第4話 最前線のヒ・ミ・ツ

 何だ、一体どうなってるんだ? この状況は。


 ギア隊長に「見せたいものがある(キリッ)」って言われて洞窟の奥まで来たから、てっきりこの地の魔法の根源とか、魔女の残忍さを示す資料とか、あるいは魔法を押さえる秘密兵器とか見せられるのかと思ってたら、なんと先輩方と魔女たちが同じテーブルに仲良く座って、みんな鼻の下伸ばして魔女にデレデレしてるじゃん!?


 そして俺の正面には、あの泉で出会った魔女が、たぶんだけど自分と同じ状況に置かれてポカーンとしてる……あの時は本当にきれいだったこの魔女だけど、こういうマヌケ顔もするんだな、魔女って。

 たぶん自分も今、おんなじ顔してるんだろうけど。


「さぁさぁご両人、壇上へどうぞ」

 ギア隊長が僕の背中を押して、一段高くなったお立ち台みたいな所に僕を押し進める。反対側ではいかにも魔女然とした老婆が、あの魔女っ娘の手を引いてやはり壇上に連れてくる。

 そしてそのお立ち台の上には、ご丁寧に『ステア・リード君、カリナ・ミタルパちゃん歓迎会』なんてカンバンが吊るされている。だから、何この状況は?


 結局抵抗も出来ずに、僕とあの魔女は仲良くお立ち台に並んで立たされた。


「それでは改めてご紹介します。わが機械帝国の若き勇者、ステア・リード君。ぴっちぴちの十五歳でーす!」

 ギア隊長がなんかノリノリで僕の後ろから、みんなにハデな紹介をする。


「キャー、かわいー」

「こっちむいてー、男前ちゃーん」

「ステアー、手ぇくらい振ってやれよー」


 なんか魔女たちが僕に向かって黄色い声援飛ばしてるんだけど……さっきはあの声で『死の雷撃イヨミクル』唱えたんだよな、確か。

 顔を引きつらせたままぎこちなく手を振ると、彼女たちのキャーキャー声のオクターブが一段階上がった気がする。


「こちら、魔法王国の若い可憐なお花、カリナ・ミタルパでございます。彼と同じ十五歳、よろしゅうに皆様」

 今度はさっきの老魔女が、にこやかな顔で隣の彼女を紹介すると、先輩兵士たちが

一斉に立ち上がってピ-ピー口笛を飛ばし、拍手や声援を送る。


「せーのっ、「「カーリナちゃーん!!」」」

「よろしくねー、楽にして楽に」

「かーいいね~、おーいステア、仲良くしてやれよー」

「カリナー、お愛想しなさいよー」


 カリナと呼ばれた隣の魔女は、男性陣の圧にまっ赤っかになりながらも、スカートの両端をつまみ上げて、ちょん、と挨拶をすると、とたんに先輩方の野太い声が周囲に響き渡る。

 顔から湯気でも出そうなほどに赤くなった彼女は、僕の方をちら、と見て、困り笑顔を薄く浮かべる。


 だから……なに? この状況。


「さーて、ここでお二人にクイズでーす」

 一人の帝国兵士が僕たちの正面に歩いてきた。僕はその顔を見て、上気してほてっていた頭が、一瞬にして冷え切るのを感じた。

「ドラッシャさん!?」


 そう、さっきの戦闘で敵の魔法にかかり、生み出された土木龍ゴレムに食われたはずのドラッシャさんがさも平然とそこにいる。これって……


「さて、この状況から導かれる答えと言えば、なーにっかなー?」

「「なーにっかなー?」」


 彼の言葉に会場の全員が続いて、おどけた声でそう問うてくる。なにこの小芝居感。


 状況、答え? え、えーっと。


 みんながさっきまで戦っていた魔女たちとよろしくパーティやっていて、死んだと思っていたドラッシェさんがほがらかに生きていて、僕とこの魔女っ娘さんだけが事情を把握していない感じで壇上につるし上げられている。


 ここは地獄の最前線、エリア810ハチヒトマル。生還率5%しかないといわれる、戦場の真っただ中、のハズだ。


 それらを踏まえた上で、この状況から導き出される答え。それは……


 と、ちょんちょん、と肩をつつかれる。見るとカリナさんとやらが顔を赤くしたまま、目をうるませ口を波状に歪めて、なにか同意を求めるような感じで訴えている。


 うん、言いたいことは分かる、分からいでか。

(せーのっ)


「「?」」


「せーいかーいっ!」

パン・パンパン!

ピンポンパンポーン!

パチパチパチパチパチパチ……


 クラッカーから撃ち出された紙テープと、頭上を飛ぶ魔女二人が笑顔で散らした花びらを顔や肩に浴びながら、僕とカリナはもう一度、顔を見合わせて……


「「えええええええええええーっ!?」」


 今日何度目かの、驚きのハモリ叫びを重ねた。



     ◇           ◇           ◇    


「じゃ、じゃあ、もうずっとここで『戦ってるフリ』を続けてるってことですか?」

「信じられない……本国じゃ決着がつかないって言ってたのに、つけようとの?」


 僕たちには横長の机が用意され、僕と彼女は壇上で隣に座ったまま、みんなにここの状況を説明されていた。


「ま、そーゆーコト」

「こんな恐ろしい魔女たちと? こいつら僕たちの心臓をえぐり出して儀式に捧げるような連中ですよ!?」

 そう、よくそんな魔女たちと並んで食事なんか出来るもんだ。次に瞬間には魔法で殺されるか、そのお酒だって毒とか魔法薬とか……


「ちょ、ちょっと何よそれ! 私達がそんなことするわけないでしょう!」

 隣の魔女カリナが一歩引いてそう反論し、逆に僕に向けて非難の声を飛ばす。

「あなたたちこそ! 女を身ごもるための道具としか見てないんでしょ!? 聞いたわよ、魔女を生け捕りにしたら、死ぬまで寄ってたかって汚し続ける、って!!」


「そんなワケないだろ! 女性は国の宝だぞ、そんな扱いする奴は即刻死刑だよ!!」

「それはこっちもよ! 王国の男性は大切に保護されて、ちょっとやりすぎっていうくらい優遇されてるんだから!」

「え、そう、なんだ……」


 カリナは僕の言葉にフン! と鼻を鳴らして胸を張った後、しばし考え込んでから、口に手を添えて僕に顔を近づけ、ヒソヒソ声でささやいた。

「ね、ホントに帝国じゃ、女性は大事にされてるの? 魔女でも?」

「うん。捕虜の魔女でこっちに帰化した人もいるし、イベントとかで綺麗な服着て踊ってたりするけど……」

「うっそー……ホントのホント?」



「ま、そーゆーコトだ。どっちも戦いを続けさせるために流されたデマってこったな」

「戦争初期はそういうコトもあったかもしれないけど、今じゃすっかり仲良しさんなのよ」


 隊長と向こうのリーダーさん、リーンさんって言う魔女が並んでそう言ってから、二人で肩を組んで人差し指を立て、「静かにシーッ」のポーズを取ってこう続けた。


「「もちろん、本国にはナイショな♪」」



「「うわぁ……」」

 僕とカリナの声がまたハモった。まぁ無理も無いな、本国じゃこの地を地獄の激戦区と称して、その奪還を悲願としてるのに、肝心の最前線の兵士や魔女がこの体たらくじゃ、そりゃ決着もつかないよなぁ。


 っていうか、本国にバレたらどっちも処刑モノじゃね? これ。


「ちょっと待って! じゃあ、ここで戦死した人達って……」

「あ、確かにそうだ!」

 カリナの疑問はもっともだ。ここに派遣された人員の生還率はわずか5%しかない。この地奪還のために帝国では述べ三千人近くが送り込まれているはずだ。なら、残りの95%の人たちは……?


「それはねー、みんな隠し村に移動して、そこでこっそり暮らしてるのよ」

 リーンさんがウィンクしながらそう告げる。隠し村って……兵士も魔女も、両方?

「もう村じゃなくて都市っていうレベルまで大きくなってるけどな」

 ギア隊長がお肉を頬張りながらそう続く。そんなの隠せるのか? まぁ確かにこっちだけで三千人、向こうも同じくらいなら都合六千人はいるんだから。

「子供もポンポン生まれてるし、もう一万人超えてるんじゃない?」

 それで破綻しないなら本当に都市レベルだ……どんだけですかエリア810。



 なんだ、僕たちは今日一日どころか、今までずっと、本国の皆と一緒に、ここの連中に騙され続けていたわけだ。



 そう思うと、ここに来る時に胸に抱いていた使命感が、憤りとなってムクムクと湧いて出ていた。


「じゃ、じゃあ何ですか! 今日の戦いも全部、演技だったんですか!?」

「そうですよ! 私なんてもう死ぬかと思ったのに……私たちをからかっていたんですか!?」

 僕とカリナが同時に抗議する。そう、真実を知らされていなかった僕は、あの戦場でたった一人、死の恐怖に晒されていたことになる。


 それは彼女も同じようだ。無理もない、僕を含めみんなで撃った銃弾は、事情を知らない彼女にさぞ怖い思いをさせただろう。


「あー、スマンな。でもお前たちにどうしても一度、『殺し合い』の怖さや愚かさを体験してほしかったんだ」

「死ぬのは怖かったでしょ? 本国のワガママでそんなコトやらなきゃならない理由は無いわ」

「だからよ、綿密に計画を練って、お前たちに『戦場の死闘』を味わってもらったのさ」


 ぞくり、と背筋が凍る思いがした。そうだ、僕はあの戦場で死ぬ恐怖を味わった。ツタに足を取られ、ゴレムに食われるドラシャさんを見て、頭上に死の雷を落とされた。本当に……怖かった。


「あ、じゃあ、あの時にリーンさんが雷撃呪文イヨミクルを落とすのを待ったのって……」

「そ。ステア君が避雷針の中に入るのを待ってた、ってワケ。」


 ごくり、と唾を飲み込む。僕は今日生き残ったんじゃなくて、生かされてただけなんだ。


「でも、私も本当に怖かった……あの『銃』のつぶてを抜けた時は、本当に」

 カリナが胸を押さえて皆に抗議する。嫌悪感をあらわにして隊長のテーブルに立てかけられた銃を睨み据えて。


「あーコレ? ねぇギア、ちょい貸して」

「おーよ、ほい」

 リーンさんがギア隊長から銃を受け取ると、くるりと回して銃口を自分に向け……

魔法衣強化ナーナ・デレス

 呪文を唱える、今までふわふわしていた彼女の魔女服が、ふっと重くなったように見えた。あれが……服を強化する魔法?


 スドォーーーン!


 突然、彼女が持つ銃が火を噴き、リーンさんのお腹に直撃した!!

「え、ええっ!?」

 カリナが悲鳴を上げる。僕も固まってその光景を見つめる。彼女の胸は鮮血に染まっていた、当たり前だろ何を考えて……


「と、いうわけでー、トマト弾でしたー」

 全然平気な様子で、笑顔を見せてそう言うリーンさん。えええええ? あれって対魔女用の必殺徹甲弾だったって聞いてたのに……


「ホレ、わしの食らった巻蔦噛オー・ジョウズも、血はトマトの染料じゃて」

 ドラッシャさんが自分の服の襟を掴んで言う。あのツタが巻き付いた時に血が飛び散ったけど、あれも仕掛けなんだ……

「なんにせよドラッシャさんも晴れて引退だな、おめでとさん」

「え、引退? それってどういう」

「これで戦死扱いになるって事さ。ドラッシャさんは隠し村に嫁さんも子供もいるしな」


 話を聞くに、ここでの戦いは克明に記録され、両国の上層部にしっかりと報告する義務があるらしい。なので戦場を去るにはちゃんと戦いの流れの中で戦死しなければならず、それでやっと隠し村に定住して、向こうで暮らしていけるとの事だ。


 だから今日の戦闘は僕たちのと、ドラッシャさんのを演出しなければならなかったらしい。今日に限らず戦闘は事前に両陣営が綿密に打ち合わせをして、しっかりとを出し、死闘を演出する必要があるのだとか。

 どうりで照明弾とか、ドラシャさんを見捨てて主砲を撃ち込むとか、流れるような展開になったわけだ。


「お前たちは今日、生き死にの戦いの鹿鹿をよく味わったはずだ」

「どう、私たちのしている事って、それでもだと思う?」


 真面目な顔になったギア隊長たちがそう聞いて来る。そうだ、手柄や嫁さんを欲しがって殺し殺されをするのと、ドラッシャさんみたいにうまく立ち回って、ここで幸せに暮らしていくのとじゃ、どっちが、って言われても。


「いえ……僕は、すごいと思います」

「うん。正直ほっとしてる、それに、すっごく嬉しい」


 この地獄と言われたエリア810。そこでは公然と殺し合いが行われていると思っていた。そして来るときは確かに、その覚悟もあった。

 でもそれは、本当の戦場を知らない僕たちの思い上がりだったんだ。


 誰も死にたくはない。逆に言えば、それはということなんだ。

 誰かを殺そうとすれば、その人に殺そうとされるのは当たり前なんだから。


 だから、それを隠して戦い続けるここの人たちは、それが築いた仕組みは、本当に素晴らしいと思う。

 戦うフリでお茶を濁して、知り合った向こうの魔女たちと仲良くやっていく。そんなこの場所が、自分にとって『あってよかった』と心から思えた。



「しかし……その隠し村って、見つからないんですか?」

「あ、それ私も知りたい。そんな凄い多くの人がこっそり暮らすことができるの?」

 カリナも同じらしく、興味津々でそう聞いて来る。確かにそんな場所が本当にあるなら是非知っておきたい、と。

 というかもうここで、知らないことに振り回されたくないので全部理解したい。僕にも彼女にもその気持ちは強いだろう。


「明日案内してあげる。『戦いゴッコ』はお休みだから、お二人でデートでもしてらっしゃい」

 老婆、いや魔女の『聖母マミー・ドゥルチ』様がにこやかにそう告げると、周囲から冷やかしの声が飛んだ。

「え……デート?」


 デート。それは古い文献に記された、帝国の庶民の男子の憧れの的だ。男女一組が共に寄り添って町を練り歩き、お互いが愛を語りつつ様々なイベントを楽しむ。

 今じゃ貴族のお坊ちゃんが。結婚を約束された相手とだけしか経験できない、夢のようなイベントじゃないか……それを、この、こんな可愛い娘と??


 ぼふっ! と顔が火照る。見れば彼女も顔を真っ赤にして、胸の前で手を合わせながら立ち上がり、すすす、と後ろに二、三歩下がって……


 僕に勢いよく、頭を下げた。

「よ、よろひく、おにぇがいひまふっ!!」

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