったわね」

「はい。ですが、ここエリア810で活躍すれば、十席と同じ地位が得られると聞いています!」


      ◇           ◇           ◇    


 私、カリナ・ミタルパは魔法王国の優秀な魔法少女だった。魔法学校でも上位の成績を上げ続け、そして目標の上位十人にあと少しまでの所まで登りつめた。

 この魔法王国は女王国家、そして女性に人口比が偏っている。なのでこの国で夫を迎えるには、国に優秀な人間であるという事を示さなければならなかった。

 魔法学校卒業生の上位十席は、私たち庶民の出の女にとって、その最大のチャンスだったのだ。


 それに……届かなかった。夢にまで見た男の人との結婚は、あえなく夢と散った。


 でも、少ない可能性ではあるけど、この戦場で魔女として戦い、一年間生き延びたら、私にも男性があてがわれる事が約束されていた。


 ただし、ここでの一年間の生存確率は、わずか5%――


 機械帝国の男どもはケダモノだ。あちらの国の女性は魔法を禁じられ、ただ子供を産むための存在として監禁されているそうだ。

 ましてやこの戦場で敵に捕らえられ捕虜にでもなろうものなら、幾人ものケダモノのような男どもから、寄ってたかってその体を汚される……命尽きるまで。


 だからこそ、ここで生き延びる事が出来たなら、私にも人生の春が来る。


 戦闘魔法には自信があった。生活魔法や工事魔法なんかはダメだったけど、こと攻撃に関してはアカデミーでも1.2を争う優秀な成績だった。だから私は志願して、この地獄と呼ばれる最前線、エリア810へと赴いたのだ。


 さぁ、頑張ろう。将来の素敵な旦那様との幸せな生活の為に――



 夜。今日は満月フル・ムーン。この魔力が湧きだす場所にあって、私たち魔女の力が最大限に生かせる日。当然ながら出撃し、ここから機械帝国の男どもを追い出すんだ!


「カリナ。貴方はみんなの後ろについて、戦いの空気に慣れなさい。けっして指示を無視して先走っては駄目よ」

「心得ております、皆様の魔法を見て、学ばせていただきます」

 礼を尽くす私に、周囲のみんながうんうんと笑顔を見せる。


「さ、行くわよ。魔力ナーナの加護があらんことを」

「「魔力ナーナの加護があらんことを」」

 全員が杖をかざしてそう唱え、そしてホウキに乗って夜の空へと飛び立つ。さすがは戦場で鍛えた先輩魔女たち、その一糸乱れぬ飛び方を見ても、学校とのレベルの違いをひしひしと感じる。



「いたわ。フクロウの方角、敵の機械亀と兵士約十人」

 その方角を見下ろす。見えたのは鉄の塊の乗り物と、そこにうごめく敵の姿。あれは確か『せんしゃ』とか言う、口から火を噴くおぞましい兵器だ。私達は機械亀と呼んでいるけど。


「じゃあ、私が奴らの気を引くから、みんなは月から」

「「はいっ!」」

 リーダーの魔女であるリーンさんが呪文を唱え始めると同時、私たちは副リーダーのワストさんの指示に従って、空高く舞い上がっていく。


「草よ、ツタよ、纏われ……捕食草ネイレワサ!」

 リーンさんの魔法が発動すると同時、眼下のケダモノたちが絡みついて来る草木に狼狽し、あわただしく動き出した。

 どうやら上手く行ったみたい、いかにこの魔力の溢れる地とはいえ、成功させるのが難しい魔法を見事に決め、奴らの意識を反らしてくれた、これなら!


「行くわよ、私に続いて!」

「「はいっ!」」

 ワストさんが一気に奴等に向かって落下していき、それに続いて他の魔女たちもホウキをひるがえしてそれに続く、私も遅れないようにその最後尾に着いて、あの野蛮人共に向かって行き……

「散ってっ!」

 ワストさんの合図一閃、私たちはバラバラに別れた。今まで奴等に私達と、その背中にある満月を見せておいて、散開して夜に紛れる戦法。そのまま弧を描いて飛行すると、ワストさんの『集合』の合図の光が輝いた。


 その時だった。空を切り裂く高音と共に何かが弾けて、夜の闇が明るく照らし出されたのは!


「え、ええええっ!?」

「照明弾ね、カンのいいのがいるみたい」

 驚く私に比べて、みんなは動揺しなかった。あいつら、あんな物まで使うの?魔法も無しに!


「上から行ったら丸見えね。森に降りて、正面から行くわよ!」

 ホウキを両手で握りしめ、森の中に降りて行き、地面から2~3mの所で浮いて、矢印の形に陣形を取る。


「GO!」

 ワストさんを先頭に、全員で矢を描いて敵に突っ込んでいく。私達が高速で飛べる事を最大限に生かした、突撃して魔法を落とし、止まらずに突破するやり方。

 敵は皆『銃』という、つぶてを飛ばす武器を持っている。魔法で強化された法衣すら貫くそれに当たらないためには、とにかく速く動く事がなにより大事だ。飛びながら私も得意の炎の魔法、火炎鳥ボウピッピを右手に灯す。


 その瞬間だった。目の前から無数の赤く輝く大量の何かが、私たちの隙間を雨のようにすり抜けて行った。同時に火薬が爆発するような轟音が大量に耳を打つ。


 ドン! ドドドドン! ドンドンッ!!


「ひぃ、っ!」

 思わず悲鳴が漏れた。あれが……銃?


 怖い、怖い、怖い。あんなのがもし当たったら、私は……


火炎鳥ボウピッピ!」

氷槍ガッチドー

巻蔦噛オー・ジョウズ

恵雨礫イタザーザ


「……あ!」


 気が付いたら、奴らを通り過ぎてしまっていた。私の魔法はいまだ私の手の中にあり、撃つタイミングを失ってしまった、なんてこと!


(みんな。ケガは無い?)

 奴らを通過して森の影に集まった私達にワストさんが囁く。全員こくんと頷くけど、いまだ手に火炎鳥を灯したままの私は、恥ずかしくて情けなくて頷くことが出来なかった。


「大丈夫よカリナ。私達はしょせんオトリだから」

「えっ?」

「本命は、ほらきた」

 音もなく森の闇からやって来たのは、さっき草魔法を使ったリーダー、リーンさんだった。

「どうですか?」

「守備は上々よ、敵の一人に巻蔦噛オー・ジョウズを決めて来たわ」


 思わず「すごい」と声が漏れる。いくらリーンさんが植物魔法が得意とはいえ、相当高難度の植物ゴレムを生み出す巻蔦噛オー・ジョウズを実戦で決めるなんて。

 そしてその為のオトリとして、私たちは奴等に真正面から突っ込んだんだ。あれだけ恐ろしい銃を前にしてひるますに、さも当たり前のように!

(これが……戦場)


「さ、仕上げと行くわよ。敵が木土人形ゴレムに構っている内に、上からの雷撃魔法イヨミクルで仕留めます」

「「はいっ!」」

 そのやりとりに背筋がぞをっ、と凍る思いがした。雷撃魔法イヨミクルといえば何人もの魔女が力を合わせて放つ、最大の攻撃力を持つ技だ。それだけに実戦で決めるチャンスなんてそうないと思ってた、並んで魔法陣を描かなければいけないあの技は、敵の銃とやらの格好の的だろう。


 そのために木土人形ゴレムを使って相手の注意を反らし、大技一発で決めにかかる。


 まるで筋書でもあるかのような、流れるような作戦の立案と実行。ああ、これが戦場の魔女なんだ、私の失敗なんて何一つ意味が無かったんだ。



 奴らの真上に舞い上がり、全員が立体の魔法陣を描くべく配置につく。手に魔力ナーナをかざし、青い光を灯す。私の光が先輩のラランさんに向かい、それがさらに他の人へと反射するように陣を描いていく。これが決まれば、あいつらに勝てる!


 ドッゴオォォォォーン!!

 私たちの下で突然、炎の花が咲いた。


「な、何っ!?」

「炎の玉、なんてことを!」

「あいつらぁ~」


 木土人形ゴレムが炎に包まれている。まだ動いているそれがのたうち回って、周りの草木に延焼を起こしている……大切な魔力ナーナの森が、燃える?


「これで決めるよ、火を消すのはその後でいい!」

「はいっ!」

「覚悟しな、あいつらぁ!」

 魔法陣が完成し、その中心の核にイナズマが走り始める。それはほどなく魔法陣の線全体に行き渡り、天罰の雷を打ち落とす準備が完了する!


 あとはリーンさんが手を振り下ろせば全てが終わる。


 だけど、リーンさんは何故か、固まったまま動かなかった。下を見続けて、何か焦ったような表情をしている……どうしたのかな?


 ――馬鹿野郎、ステア! 早くこっちに――

 ――あれが落ちたら即死だ、早く――


 下から奴らの悲鳴が聞こえる。今ならリーンさんの一撃で確実に勝てるはず・・・・・


「行くわよ、せーのっ!」

 やっとその時が来た。多分リーンさんは下の様子を伺いつつ、一番効果が発揮できるタイミングを見計らっていたんだろう。


「「雷撃魔法イヨミクル!!」」


 全員で声を合わせて、手を下にかざす。


 同時に怒り狂った雷撃が、亀裂を描くように敵の一団に降り注ぐ! これで……


 バチッ、ガラガラビッシャァァァァァァァっ!!


「う、そ……でしょ?」

「止めた!? イヨミクルを、そんな!!」

「え、ええええええ……」


 みんなに続いて、私も声にならない声を漏らす。敵はあのセンシャから何かハリガネのようなものを打ち出して、私たちの雷撃を受け止めて見せたのだ。


「なんてこと……もう私たちの魔力は、今ので」

「しょげてないで隠れるのよ。奴らの出方次第で今日は撤収しかないわ。火も消さなきゃいけないんだし」


 リーンさんの言う通りだ。あれだけの大技を使ってしまったら、もう戦えるだけの魔力は残っていないだろう、燃えている森もなんとかしなきゃだし、ここは敵が引いてくれるのを期待するしか、ない。


 燃えている森の後方に降り立ち、消火に使える水や氷、土の魔法を使える魔女たちが、奴らに見えないように反対側から火を消していく。


「あいつら引いていくわ、今日の所は痛み分けかしらね」


 偵察していたラランさんが降りて来てそう告げる。勝てなかったのは残念だけど、森を燃やされたのは悔しいけど、みんなやる事をやり切ったんだから、と納得の笑顔を見せる。


 でも、でも……違う。


 私にはさっき撃ち損ねた火炎鳥ボウピッピの分の魔力が残ってる。氷魔法や水魔法が使えない私は消火活動には役になんて立てない。でも、せめてあいつらに、大切な森を燃やすアイツらに、残りの魔力をぶつけてやりたかった。



「カリナ? 何を……」

 ワストさんが私の肩に置いた手を感じ取り、それで意を決して顔を上げる。

「私、行きますっ!」


 ホウキに飛び乗って、奴らが引いた方向に飛んで行く。後ろからみんなの驚いた声と、私を止めようとする叫び声が追いかけて来る。でも、私は振り返らなかった。振り返りたく、無かった。

 私だけがみんなについて回るだけで何もできなかった、だから、だから……


「違う!!」


 そう、違うの。、あの銃の雨をくぐった時から、私は本当におびえていたんだ。

 もしあの雨を一滴でも喰らっていたら、私の体には穴が開いていただろう。打ち抜かれた私が、先輩たちが、地面に叩き落とされて、あの恐ろしい男たちに群がられ、汚されながら死んでいくのを想像して、ずっと身の毛がよだつ思いだった。


 でもみんなは、まるでそれが当然とでも言うように戦いを続け、最大の大技を止められてもほぼ同様もせずに、平然と後始末に従事している。


 私だけがあの銃弾の雨に怯えて、悲惨な未来図を振りほどけないでいる。


 怖い、怖い、怖いっ!


 だから、だから、だから……あいつら、生かしておかない!


 せめて、撃ち損ねたこの一発だけでも、あいつらに……



  ふと、眼下の視界が開けた。森がぽっかりと切り取られ、鏡のような水面が満月を映し出している。

「あれ・・・・・湖?」


 こんなの無かった。方向を間違えたのだろうか。


 その水面を見ている内に、私の中で暴れていた感情が、恐怖と、それを塗りたくるための憎しみの想いが、すすすっ、と引いていくのを感じた。


 またがっていたホウキから片足を抜き、その端にちょこん、と腰かけ直す。


 何をやっているんだろう、わたし。


 魔法学校で十席に入り、夫との幸せな生活を夢見ていた。それが叶わなかった時は、ここにきてバンバン活躍して、国に帰って幸せを掴むつもりだった。


 そんな夢が、まるで現実味の無いものに思えていた。少なくとも今は。


「……え?」


 その時だった。森の一角からひとつの影が、その湖畔に姿を現した。


(て、敵っ!?)

 

 現れたのは紛れもなく機械帝国の兵士だ。例の銃をこっちに向けて構える。


 そして私はどうしたことか、それに全く動揺せずに、静かに呪文を唱え始める。

「我に宿る魔力ナーナよ、炎となり小鳥となって、悪しき者の光をうばえ……」


 ああ、これが戦場の魔女のココロなのね。恐ろしい敵を相手にして、動揺もしないで、怒ったりもせずに、静かに、相手を……倒。


「え……」

 私は固まった。呪文は止まり、代わりに口から「はー」という吐息だけが漏れ出して止まらない。


 それは、私が見下ろしているの、ううん、の、その姿に、釘付けになっていたから。


(……すごい)


 何ていえばいいんだろう、彼のその姿を。


 凛々しい、カッコイイ、きれい、たくましい、雄々しい、そして……神々しい。


 本国のなよっとした男たちとは全く違う、浅黒い肌に短く黒い髪型。琥珀色の瞳は深さに溢れ、手も、足も、胴体も、きりりと引き締まった姿で、見事な立ち姿を見せていた。


 まるで絵画の世界から出て来たみたいな、戦う男の凛とした立ち姿。


 ぎゅん! と胸の奥が締め付けられる。心の全てが目の前の敵に、いや彼に向けて固まっていく……。


 私は彼を、彼は私を、その瞳の奥まで覗き込むかのように、見つめ合っていた。



――それが私、カリナ・ミタルパと、彼、ステア・リードの、最初の出会い――

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