地獄のエリア810(ハチヒトマル)~ 魔法王国の少女と機械帝国の少年兵

素通り寺(ストーリーテラー)旧三流F職人

ここは地獄の最前線、エリア810

第1話 機械帝国の少年、初陣!

 深い夜の森の中、一台の戦車が僕ら数人の兵士と共に進み、目的の場所で停止する。


「こちら第三部隊、目標ポイントに到達、オーバー」

”了解。警戒レベルを最大に、幸運をグッド・ラック、オーバー”


 部隊長が無線で報告を終えると、傍らに控えていた僕に声をかける。

「怖いか? ステア一等兵」

「え、いえ……大丈夫です、ギア小隊長!」

 僕、ステア・リード一等兵は、手にした銃をぎゅっと握って応える。が、その手も足も小刻みに震えており、初めての戦闘での恐怖で言う事を聞いてくれない。


「無理するな、何せ相手は魔女どもだ、俺だって怖い」


 ここは我らが機械帝国と、敵対する魔法王国の戦場最前線、エリア810。


 倒すべき敵は魔法王国の恐るべき魔女の群れ。空を飛び、火炎や雷、氷の魔法を撃ち放ち、植物や土すら自在に操る超常の力の持ち主。


 そして奴らは、魔法の使えない僕たち男性を家畜か生け贄くらいにしか思っていない。もし捕虜にでもなったら心臓をえぐられて魔女王に捧げられ、睾丸を引きむしられて魔法の儀式に使われ、その断末魔さえ奴らの魔力に変えられる、とまで言われている。


 なので、奴等との戦闘で、敗北は死を意味するのだ。


「イザという時は……自決する覚悟はできています!」

 そう見栄を張ってはみたけど、心臓の鼓動はうるさいほどに胸を叩き、震える手足はまともに動こうとしない。

 最前線に赴任してのいきなりの初陣。まさか、ここまで自分が臆病だなんて考えもしなかった。


 この最前線でも、さすがに毎日戦闘が行われているわけではない。もうかれこれ三十年以上、この地を巡って争っている両国だが、幾人もの人員と物資をつぎ込んでも決着がつかないでいる。ならば一方が万全の体制になった時にこそ戦いの火ぶたが切られるのだが、運の悪い事に今夜は満月フル・ムーン、魔女どもの魔力が最大にまで高まる夜なのだ。


 なればこそこちらも、前線の一番前に布陣して、奴らの進行を食い止めなければならないのだ。それは赴任直後の若僧である僕でも例外じゃ無かった。



 森を満月が煌々と照らす。その青い月の不気味さが、敵の、魔女の襲来を嫌でも予感させる……その時!

「ん? う、うわっ!?」

 僕の足に『何か』が絡みついた。それは僕の足首を締め上げ、そのままふくらはぎから腰に向けて登って来る!


「植物魔法だーっ! きたぞーーーっ!!」


 少し離れた所から悲鳴のような声が上がる。その時には既に僕の腰にまで木のツルが巻き付いており、その不気味さと気持ち悪さでパニクってしまう。

「ひ、ひぃっ!?」


「落ち着けステア! この魔法に対する対処法くらい基本だろうか!!」

 ギア隊長の怒鳴りつけにはっ、とする。そうだ、これは森を主戦場とする魔女たちの常套手段の一つ。そして上官たちはすでにその対処を始めていた。

「くっ! 電気鎌……よし!」

 右胸ポケットに収納していた小型の電気鎌を手にしてスイッチを入れる。ビィィィン、と音を立てる鎌の刃を使い、自分に巻きつきつつあるツタを紙テープのように切り裂いていく。


「いいぞ、そのまま俺のも頼む。俺は周囲の警戒に当たる!」

 ギア隊長はそう言って天を見回す。奴らが仕掛けてきた以上、次の一手が必ずあるはずだ、と付け加えて。

「は、はいっ!」

 電気鎌の性能なら、自分と上官に巻き付いて来るツタを落とし続けるのは難しくない。切り続けるうちにツタは動きを止め、巻き付いてすら来なくなった……よし!


「どこから、来ますかね?」

「分からん。空からか、森の木の中か、土の中かもしれん。警戒を怠るな!」


 「はい!」と返事を返し、周囲の森や地面に視線を移す。ツタを切るのを任された以上、そっちの警戒は僕の役目のはずだ!


 他の皆も戦車を中心に、輪になって辺りを警戒する。天を仰ぎ、森の奥まで視線を走らせ、戦車の下の隙間まで覗き込んで敵に備える兵士たち……そして!


「来たぞ! 上だ、満月を背にしてる! 数……十以上ッ!!」

 その声に全員が、がばっ! と顔を上げる。見れば黄金の月の中に、まさにホウキに乗った魔女たちの群れが浮かび上がっている。黒や紫のロングワンピースに身を包み、天頂が三角に尖った帽子を被っている、まさに話に聞いた魔女そのものが、月を背負ってこちらに降って来る!


「正面から、姿をさらして!?」

「違う! 俺達の目を光に晒しているんだ、闇に紛れる気だな!」

 僕、ステアの疑問を一括で氷解させるギア隊長。そう、今まで僕たちは明かりを使わずに、この暗闇に目を慣らしてきた。それが明るい満月を凝視したせいでおじゃんになってしまったのだ……もしあの黒い衣装を纏った魔女たちが満月から外れたら、その姿を完全に見失ってしまう!


「敵、散開ッ!」

「照明弾、用意……撃てッ!」

 先輩たちの対処は迅速だった。戦車の上部にいた斥候のデイフ軍曹の報告に応えて、砲手のサスが隊長の指示と同時に、主砲から弾を打ち出す!


 ドンッ! ヒュウゥゥゥゥ~ パンッ!


 夜に太陽が輝くように、照明弾が森と空を照らす。魔女たちの群れは一度散開したと見せかけて、僕たちの背後に集結しようとしていた。


「銃、構えーっ!!」

「照明弾がしばらく消えない以上、上からの攻撃は無い! 的になるだけだ、正面から来るぞ!!」

 全員が魔女たちが向かった後方に銃を構える。僕もそれに習って闇の森に長銃を構える……来い! 来るな!! 来いっ!!!


 ぶわっ! と空気を切り裂いて、木々の隙間から奴らが飛んできた!


「撃てぇっ!!」

 ドン! ドドドドン! ドンドンッ!!

 黒い影に向かって、赤い光を纏った銃弾が、対魔女用の魔力減衰徹甲弾まりょくげんすいてっこうだんが雨のように降り注ぐ。魔女どもは自分の服を魔法で強化しており、普通の弾丸など命中しても呆気なく弾いてしまう。だがこの特注弾なら!


火炎鳥ボウピッピ!」

氷槍ガッチドー

巻蔦噛オー・ジョウズ

恵雨礫イタザーザ


 魔女たちがすれ違いざまに呪文を唱えて撃ち放つ。炎が、氷が、ツタの鞭が、水の弾丸が自分達や戦車に降り注ぐ!


 ビュン、ヒュンヒュンと、銃弾と魔法が交錯する風切り音が響き、魔女たちがこっちをすり抜けて。森の奥に再び消えて行く。


 ぼしゅっ、ザン、ドドドドン! パキィッ……メキメキメキ、ズゥン


 奴等が放った呪文が、僕たちが撃った銃弾が森に着弾して、そこかしこで賑やかな音を立てる。


「こちらの命中弾、無しッ! 畜生!!」

「被害状況は!」


 向かってくる方向が当たっていたのに、こちらからの攻撃は全部外れていた。夜の闇に紛れて高速で飛来する的に当てるのは、偶然でも無ければ難しい。でも僕らも頭を低くしていたおかげで、奴らの雑な攻撃は……


「ぐ、ぐあぁぁぁぁ……」

「ドラッシャ兵曹長!!」

 闇夜に響く絶叫。ベテラン兵士の一人であるドラッシャさんの首に一本のツタが巻き付いていて、そこから鮮血が噴き出している、まるであの木のツルに、噛み付かれたかのように。


巻蔦噛オー・ジョウズだ! 来るぞ、みんな離れろっ!!」


 ギア隊長の絶叫に全員が弾けるように走り出す。そうだ、訓練学校で聞いていた、人の体に噛み付くことで顎だけだった木のツルが、その血で魔物へと変貌を遂げる、上位魔女の使う恐ろしい魔法!


「ドラゴンタイプだ!! 砲術長ーーっ!」

「分かってまさぁ、対魔法用、最重厚加速火炎弾さいじゅうこうかそくかえんだん、装填っ!」


 そのやりとりを横で聞きながら、僕は食われていくドラッシャさんから目が離せなかった。既に物言わぬ人形のように力なく首をくくられていて、その背後にある大樹にツルが巻き付いたかと思うと、その木の枝が翼に、別の枝が角に、花のつぼみが眼光のように配置され、地面から湧き上がった土がその魔物の姿を造形していく!


 そこにいたのは、木と土で構成された大きなトカゲ龍だった。ドラッシャさんを取り込んだ後、こちらに花のつぼみの眼光を向け、一歩、ズゥンと音を立てて踏み込んで来る。


「隊長! 撃つんですか? 中にまだドラッシャさんが!!」

「馬鹿野郎! 奴はもう駄目だ。例え生きていたとしても、魔女どものオモチャにされるだけだぞ!!」


「……あ」

 その意味を知って身が凍る思いをする。あの化け物に取り込まれたドラッシャさんがもし生きていたら、心臓をくり抜かれ、睾丸を引きちぎられて、残った肉体も奴等にいいようにされて悲鳴を貪られるだけだろう……もう、助けられない。なら!


「撃てえぇぇぇぇぇっ!!」


 ドッゴオォォォォーン!!


 爆音を響かせて撃ち出された大砲が、目の前の龍を体ごと吹き飛ばす。着弾と同時に起きた爆発が土と木の皮を吹き飛ばし、派手な火炎を上げる。


「や、やった」

「安心するなバカ! 奴らの呪文を一つ防いだだけだ!!」

 ギア隊長に引っ叩かれて我に返る。そうだ、今しがた交錯した十人以上の魔女はどこに行った?


「天頂だーっ! イカズチ、来ますっ!!」

「全員、戦車の周りに集結ッ! 対雷撃防御ッ!」


 空を仰いで「それ」を見て、全身で戦慄と恐怖を感じた。奴ら魔女が空中で静止して、手から青い光を発し、それをプラズマのような光で繋いで、大勢でひとつの魔法陣を空に描いている……あれが!


 雷撃魔法……イヨミクル!


「馬鹿野郎、ステア! 早くこっちに来いっ!!」

「あれが落ちたら即死だ、早く避雷針の中に入れーッ!!」


 上官方に怒鳴られ、ようやく我に返った僕は、戦車に向かってダッシュした。距離にして20m……間に合うか?


「「雷撃魔法イヨミクル!!」」


 魔女たちの澄んだ声が、悪魔の判決となって響く。


「飛翔避雷針、射出ッ!」


 サス砲術長の唱和と同時に、三角形の避雷針が敵の魔法陣から発せられた雷に向かって舞い上がる!


 バチッ、ガラガラビッシャァァァァァァァっ!!


 閃光と轟音が鳴り響く。避雷針に落ちた特大の雷撃が、世界を光と音で埋め尽くす!


 やがて夜の闇が戻り、静寂が辺りを支配する。


「全員……無事か?」

 隊長の言葉に応えて全員が生存報告をする。最後に僕も、耳鳴りを押さえながら答える。

「ステア一等兵、ここに」

 あれだけの攻撃を受けて、幸いにも犠牲者は居なかったようだ、あの龍に食われたドラッシャさんを除けば、だが。


「よし、全員撤収する。出来るだけ音を立てずに後退!」

……え?


 その隊長の指示に従い、全員が戦車と共にゆっくりと後退していく。僕は小走りに隊長の横に並ぶと、疑問の丈をぶつけた。

「後退、ですか。いいんですか?」

 そう、今日は奴らの攻勢を押さえるのが目的だったはずだ。なのに結局戦闘では誰一人倒せずにドラッシャさんを失って、いいように奴らにり回されただけだった。このまま一矢も報わずに退くのは納得がいかないし、何より奴らが追撃してくる可能性は十分にある。


「知らないのか? 奴等には『枷』があるんだ」

「かせ?」

「そうだ。奴等にとってこのエリア810は聖地なんだ。特に森は神聖侵さざる所で、そこに火の手が上がったとなりゃ、ほっとくわけにはいかないのさ」


「……あ、そう、か」

 このエリア810が、世界中の魔力の源であるのは周知の事実だ。だからこそ奴らはこの地を押さえ、ここから溢れる魔力を存分に吸収して、僕達の国を撃ち滅ぼそうとしている。


 逆に僕たち機械帝国は、この魔力の森を焼き払い、コンクリートで封印してしまうことで世界の魔力を無くし、奴ら魔女をただの女に戻すことでの勝利を目指している。なら……あのドラゴンを燃やした事で、奴らは追撃が出来なくなっているのか。


「なら、チャンスなんじゃ。今なら敵は火消しに集中してます。逆襲を仕掛ける好機じゃないですか!」

「向こうもそれを警戒して罠を張っている可能性もある。なんせ今日は満月、奴らの日だ。無理をすることは無い」


 そういうことか、とも思う。今日はあの魔女どもが最大魔力を振るえる満月だ。そんな日に好き好んで戦闘を継続するのはうまくない、火事を起こして奴らを食い止められれば上等、ということか。


 でも……でも、このままじゃ、引き下がれないッ!


 殺される恐怖にずっと浸されてきた。ドラッシャさんが奴等の魔物に食われるのを目の当たりにした。あの魔女たちがうすら笑いを浮かべて、俺達にした事をヘラヘラと笑っている姿を想像して、全身の毛とプライドが逆立つのを、どうしても押さえることが出来なたかった。


「くっそおぉぉぉぉぉっ!!!」


 銃を抱え、森の中へと引き返す。せめて、せめて奴等に一発、この銃弾をぶち込んでやらないと気が済まない、見ていろ魔女ども、僕が今から思い知らせてやるッ!!!!


「おい! ステア一等兵、戻れっ! 命令だぞ!!」


 背中から響くギア隊長の怒号は聞こえていた。聞こえていたけど……ここでもし隊長の判断に甘えて引いたら、おそらく僕は、もう、二度と、戦えなくなる。


 そうさ、僕は心底ビビっていたんだ。あの恐ろしい魔女どもに、奴らが使うその魔法に、生み出す恐ろしい使徒ドラゴンに……いや、僕たちがどう頑張っても出来ない、ホウキに乗って空を飛ぶこその姿すらに、怖がっていたんだ!


 だから、僕は魔女を殺す! たった一人でもいい。この手で奴等に傷を負わせてやる……そうでないと、僕は、これからずっと奴等に怯えて、夜も寝れない日々を送るかもしれないんだ!!


 森を駆け抜け、やがて広まった場所に飛び出した。そこにあったのは……

「泉? 方向を、間違えたのか?」

 丸い泉が月あかりを反射して、空を映し出していた。天と水面の二つの月が照らしていたのは、少年兵のステアと、そして、もうひとり。

 

 天に浮かぶホウキに乗った、ひとりの女性の影。


「魔女っ! 居たなぁっ!!」

 銃口を上に向ける。そのホウキにちょこんと腰かけた魔女は。僕の存在に気付いて両手を目の前で合わせ、呪文を唱えて指先に魔力を集中する。

 銃の照準を奴に合わせる。月明かりと湖の照り返して、その敵の表情まで、はっきりと見て取れた。


 すっ、と銃を下ろす。どうしてそうしたのか。


 怒りが、憎しみが、そして恐怖が、どうしてかその時は消えてしまっていたから。


(なんて……きれいなんだ)

 見とれていた。その魔女の美しさに。


 薄い金色の髪は絹のように夜空になびき、その青い瞳はぱっちりと自分を射抜くように見つめている。肌はあくまで白く、頬は艶やかに染まり、その形のいい唇は、恐ろしい呪文を唱えていてもなお、僕の心を引き付けて止まなかった。


 そして、そこに、恐怖や戦慄、妖艶さは皆無だった。むしろその姿を表現するなら……信じられないけど、『可愛い』が僕の中で、一番ぴったりと当てはまった。あれが恐ろしい『敵』だとは、どうしても思えなかった。


 銃を下ろし、呆然と彼女を見上げる。

 そして、そんな僕に呼応するかのように、彼女もまたその美しい唇の動きを、はた、と止めた。


 月明かりが照らす湖の上で、僕とその魔女は、まるで絵画のシーンのように、見つめ合っていた。


 ――それが少年兵ステア・リードと、魔女カリナ・ミタルパの出会いだった――

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