第3話 地獄のエリア810、その深淵

 夜の森を、よたよたと歩いて撤退を続ける僕、ステア・リードと、部隊長のギア少尉。他のみんなは先に野営地まで撤収していて、僕たちがしんがりになって帰路を歩く。


「ギア隊長、本当に、申しわけありませんでした」

「なに、若者の暴走は想定の範囲内だ……生きててよかったな」


 あの時、僕は感情を爆発させ、ひとり撤退命令に逆らって泉まで走り……そこで、ある魔女と相対した。

 その瞬間から、僕の感情は、怒りは、すべて消し飛んでしまった。


「ばか野郎ッ! 伏せろおぉぉぉ!!」

 後ろからタックルして来たギア隊長に押し倒されて、ようやく僕は我に返る事が出来た。そうだ、奴は魔女、残忍で恐ろしい力の使い手!


 パパァーン


 煙弾の炸裂音が轟き、あたりが煙雲スモークに包まれる。ギア隊長があらかじめ投げ込んでいたそれが視界を塞いでいる間に、僕は隊長に抱えられるようにして森の中に逃げ込んだ。


 幸い、魔女の追撃は無く、あたりが静まったのを確認してから、僕たちも撤退を開始したのだ。



「なぁステア、初めての戦争はどうだった?」

 野営地が近づいたころ、ギア隊長がそう聞いてきた。

「色々あって、まだ、どういっていいか……」


 足に草が巻き付いたあの時、初めて自分は『超常の力まじょ』と戦っている事を実感できた。その後、満月を背にして空を飛ぶ魔女たちを見た時も同じだった。

 けど、先輩たちはそれがさも当たり前だと言うように、見事に対処していった。草を切り裂き、照明弾で魔女の群れを浮かび上がらせ、狙いを定めて銃を放った。


 だけど、それでも戦いは非情だった。あのドラッシャさんが犠牲になり、それを飲み込んだ木と土が竜となり、そしてみんなは瞬時にそれを大砲で吹き飛ばした。


 ドラッシャさんごと。


 恐怖と、怒りにまみれて飛び出した後、僕はあの魔女に出会って……そして、。敵の前で無防備な姿をさらし、あわや殺されるところだった。


 たった一晩で、生と死、そして美と恐怖、怒り、悲しみ、劣等感。そんなものをまとめて叩きつけられた気分だった。


「だろうなぁ。それだけ魔女との戦闘ってのは別格だって事だ」

 隊長が僕の肩にぽん、と手を置き、言葉を続ける。

「なぁ、お前、どうして810ここに来た?」


「えーっと、その……」

「嫁さん、貰う為だろ」

 え!? と言われて思わず後ずさる。見事に図星を突かれたから。

「やっぱりか、まぁ無理もないわな、俺やお前みたいなのが女といちゃつこうと思ったら、ここに来るのが一番手っ取り早いからな」


 機械帝国は男性社会だ。というか元々この世界は男が働き、女が家を守るというのが元々の社会の構図だった。


 それがあの日、世界にナーナと呼ばれる魔法の力が溢れたその日から、社会の均衡は崩れ去ってしまった。


 その魔力を受け、魔法が使えるようになったのは、だったのだから。


 これにより男女の勢力は逆転してしまった。女性が社会を回すようになり、魔法と言う力のない男性は、社会の隅に追いやられてしまった。


 そして、それに反発した地方の勢力の男たちが、その技術力を結集して、魔法に対抗する科学文明を生み出していった。その末にできたのが我ら機械帝国なのだ。

 が、その思考に賛同する女性は多くない。多くの女が魔法国に流れて行き、帝国が樹立する頃には男女比は約7:3ほどになってしまっていた。


 つまり、ほとんどの男性は、妻を迎えることが出来ないのだ。


 多くの国内の女性は貴族や金持ちに囲われており、僕みたいな庶民の男は、その女性を遠くから眺める事しか出来なかった。

 僕のような庶民が妻をめとるには、この帝国の発展に大きく寄与する『英雄』になる必要があったのだ。


 だから僕はこの地獄、エリア810に来た。恐るべき魔女どもを討伐し、世界を男性社会に戻して、堂々とお嫁さんを迎えられるように。


 でも、このザマじゃあ、なぁ。



 野営地のすぐ手前に来た時、隊長は道を逸れて岩肌の方に向かって行った。自分もそれに続いていくと、やがて岩の隙間にぽっかりと洞窟が開いているのが見えた。


「あの、どこへ?」

「いいから、来な」

 そう言って洞窟の中に踏み込む。僕も続くと、中は意外にも明かりがともっていた。電気のコードがカベを伝い、所々にある電球が洞窟内を照らしている。


 奥へ奥へと進む内に、身に覚えのある不安が胸を襲って来た。今日僕は命令違反を犯し、軍の規律を乱した。その罰として地下牢にでも入れられるのか、それともこの奥で人知れず銃殺刑、にでも、なるのか。


 ぞくり、と背筋を凍らせる。その想像が当たっていたら、僕はどうすればいい?


「ああ心配するな、お前に見せたいものがあるんだよ」

 まるでこっちの心配を見抜いたかのように、隊長は首をこちらに向けてそう言うと、また前を向いて歩きだした。確かに僕がここで処刑されるなら隊長が背中を向けているのも、僕が銃を持ったままなのも不自然か。


 だとすると、何を見せたいんだろう。


 ここエリア810は、世界の魔法の力の源といわれる場所だ。そこで魔力を生み出しているのが何なのかは分からない。ある人は森だと言い、別の人は地下のマグマからだと主張し、またある人はこの地にのみ存在する鉱石、宝石の類が発しているんだ、と力説する。

 もしかしたら、そんな秘密をすでに掴んで、確保しているんだろうか。


 その予想は進むにつれて確信に変わっていく。岩肌だった洞窟はいつしか整備された通路になり、壁も岩肌から石垣に変わり、やがては板張りの壁、廊下へと姿を変えて行ったから。


 やがて僕たちは、ひとつの大きな機械ドアに突き当たる。

「ここだ」

 隊長がカベに埋め込まれたレバースイッチをパチパチパチと下ろし、逆に何度か上げ直して封印を外していく。間違いない、この厳重さを考えたら、この中にはとっても重要な『何か』がきっとあるはずだ!!


 ピーッ、と電子音が響き、ランプが全て緑色になる。と、ドアがゴウン! と音を立て、ゆっくりと左右に開きだす。

 中からまばゆい光が溢れ出す、目がくらみ、その先がまだ見えない。いったい、ここに何があるのか……


 ドアが開き、目が慣れた時。僕は、そのあまりの光景に、ただただ、立ち尽くしていた。



      ◇           ◇           ◇    



「カリナ・ミタルパ。只今帰りました」

「ええ、お疲れ様」

 礼を尽くしてヒザを付く私に、聖母マミー・ドゥルチ様は、優しくそう告げただけだった。


「え? あ、あの……」

 私は今日、戦いの場で命令違反をした。出陣前にドゥルチ様に「先走らないように」と釘を刺されていたにもかかわらず、だ。当然報告は行っているはず、なのに……?

「無事で何よりだわ、とりあえず今はそれで十分。だけどこれからはナシよ」

ウィンクしながら人差し指を立て、それを振りながら笑顔で返される。

「はい……以後、心に誓います」


 よろしい、と居住まいを正して向き直るドゥルチ様。そうだ、私はまだまだ未熟だ。もっとちゃんとしなければ、ここでこれからも生き抜いていくために……


「って、あれ? 館は、どこに……?」

「移動したわよ。仲間の皆も一足先に行ったわ。さ、案内するわよ」

 そう言ってホウキにちょこん、と腰かけて浮かぶ聖母様。


「い、移動したって……まさか、魔樹の館!?」

 ええそうよ、と笑顔で返される。魔力を持って命を与えられた魔樹、それで作られた家は地面に根を張り、術者の力でその根を使って歩いて移動する事すら出来るという。まさか、ここの館がそうだったなんて!


 そういえばここは、世界の魔力の源であるエリア810、聖母ドゥルチ様ならそういう建物を作れても不思議ではないかもしれない。

 そして私たちの館、本拠地がそういう物なら、敵に対して見つからずに長年戦い続けることが出来るのも納得がいった。 


 本当に、私の予想を超えて凄い事ばっかりだ、ここは。


 私もホウキに乗って聖母様の後をついていく。やがて彼女は洞窟の前で動きを止めると、こっちを向いて笑顔でこう言った。

「ここからは地下迷路で行くわよ」

「地下迷路? 飛んで行くんじゃないんですか?」

「ああ、ほら、空を飛ぶと目立つから」


 それもそうだ。飛ぶのは私たち魔女の特権だけど、それを敵に見つけられて後を付けられたら居場所がバレてしまう。なら洞窟を通って行けば見つかることは無いのか。

 事実、洞窟内は地底湖や、高低差が5m以上もある出入り口で寸断されており、飛べない機械帝国の兵士たちが追って来るのは不可能……よく考えられてる。


 地下水脈の流れに沿って洞窟を進んだ先に、小さな滝の水のカーテンが行く手を阻んでいた。これは……

水鏡の、門クーリー、ケイト?」

 絵本なんかでよく見る、鏡や水鏡の中にある、別の場所に転移するための魔法の入り口。こんな所にこんなものが?


 ああ、そう言う事ね。魔樹の館がどこに移動しても、ここをくぐったら館に繋がっているのなら、私たちがここに来さえすれば館に戻れるようになってるのね。敵兵を振り切ってここに逃げ込めば……本当によく考えられているわ。


「さ、行きましょ」

 聖母様がその水鏡に突っ込んでいく。顔だけこちらに残して「さ、早く」と私を招く。はい、と頷いて。私もその水のカーテンを突き抜けて……


 眩しさに、目を細めた。え、何、この光?


 バランスを崩してホウキから落ちそうになる。でも足はしっかりと地面を捕まえていて、普通に立つことが出来た。ホウキを持ち直して、うつむいた状態で目が慣れ始めたのを確認して顔を上げ、前を見る。



      ◇           ◇           ◇    



「・・・・・・・」



 私の正面、ほんの10mほど先に……が、いた。



「「え?」」


 声がハーモニーを奏でる。私と、彼の声が。


「「え、え? ええ、えええええ??」」


 ハモりは止まらない。わけがわからない。なんで、なんで今日、あの泉で出会った彼が、機械帝国の兵士が、私のすぐ前に?



 パン! パンパン、パパパパァンッ!


 周囲から一斉に炸裂音と紙吹雪、そして遅れて紙テープと、ヤンヤの声援や拍手が飛んでくる。


 パチパチパチパチ……

 ――ヒューヒュー、よっ、ご両人!――

 ――カリナちゃーん、いらっしゃーいっ――

 ――ステア・リードくーん、初日ご苦労さーん――



「「ええええええええええええええええええ??」」


 あたりをぐるぐると見渡す。周囲にはいくつもの丸テーブルがあり、その上には料理やお酒が燭台を中心に並んでいる。そこに腰かけているのは何人もの魔女と……そしての兵士たち!!??


 どうなってんの? どうなってんの?? コレ。


 今日あんなに恐ろしい殺し合いをやってた帝国兵と、仲良さそうに寄り添ってテーブルを囲んでいるなんて……酷い人になると兵士にしなだれかかったり、ヒザの上に乗っかってる人までいるじゃ……って、あれワストさんじゃないの、えええええ?


 これ……もしかして、夢? あ、ひょっとして幻覚魔法でこんなのを見せられているのかも。そう思って私は両手で自分のほっぺをむにゅ~、と掴んで引っ張る。


 あ、むこうの彼も自分の頬を思いっきり引っ叩いて、目をごしごしとこすっている。私も負けじと頬を想いっきり引っ張って、ぱちん!、とゴムひものように指を引きはがす……痛ったぁ~。


 顔を上げる。相変わらず私の前には、あの敵兵の若者が、目を丸くして口を開け、間抜けな顔をして呆然としている……分かる。私も今、たぶん全くおんなじ顔してるから。



「ようこそ、ステア・リード君。カリナ・ミタルパさん」


 右側にしつらえてある壇上に立った聖母様が、私達に向かってそう声を上げる」


「ようこそ、地獄のエリア810ハチヒトマル。別名、エリア810ハートへ!」


 隣に並んだ将官らしき兵士がそう宣言した時、周囲の全員が席を立ち、拍手と共に私達に歓喜の声を投げかける。


「いらっしゃーい、これからよろしくねー」

「おー、奇麗な子じゃないか、カリナちゃーん!」

「ステアくーん、かわいー、仲良くしようねー!」

「よーこそー、エリア810へー!」



「「ええええええええええええええええええーーーっ!!???」」


 洞窟の中に作られたパーティ会場? に、私と彼の何度目かも分からない、疑問符のハーモニーが、高らかに響き渡った……。


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