第46話 ドラッシャ・マグが得たもの、失ったもの
「ん? なんだ……あれ」
夕方。エリア810にある隠し村の外れの森で薪ひろいをしていた男性、ドラッシャ・マグは、茜色の空に浮かぶひとつの影を見て、思わず立ち尽くした。
魔女が空を飛ぶのはもう見なれている。世に魔法が溢れて幾十年、女性が魔力を操って空を飛ぶ景色は当たり前の光景であり、このエリア810で機械帝国兵士として長年魔女たちと『戦争ゴッコ』をし続けて来た彼にしてみれば、何の珍しさもないものだった。
その女性が、ホウキに乗っているならば、である。
「ホウキも無しで……しかも、二人?」
空中に立った状態で空を飛んでいる二人。ひとりは十五歳前後の少女で、もう一人は幼子だ。彼女らはこちらには一瞥もくれずに、そのまま森の奥へと飛んでいく。
「なんなんだ……イロイロと、ヤバい気がするぞ」
このエリア810は世界の魔力の発生源と言われている。中でも特に魔力が強いと言われているのが、実際の戦場からは少し離れた彼らの住まう隠し村、その先にある森の奥だと言われている。
過度の魔力を受けると女性は性的に発情し、理性が効かなくなって男性に襲いかかる症状が出てしまう。現にエリア810の戦場ではまだ魔女が普通の服装でもそうはならないが、この隠し村あたりからならもう魔女装束を着ていなければ、そのスイッチが入ってしまう。
そして、この先の森はさらなる濃い魔力が湧く地で、危険なので女性は立ち入り禁止になっている。男性である彼が薪拾いに来ているのもそういった事情があるのだ。
本来なら、さっさと帰って愛妻や愛娘と夕食のひと時を迎えればよかったのだろう。が、彼はほんの2カ月ほど前に戦場を引退して、そろそろ平穏な生活にも飽きが来ていたのだ。
ホウキも使わずに空を飛ぶ少女と幼女が、女性にとって禁断の地に入っていく。その事件性に彼はどうしても好奇心を押さえることが出来なかった。
(なんか、あるなぁ、こりゃ。見届けて村の皆に報告した方がいいか)
森の奥へと分け入ってしばしの後、彼の前にひょっこりと現れたのはひとりの幼い女の子だった。
「え? 君、さっきの……いや、ちがう、か」
自分が追いかけていた二人の内、少女の肩に乗っていた幼女によく似ている。だけどさっきの娘が金緑色の髪の毛をしていたのに対し、この娘は明るい赤毛、ピンク色と言っていい髪の毛の持ち主だった。
「あたし、ナーナ」
その娘はいきなりドラッシャの目の前に自分の顔を近づけ、屈託なく笑ってそう名を名乗った。
「あ、ああ……おじさんはドラッシャってんだ。君、お父さんかお母さんは?」
突然の展開にそう返すも、心中は疑問で一杯だった。この子もまたホウキも使わずに、自分の目線の高さまですいっ、と浮いて来た。しかも名前が
「おとうさんは、いないよ……でもね」
にこっと笑ってまばたき一つ。だけど、ほんの一瞬つぶった目が開かれた時、少女の人相は全く違った物に見えた。
その目には、黒目も白目も、そして
まるで鏡のように、ドラッシャの表情だけが写り込んでいたのだ!
「これで、どらっしゃさんも、まほうつかい♪」
ささやくようにそう告げた後、その少女、ピンク髪のナーナはすっ、と離れ、そのままドラッシャの肩にちょこんと乗っかった。そしてその目はごく普通の少女の目だった。
「あ、がっはっは。おじさんが魔法使い? そりゃいいや」
「ほんとだってー」
馬鹿馬鹿しくなったドラッシャが笑うと、ナーナはぷぅ、と頬を膨らませてすねた声を上げる。
やれやれと頭をかいて、仕方なしにこの子の冗談に付き合ってみることにした。
「んじゃおじさん、薪をいっぱい持って帰らなきゃいけないから、魔法で
「うん、それがいい」
出来る訳ねーだろ、などと思いながらドラッシャは、そこらに転がっている小枝を拾い上げると、かつて戦闘で何度も目にし、自分が引退する時に使ってもらった
「
彼の手にした小枝には、何も起きないはずだった。
それが生物の口の形を取り、その口を開いてそこに生えていた木に食らいつき、それを取り込んで大きな生物の姿へと変貌するなど、ありえない事のはずだった。
「う、うそ……だろ!?」
その、あり得ないことが目の前で起こっていた。成長し形を成したゴレムは、その両の腕で周囲の薪を次々と拾い集めると、そのままドシン、ドシンとドラッシャの前に歩いて来て……
次の指示を待つかのように、そこで止まっていた。
◇ ◇ ◇
「と、まぁそんなワケだ。妙な話もあるもんだろ? この娘が俺の肩に停まった時から、俺は人類初の男魔法使いだぜ、がはははは!」
エリア810の帝国兵駐屯地にて、何とホウキでかっ飛んで来た元兵士のドラッシャ・マグさんが上機嫌でそう話すと、周囲の兵士たちは動揺して「何が起こったんだ」「信じられない」などとこぼしている。
やはり目を丸くしつつもドラッシャの前に出て言葉を繋いだのは、誰あろうナギア皇太子夫妻だ。
「その娘がナーナっていうのか。魔女……いや女性には見えないらしいが、どうだ、ラドール」
「ええ、あなた。私にはその男の肩に乗っている女の子など全く見えないわ」
新たに表れた
「そういやステアも魔法王国で見えたって言ってたな。カリナちゃんの方はどうなんだろ、体がステアでも彼女は見えるのかな?」
「とにかく、魔法に関しては俺ら専門外だからな。聖母マミー・ドゥルチさんに見て貰う方がいいだろ」
イオタ司令官の鶴の一言で、魔女側の『大樹の館』へと連絡が飛んだ。そして数分後には、聖母様を含む大勢の魔女がホウキで、文字通りに飛んで来た。
その中の一組のカップルが乗るホウキがドラッシャの目の前に降り立つ。乗っているのはカリナ・ミタルパとステア・リードの二人(体は未だに逆)だ。
ホウキから飛び降りたステア(体は
「ドラッシャさん! あ、あの……えーっと、ゆ、夕べ、奥さんとの、そ、その……アレは、しましたか?」
「何言ってんのよ、ステアのおばか、エッチーっ!」
カリナ(体は
確かにいきなり飛んで来て、深刻な顔をして言う事がそれじゃあなぁ。
「あー、知らなかったかい。俺の嫁さん二人目がお腹にいるんだよ。だから今は我慢だな」
ステアが810来た日にドラッシャはここを離れたのもあって、あまり顔なじみという訳では無かったのもあって、ステアはそれを知らなかったみたいだ。
「あ、それは……おめでとうございます。それで……その」
一度言葉を切って、ちょっと躊躇った後にステア(くどいようだが体はカリナ)はきっ、と顔を上げ、まっすぐに彼を見つめてこう続けた。
「ドラッシャさん! 今、勃ちますかっ!?」
どどどどどっ! と全員が派手にずっこける。
「私の体でナニを言ってるのよおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
当然ながらカリナから思いっきりツッコミが入った。しかし絵面からしたら帝国兵が可憐な魔女をしばき倒している訳で、あまり微笑ましくないのが難点だが。
「がっはっは、このドラッシャ様を見くびっちゃあいけねぇなぁ若いの。まだまだ現役バリバリだぜぇ」
そう言って胸を張るドラッシャ。ついでに腰をくいくい動かしてるのが何とも下品だが。
「あの……昨日話しましたよね。魔法王国の四聖魔女、リリアス・メグルの事を」
そのステアの言葉に全員がざわっ、と動揺を走らせる。昨日彼から聞いた話では、リリアスは四聖魔女でありながらなんと男性で、その傍らには妖精のようにふわふわ浮かぶ幼い少女が憑りついていたというのだ。
男性でありながら魔法を使う。その傍らにはナーナと呼ばれる幼子がいる。そして……
――彼は、男性としての生殖機能が失われていた――
「は、ははっ、無ぇ無ぇって。このワシが不能とかありえねー」
そういいながら自分のムスコをごしごしするドラッシャ。が、その表情が徐々に青ざめた物になっていく……
「お、おい! 魔女さん達、誰かちょっと脱いでくれねぇかな……ちょっとでいいからよぉ」
「えー、奥さんに怒られるからやーよぉ」
「というかここで魔法衣脱いだらちょっとキちゃうしねぇ、隠し村ほどじゃないけど
」
「あ、じゃあ僕が脱ぎましょうか」
「やめんかあぁぁぁぁっ!」
ステアの提案にカリナが再度頭をひっぱたく。体逆転の夫婦漫才もそろそろ違和感が無くなって来た。
「じゃ、私が何とかしてみましょう」
そう言ったのは皇太子夫人のラドールだ。彼はナギア皇太子のハートを射止める為に、性に関する魔法には長けている所がある、彼女ならうってつけだろう。
例によって隣ではナギア皇太子が、自分以外の男への使用に少々イジケ気味だが。
「
ラドールがドラッシャに魔法をかける。それを受けた彼の体が青い光を発すると、ドラッシャは鼻の下を伸ばして魔女の方をガン見する。
「え…何?」
「なーんか、いやな空気よねぇ」
なのでドラッシャが魔女たちをガン見するのも当然のことだ……だが。
「うそ……だろ」
鼻の下が伸びた顔はどこへやら、ドラッシャは顔面蒼白になってその場にヒザを付き、自分のムスコを見降ろして絶望の言葉を吐く。
「ワシの……ワシのムスコが……この若さで……打ち止めになっちまったあぁぁぁぁぁ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます