第11話 水槽魚群の陣!

「生きておったか……漆黒の魔女、マミー・ドゥルチ!!」


 ワシ、アトン・シーグラムは遥か先の空にそそり立つ竜、その手のひらの上に立つ老婆を双眼鏡で見て、このエリア810の激戦区の過酷さを改めて思い知った。


 マミー・ドルチェ。かつてコラナンド砦の攻防戦で最前線を指揮していた黒衣の魔女。その切れる頭脳と天才的な戦略の発想で、我が帝国軍を何度も弄ぶように翻弄し、幾度となく壊滅の危機に追い込んだ恐るべし切れ者。

 老いたりとはいえ、ヤツがまだここで指揮を取っているとなれば、ここでの戦闘で帝国が未だ勝利を掴めないのも無理からぬことだ。むしろ我が帝国の若手だけであの魔女の頭脳を相手取っていたとは!


 そして今回もまた、どうやら奴の術中にハマってしまったか。


「こうなったら、一点突破して切り抜けるしかない!」

 部下のガガラが指揮官のイオタにそう食って掛かる。全周を包囲されたこの状態で正面切って戦えば、敵ので中央に押し縮められ、密集した状態で身動きの取れないまま、攻撃魔法で殲滅されるだろう。

 なので唯一の可能性としては、敵の包囲の薄い所に一丸となって突撃し、そこを食い破って突破するのがこのケースのセオリー……と言うより、唯一の生き残る道だ。


「ダメだ、それは愚策だよ」

 総司令官のイオタ大佐が戦車の上からそう返す、その言葉に私とガガラは同時に驚愕の声を返す!

「「なんだと!?」」

「魔女は飛べることを忘れてないか? 奴らは森を背にして包囲している。突破してもその先は森だ、魔女が飛んで追いかけて来て、ゴレムを転移魔法で先回りさせられたら、!」


 ぞくり、と背筋に冷たい物が走る。確かにそうだ、相手は空を飛べる魔女。そして包囲を突破した先は、奴らのテリトリーである森なのだ。蔦呪文で足を止められ、追いつかれて叩かれたらひとたまりもあるまいな……


「じゃあ、どうする!?」

 ガガラが困惑を極めた顔でそう訴える。無理もあるまい、このままでは戦死するか、魔女に捕らえられてその身を蹂躙される未来しかないのだから。


 イオタ司令官はそれに応えずに、ひとつ大きく深呼吸をしてから、全軍に大声で指令を発する。

「これより、の陣を発動する!!」

「「はっ!!」」

 全員が敬礼でそれに応えると、素早く隊列を組み、全員が両手に銃器を構える。


「すいそうぎょぐんのじん……なんだ、それは!?」

 ガガラの言う通り、私ですら聞いたことのない陣形の名だ。この境地に果たしてどのような策を取るというのだ?


「第一小隊、出撃っ!」

「第二小隊、続けぇっ!」

 戦車を先頭に、ハナを切って第一小隊が前進し、それを追って第二、第三、第四と、縦に長い隊列を組んで一本の長い線となる。そして先頭が敵の包囲網の前まで行くと、なんと横向きに進路を変えて、そのまま敵の射程の外ギリギリを駆けて行く。


 まるで敵の包囲円の内側に、もうひとつリングを作って行くように。


 本体の第九、第十小隊が最後尾に続いた時、そのすぐ後ろに先頭の第一小隊が追い付いてきた。これで完全に魔女の外側の包囲円と、我々の内側の円が二重のリングを描いて向かい合うことになった。

 ただ、何故か全員が行軍を止めずに、魔女たちの内側をぐるぐる回り続けているのは何故だ?


「バカな……正面切って戦うつもりか? 本当に全滅するぞ!」

 ガガラの嘆きはもっともだ。内から外に押し広げるより、外から内に押し縮める方が圧力は遥かに強くなる。内からは攻撃をすることになるが、外からの攻撃はされるからだ。

 いかに全方位正面作戦の形をとれたとはいえ、これでは押し負けるのは必至だ!


「水槽魚群の陣、開始ぃっ! 各隊、全速前進ッ!!」

「「おおおおおおおっ!!!」」

 雄叫びと共に、全軍がした。リングの陣形を描いたまま、まるで全体が車輪のように反時計周りに行進を続ける。


 まるで円いガラスのを淵に沿って泳ぐ、のように!


「攻撃、開始いっ!!」

 イオタの号令一下、一列になって走っている兵士全員が銃撃を始めた。左手のハンドガンをに、右手の長銃を90の方向に、狙いもつけずに駆けながら撃つ。各隊一台ずつある戦車もまた、正面と右手方向を交互に砲撃する。

 リングになって回転するわが軍から、外に向かって、まるでハリネズミのように銃弾が撒き散らされる!


「きゃあぁぁぁぁっ!?」

「な、なにこれ、どこを狙えば……」

「やだ、二方向から弾が飛んでくる! どっちに避ければいいのよ、こんなの!」


 なんと、有利なはずの魔女たちがパニックに陥っている。

 私も、おそらく魔女どもも、正面の敵にこそ相対するつもりであっただろう。だがこちらは足を止めずにぐるぐる回り続け、敵の正面と斜め方向からの二方向攻撃を撃ち込んでいる。

 また、動き続けることによって魔女に魔法攻撃の狙いを付けさせず、被弾率を下げながら全周に向けて迷いの無い攻撃を続けている。


「ゴレム一体撃破っ!!」

 的の大きいゴレムが銃弾と砲撃を浴びてヒザから崩れ落ちる。そう、兵士一人一人がに同時攻撃するということは、自然にこちらの攻撃が交差銃撃クロスファイアーになるという事だ。飛んでいる魔女はともかく、地面を歩くゴレムは正面と側面からの交差攻撃を受けて、次々と沈んでいく!


「な……なん、と」

 あの絶体絶命の状況から、逆に魔女どもを押し返していく。銃弾を無駄遣いしまくってはおるし、全員が全力疾走しておるせいで長い時間は使えぬ戦法であろうが、それでもこの不利を、こうも一気にひっくり返すとは……。


 加えるなら、魔女どもが森を背にして陣取っていたのも有利に働いた。狂気ともいえる銃撃に怖じた魔女は、より安全な森の中に避難する者が続出したのだ。

 いわば背水の陣の逆、後ろに安全地帯があれば誰しもそこに逃げ込みたくなるものだ。そしてそれは包囲網を敷いている側にとって、致命的なスキになるではないか!


「今だ! 全軍、あの蛇竜方向に向かって突撃!!」

 イオタ司令官がそう声を上げ、とぐろを巻いていたわが軍がその進路を蛇竜の方向に切り替える。再び一本の蛇となったわが軍は、魔女の包囲を抜けて森に突っ込むと、あのマミー・ドルチェが立つ巨大な竜に向けて猛進していく。


「第四、第五小隊はしんがりに布陣、魔女の追撃を止めろぉっ!」

「「了解ッ!!」」

 森の入り口で二つの隊が振り返り、追いかけて来る魔女たちを砲撃で押しとどめる。たった今突破した平原を飛んでくる魔女は、後詰めの兵たちの格好の的だ!


 パパパァーーーン!


 一斉射撃の音が鳴り響き、飛んでいた魔女の何人かが落下し、残りはまるで蜘蛛の子を散らしたようにパニック飛行に陥る。


 なんと、ここまで鍛えられておるのか……このエリア810の、わが機械帝国軍は!


「全戦車、長距離用徹甲弾ようーいッ! 目標、あのバカでかいゴレムの足元ッ!」

「「イェッサー!!」」

 不安定な森の中、全ての戦車があの竜の足元に向けての射線を確保する。そうだ、あれだけ背の高い竜人形ゴレムなら、足元を断てば簡単に倒壊させられるではないか……見事だ!


「撃てえぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ドドドドドン! ドン、ドォンッ!!

 砲撃が鳴り響き、真っ赤に焼けた砲弾が空を裂いて、巨大な竜の足元に殺到する。


 そして閃光が走る、黒煙が赤い核を伴って沸き立つ。そして……直撃の轟音が鳴り響く!!

 ゴゴゴオォォォォ……ン!


 立ち上がった巨大な竜の軸がブレる。大木をオノで切った時のように、巨大な竜がゆっくり、ゆっくりと傾いていく。


「いやったあぁぁぁぁぁぁッ!!」

「倒れろ、落ちろ、堕ちろおぉぉぉぉ!」


 歓喜の声を上げる兵士たち。無理もない、あの包囲網を突破しただけではなく、間を置かずに敵の主力である巨大なゴレムを斬り倒したのだ。あのマミー・ドルチェが仕掛けた罠と作戦を、こうまで見事に撃ち破って見せるとは!


「これはもう、ワシなど必要もないのかも、知れんな……」

 この老骨に出来ることがあれば、と意気込んでこの戦場にやって来た。だがどうだ、ここの若者たちはワシなど思いもせぬ戦術を用いて見事に勝利を収めつつある。


 この戦場で鍛え上げた若者たちの練度にかかれば、ワシなどもうお役御免なのかもな。


「ガガラよ、後始末の手伝いくらいはして、ワシらは帰るとするか」

「……はっ」

 ガガラ達も思いは同じようだ。この戦場は本国から来たゲストなどに務まるものではない、彼らこそが対魔法王国戦争の最精鋭なのだから。



「全軍、警戒を緩めずに……って、おい、どうした?」

 ガガラの言葉にワシも兵たちを見る。そして、その表情に違和感を覚えた。


「え、えええっ!?」

「ヤバい、ヤバいヤバいヤバいっ!」

 なんと全員が青い顔をして空を見上げている。彼らの目線が追っているのは、先程根を断って、倒れつつある巨大な竜ゴレムのハズだが……?


「あああーー、あかんあかん、あかんってーー!!」

「やめてえぇぇぇぇぇ!」

 倒れつつあるゴレムに、まるで懇願するように悲鳴を上げる兵士たち。なんだ、一体何をそんなに、嘆いているのだ?

 見れば巨大竜はすでに半分以上傾いていて、ここから身を起こすなど不可能だろう。その手のひらにはすでにマミーの姿は無く、後は倒れるのを待つばかりのはず……



 ズズン!


「「んなっ!??」


 ワシとガガラの声がハモった。なんと倒れつつある竜の体が、引っかかって一瞬、動きを止めたのだ。

 代わりに世界が、光景が、ぐにゃりとひしゃげた。なんと遥か遠方にあるはずのエリエット山脈が、倒れる竜に体当たりを受け、そのまま左右数千メートルにも渡って、山脈が


「な、な、なんだ、ありゃあぁぁぁっ!!」


 エリエット山脈が巨大なカンバンが、倒れ込んだ竜の体当たりを受けて、ゆっくりと向こう側に倒れ込んでいく……


 ぶわさあぁぁぁぁさぁぁぁぁ……ん


 もう間違いない。絵で描かれたエリエット山脈が完全に倒れ、そこから土煙が上がる。


 それが晴れた時に私が見たのは……見た事もない、、だった。


     ◇           ◇           ◇    


「聖母様、ど、どうしましょう……あのゴレムが、山のカンバン薙ぎ倒しちゃいましたよおぉぉ!?」

 私、カリナ・ミタルパがたぶん青い顔で、隣を並走して飛んでいるマミー・ドルチェ様に声をかける。

 この戦いであの大将軍とやらに、この地を今いる帝国兵に任せるための作戦は、大将軍に張り付いているステアの脇の紋章を通しての情報で、ほぼ成功しているはずだった。


 でも、当然見てるよ、ね。あの山の向こうにある街並みとか、倒れた偽物の山々とか……


「倒れる方向、考えてなかったわ。てへっ♪」


 舌を出して、困り笑いでそう言う聖母様。


「ええええええええええーっ!? ちょっとおぉぉぉぉー!」

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